神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI -9ページ目

神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI

小学6年生の美少年・三島大。古武術とタイム・コントロール能力を駆使して、さまざまな敵を殲滅していく超絶アクション小説。

  

「えー、これから?」

「ああ。大沢、俺の友達、大沢っていうんだけど、彼のチーム、2年前にアメリカで開かれた少年野球の世界大会で準優勝してるんだ。それがメンバーが卒業したらとたんに弱小チームに転落しちまってさ。で、ピッチャー候補を探してたんだけど、君のことは足しか考えてなかったみたい。今の君の球の話したら、すぐ連れてきてくれってさ。いいだろ、見せるだけでいいから、俺の顔を立ててくれよ」

「うーん、じゃあ行きます」

「よし、服はそのままでいいから、荷物とってきて。帰りは俺が車で自宅まで送るから」

 


 ということになっちゃった。

 


 北島先生は僕を助手席に乗せ、チームが練習しているという江東区のグランドに向かった。車内では、いろいろ尋ねられたが、僕はあいまいに笑ってごまかした。

 


「さあ、ここだ」

 


 思ったより立派な、まるでプロ野球の2軍練習場並みの施設だった。

 


「大沢といいます。遠いところわざわざ来てもらって申し訳ない。こいつ、昔から大げさにモノを言うからね。まあ、気楽に投げてみてくれないか」

「うん、いいよ。でもちゃんとキャッチャー座らせてね」

「ああ。もちろんだ。キャッチャーは僕がやるよ」

 


 ということで、練習に散っていたチーム20数人が引き揚げさせられ、ベンチに入ったところで、小学校の体育着の僕は、キャッチャーの全装備を身に着けた大沢とキャッチボールを始めた。

 


「うん、うん。そうだろうなあ。こんなもんだろう」

 


 僕にはマスクを頭の上に置いたままの大沢の独り言が唇で分かった。



「そろそろいいかな。キミ、ピッチャース・マウンドから投げたことあるかい?」

「いえ、ないです」

「じゃあ、上らなくていいよ。投げにくいだろうから。そう、そのあたりからでいい」

 


 大沢はそう言うと、自分もホームベースから外れた位置に座った。さすがに失礼だと思ったのだろう、マスクは下げてきちんと構えた。

 


「投げまーす」

 


 僕はそういうとスピード・アイに切り替えた。さっき2倍速で投げて、今度それより遅くするのも北島先生の顔をつぶすかもしれないと思ったので、やっぱり2倍速。

 


 もう、フォームなんか気にしてなかった。コントロールだけ気を付けて、大沢のミットをめがけて思いきり投げ込んだ。

 


「バッシーン!」

 

 
 派手な音がグランドに響いた。リアルタイムに戻す。

 

 
 大沢のミットの中からボールがポトンと落ちた。だれも動かない。声も聞こえない。

 


「信じられない・・・あのフォームで・・・」

 


 大沢が目の前にこぼしたボールを拾い、僕に投げ返した。大声で

「すまんが、もう一球投げてみてくれ」

「いいですよ。力いっぱい投げていいですか?」

「え? 今の、全力投球じゃないのか? ・・・よーし。思いきり投げろ! おい、栗林、測れ」

 


 大沢はベースの後ろまで行ってしゃがんだ。僕もマウンドに上がった。

 


(たしかプレートはこっちの足を付けるんだったよな・・・)

 


 今度はTVで見た、PL時代の桑田投手のフォームを思い描き、そのトレースを試みた。スピード・アイは2.5倍くらいにアップした。フォームに気を取られる分、スピードが落ちると思ったから。

 


「パーン!」

 


 さっきよりはるかに甲高い音が大沢のミットから響き渡った。大沢はしばらくしゃがんだままだったけど、立上り、ベンチの横で何かの機械を持っている少年に声をかけた。



「栗林、測れたか?」

「・・・はい。156㎞/h、です」

「156・・・うーむ・・・そうか・・・」

 


 僕はそれから間もなく北島先生の車で自宅マンション近くまで乗せて行ってもらった。



 北島先生も帰り道は無言だった。降りる際に「お疲れ」とだけ言って、僕に紙袋を渡した。

 


「それ、大沢のチームのユニホームだ。スパイクとかグローブとかは、あとで届けるそうだ」

「えー、僕あのチームに入るの?」

「それはお前の自由だ。まあ、入れば大騒ぎになるだろうな」

 

