穴吹 圭のブログ -32ページ目

穴吹 圭のブログ

日常の話、コミュニケーション、外国語習得法などを



中心に、小学生から大学生まで幅広く教育のあり方を



考えます。



教育についてはこれまでの経験を活かし、実際に役に



立つ内容を読者と一緒に掘り下げていきたいと思います。

入り口から彼の能面のような顔が入ってきて、伸介の

前で立ち止まった。


 「やあ、どうもどうも」
 「いや、どうも」
 「お待たせしまして」
 「いやいや」


 いつも通りの挨拶を交わしながら、交差点の方に行っ

た。自分たちもこのサラダボールの中にかき混ぜられ

るように入っていった。


 しばらく人に揉まれながら交差点から高いビルの蔭

に回り、喫茶店に入っていった。喫茶店に入っても相

変わらず健太がしゃべ喋りっぱなしだった。


 「ところで、渡辺さん、同窓会はどうしても出席でき

ないでしょうか」
 「ええ、それはもうお断りしたはずですが」
 「そこをなんとか」
 「そう言われてもねえ…」
 「実は先生から、ぜひ渡辺君も来て欲しいとことづ

かっているんですが」
 「先生から?あの担任の古谷先生?」
 「そうなんですよ。昨年癌の手術をされたんだけど、

手術は上手くいったんだけど、すっかり弱気になられ

て」
 「それでみんなの顔を見せて、元気になってもらおう

と考えたわけです」
 「そうですか、癌の手術ねえ…」
 「だから、ぜひ出席してくださいよ」
 「でもね、それとこれは別の問題だし」
 「そうじゃないんですよ。先生直々に君の出席依頼

があったんでね」


 (おや、いつの間に「君」と呼ぶようjになったんだろ

うか…


 伸介があまり乗り気でないので、健太も少しいらつ

き始めていた。これは面白いこととになってきた。


 昔のようにすぐ頭に血が上って飛びかからない代わ

りに、じっくり相手を観察しながら焦らすにもいい作戦

だと思った。


 健太は身長180センチぐらいあり、肩幅が広くてがっ

ちりした体格である。髪はオールバックにし、ポマード

頭ががテカテカと光っている。


 色白だが、太い眉の間から鷲鼻が中央にデーんと

構え、落窪んだ眼から鋭い眼光を放っている。唇は太

目で喋るたびに上下によく動く。


 並んで歩くとちょっとヤーさん風で、一種異様な雰囲

気があるらしく、すれ違う人は一様に道を譲ってくれる。


 伸介も175センチ以上あるので、二人が歩く姿は威圧

感があるのかも知れない。


 喫茶店で、健太が伸介にこのように面と向かって話

していると、確かに他人が近寄りがたいのであろう。


 「本当、お願いしますよ」
 「そうおっしゃってもねえ」
 「これだけ頼んでいるのにダメですか」
 「すみません」


 彼の眉間の皴が一層深くなり、苦渋の気持ちが表情

に浮かび上がってきた。彼は一考を案じるように目を閉

じてしばらく考えた。


→「第9章 深夜の雪遊び6」につづく


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          梅雨明け宣言


 今年の梅雨は結構雨量も多く、毎日傘を持って外出

しなければなりませんでした。


 しかし、昨日は一部の地域を除き、ようやく梅雨明け

宣言が出たようです。


 宣言が出たからからでしょうが、どこかにホットする

気持ちと、暑い夏がまたやって来るという思いが微妙

に心の中で交差します。


 こういう気持ちになるのは、桜開花宣言のときに、

冬から温かい春に向かうときの気持ちと、どこか

通っているような気がします。


 子どもの時分は、ギラギラ照りつける太陽の下で何

時間遊んでも平気でした。ただどうやら紫外線が身体

悪いということがしばしば警告され、このごろは気を

つけるようにしています。


 ですから、一時若い女性に流行ったガングロなどは、

身体の皮膚細胞を破壊しているようなもので、歳をとっ

てから体中が染みだらけになるらしいので、なんだか

恐ろしくなりますね。


 紫外線といえば、もうすぐ日本の各地で皆既日食が

みられるそうですが、マスコミでも連日直接見ないよう

警告を発しているようです。


 そういえば、32年前にオーストラリアのメルボルンに

滞在していたとき、皆既日食を見たことがあります。

真昼なのに辺りが夜のように真っ暗になったのを経験

したことがあります

 科学が発達していなかった時代には、不吉な現象

として占いの予兆として恐れられたというのも、なんと

なく理解できます。


 とにかく、これは滅多に見られない自然界の大きな

出来事ですが、あまり大騒ぎすることなく、静かな態度

で楽しみたいものです。


 皆既日食になるまでテレビで見ていて、その瞬間

だけ自分の目で確かめるのが、一番安全な方法だ

そうですよ。


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 3日後の夕方、伸介は仕事帰りに渋谷ハチ公前に

行った。ここはいつも人待ち顔の集団でごった返して

いる。


 いつもスマイル党という緑の旗を立て、ハンドマイ

でがなり立てている中年のおじさんの姿はない。


 眼前の交差点のスクランブルは、青になるとドッと

蟻の群れのように信号を渡る人間で埋め尽くされる。


 しかも多くの携帯を持ったサルのような人間どもが、

俯いてひたすら手の中の画面を見ながら歩いている。

それはなんともいえない奇妙な光景だ。


 茶髪やロンゲ、ミニスカやメードファッション、、田舎

人や都会人、西洋人やアジア人も入り混じった人間

のサラダボールの中にいるようだ。


 ここはいったいどこの国にいるのか、まるで見知ら

ぬ外国の道端にに佇んでいるようで、どこか特定でき

ない映画のワンシーンのようである。


 (なんて雑多な人間が多いんだ。それにみんないっ

たいどこへ行くんだ…)


 と心中でつぶやきながらボーッと人影を見るともなく

見ていた。


 伸介の出身大学は渋谷の近くにあったので、この

交差点はよく知っていた。それにも関わらず、伸介は

ここに来るたびに日本は完全に変容を遂げたと嘆息

せざるを得なかった。


 ハチ公の前はベンチでなく、腰掛の位置に金属製の

レールがついていて、みんなそこにちょこんとお尻を

乗っけているだけである。


 そして、使われなくなった昔懐かしい都電の車両が

一台設置され、東京都の広報車として使われいる。


 疲れたときや雨降りのときに中に入って腰掛ける

ことができるので、助かるときがある。


 ただ30分も坐っていると、中にいる係りの年配男性

が、退出するように声をかけるので、それがただ鬱陶

(うっとう)しくなることがある。


 この都電の車両は、高校時代に毎日のように学校

まで乗った思い出がある。スピードはそう速くないが、

チンチンという音と立てながら横に揺られて走る姿は

堂々としていた。


 その頃からノロノロと走る図体は交通渋滞の元凶の

ようにみなされ、どんどん路線から姿を消していった。


 今は荒川土手近辺を走る路線だけが残されている

が、まったく下町情緒もそれと同時に消滅していった

ので残念でならない。


 伸介はこの都電の中で一休みするたびに、自分の

高校時代を思い出すが、今日はその追憶が稲田君に

よって破られた。


→「第9章 深夜の雪遊び5」につづく


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