「えー、これから?」
「ああ。大沢、俺の友達、大沢っていうんだけど、彼のチーム、2年前にアメリカで開かれた少年野球の世界大会で準優勝してるんだ。それがメンバーが卒業したらとたんに弱小チームに転落しちまってさ。で、ピッチャー候補を探してたんだけど、君のことは足しか考えてなかったみたい。今の君の球の話したら、すぐ連れてきてくれってさ。いいだろ、見せるだけでいいから、俺の顔を立ててくれよ」
「うーん、じゃあ行きます」
「よし、服はそのままでいいから、荷物とってきて。帰りは俺が車で自宅まで送るから」
ということになっちゃった。
北島先生は僕を助手席に乗せ、チームが練習しているという江東区のグランドに向かった。車内では、いろいろ尋ねられたが、僕はあいまいに笑ってごまかした。
「さあ、ここだ」
思ったより立派な、まるでプロ野球の2軍練習場並みの施設だった。
「大沢といいます。遠いところわざわざ来てもらって申し訳ない。こいつ、昔から大げさにモノを言うからね。まあ、気楽に投げてみてくれないか」
「うん、いいよ。でもちゃんとキャッチャー座らせてね」
「ああ。もちろんだ。キャッチャーは僕がやるよ」
ということで、練習に散っていたチーム20数人が引き揚げさせられ、ベンチに入ったところで、小学校の体育着の僕は、キャッチャーの全装備を身に着けた大沢とキャッチボールを始めた。
「うん、うん。そうだろうなあ。こんなもんだろう」
僕にはマスクを頭の上に置いたままの大沢の独り言が唇で分かった。
「そろそろいいかな。キミ、ピッチャース・マウンドから投げたことあるかい?」
「いえ、ないです」
「じゃあ、上らなくていいよ。投げにくいだろうから。そう、そのあたりからでいい」
大沢はそう言うと、自分もホームベースから外れた位置に座った。さすがに失礼だと思ったのだろう、マスクは下げてきちんと構えた。
「投げまーす」
僕はそういうとスピード・アイに切り替えた。さっき2倍速で投げて、今度それより遅くするのも北島先生の顔をつぶすかもしれないと思ったので、やっぱり2倍速。
もう、フォームなんか気にしてなかった。コントロールだけ気を付けて、大沢のミットをめがけて思いきり投げ込んだ。
「バッシーン!」
派手な音がグランドに響いた。リアルタイムに戻す。
大沢のミットの中からボールがポトンと落ちた。だれも動かない。声も聞こえない。
「信じられない・・・あのフォームで・・・」
大沢が目の前にこぼしたボールを拾い、僕に投げ返した。大声で
「すまんが、もう一球投げてみてくれ」
「いいですよ。力いっぱい投げていいですか?」
「え? 今の、全力投球じゃないのか? ・・・よーし。思いきり投げろ! おい、栗林、測れ」
大沢はベースの後ろまで行ってしゃがんだ。僕もマウンドに上がった。
(たしかプレートはこっちの足を付けるんだったよな・・・)
今度はTVで見た、PL時代の桑田投手のフォームを思い描き、そのトレースを試みた。スピード・アイは2.5倍くらいにアップした。フォームに気を取られる分、スピードが落ちると思ったから。
「パーン!」
さっきよりはるかに甲高い音が大沢のミットから響き渡った。大沢はしばらくしゃがんだままだったけど、立上り、ベンチの横で何かの機械を持っている少年に声をかけた。
「栗林、測れたか?」
「・・・はい。156㎞/h、です」
「156・・・うーむ・・・そうか・・・」
僕はそれから間もなく北島先生の車で自宅マンション近くまで乗せて行ってもらった。
北島先生も帰り道は無言だった。降りる際に「お疲れ」とだけ言って、僕に紙袋を渡した。
「それ、大沢のチームのユニホームだ。スパイクとかグローブとかは、あとで届けるそうだ」
「えー、僕あのチームに入るの?」
「それはお前の自由だ。まあ、入れば大騒ぎになるだろうな」
その日はそれでおしまい。
(その⑦につづく)