定義は人それぞれだけど
なにげなく
「努力ってしたことないなー」
って人前で言ったら大ひんしゅくを買ったことがある。
「えっ!?」ってあからさまに引いてる女子とか、
「どんだけ甘ちゃん!」ってげきを飛ばす男子とか、
反応はさまざまなんだけど、みんな共通して非難気味な顔してた。
私が言う「努力」と、その人たちの「努力」の定義がちがっただけ、
なんだけどね。
私は、自分が設定したゴールを達成するための行動を努力とは呼べないと思っている。
必要に迫られてやるべき事をこなす、っていうのはあたりまえで、
それを努力と呼ぶのはおこがましい、というか。
だからね、例えば大学受験の時、
自分で自分の可能性を狭めることはしたくなかったから、
自分でカリキュラム組んで1日10時間以上勉強してたけど、
それを努力したなんて思ってない。
新体操で大会に出る時、誰よりも早く練習に行って遅くまでコーチと話して
家では曲かけてイメージトレーニングしたり柔軟したりしてたけど、
それを努力だったなんて微塵も思わない。
それが必要だと判断したからやってただけ。
あと、私の場合は「楽しいことしかやりたくない」ってたちだから、
(だって短い人生もったいないじゃん!つまんないことに時間費やしたら)
なんでも楽しんでしまう。
楽しめるようにやり方を工夫したり、
自分の気持ちをもっていくように考え方変えてみたり。
興味があるからやってみたい、っていうのが全ての原点だと思う。
だからその“初心”に忠実に。
サッカーの香川も、ゴルフの石川遼くんも、野球の斎藤佑樹も、
彼らの日々の鍛錬を努力だとは感じていないと思うんだ。
でも、日本って「苦労した人がえらい」みたいな空気があるでしょ。
だからこうやって公言すると、
「どんだけ頭いい自慢だよ!」とかって言われちゃう。
誰も「勉強したことない」って言ったわけじゃないのに。
あたりまえのことをあたりまえにやったその先に何があるか、
が大事なのに。
あえて「努力とは」を言葉にするなら、
「意志を継続させる力」のことだと私は思う。
人の気持ちは変わりやすいから、
どれだけコミットしてそのために邁進できるか、その強さを維持できるか、
が結果的にはゴールへ導くパワーだと思うなあ。
でもいちいち「いやいや努力したことないっていうかそもそもね…」って
説明するのも言い訳みたいだから、
とりあえず人前ではこの話するのはやめることにした。あはは。