以前の記事で家のWi-Fi環境がおかしくなっただけで相当なストレスに見舞われたという話をしましたね。

 

 

 実際に私はその状況を冷静に対処はしようとしたものの、今振り返れば色々と非効率的な行動もしたし、何よりメンタル的にしんどくなってやけっぱちになっていたようにも思えます。

 

 今回はWi-Fiの不具合が起きていた時のことを、私の心の働きに注目して考えていきたいと思います。

 

 まず、結局今回のWi-Fiの不具合は原因不明というか、意外と機械にありがちな「何故かわからないけどこうなった」状態の物でした。

 

 その辺りの原因を一般家庭レベルで探ろうにも無理なので、そこはおいておきますが、その結果ピンポイントで自分が使うものだけ不調になったというのがまた苛立ちポイントにはなってしまいましたね。

 

 周りにいる人に調子悪くなってないか聞いても問題無いわけです。

 

 今振り返ると、これも心の弱さな気もしますが、きっとこれがみんな不調になっていたら多少の不平不満はあってもここまで苛立つ事は無かったと思います。

 

 そこには一人だけ悪い状態になっている疎外感の混じった不安とともに、自分しか困っていないから他の人に助力を請えない、という一種の怠け心とつながる解決への義務感がありました。

 

 正直「こんな訳の分からない面倒くさい状況誰かに任せてしまいたい」という思いはありましたね。

 

 実際に理不尽に誰かに解決を任すような事はしませんでしたが、そういう対象がいたら飛びついていたようにも思えます。

 

 他の問題点といえば、前回の記事では「want to」に近い状況になったと言いましたが、それはあくまでモチベーションだけというか、言葉とは裏腹にかなり不快感を伴うものだったんですね。

 

 それは何故かと言うと、「want to」ではあるものの根底は、自分が不愉快な状況から逃げ出したい、いわば「闘争か逃走反応」に由来する物だったからだと思います。

 

 快適なネット環境が無くなり、その不快な環境から逃げ出したいものの、逃げたところで解決の見込みがないから色々試して復旧をするというのはいわば負の「want to」ですね。

 

 この状態の恐ろしさは、本当に視野狭窄に陥りがちだという所です。

 

 最初はネットが無事なスマホで調べながらルーターの確認を行い、途中で動作確認を兼ねて別のPCを持ってきて有線で繋げての操作等をしていたんですが、そこでふとスマホが手元に無いことに気づいたのです。

 

 何のことはない誰しも起こりがちなうっかりではありましたが、恐ろしかったのが短時間にも関わらず、本当に間の記憶がすっぽ抜けていた事でした。

 

 厳密にはルーター等の動作確認作業の記憶しか無かったのです。

 

 普通物をなくした時は記憶を辿るのがセオリーですが、それをやる余地が無いほど復旧作業に集中していたのです。

 

 結局その後スマホを探すのにも大騒ぎでどんどんストレスが溜まりましたし、「もうこれは簡単には解決できないんじゃないか」という諦めも心中に漂ってきました。

 

 そうすると今度はモチベーションすら下がってきて、負のスパイラルに陥ります。

 

 こう考えると、「want to」にも以前の記事で紹介した「調べ物をしたい!」といういわば正の「want to」があれば、今回のような負の「want to」もあるんだなということが分かりました。 

 

 

 これは分かったとて逃げられるとも限らないものですが、みなさんも負の「want to」は気をつけてくださいね。