マコちゃんが言っていた大変な事件というのは、こう
いうことだったのだ。赤水が出ればお湯を沸かすどころ
ではない。
見ただけでもオレンジ色になっているが、口に含むと
鉄錆の味で吐き出したくなる。とても体を洗うお湯に使
えなかった。
伸介はなんだか不安になったので、盛んにマコちゃん
に問いかけた。だが、彼女はなんとなく言葉を濁してい
る。
「ねえ、何なの?」
「……」
「ねえ、お願い、教えて」
「どうしようかしら…」
「とっても大切なこと?」
「…、そうですよ」
「じゃ、教えて」
「秘密だから」
「人には言わないから」
「約束守れる?」
「うん、きっと」
「わかったわ。この釜はまだ使えるのに、新しいのに
変えられそうよ」
「ええ?何だって?」
「でも、それでよくないことが起きそうだから、やめた
ほうがいいわよ」
「よくないことって、何?」
「…、とにかく中止した方がいいわ」
「父ちゃんに聞いてみるしかないな」
「でも、そのときにわたしから聞いたと言わないと
約束してね」
「どうして?」
「秘密を漏らした罪で、わたしはもう伸ちゃんと会え
なくなるからよ」
「そんな、わかった。絶対に言わない」
こんなことを聞いてから数日後、親父さんが見知ら
ぬ男と釜場で話している姿が見えた。
内容はわからないが、湯槽や釜場の中を覗き込み
ながら真剣な顔つきで話し込んでいた。
伸介は格別の用事はなかったが、そばに寄ろうと
すると、親父は珍しく恐い顔をして遠ざけようとした。
仕方がないので、湯槽の後ろにある台所に行って、
その蔭から聞き耳を立てていた。
やはり釜の話をしているようだった。どうやら釜屋
さんのようだった。伸介はマコちゃんから話を聞いて
いたので、すぐピンと思い当たった。
途切れ途切れに入ってくる二人の話を繋ぎ合わせ
ると、次のような状況になっていることがわかった。
この木製の釜も長年の酷使で寿命がきていた。
そこへタイミングよく釜屋から新製品の売込みがあっ
た。
長年の付き合いということもあり、親父は巧みな
宣伝文句に踊らされ、言われるまま最新式の鉄製の
釜を導入しようとしていた。
これが、その後の親父の人生を狂わせたのである。
釜はとんでもない代物で、初めは極めて順調に稼動
していたが、その内に錆を含んだ赤水が出てくるよう
になった。
湯舟の蛇口からついに真っ赤なお湯が出るように
なって、入浴客からの苦情が絶えなかった。何度
修理しても、赤水の流れを食い止めることができな
かった。
マコちゃんが言っていた大変な事件というのは、こう
いうことだったのだ。赤水が出ればお湯を沸かすどこ
ろではない。
見ただけでもオレンジ色になっているが、口に含む
と鉄錆の味で吐き出したくなる。それは、体を洗うお
湯としてはとても使えなかった。
→「第8章 釜わらし10」につづく
