● ネタバレされる側の感情 

 

 以前私はネタバレしたい欲について結構長めな記事を書きました。 

 

 

 

 あの時には私自身がネタバレしたい欲に駆られてしまっているという事も書きましたが、今回は逆にネタバレが視界にチラつく状態となったので、そこから感じる心の動きを整理してみたいと思います。 

 

 案外SNSとの向き合い方に役立つかもしれません(笑) 

 

 今回私がネタバレにさらされている事象は何かというと、先日魂の叫びを上げたエルデンリングというゲームについてです。 

 

 

 その短い記事にも書きましたが、私は今ソフトが手元にありながらゲームをプレイ出来ない憂き目にあっているのです。 

 

 いやーPS5流石に手に入る時代になってるだろうと思ったんですけどね(笑) 

 

 見通しが甘かったというか、転売や半導体不足の煽りかとか色々ありますね。 

 

 まあそれは置いておくとして、本題としてはこの状況においては「SNSが痛い」という事になるんですね。 

 

 特にエルデンリングに関して言えば、私はその作品の制作会社であるフロムソフトウェア関連の同行の士とSNSで多数繋がっているので、それはもう大量にネタバレが流れてくるのです。 

 

 勿論、意図的に先の事をばらそうとしている訳ではないのですが、ぼかして配慮していても雰囲気は伝わってくるんですね。 

 

 正に以前の記事にも書いた「雰囲気でもネタバレになりうる」というのを自ら食らったわけです。 

 

 凄くもやもやします。 

 

 しかし、そのもやもやに関してはネタバレなのか、「手元にあるゲームを遊べないもどかしさ」なのか分かりにくい微妙な所はありますね。 

 

 少なくとも以前の記事に書いた、攻略中のゲームのネタバレを不意打ちで食らった時のショックとは違う感情でした。 

 

 あの時は本当にしばらく立ち直れないレベルでしたが、今回はまあもやもやするというだけでしたから。 

 

 そこにはかつてネタバレ欲に駆られていたからこその「それくらいはやりたくなるよね」という共感があるからかもしれません。 

 

 厳密な話をすると、以前の記事に書いた私のネタバレ欲の根源に関しては「先に悪評が広まったので見ようとする人が居ないかも」という思いがあったので、どうせ見ないなら言ってしまうかという思いもあったので、少し状況が違うのですが、「語ったり、自分の考えを何かしらの形で誰かと共有したい」というような心理だとすれば近いものがあるでしょう。 

 

 その感覚は確かに分かるので、もやもやしつつも文句を言うのは筋違いかなと思っています。 

 

 と、いうわけで不平不満を垂れるよりも自衛かなという所で、ネタバレからどう身を守るのかは長くなるので次回に回します。

 

 お楽しみに!