qui est-ce que je suis? -37ページ目

「こんなもの」ってどんなもの?

前々々回、


「人生こんなもの」の「こんなもの」って?


前々回、


「日本社会の“見えざる”レール」


前回、


「見えないものの=存在していないもの」



からの続き。




「こんなもの」って言葉の意味、



それは



何かしら基準とするものがあるから。


「こんな」って指示代名詞だもんね。

何かを指してる言葉。



そしてそれは多分、


社会が勝手に提示している“なんとなーく”なだけであって、


それを追随すべきと思い込まされる教育の悪しき産物なんじゃないかな。



なので、そもそもその「基準(とされているもの)」が


自分にとって価値があるのか、目指したいのか、


というところから疑ってみるべし。


安定ってなんぞや、っていう社会の仕組みなってきてるしね。



なんとなくな「こうあるべし」って自分の首をしめるだけだと私は思っていて。



今の現実をまずは100%肯定してみる、


で、そこから、


「こうすれば110%に」


「こうしたら150%に」


って上を見ていけばいいと思う。



無い理想ではなく、


在る現実をまずは見つめてみること、



そして



名前も知らない誰かが描いた基準ではなく、


「自分はどうなりたいか」


の自分主体で考えてみること、



それが人生づくりの一歩じゃないかなって。



人生に息詰まったと感じても、


それは自分自身が求める姿を見直すチャンス!ぐらいに思って、


自分の人生を攻めていく自分でありたい、と自分に言い聞かせるようにしている。



(「息詰まった」という感覚も、


現実ではあるけど現象に過ぎないと私は思ってる。


これについては別の機会に:) )




悩む必要は実はどーこにもない、


人生まるごとはただ受け入れるだけで


驚くほど軽くなる。


私はタイの雑踏でそれが突然降ってきたの!


それも書きたいなあ。