エレファント


2003年 アメリカ

監督 : ガス・ヴァン・サント

出演 : ジョン・ロビンソン アレックス・フロスト

配給 : 東京テアトル、エレファント・ピクチャー

1999年に起きた米コロラド州コロンバイン高校の銃乱射事件をモチーフに描いたドラマ。

2003年カンヌ国際映画祭でパルム・ドールと監督賞のW受賞という史上初の快挙を果たした。


「ねぇねぇ。」と思わず声をかけたくなる。


まるで真横にいるような錯覚を覚えるほど、リアルだ。

この映画には、主人公がいない。誰の主観も入っていない。

自分もこの映画の世界の一員になったみたいだ。

学校という空間の中で、同じ瞬間に、それぞれが、いろんな思いを抱いている。そしてひとつひとつのドラマが絶妙なタイミングで重なり合っていく。

それをリアルに体感できる。

同じ時間にいろんな場にいるなんて、ひとりの人間である以上、絶対無理な話だけど、

映画ならそれが出来ちゃう。


嫌われ者がいたり、いじめっこがいたり、人気者がいたり・・・

カラフルでおしゃれな校舎とファッションを除いては、日本の学校とさほど変わらない。

「一見なんでもない学校生活・・」

と思ってみてたら、ダークな部分が見え隠れしはじめる。


電子音の入り混じった奇妙なジャズや

シンプルだけど心に訴えかけてくるような、ピアノによる「月光」は、

「これは普通の学園ドラマじゃない」と釘をさされたような気分にさせられる。


当たり前のように、食べたものを吐き戻す女の子たち。


怒りをぶつけるように、ベートーベンを奏でる少年。


それを聴きながら残酷なゲームにはまる少年。


ヒトラーの鍵十字に異様な関心抱く少年たち。


そして、インターネットで銃を購入・・・。


なんでもない日常的な学校生活が、ふたりの少年の決断で、もろくもガラガラと崩れ落ちる。


そして一瞬で地獄と化す。


私たちの周りの学校のほとんどは、この地獄の一歩手前の状態なのかもしれない。

always

2005年 日本

昭和30年代の、古き良き日本を舞台にした心温まる感動ドラマ。


「いいなぁ こんな世界・・。」

始終、顔がほころびっぱなし。

うるっとくる場面もある。そしてまたすぐ笑顔に戻る。

ひととのつながりのあたたかさがひしひしと伝わってくる。

「ものじゃない。もっともっと大切なものがある。」と強く実感した。

隣で観ていた母は感動して泣いてばっかりだった。

「どうだった?」と聴くと、「懐かしい!!」の一言。

その一言が言えない自分が少し悲しかった・・。

だって、私は昭和を少ししか体験していないし、

テレビも冷蔵庫も当たり前の時代しか知らない。

「感動して涙がとまらなかったんだけど、ふと横を見たら、同じ場面で隣の若い女の子まで号泣してるの。若い子達にもこの気持ち、分かるのかしら。」

母の同年代の友人の言葉。

「懐かしい」の一言で片付けていい映画だろうか。

「懐かしい」を通り越して、日本人の気質、人のつながりのあたたかさの方にスポットをあててほしい。

じゃないと、よくあるテレビの特番の「懐かしの歌謡曲メドレー」みたいに、一部の人たちのものになってしまう。(あのときの親の盛り上がりに入り込めないもどかしさといったらない・・)

