うさぎとかめ、ありときりぎりす
有名な童話。
ちなみに私は…
うさぎにきりぎりすです。
もううろ覚えだけど、
この2つの話って
「こつこつ堅実に生きましょう」
っていうのを説いてるんだっけ?
私は昔から今もずっと、
物事を「なんで?」って思ってしまう癖がある。
(あ、人の言葉は別。全部そのままに受けとる。)
「なんでうさぎときりぎりすになってはいけないと教えるんだろう?
どこがだめなの?」
幼心にそう思っていたことを今も覚えている。
そう尋ねたおとなは決まって、
「なんでって…誰の目にも明らかでしょ」
と言うだけで、
それがなぜなのかまでは説明できなくて、
こども心に納得いかなかった。
せっかくなら、
「いろんな生き方がありますね」
「それぞれが幸せと思える方法で生きていますね」
「お互いを尊重することが大切ですね」
って言えばいいんじゃないかな?
そういう私はうさぎ、きりぎりすタイプ。
やる必要があると自分で判断した時はみっちり集中、
やりたいことをやりたいようにやって
(仕事中は仕事に集中、あそぶ時はあそぶ)
そうして自分の生活を楽しくしてる。
だけど、かめではない、ありではない自分を、
落ちこぼれとも変わり者だとも落第とも思ったことはない。
だってこれが自分で、
自分の望んで描く生活で、
自分が求めている人生像をかなえるべく動いている自分、
自分らしさだから。
親も含めた周りから、
「いいね、自由に生きられて」
「いつも楽しそう」
「悩みなんてないでしょ」
って言われる。
けどそれは、
主体的に自分が楽しく生きるように選択して決断して生きているだけ。
自分をハッピーにするもしないも自分、
ということを知ってるから。
だからそもそもの前提が必要ないと思うんだよね。
二者を比べる必要が果たしてあるのか?
その人の人生はその人のもの、
生き方も人の数だけある。
なんでみんな比べたがるんだろう?
その比較習性から離れない限り、
世間体やすりこまれた「こうあるべきモデル」
(名のある大学を出て有名な会社に一生勤めることが美学、というような)
に翻弄され続ける。
結局そんな実体のないものは、
自分の人生を豊かにもしなければ保障もしないというのに!
そのことに気づいていない人がなんと多いんだろう、って思う。
人と比べてもその人の人生が手に入るわけでもないし。
比べるためではなくて、
自分の成長のためにいろんなものを見て
それをとりいれて糧にすることは
人生を彩る過程となるけど。
コンプレックスだらけで
「もうこれ以上生きなくてもいいかなー」とまで思いつめたこともある私が、
いかにして自由で幸せに生きるすべを手にしたのかを伝えることによって、
自分の人生は自分次第でいつでもいかようにも
自由に変えられるというメッセージを届けられたらな、って思う。
今のところはまだ、自分への備忘録にすぎないけれど。