習うより慣れよ
先日、世界水泳選手権中に亡くなった古橋広之進さ
んは、選手に向かって「魚になるまで泳げ」という言葉
を残されたそうです。
これは、まさに「習うより慣れろ」という慣用句にも通じ
る名言ではないでしょうか。
人は何かを習得しようとするとき、壁にぶつかるとすぐ
弱音を吐いたり、途中でやめてしまう傾向があります。
確かにも目前の障害に悩み、自信をなくしてしまうこと
をよく経験します。
しかし、それは人間の精神的な弱さや逃避的な姿勢
に強く働きかけ、挫けず最後まで続けるという叱咤激励
の言葉だと思います。
つまり、「魚になるまで泳げ」というのは、魚のように水
と身体が一体になるまで練習しなければ、本当に練習
したことにはならないという意味なのでしょう。
習得すべきことが身体に馴染むまで、たとえそれが
どんなに単純なことでも、繰り返し練習することによっ
て、身体が自然に覚えてしまうというのです。
人は何か新しいことを習うとすると、妙に力が入ったり
ぎこちなかったりします。しかし、何度も練習するうちに
身体に馴染んでくるのを経験したことがあるはずです。
古橋さんは、かつてインタビューで、「一日にどれだけ
の距離を泳いだかわからないが、多分3万メートルぐら
いは泳いだだろう」と言っていました。その画面を見た
とき、彼はまさに練習の虫のような人だと仰天してしま
いました。
私などはプールで一生懸命泳いでも、せいぜい500m
ぐらいが関の山で、いかに神業的な練習量かがわかり
ます。
何事にも地道な練習が必要で、自分が納得するまで
練習しているうちに、3万メートルという途方もない距離
になったのでしょう。
戦後間もない社会情勢下で食糧事情が極端に悪く、
しかも国民が敗戦で意気消沈していて時期に、ロサン
ゼルスの全米選手権で、次々と世界新記録を樹立した
のです。
一人の努力のスイマーが果敢に記録に挑み、反日
感情の強かったアメリカ国民に感銘を与え、「フジヤマ
のトビウオ」と絶賛されたということです。
このとき、彼は食べるのも精一杯で、主食はスイトン、
マメカス、トウモロコシで、米は一升30人分をのお粥に
したそうです。選手は交代で農家を回り、買出したイモ
の半分は闇市でさばいてやりくりしたという話が残って
います。
こんな状況で力の尽きるまで、自分のためばかりなく
日本国民のために、命をかけるような気持ちで競技に
臨んだ姿に、ただ頭が下がる思いで一杯です。
彼にとっては、一人で戦った大戦後のリベンジだった
のでしょうが、爽やかな笑顔の中に、本当のスポーツ
マンシップの精神を見たような気がします。
古橋さんの長年にわたるスポーツ界への貢献に感謝
するとともに、ご冥福をお祈りしたいと思います。
