いよいよあと3日で2009年も終わろうとしている。

最後の最後まで、どんな年になるのかは分からないが、今日の時点で振り返ると
現象として、わたくしという人間の「内側と外側」のギャップが過去最大になった
一年だったと言えるのではないか。

内側の充実ぶりには、我ながら目を見張るものがある。
とはいえ、その殆どは周囲の友人知人のお陰で、新しいご縁をいただき、それを元に
いろんな事が府に落ちたり、今まで難しく感じていたことが、多少なりとも実践できる
ようになったことが非常に多い。

ところが、(あまり詳細には書かないが)外側はまるで台風シーズンの沖縄諸島さながら。
しかしまあ、台風の目の真ん中にいる状態、そ言ってもいいかもしれない。

なぜここまで「内側と外側」のギャップが顕著になったのか、自分なりに理由を考えるに
結論からいうと「来年はすごいことが起こる」という予感を抑えることが出来ない。

なぜなら人は往々にして、「内側が変わり、それが外側ににじみ出す」ように変化する
ことがあるからである。

自分自身に予言めいたことをするのもおこがましい気がするが、恐らく来年はかつて
なかったような頼まれごとや仕事の依頼があると思う。

もしそれらが自分自身の「軸」から外れていないものであれば、出来るだけ受け取って
行きたいと思う。

それが「内側と外側」のギャップを埋める作業になると思うから。
あと数日でまた一年が終わろうとしています。

今年も新しい経験を沢山して、新しい出会いも沢山ありました。

お付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。

予想しないことがたくさん起こったのですが、計画していたことはなかなか実現しませんでした。

友人がよく言っている、

「願ったことではなく、叶うべきことが実現する」

まさにそんな感じでしょうか。役割で生きた一年だとも思えます。



個人的には自由と不自由のバランスが極端に離れた状態になっています。

これは引き続きの課題ですが、ちゃんと解決の糸口を教えてくれる出会いをいただきました。

本当に宇宙はすべてを豊かに用意してくれているのだと思います。

そして明日、わたくしは目覚めるのかどうか。

それはわたくしには決めることが出来ません。



もし目覚めたとしたなら、まず今日、命を与えられたことに感謝して、一日を始めます。

わたくしたちは、「権利で生きている」のではないのですから。

目覚めるということは、また今日一日、為すべきことがあるというしるし。

本当に心が震えるくらいの感謝です。



しかし人には恐れがある。少なくとも今のわたくしにはそれがあります。

自分自身で作った、恐れの対象。それと向きあわなければならない。

恐れは不安を産みます。そこに嵌ることも出来ますが、わたくしはそうしない。


「明日を案ずる事なかれ。明日のことは明日自身が案ずるであろう。」


今のわたくしのいる場所は、委ねきる心を学ぶ機会のようです。

こんな一日を積み重ねた一年が過ぎようとしています。

さあ、今日も一日、為すべきことに取り組みます。
最近どこかで読んで、なるほどと思ったこと。

「時間」というものの中で生きているのは、地球上では人間だけだという事実。

確かに他の生物は、時計やカレンダーを意識して生きてはいない。
あらためて「時間」とは、人間特有の概念なのだと認識した。

しかしもし人間にも「時間」という概念がなかったとしたら、 私達はいったい
どんな人生を送るのだろうか。

知性の違いもあるだろうけれど、我が家の愛犬を見ていると、少なくとも後悔を
していたり、先のことを考えて不安を感じているようなそぶりは見えない。
一瞬、一瞬、その時々を精一杯生きているように見える。

人間は時折、人生が無限のような錯覚をしている時がある。もちろんそれは単なる
幻想でしかなく、私自身、明日の命を保証を誰もしてくれているわけではない。

「時間」というものに、私達は生まれた時から追われているような面があるが、
人間以外の生きものを見ていると、それは単なる幻想であることがよく分かる。

私たち人間は、無から有を創造してきたが、それはある意味、幸運の積み重ねで
しかなかったのかも知れない。設定した目標が、その期限までに達成される前に
自分の命がどうなっているのかさえ分からないのだ。

私達はもっと目の前のこと、目の前の人を愛でて生きて行くべきなのかも知れない
と思った冬の一日。