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「今出来たばっかりの音楽だよ。すきなようにどうぞ。」
とでもボーカルのジェニーに言われてるみたいだった。
出来立ての音楽が、無機質なライブハウスに次から次へといろいろなものを生み出してく。
音楽をマフラーみたく首元にまとったり、ソファーのようにもたれかかってみたり。それぞれ好きなように。
飛び跳ねながらトランペットを奏でるバックバンドのおじさん。
子供を肩車しながらはげしく横揺れするお父さん。
出来損ないの指鳴らしで絶妙なリズムをとる女の子。
私はただただ楽しくてしょうがなくって、ゆらゆら揺れたり飛んだりしてた。
横を見ると、連れがこれまたいい顔してた。
黄色と黄色を混ぜたら、やっぱり黄色。
じゃあ黒と白を混ぜたら?赤と青と黄色を混ぜたら?
この映画を観終わった後は、複雑な気分。
何色か分からない不思議な色が、残ったまま消えていかないからだ。
赤に赤を重ねて塗りたくって、濃厚な赤が打ち寄せてくるような映画は、感情的に激しく心を揺さぶるけどもあとに残らない。
プロパガンダ映画の色は、きっと目を見張るような鮮やかさを持っているに違いない。
一言ではなかなか表せないにごった色。その色は国家にも市民にも属していない。鮮やかでもなく、人目を惹くような美しさは持ち合わせていないかもしれない。
この繊細な色調をどうにかして世に伝えたいがために、人はメガホンを握るのだろう。なんかそんな気がした。
単色だった色が混ざり合い、形成され始めていくときに流れ出る短い音楽が、 とても美しい。
http://www.yokihito.com/production.html
あーおもしろかったね。 じゃ済まない映画。そういうものに限って、心にしつこく残ったりするものだ。
いつだったか運転手に話しかけすぎて怒られたことがある。そんなに怒んなくても・・と正直思ったけれど、車学校に通い始めた今、その気持ちが痛いほど分かった。あのときはごめんなさい。
「いろんなことを経験することは、いろんな立場や考え方を知って、人に迷惑かけないことにもつながるんだよ。」
誰かが言ってくれた言葉。最近しみじみと考えることだ。知らなすぎると、人の痛みにも気付けないのか。おそろしい。
でも経験っても限りがあるし・・
ああ、そっか。そんな時に映画が役に立つのか。
法廷シーンはまるで映画館内が裁判所になったみたい。それくらいの圧迫感。
何だか主人公の友達のような気分になり、
気がつけば納得いかないと言わんばかりに顔をねじまげてた。
映画はちいさな種をまいてくれる。
今まで咲いた花や枯葉だけ見てなんとなく判断していたことを、種から見届けるきっかけをくれる。
これから芽を出させるかどうかは自分次第。
はみだしものでもいいや!と心から思えるだいすきな作品。
はたからみればちょっと変人だし
なかなか自分が思うように理解されないし
家族の考えはかみあわずけんかばかりだし・・
てんでばらばら。
でもひとつの車に乗りあって、同じ道を通り、同じことで笑い飛ばせる。それだけでもう、十分しあわせなような気がする。
みんなで後ろから押さないと動かないおんぼろカー。
乗りそびれないよう必死に手をとりあって飛び乗るところに、ほのぼのとした家族の絆を感じる。
ラストの踊りなんか、もうさいこう!
http://movies.foxjapan.com/lms/
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=7405
2004 フランス
始終、ぶっきらぼうな倦怠感と騒々しさが同居する。
線路のようにおわることのないストーリー。
まぁまぁすきな映画。
絶妙なタイミングにVelvetのSundayMornigが流しこまれ、
雑音にまみれた日常の中に、がつんとradio headのCreepが落とし込まれる。
この人、どっかでみたことある!て思ったら「男と女」のアヌーク・エーメだった。年はとったけど、あのきりっとした濃厚な眼差しはいつまでも変わらない。短いけど妙に印象に残るさびしいワンシーンを演じてた。と、思ったのだけど、監督は「相手を思いやりながら長年連れ添った理想の夫婦を象徴した」のだという。理想ってなんなのだろう・・
カサヴェテスに影響を受けてつくったらしいけど、カサヴェテスの夫婦の描き方の方がすき。
あとなぜかジョニーデップがでてくる。
題名はいただけません。
この前、旅館の懐石にボルシチがでた。
お刺身と茶碗蒸しと隣り合わせのボルシチ。
有田焼にのっかったボルシチ。
違和感なくきらくそうに同居しているボルシチ。
何だかこのボルシチが愛らしくってたまらなかった。
だいたい、
バイオリンといえばクラシックなんて
イルミネーションといえばクリスマスなんて(ちょっとひがみ)
進路といえば進学か就職なんて
誰がきめたのさ
何だか回転寿司で何周もする人気のない皿みたいで好きじゃない。
きまったレールしかないのか!
