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穴吹 圭のブログ

日常の話、コミュニケーション、外国語習得法などを



中心に、小学生から大学生まで幅広く教育のあり方を



考えます。



教育についてはこれまでの経験を活かし、実際に役に



立つ内容を読者と一緒に掘り下げていきたいと思います。

 この遊びでできた人影プリントは、普通降りしきる雪

が積って跡形もなくなる。


 ところが、あるとき人影を作った後、雪がピタリとやん

で、そのまま状態で人型が残っていた。


 翌朝、家の前を通りかかった人が、3個ほどの人影

が雪の上にくっきり残っているのを見て驚いた。


 人が死んでいると勘違いしたのか、警察に通報して

大騒ぎになったことがある。


 それは伸介の遊びだったことが判明して、知り合い

の吉田警視さんからこってりお説教された。


 「伸介君、こんなことしちゃだめだよ」
 「……」
 「どうしてこんな悪戯したんだい?」
 「悪戯(いたずら)じゃありません」
 「悪戯じゃないってのは?」
 「面白かったからです」
 「面白ければ何してもいいのかい?」
 「雪の芸術なんです」
 「雪の芸術?」
 「後から降る雪が積って、消えるはずだったんです」
 「雪の芸術ね。でも雪が降ってくれなかったわけか」
 「そうです。ぼくいろんな形つくるの好きだから、だか

ら雪の芸術だと思います」
 「雪の芸術か…、うまいこと言うもんだね。でも、それ

は屁理屈ってもんだよ」
 「でも、……」
 「現実に通りがかりの人は、人が倒れていると勘違

いしたわけだからな」
 「…すみせん」
 「これから気をつけるんだよ」
 「でも、神様も悪いです」
 「神様?」
 「雪がやんでしまったからです」


 伸介はなんとか言い訳をしようとしたが、いい考え

が思いつかなかったので、つい神様のせいにして

しまった。


 しかし、それはだれからみても苦しい言い訳で、

吉田さんから注意された。


 「そりゃおかしいね。神様のせいじゃないよ」
 「じゃだれのせいなの?」
 「だれのせいでもない。それは自然の摂理という

もんじゃないのかな?」
 「摂理ですか?」
 「そうだよ。雪が降ったり降らなかったりというのは、

自然現象なんだよ」
 「……」
 「だから、神様をそんなふうにいってはいかんね」
 「ぼく将来彫刻家になりたいんだ」
 「彫刻家?風呂屋の息子がかい?」
 「ぼく物を作るのが好きだから、雪だったらタダで

できるでしょう?」
 「なるほどそれも一理あるな。でも公道で裸でやって

はいかんな」
 「家の中だったらいいの?」
 「そりゃそうだが、雪は作れないからな」
  「じゃ、ボク大きくなったら、庭に雪を積らせる大き

な家を作ってみせる」
「あはは、そうかそうか。せいぜい頑張りといいぞ」


 吉田警視さんは伸介に厳重注意するどころか、すっ

かり彼の奇抜な考えに感心し、励ましくれたりした。


 伸介は叱られたことも忘れて、逆に励まされたこと

ですっかりその気になっていた。


→「第9章 深夜の雪遊び3」につづく


ペタしてね


   ゴミ箱がないからどうする?


