皆さんは日常的なルーティンを決めたり、綿密な予定を組んだりとかするタイプですか? 

 

 私は正直な所そういうタイプではありません。 

 

 ありません…と思っていたのですが、最近どうもそうでは無かったようだなという事が分かってきました。 

 

 今回は、無意識的にパターン化している行動と、そのコントロールに関してのお話です。 

 

 そもそもの事の発端は以前記事にしたWi-Fiが落ちた事件なんですが、そこで感じたもやもや感が妙に後を引いたんですよね。 

 

 

 一応、Wi-Fiに関する復旧作業で潰した時間は、大きく何か予定を狂わせるようなものではなかったにも関わらず…です。 

 

 一応用事と言えば空手の稽古がありましたが、そこには間に合わせられましたし、次の日も休みではあったので時間はあった筈です。 

 

 そこから考えるに、私は自分で思っていた以上に予定通りに動くことに縛られていたんだろうと思います。 

 

 発想としては以前書いた記事のコンフォートゾーンに近いかもしれません。 

 

 

 要するに予定=自分の想定通りに事が運ぶという事から逸脱したのがストレスでたまらなかったのです。 

 

 ここでの気付きとしては、私の様なタイプでも予定を考えて行動しているんだなという事です。 

 

 正直な話、私は自己認識としてはそういった予定を組む事とは遠いタイプだとおもっていたのです。 

 

 オーケストラを大量に掛け持ちしていた時期も、ざっくりと本番と練習日程が完全に被っていないかだけを確認して参加表明してしまい、いざ練習当日になると三団体朝昼夜コマ全部違う会場などとなったりしてひいひい言っていた事もあったほどです。 

 

 まあ、何も考えずに休日は全てオーケストラに突っ込んでいた時期だったので、それはそれで「休日はオーケストラに費やす」という広い目で見れば一貫した予定通りの行動だったとも言えます。 

 

 そこからすると現在は多少なりビジネスや空手と言った複数の要素が絡むようになったので「オーケストラ以外の時間」も考えて行動する必要が出てきたため、多少は予定というものを気にするようになりましたが、それでもフットワークは軽いし、予定に意識が向いている感覚はありませんでした。 

 

 しかし、そのWi-Fiが途切れた事件の後、ある程度習慣付けが出来ていた物がかなり抜けてしまったんですよね。 

 

 例えばこのブログ以外で受けていた仕事があって、それは期日には余裕があるのですが、作業日を日曜日と決めていたのにやりそびれてしまいましたし、ブログも記事を一日一つは上げると決めていたのに危うく飛ばしかけました。 

 

 勿論そこにはWi-Fiを復旧するというイレギュラーではみ出た分の作業を埋め合わせた為にズレが生じた、という事もあるのですが、体感としてそれ以上に、何から手を付けるかの基準が狂った感覚があって大変だったんですよね。 

 

 きっと私は、細かく精密な予定を組みはしないものの、「この時間帯は自由時間で、やる事はその時の気分で決める」というようなアバウトな組み方はしていたのでしょう。 

 

 しかもそこで「予定にあまり縛られない」という自己認識とは矛盾したゆるいなりに強固な予定意識があった為、その予定が崩れた時に想像以上のダメージを受けてしまったのです。 

 

 まあ物は考えようで、ゆるいなりに予定意識はあるという事なら、それに合わせて丁度良い予定の組み方が出来れば色々と良さそうな気はします。 

 

 どこまで緩めてどこまで締めるのか、今後もっと自分の性質に向き合わなくてはと感じました。 

 

 皆さんはこのような、自己認識とはちょっと違う自分みたいな考えや行動が出てくることはありませんか? 

 

 こういった事は、に関して一度向き合ってみると、思わぬ発見があるかもしれませんよ。