● だから滅びた

 

 今回の記事はちょっとブラック路線ですが「古くからある良いものを残していくのは難しい」というお話です。

 

 因みにタイトルの「だから滅びた」はドラゴンボールでのセリフになります。

 

 自らの野望のために罪のない存在すら手にかけるフリーザが、正義然として自らの前に立ち塞がる孫悟空に対し「きさまらサイヤ人は罪のない者を殺さなかったとでもいうのか?」と投げかけた言葉に対して、孫悟空がタイトルのセリフで返すのです。

 

 まあ、このセリフが今回の記事に直接かかわるかと言ったらそうでもないのですが(笑)

 

 滅びゆく者には何か理由があるという点で思うところがあったのです。

 

 さて今回の題材は私が所属する空手に関してのお話です。

 

 以前の記事で私が所属する支部の審査の惨状をお伝えしましたね。

 

 

 この件は本当に悲しい事件で、私にも忸怩たる思いがありますし、師範も辛かったでしょうと思います。

 

 因みにこの件でプンプンだったのが過去の記事にも書いた元々は別の支部の先輩です。

 

 私よりは後に時間差で怒りが来たようで、まあなかなかの言いようだったのですが、ある意味私が冷静になったタイミングで吐き出してくれたのでまあ良かったかなと思います。

 

 どういうことを言っていたかというと、練度が低い支部に対してのやる気の無さや間違った稽古に固執して注意しても直そうとしないということに対する批判でした。

 

 なんというか、私も先日の記事に書いたように同じような「他人の内面を勝手に推測している」状態に陥っていたので外から見るとこんな感じかと思うと共に、これは私の所属する空手の栄枯盛衰がかかった話だなとも思いました。

 

 

 そもそもの話で言うと、私が所属している空手は失伝ギリギリの所を首の皮一枚で繋がっているような状態です。

 

 今の師範から遡ること3代前の師範が、当時どんどん分派していく傾向にある沖縄の空手を統一しようと一つの団体を立ち上げました。

 

 その3代前の師範は昔の空手家らしく、複数の師に教えを請うていましたが、最終的に一人の師の技術を継承されたと言われています。

 

 その団体としての開祖の高弟の流れが私の所属する空手の会派に繋がるのですが、ここに至るまでに技術の断絶の危機はいくつもあったようです。

 

 断絶に近づく一つの大きな要因は開祖の早逝にあります。

 

 開祖から十分に技術を受け継ぐことが出来た高弟は私が所属する流れの師範のみ、その方のみ師範代の認可を受けていたとのことですが、他に同じだけ修められた方は居なかったそうです。

 

 そして、開祖が逝去された後の団体の後継者は開祖のご子息が引き継いだそうです。

 

 それ自体は私の所属する会派の師範もそうあるべきと身を引かれたそうなのでそこに何か問題があったわけではないのですが、それも一つの流派の分岐点となりました。 

 

 前述の通り、私の所属する空手の開祖の理念は分かれていく空手の再統一でした。

 

 理念を受け継ぐ事を考えると、他流の技術を集めていくのはとても大切な事なのですが、如何せんそういった集まってくる技術も玉石混合であったことが伺えます。

 

 現在においては私が所属する会派は本家から見た時にかなり傍流と言えるのですが、本家に近い流れにはかなり多くの稽古法や理念が失伝しているようです。

 

 よく言えば、本当に他の空手をよく取り込んでいます。

 

 しかし、古伝の技術の保護の観点では…というところがあります。

 

 そういった意味では、私の所属する会派の一番上の師範は結果として団体の跡目を継がなかった事で技術の流入から守られたとも言えます。

 

 しかし、それもやはり光と闇があるもので、それが原因で私の所属する空手は完全な失伝の危機にも立たされたのです。

 

 少し長くなったので続きは次回に回します。