あとひとつ気になった点。

この映画の中で、お金持ちや物質的に豊かな人たちは、何故だかほとんどが敵のように見えてしまう。

最近、悪役がいないドラマが多いだけに、そこが異様に気になった。

変な話だけど、どっちかというと、現代の私達は敵側の人間だ。

感動してにっこり笑いつつも、同時に「自分は決してこの時代の3丁目の一員じゃない。」という現実をつきつけられた気分になり、どうしようもなく、寂しくなった。

「懐かしいわぁ」

遠い眼で満足げに笑う母との間に、ちいさな距離を感じてしまった。


アワーミュージック

2005 フランス

監督 : ジャン=リュック・ゴダール

出演 : ナード・リュー サラ・アドラー

配給 : プレノンアッシュ 

この映画は、3つの物語で構成されている。

痛々しい戦争映像のモンタージュの連続の「地獄編」と

大学の講義に招かれたゴダールと、女学生のオルガとの交流を描いた「煉獄編」とオルガのその後を描いた「天国編」である。

ゴダールはゴダール自身が演じている。

ゴダールの講義を聴いていた女子学生のオルガは、ある一大決心をする。


あたたかい。

こんなゴダールはじめてだ。

75歳を迎えたゴダールは、集大成のようにまるくまとめるどころか、今までにない新たな世界をつくりあげた。

巨匠ゴダールを自分が語るのはなんだか恐れ多いけれど、

今までのとはちがう。それだけは、はっきりと言える。

まず、タイトルの「わたしたち」。

この映画は、映画館で、わたしたちが観ることによって、初めて「かたち」になる。今までひとり歩きしてきたゴダールがふと立ち止まって、ゴダールと、わたしたちみんなのための映画をつくってくれた。

相変わらず引用は多い。

全てを理解するのは困難だ。

でも頭をからっぽにして、眼を見開き、耳をすまし、ゴダールの世界に身を預けてみたら、きっとなにか発見があるはず。

「むずかしそう。」「意味わかんない。」

長いとこゴダール食わず嫌いだった人。

そんな人にこそ見てほしい。

「地獄編」は、まるで肌に容赦なく突き刺さる真冬の突風の中にいるみたいだ。

思わず眼を覆いたくなるような痛々しい映像が次々と流れ込んでくる。

でも、絶対眼をそらそうとはしなかった。

ドラマの手術映像でさえ耐えられない私が、始終眼を見開いて受け入れることができたわけは、多分音楽のおかげだと思う。

ドラマチックでいて、懐かしささえ感じられる不思議な旋律は、冷たい風から守ってくれるマフラーみたいだ。

うまく言葉で現せないけれど、この映像たちは私を怒りと疑問でいっぱいにさせた。


「火事のとき、家具を運ぶのはバカげている。

敗者としての幸運をつかむべきだ。」

この言葉が頭のすみっこにずっと残ってはなれない。

勝ちがあれば負けもある。

勝利に酔いしれる人がいれば砂をかき集める人がいる。

ひとつの事実にも2つの真実があるんだなぁと考えさせられた。

敗者の中の幸運という考え方が新鮮だった。

エンドロールが終わって、明るくなって、ゴダールから「君はどう思う?」とマイクを渡された気分。

まさに「わたしたち」の映画である!

sayuri


9歳で花街の置屋へ売られた千代は、下女として働いていた。ある日、辛さに耐えられず泣いていた千代は、ある男性から優しく慰められ、いつか芸者になって会長さんに再会したいと願うようになる。時が経ち、15歳になった千代は、芸者の中でも評判の高い豆葉に指導を受け、「さゆり」としてその才能を開花していく。そしてついに、あの男性と再会することになるが…。

2005  アメリカ

監督 : ロブ・マーシャル

出演 : チャン・ツィイー ミシェル・ヨー コン・リー

      渡辺謙 桃井かおり

配給 : ブエナ ビスタ インターナショナル・松竹


「吹き替え版って、あれ・・日本語ですよね?」
混乱しきったお客さんの顔。


日本が舞台である芸者の映画を、ハリウッドで中国人が演じ、日本語に吹き替えられたものを日本人が観る。 

なんだか不思議な感じ。

「考えるのではなく、感じるて観るの。ロブ・マーシャルのパラレルワールドを観る気分で。」

という、どこかの批評家からのメッセージを胸に、どきどきしながら席についた。(字幕版にしてみた)