 
 その日はそれでおしまい。

 



(その⑦につづく)

 

 ということで、僕は「三島 大」として復活した。LAに渡ってから3か月近くが経っていた。

 


 平日の昼前だった。まだ授業中だろうから、久しぶりに小学校に登校する。

 


「あ、ダイちゃん。おひさー!」

 


 校庭で遊んでいた同級生たちが僕を取り囲んだ。そこに見知らぬ男性がやって来た。

 


「キミ、三島 大君かい?」

「うん、そうだけど・・・」

「キミがアメリカに渡ってからここに来たんだ。オレ、北島ってんだ。体育教師やってる」

「ああ。あの大森先生の後任ね」

「うん。で、放課後ちょっと職員室に来てくれないかな」

「・・・?」

「いや。お願いしたいことがあるのさ」

 


 なんだか
面倒なことにならなきゃいいけど・・・

 

 

「キミ、この前の運動会ですごい走りを見せたらしいな。その話がオレの友達が知ったんだ。そいつ、少年野球の監督をしててさ。今度の東京都西支部秋季大会に君に出てほしいって言うんだ」

「ふーん。僕、野球経験ないけど」

「三島君、水泳はクラブに通ってたんだよな?」

「うん。4年生で辞めちゃったけど、2個メ(200m個人メドレー)はまだいけると思うよ」

「でも、スポーツテストの成績見たけど、ソフトボール投げは結構すごいぞ」

「うーん、肩はいいかも」

「そうだな。今日は6限だな・・・終わったら体育着に着替えて運動場に来てくれる?」

 


 やっぱりあの運動会の100m走とリレーはやりすぎだったなあ。そう反省したけど、しばらくこっちの小学校から離れてたので、マイペースで乗り切るやり方を忘れてたみたい。

 


「ダイちゃん、やるの?」

 


 早くもこのいきさつを聞き込んできた同級生の男の子と、たくさんの女の子たちが僕の机を囲んで尋ねた。

 


「うん、まあ、暇だしね」

「キャー!私、応援に行っちゃう!」

 


 何で応援がいるんだかわからなかったけど、長期間の不在で僕の存在感が薄れてきてると感じていたから、ちょっと目立ってもいいかなって思ったのが運の尽き。

 


 6限目が終わってから、僕だけ体育着に着替えた。グランドに出る。

 


「ウワーッ!!」

「ダイちゃーん。がんばってねー!!」

 


 なんだよこれ。運動場には同級生だけじゃなく、全部で80人くらいのギャラリーが僕を待ち構えていた。8割が女の子。その半分は僕のBIG を知ってる子たちだった。志穂先生まで両手を振って笑ってる。

 


(参ったなこれは。みっともないところ、見せられないじゃん)



 僕の肩は穏(おん)剣(けん)投げで、かなり鍛えられている。それにもともと「的に当てる」のが得意なのだ。野球のボールはまともには投げたことはない。友達とのお遊びのキャッチボールくらいだった。でも、コントロールには自信がある。あるからこそコイン投げを僕の武器にしようと思ったんだもん。僕は2倍速でやってみることにした。100m
走でも2倍速でなんとかなったからね。

 


「三島。じゃあキャッチボールからな」

 


 北島先生は僕にグローブを渡すと小走りに離れた。

 


 軽くキャッチボールした。グローブとボールの感覚は思い出していた。まあ、これなら受け損なってボールが転々ってことにはならないだろう・・・

 


「よーし。じゃあ思い切り投げ込んでみろ」

 


 北島先生が16m離れた。巻尺が伸ばしてあって、ラインが引かれてる。すっかり準備してたんだね。

 


 僕はスピード・アイの2倍速にした。TVで見ていたプロ野球のピッチャーのフォームを思い出そうとしたけど、あんまりはっきりしたイメージが沸いて来なかった。まあ、適当に投げればいいか。

 


「ヒュンッ・バッシーン!」

 


 僕の投げたボールは、きれいに北島先生のグローブに納まった。やっぱ、こういうの得意なんだなあ、僕って。

 


 リアルタイムに戻した。

 


 なんだか様子が変だった。ギャラリーが固まってる。と、すこし間をおいて「うわー!」という大歓声が沸き起こった。

 


(あ、やっちゃったかな?)

