介護保険でヘルパーさんをお願いしている人が 周囲に増えてきた。
その割りに、ヘルパーをしているという人は余り居ない。
ヘルパーをしていたが 辞めたという人は いる。
この需給バランスの悪さは いずれ自分にも係わってくる問題点なのだろうなと思う。
昨日、利用者さんとヘルパーさんの会話が耳に入ってきた。
利用者さんは 今来てくれているヘルパーさんの仕事の粗さが気に入らない様だ。 人を替えて欲しいと言っている。
しかし、一方は人手不足を理由に話は平行線のまま。
ヘルパーさんは 同じ仲間であるその人の良いところを話して 何とか現状維持でと願っている。
そんな話を<ヘルパーを辞めた>友人に話したら 彼女曰く
『多少 粗っぽい人の方が長続きするのよ』と。
何で辞めたの?と聞いたら 神経が持たないと。
してあげたくても出来ない事が多すぎるとも。
例えばベッド周りの掃除をしても 布団を干したり シーツを洗濯したりは出来ない。
じゃあ誰がそれを取り込むの?って話になるから。
本人が出来ないし、また取り込んでベッドに敷いてあげるのは別の時間の別料金になってしまうと。
私も、昨日は近くの高齢女性の日常支援のボランティアをしていた。
この<日常支援>というのは 要は先方が困っている事を助けてあげることだが…
困っていることは多岐に渡り それぞれ解決方法は世の中の色々な支援を利用すれば出来ないことではない。
移動には介護タクシー、家政婦さん、シルバー人材、お掃除業者など等…
しかし こういう世の中の仕組みを使って生活の問題を解決していくには とにかくお金が掛かる。
それと こういう年代の人には<情報力>がない。
なので あ~したらいいのに こ~したら助かるのにと思いながら そのまま暮らしている事が多い。
その辺をヘルパーさんとすみ分けしながらの<日常支援>なのだが…
目下 入院中のAさんは 退院する前に家の中の消毒(バ○サンを焚くとか)をしたいと願っている。
ヘルパーさんは手伝ってはくれるけど、時間もしてくれる事も限られている。
なので、まず 私が病院へ一時帰宅の迎えに行った。
帰り道で <煙の出ないアー○レッド>を3個購入。
家に戻ると家財道具に新聞紙を被せたり電化製品をビニール袋で覆ったり。
本人は 何も出来ないので ほとんど私がやる。
そうこうしている頃にヘルパーさんが来て 少し手伝ってくれる。
最後の点火(実際は足で踏むだけ)はヘルパーさんに任せて 私は Aさんがクリーニングしたいという冬布団3枚を 私の車に乗せる。
(それこそ 誰がクリーニングに持って行って 引き取りに行って 戻ってきたら乾燥させて 仕舞うの?って感じ)
病院に戻る前に 何か食べたいというAさんと近くの喫茶店に行く。
冷麺とコーヒーゼリーを美味しい♪と嬉しそうに食べる。
家族が居れば…もし 私が本当の娘ならと思う。
Aさんは一人暮らし。 ダンナ様は昨年 亡くなった。
子供は居ない。
身体が弱い彼女を ダンナ様が支えて二人で生きてきた。
そのダンナ様が末期の状態で入院していた時に 何度も起こる圧迫骨折で思うように動けない妻を気遣って ドクターに退院させて欲しいと申し入れたそうです。
理由は 『帰って妻を介護してやらなくてはならない』と。
それを聞いて涙が出ました。
どれほど奥さんの事を心配しながら、心を残しながら逝ったのだろうと。
ご本人・ヘルパーさんとボランティア(私)のトライアングルで 少しでもAさんが快適に過ごせるようにお手伝いしていかなくてならない........
のですが…19時過ぎにAさんから電話が掛かって来ました。
『家の鍵をちゃんと掛けたかどうか心配なの。
霧が凄い勢いで出てきてむせるから焦っていたので。
見てきて貰えないかしら』
日常支援は根気が要ります。