うーん。 悲しい。

「理屈で考えて、ありえない!」という怒りより、何ともいえないむなしさ、悲しさがじわじわと押し寄せてきた。


わたしは頭がかたいかなぁ。

「たかが映画なんだから。英国人がフランス人演じたりもするでしょ。」

と言う声が聴こえてきそうだけど、やっぱり、何だか違和感を感じてしまう。


「オリエンタル」

かつて西洋人は、アジアの美をこの一言でひとくくりにした。

「日本をイメージしたの。」

と語るアメリカ人歌手のミュージッククリップはどう見てもチャイニーズテイストだったりする。

アメリカ人から見れば、日本人も中国人も、さほど変わりないのかもしれない。

海外に旅に出たとき、「ニーハオ」てやたら挨拶されて嫌悪感を抱いた。

でも日本人だって、西洋人を見かけたら、「ハロー」と言ってしまうだろうし。どっちもどっちかもしれない。


この映画を観て発見したうれしいことは、自分が日本がだいすきなんだってこと。

(国民だから当たり前じゃん ていわれそうだけど)

抹茶味のお菓子をやたらに食べたがるとき。旅館に泊まって浴衣に袖を通したとき。あったかい温泉につかったとき。

「自分、日本人だった!」と再確認して、「あ~日本人でよかったな。」て思う。

真っ赤な口紅に満開の桜。チャン・ツィーの舞は見事。

すばらしい映像美の連続で、贅沢な世界に迷い込んだ気分になった。


そしてこの映画のこわいとこは、その日本人としての喜びと、日本人が演じきれなかったという悲しさが、ごちゃまぜにになるところだ。

目が覚めるような鮮やかな色彩美に浸りながらも、どこか悲しさをぬぐいきれない。


映画の中の街はいつでもお祭りのようににぎやか。

私は気づかなかったけれど、着物を右前に着付けていた役者が映っていたらしい・・。

西洋の色眼鏡から覗いた不思議な世界。


「姐さん。サンキュー。」

「ご苦労様。グッバイ。」


和洋が入り混ざった変な会話と同様に、私の心の中も複雑だった。



jazz singar

1927年 アメリカ

監督 : アラン・クロスランド

出演 : アル・ジョルスン メル・マカヴォイ ワーナー・オーランド

配給 : ワーナー・ブラザーズ・スタジオ

ロシア系ユダヤ人の少年ジェイキーは、司祭である家柄を重んじる厳格な父に大好きなジャズを歌うのを禁止され、家出をしてしまう。数年後ジェイキーは、彼の歌に惚れ込んだ女優の援助を得て大舞台のチャンスを掴む。 しかし、 念願のブロードウェイの初舞台の前日に 父が倒れたとの知らせが…。

本格的なトーキーの世界初の作品として、社会現象を巻き起こした名作。


「まだ。まだまだだよ。お楽しみはこれからだ!」


俳優が映画で初めてしゃべった、あまりにも有名な言葉。それまで映画はサイレントだった。


「映画がしゃべった!」 

今となっては当たり前のことだけど、当時からしてみれば大事件!

この映画は1/3がトーキーで、2/3がサイレントで出来ている。

オープニングからしばらくずーとサイレントだったのに、急に俳優があの名言をしゃべりだす。

まさに、映画の歴史を塗り替えた瞬間である。

真っ暗なとこから出てきた時、眩しい光に感動するみたいに、素直に感動してしまった。


当たり前のことが、かつて当たり前じゃなかった時代は何にだってあるはず。

当たり前に囲まれてしまった現代だけど、ちょっとだけ脚をとめて振り返ってみたいと思う。


馬車から自動車への普及・ラジオ・大規模な映画館・電気にガス、水道が生活に浸透・・。

1920年代はたくさんの当たり前が生まれた。

この時代には本当に魅力を感じる。


ミュージカル映画にしては、音楽、ダンスは少なめだけど、「家族」と「自分の生きる道」の選択に思い悩むストーリーは奥深く、考えさせられた。80年近くも昔の設定だけど、人間はいつだって同じようなことに悩み、喜び、心を動かされるんだなぁ。観た後は家族に優しく接したくなる。