 


 運動会のときとおんなじだった。みんなの前で披露するなら、2倍速じゃ早すぎるって反省してたのを忘れてた。僕は150キロくらいで投げてしまったんだ。北島先生、よく捕ったな・・・


「・・・なんて球だ・・・これはただ事じゃないぞ」

 


 北島先生がそうつぶやくのが、唇の動きで分かった。

 


「三島君、もういいよ。ちょっと待っててくれ」

 


 北島先生はそう言うと、携帯を取り出してどこかに電話した。

 


「・・・わかった。すぐ連れて行くよ」

 


 僕は北島先生に連れられ、少年野球チームが練習している江東区のグランドまで行くことになっちゃった。


(その⑥につづく)

 

 隣の区の自宅マンションに着いた時は平日のお昼前だったので、ママと叔母の敦子だけが僕を迎えた。

 


「ダイちゃん、お帰りなさい」

「エルマはどうしてる?」

「学校行ったわよ。もう大丈夫なんでしょ?」

 


「大丈夫」というのは、先日のエルマの誘拐事件のことだ。僕が我を忘れて大手町のリクソン日本支社のビルに殴りこみに行って、エルマを取り戻したんだけど、その時に僕が殺したリクソン関係者はアメリカのリクソン一族のトップふたりを含め、総計141人に及んだ。最後にそのビルが大爆発を起こして半壊したという派手な事件に、眼と鼻の先の霞ヶ関の警視庁本庁舎では警視総監の岸田が頭を抱えていた。

 


「いったいこのオレにどうしろってんだ! やった犯人、というか、女の子を奪還したのが誰かはわかってる。しかし、そのことは一切公には出来ない。アメリカからも真相究明はしなくていいなんてとんでもないことを言ってきやがる。だが、それだけのアメリカ人武装集団が全滅したことは、もはや世界中の全マスコミに知れ渡っている。オレはなんて発表すりゃいいんだ。誰もが納得する言い訳があったら教えてくれ!」

 


 岸田が半狂乱で小暮首相にねじ込んできたという話は、マイクから聞いた。

 


「まあ、どうにでもするさ。ひとりの警官も出さないでエルマちゃん誘拐事件を解決してもらったんだからな、KISHIDAは」

「ちょっと冷静に動けばよかったんだろうけど、妹を誘拐されて冷静でいられるほど僕は大人じゃないよ」

「しかし、これでここ一連の『武装集団大虐殺』がまたぞろ世界中で沸騰しているようだぞ」

「そうみたいだね」

「おや? ずいぶん他人事だね」

「僕としては、これに懲りて僕の身内に手を出そうなんて考えを持つやつらがいなくなればいいんだ」

「確かに、ダイ・ミシマ周辺、ユリ・イノウエ周辺から監視員の影は消えたな」

「『東洋の魔女』を怒らせると怖いって、みんなが自覚してくれたんじゃないかって期待してるよ」

 


 そうなんだ。僕が観察するかぎり、自宅マンションも梅が丘の井上家のマンションも、どちらからも不穏な人影は一切感じなくなっているし、マイクの配した隠密警備陣からも同じような報告が上がっているという。それどころか、世界中の過激なテロ集団も、どういうわけか鳴りを潜めているらしい。

 


「とくにイスラム系のテロ集団は、同じ国の中での主導権争いに注力しているようだ。少なくともエルマ事件(そう呼ばれ始めていた)直後から、急激に対キリスト教国、仏教国の旅行者に対する誘拐件数が激減したという現実がある。はっきり言えばあの事件の1週間後からはゼロ、なんだよ」

「ふーん。なるほどね。アメリカ国防省の対テロ予算の半分を振り込んでもらおうかな」

「? あ、あははは! なるほど、実際そういうことなんだと思うよ」

「リクソンは反フリーメーソンで、イスラムとのつながりが強い。で、どこかのメーソンの大統領が『21世紀の十字軍』とか『トリスケル騎士団』なんて言葉を流して、牽制したんだと思うよ。ソニアからはそういう情報が入ってきてる。北のパクさんがビビって中国からいまだに平壌に戻れないのと同じ現象じゃないかな」

「うーむ。これはちょっと真剣にデータ分析させないとな。ひょっとするとダイは一人で世界情勢を変えつつあるのかもしれない」

「おおげさだね」

「そうでもないぞ、きっと」

 

