今夜は友人の結婚披露パーティーに出席してきた。

会場に着いてみると、私の席が高砂の正面に用意されている。
確かに年長者の多い席だが,なぜここに私が…と少し不思議に思っていると
隣に友人でキーボードプレーヤーの松尾泰伸さんが座った。

松尾さんはヒーリング音楽の専門家であり,リンポチェとのご縁で知った。
私が主催してチベットチャリティコンサートに来てもらったことがある。

そこで新郎に紹介したところ、大変気に入ってくれ,次は新郎が主催して
コンサートを開くほどの関係になっていた。今日も演奏させてもらうと松尾
さんは張り切っていた。

そして開宴。新郎の祖父の乾杯でパーティーは始まり、歓談と食事。
ここまでは普通のパーティーだった。

しかし中盤に掛かり,松尾さんの演奏の順番が回って来た時,司会者から
あるエピソードが伝えられた。

「新郎のTさんは、当時まだお付き合いの浅かった新婦のCさんともっと親しく
 なりたいと思い,勇気を出して松尾さんのコンサートに誘ったのでした。」

それって私が主催した、例のチベットチャリティのコンサート?

あれは確かになかなか良いコンサートだったが,まさかあそこが出会いの場に
活用されていたとはまったく気づいていなかった。

帰り際,出口で待ち構えた新郎新婦に、

「驚いたよ、ぜんぜん気づかなかったから」と言ったら、

「鈴木さんのお陰です!」と満面の笑みで返されてしまった。

今回のことで,自分の起こした行動の中には,自分の意図しない成功という
ものがあるのだと学んだ。しかしまずは何であれ,人の役に立ち,人を喜ばせる
という意図には、ちゃんと見返りが用意されているようだと感じた一日だった。
クリスマスである。

世界中が平和について思いめぐらす、そんな一日。

もし、今この世にイエスがいたとしたら、彼はどんな気持ちになるだろう。
間違いないのは、彼は神に祈るだろうことだけだ。

おそらく彼は自分の死後に、自分の名を冠した教会が世界に広がって、
こんなにも多くの解釈を生み,そして彼の名の下に世界中で争いが起こる。

彼は「違う」と叫ぶだろうか。
たぶんそうはしないと思う。きっと、ただ祈るだろう。

ひとりでも多くの人が、自分と同じように平和を祈るように。

八百万の神々と仏とイエスに同じように祈ることのできる国に生まれたことを
感謝します。

そしてひとりでも多くの人の心に、一夜の平安がありますように。
2008年も間もなく終わろうとしているが、本当にこの一年は誰もが
世界が変わりつつあることを、否応無しに思い知らされた年だったろう。

一時は200円を伺うかと思われたガソリン価格が、今日、ついに100円を
切った価格で販売されていた。たった半年足らずの出来事である。

こういった急激な変化を、市場経済資本主義は世界にくまなく影響し、
あっというまに世の中の風向きは変わってしまった。

ただでなくとも人は明日のことすら分からぬ存在である。
だからほとんどの人は例外なく不安を抱えて生きていくことになる。
特に若く、知識や経験が少なければ、その傾向は強くなるだろう。

私はたまたま現在のインフラのほとんどがスタートした頃に物心つき、
物質がまだ充分でなかった時代の経験と記憶がある。景気に関しても
複数回のアップダウンを体験している。

そしてこれからの不透明な時期を、どう過ごしていくかということに
ついては、何とか自分なりの背骨を得ることが出来た気がしている。

それをひと言でいうなら、『一喜一憂しない』ということである。

私の身近には、自分自身との対話の時間を習慣にしている人が多い。
私も最近は、寒い時期にも関わらず、ここ数年では少し早起きをして
大好きなiPhoneに、野口嘉則さんの『 心眼力 -柔らかく燃えて生きる
30の智恵-』の付属CDと瀬戸龍介さんの『 Ho’oponopono Song』を
入れて、毎朝30分ほど自分自身と対話する時間を作っている。

その時間にいつも思うことは、『今日一日を生きる』ということを
思い直すだけのことである。

先週末、ある方とHo'oponoponoについて話していたら、その方が
「インドの古典にもほとんど同じような、浄めの4つの言葉がある」と
教えていただいた。

そして『Thank you』、つまり『ありがとう』とは単に感謝の言葉では
なく、『過去を完了する言葉』なのだと教わった。

そうなのだ。過去を完了することさえ出来れば、まさに『明日のことは
明日自身が煩う』のだ。

心迷う時あらば、まず『ありがとう』と唱え、過去を完了してみては
いかがだろうか?