 最近は、エコ感覚が徹底してゴミを出さないという

発想から、自分が出したゴミは自分で持ち帰るという

運動が浸透しているようです。


 そういえば、かなり前から公の場所でゴミ箱がなく

なっているのに気がついていましたか。特に鉄道の

駅からほとんど消えてしまっています。


 ことの始まりは、かなり以前に不特定多数を狙った

ゴミ箱の爆発事件の影響で、駅のゴミ箱がほとんど

撤去されてことにあるようです。そういう対応になった

事情は、それなりに理解できます。


 ただ、駅や公園だけでなく他の公の場所でも、気

になることがあります。


 それは公立図書館の例ですが、ゴミ箱がまったく

ないため、かなりの男性がトイレに入って、トイレット

ペーパーで手を拭き取ったあと、トイレに流している

からです。


 そういう事実を図書館員は知っているのでしょう

か。手を拭いた紙を捨てるために一回に流す水量を

考えて見ると、貴重な資源の無駄になっている

はずです。


 図書館のフロアでは外見上はゴミがなくなって

スッキリしているようですが、トイレの中ででゴミを

処理している人がいるということに問題があります。


  デパートやスーパーのトイレでも同じことが起こっ

ているので、このまま関係者が気づかないで放置

しておくと、よくない状況になるのではないでしょう

か。


 ですから、早急に利用者の良識に訴えるよう

方法を考えて欲しいと思います。


 もちろんそんなことを平気でやる利用者がいること

自体、不謹慎なことはわかりますが、ケータイと同じ

で何度も注意を促していくより方法はないと思われ

ます。


 トイレットペーパーで手を拭くような人は、ぜひ自分

のハンカチを持って外出し、きちんと手を拭くように

するのが当然ではないでしょうか。


 まったく子どもじみた行為ですが、現実にこんな

ことが起こっているのですから、お互いに注意して

いきたいものです。


ペタしてね


 

 

 雪国の深夜は、通りに全く人影はなく、漆黒の闇に降

る粉雪が幻想的でさえある。


 粉雪の風に吹かれて舞う姿は踊り子のように軽やか

うえ晴れやかだ。


 そして、雪は楽しげに歌ったり、囁きあったりしている

ようだ。積った雪の上に着地する瞬間、「サワッ」とか

「サクッ」という音を立てる。


 だから、綿雪が間断なく降り積もる音は、「サワサワ」

とか「サクサク」という囁き声のように聞こえてくる。


 今日も湯舟の掃除が終わったのが深夜の12時近く

だった。9時ごろから降り続いた雪は40センチの新雪と

なって、あたり一面を綿雪が真っ白に覆いつくしている。


 浴場前の通りは人の通った跡の細い道筋が、まる

でけものみち(獣道)のように続いている。


 伸介はフロ掃除の合間を縫って表に飛び出し、新雪

の上に思い切り倒れるのが大好きだった。


 両手両足を大の字に広げ、真直ぐ倒れると、パッと

粉雪が舞い上がり、身体の下の雪がジュッと立てた

音が聞こえる。


 綿雪の冷感が火照った身体を柔らく包み込み、その

冷たさをほとんど感じさせないくらいだった。


 むしろ呼吸が苦しくなって顔を上げて立ち上がると、

綿雪の中にくっきりと人影が出来上がる。


 顔や体つきの輪郭もくっきりと固めたプリカのような

ので、おもしろくなって何度も湯舟に飛び込んで冷え

た身体を温めると、また外に飛び出して雪の上に倒れ

込んだりする。


 するとたちまち自分の分身が3個ほど出来上がる。

横向きや斜め向きになったもの、手足を交互させて泳

いでいるようなもの、さまざまな形で、まるで雪上の

人影彫刻のようだった。


 世の中いろんな芸術のフォルムがあるけれど、雪上

に人影を押し付ける形式はないだろうから、これは恐

らく伸介のオリジナルでななかろうか。


 親父はあきれてその遊びを見て笑っているだけだっ

たが、あまり度が過ぎると叱られるのが常だった。


 「こら、いつまでやってるんだ」
 「はーい、もうちょっと」
 「もうちょっとじゃない」
 「わかったよ」


 と言いながら、伸介が雪煙を上げて飛び込むのを

やめないと、ついに雷が落ちる。


 「いい加減にせんかい!」
 「あと少しで完成なのに…」
 「なにブツブツ言ってる。風邪を引くじゃないか」
 「ハーイ」


 これ以上親父に逆らうと、ビンタをくらうので、諦め

ざるを得なかった。


 こんな他愛のない遊びだったが、伸介は冬の夜に

掃除を手伝うときは、これが唯一の楽しみだった。


→「第9章 深夜の雪遊び2」につづく


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