よくこういうこと考えてたから、cobaの奏でる音楽にがつんときた。
伴奏という枠にながいこと閉じ込められてたアコーディオンを、あらゆるジャンルと融合させて新しい音楽をつくってる人。
もはや、アコーディオンを越えている! と アコーディオンの聖地の市長にいわしめた人だ。
もう、鳥肌がたった。
ナイフのように刺す音かと思えば、やわらかな川のせせらぎのようだったり。
アコーディオンからこんなにもいろんな音がつくられるのかとただただ感動するばかり。
そしてあの、飛び出す絵本をめくるときのわくわく感を彷彿とさせる音の展開の仕方!
持ってる力を全て振り絞るかのようにそり返ってみせたり
トランス状態のように指を小刻みに動かしたり
アコーディオンが、彼の手、口、目、心臓のようにみえてくる。
cobaがアコーディオンを使って新しい道をどんどん切り開いているみたいに、
あたしもあたしを使って新しい道をつくってってみたいなぁ
「あたしは○○だからこんなだ」と考える癖はとりあえず治そう。
あー福岡人でよかったな。て思えるエンターティメントってそうそうないと思う。
まぁ積極的にどんたくとかに参加すればいいのだろうけど。
でもあまりしゃもじとたわむれたこともないし。
たった90分の間で、県民の一体感みたいなものを感じた。
「これからも地元の人にしかわからない劇をつくっていきます」
という締めの言葉はずっとかわらないのに、去年は東京のパルコまで進出してったギンギラ・・ すごいなぁ
観終わった後は、天神にすこし愛着が芽生える。
がんばったんだな大丸!とか、
そういやゲイツとかあったね。とか、
西鉄バスにそんな過去が・・ とか
グローバルもいいけど、こういうのもいいな
人間の身振り、口調、癖だけで、こんなにもユーモアな世界が広がるのか!!!
着替えは皆から見られてる中、舞台のはしっこで2、3分ですませる。生演奏のジャズや黒田節を背にして、服を着替えてカツラをつけて、そばかすを書き足しただけ。水をくいっと飲んだら用意終了の合図。 かっとライトを浴びた瞬間、全く違う人物に変身する。
1人しかいないのに、小道具もほとんどないのに、そこにはたくさんの人の表情、風景がもくもくと思い浮かぶ。
生れ落ちたときから決められた顔、名前、環境である程度人間は決まっちゃってるもんだと思ってた。
そして、それぞれ人間の間でたいしてそんなに差はないもんだと思ってた。
でも、ひとりの人間がこんなにもこんなにもあらゆる人間性を描写できるなんて!
なんか、ものすごい可能性を感じた。
人間すてたもんじゃないね。
独特のユーモアは、決して人を馬鹿にしていない。見下してるどころか愛を感じる。
始終笑い転げっぱなし。隣の男の人が、これまたいい笑い方をしてたなぁ・・ それにつられて私もたまらなく楽しい気持ちになった。
「太陽」とか、映画を通してみたことはあったけど彼の舞台は初めてだった。
神から人間へと移り変わる微妙な変化を演じた、あの唇が突き出た天皇陛下や、鳩と仲良しの、鋭い感性を持ったゲーム開発者と同一人物かと思うと、ちょっと頭が混乱してきた。
ちょっとそこらのはさみを借りたように、見事にチェロを弾きこなす。
どこにでもある懐中電灯を万能の演出道具のように使いこなす。
厚紙でできた変てこな人形を生きてるかのように操る。
映画では方言を話すかのように英語をつかう。
それでいて、何故だかつよい親近感を感じずにはいられない。
ものすごい人だなぁ。