心に残った主人公のセリフ。


「僕は自分に合った人生を生きる!」


ガンダム


前から、何だかすごいエネルギーをびしびし感じてた。


公開後すぐのパンフレット売り切れ。

グッズを買い占めるガンダムファン。

開場するとき、「待ってました!」とばかりに目をきらきらさせる大人たち。

エンドロールが終わっても、続編の予告編が終わるまで一向に出てこないお客さん達。


正直、「一部のマニアしか観ないもの」と思ってた。なのに、この多さ。


何で。何で! と思い、観てみることにした。しかも2から・・汗


わたしのガンダムの知識は無に近い。

知ったかぶって「アムロでしょ」と言ってみたら「発音が違う~」と笑われた。

1と2のポスターを間違えて貼りそうになり、ひんしゅくを買われた。


初めて観てみて。

知識がないせいか、ちょっと難しかった。頭を「ガンダムモード」に切り替えないと入り込めない。横に解説者欲しい・・。

幼児入場可の映画だけど、最近の子供たちは高度なもの観るなぁ。知らない固有名詞いっぱいでてくるし。あ。2から観たせいか・・汗


「悪者がいない。」

と感じた。私が昔よく観てたアニメでは、敵の服の色は紫とか趣味悪い変な色合いで、目つきもひどくって、子供でも一目で「悪者!」て分かる。それで、「悪者」をゴミ箱に力ずくで閉じ込めちゃっておしまい。めでたしめでたし。 という、実に単純なパターンが多かった。

でもガンダムはそれぞれが考えを持っていて、敵同士が恋におちたりする。だから「悪者」の一言で片付けられない。そこが妙にリアルだから、大人にもうけてるんだと思う。


30代の男の人が、「懐かしさを求めて観る。」って言ってた。なるほどそれもある。でも私は今更セーラームーン観たいなんて思わないし、やっぱり普通のアニメとは一味違うのだろう。


ガンダムマニアは全国100万人いるという。

来年は、オンライン大戦型ゲーム機「乗れるガンダム」が出来る。

戦いを重ねるごとに武器が増えて階級が昇進する、終わりのない設定でリピーターを呼び込むらしい。


今日は、いつもとちょっとだけ違う世界を垣間見れたから満足。




proof

2005  アメリカ

監督 : ジョン・マッデン

出演 : ヴウィネス・パルトロウ  アンソニーホプキンス 

      ジェイク・ギレンホール  ホープ・デイヴィス

配給 : ギャガ・コミュニケーションズ

若さに美貌、知性を合わせ持った女性、キャサリンは、生きる気力を失いかけていた。

一週間前に父親が亡くなったのだ。父親は天才数学者で、精神に異常をきたしていて、彼女は1人でずっと看病していた。

抜け殻のようになってしまったキャサリンのもとに、父親の教え子のハルがやってくる。

キャサリンは彼の優しさにすこしずつ心を開いていく。

しかし、彼女がある一冊のノートをハルに託したとき、事態は一変する。そこには歴史的な数学の証明が記されていた。キャサリンはその証明は自分がしたものだとハルに主張する。キャサリンを信じられないハル。果たしてそれは誰の証明なのか・・・。


全てが、「証明=プルーフ」を軸に展開されていく。


それは数学の「証明」に限らない。

今まで父親と妹を放ったらかしにしていた姉が、埋め合わせをするように必死に姉としての気遣いを証明してみせる姿。

自分の話を信じてもらおうと、懸命に説明するハルの姿。


「証明」は生きていく中で、とても重要なもの。

信じる上でのものさしになるし。

もしこの世に「証明」がなかったら、何を信じればいいか分からなくなるだろな。

事件が起きても誰が犯人か分からなくなるし。 こわいこわい。


でも、 「証明」がなくても、信じたい! という気持ちも大事だ。

全てを「証明」がないと信じられない社会って何かさみしい。

あ~なんだか複雑な気分。

その葛藤を描いた映画 だと思う。


数学者の話だけど、小難しいところはなく、入り込みやすい。

オリジナルは大ヒットした舞台。世界中で上演され、日本では寺島しのぶが演じたらしい。


ちょっと知的で洗練された「大人の映画」だ。

20代後半~の女性向きと思う。


 

a letter to true

2004年 アメリカ

監督 : ブルース ウェバー

出演 : ダーク ボガード  エリザベス テイラー

配給 : キネティック

飼い主が愛犬へ宛てた手紙を通して、様々なメッセージをこめた音と映像のコラージュ。

監督は写真家のブリース ウェバー。

キング牧師の演説やジョンレノンからの反戦メッセージ、移民の厳しい現状など・・。

「世界の今」「平和」についての思いがこめられた作品


「これ 見てもいい?」 

友達の部屋におじゃまして、本棚に大切にしまってある詩集や写真集をパラパラとめくってる時みたい。


「音楽かけるね。」

友達が何となしに最近のお気に入りの曲をどんどん流し続けてるときみたい。


物語はほとんどない。音楽は心地いいものばかり。音と映像のあったかいシャワーをあびてる気分。

「平和」 「戦争」がテーマだけど、気負わずにリラックスして観れる映画だ。


ただ、全部を自分の中に取り入れようと気を構えると、かえって疲れてしまう。

映画の世界に身を任せ、心の琴線に触れたいくつかの部分を思い返せばいいと思う。 それだけでもじゅうぶんの収穫。


「この瞬間いいな。気に入った!」 「この言葉はあたしの中にしまっとこう。」

と思いながら観るといいかも。


ちなみに私は移民のシーンの言葉と、上の写真の蝶と犬がたわむれるシーン、海のシーンがお気に入り。今でも頭から離れない。


寝不足の日にはおすすめできない作品。

あまりにも心地よすぎて眠くなるかもしれないから・・(_ _)


イルマーレ


2000年 韓国

監督 : イ・ヒョスン

出演 : イ・ジョンジェ チョン・ジヒョン 

配給 : ブエナビスタ・インターナショナル・コリア

海辺に立つ一軒家「イルマーレ」にぽつんとある郵便箱。

不思議なことに、郵便箱に2000年に生きる女性が手紙を入れると、1998年に生きる男性に届く。

ふたりは時を超えた手紙のやりとりをするようになる。


何でもない日常的なことがこんなにもロマンチックになるなんて!!


幻想的な雪景色。色鮮やかな野菜たち。光をふんだんにとりいれたみずみずしい映像美。

ほんとにきれい。

ふと部屋の窓を覗いてみると、映画に負けないくらいの、もくもくとした壮大な雲に出会えた。こんな近くにも美しい世界があったんだ!と気づかされる。


「時空愛」というテーマは非日常的。それなのにこんなにすんなり映画の世界に溶け込めたのは、きっと日常を対象とした映像美のおかげだろう。


「洗濯をすると過去を忘れられる」

「落ち込んだ時は料理を」

セリフのひとつひとつには、「今」を楽しむヒントがたくさん隠されてる。

今まで「洗い物しなきゃ。ごはんもつくらないと・・」と、作業のように義務的にやっていたことが、なんだか楽しみになってくる。


「大停電の夜に」を観たせいか、最近アナログの大切さを実感している毎日。

この映画はそんな今の私の気分にぴったりとはまった。

手紙ってやっぱりいいなぁ。メールにはないよさがある。

この映画にこんなにも心動かされるってことは、わたしはまだまだアナログ人間だ ・・と思いたい。