 

 

(その⑤につづく)

 

 僕は梅が丘のマンションをリフォームした。

 これまで双子の住んでいた12階とその下の11階、それに屋上のペントハウスは、アメリカの政府系企業から買い取って(実際はマイクから話がエリクソン大統領に行って、ただで入手したんだけど)あったけど、11階はずーっとだれも使わないまま。12階も4戸あるうちのひとつだけを双子が使っていた。あとの3つは空いたまま。

 


 で、屋上のペントハウスを全面的に作り変え、11階、12階はそれぞれゲストハウス、ミニ道場とすることにしたんだ。11階を道場にすると、いかに遮音性能が高いこのマンションでも下の階に響くからね。

 


 ゲストハウスは11階に2部屋。それぞれ150㎡くらいのゆったりとしたスイートルーム仕様にした。三島家の女性たちや冴子が来たときはここに泊まってもらう。

 


 道場の12階は床の防音仕様を徹底した。もともとこのマンションの最上階で天井高が3200mm、つまり3m20cmあったので、床スラブの上に分厚くウレタンフォームとロックウールを敷き詰め、その上に24mmの構造用合板を2枚重ね、その上に本畳を敷いた。

 


 床暖房、エアコンなし。窓はペアガラスのサッシを2枚重ねた。どれだけ大きな声を出しても、階下や外部には漏れないだろう。壁と天井はヒノキの無垢板を張り込んだ。神棚も作る。ここでは伊勢神道系の神棚だ。双子は出雲系、伊勢系の区別、その意味を知らなかったんだけどね。

 


 この道場はRCの柱と耐力壁がいくつか立っているけど、12階全部をひとつにしたので370㎡くらいある。最初柱や構造壁が邪魔だなあって思ってたんだけど、よく考えたら実戦では何十畳といった広いスペースで敵と対峙することなんてめったにない。だから耐力壁とか柱があちこちに立っているこのミニ道場は、僕や双子にとって、実戦に近いシミュレーションを設定できる練習場になった。

 


 自分の部屋で道着、トレーニング・ウェアに着替えて下に降り、終わったら戻ってシャワーなりジャグジーに入ればいいから、汗を流す設備や着替えのスペースは作らず、隅にトイレだけを設けた。冷暖房を無視したのは、コンフォートルームじゃないからだ。「鍛える場」だもんね。

 


 マンションの屋上にあったペントハウスは、前と同じくログハウス仕様とした。ただ、ソニアに頼んで、例の「特許出願中」の特殊漆喰を輸入してあった。従来の漆喰は完全乾燥・固化までに1か月から2か月以上かかるけど、特殊樹脂を混ぜ込んだこの漆喰は左官してから3日で完全乾燥・固化する。ログハウスの大部分の材料は、アメリカのログハウスメーカーが住宅展示場10箇所に建築予定だったものを横流ししてもらった。

 


 基礎、構造に2週間。設備、内装に1週間。驚異的なスピードで新しいペントハウスは完成した。

 


 約400㎡の屋上のうち、外周の植栽が60㎡。エレベーター塔が24㎡。残りの300㎡強の敷地のうちの約200㎡がログハウスの建坪だ。

 


 僕(由里)の個室が30㎡(18畳)、双子と絵里香の個室が20㎡ずつ。後はリビングルームとDKとパントリー、水周りの施設。全員の個室にクローゼットが着いているけど、戦闘服などの特殊なものもあるので、共用の大クローゼットが設けてある。

 


 30
畳くらいあるリビングルームは防音に力を入れた。アルテックA7と真空管アンプで鳴らす大音量のオーディオと、ピアノ演奏、ヴァイオリンとアルトサックスの練習もここですることになりそうだったからね。

 

 
 こうして「東洋の魔女軍団」は一つ屋根の下で暮らし始めた。

 

                            
                                *

 


「ねえ。由里ちゃんがいない時、私たちはどうすればいいの?」

 

 
 絵美莉実の双子はお風呂の中で僕の体を洗いながら、そう聞いた。

 


「うーん。普段どおりでいいんじゃない? ふたりは学校に通ってSD(セルフディフェンス)部の指導をやって、帰ってきたら丹田呼吸法をやる・・・だめ?」

「だめー!!」

 


 うーん。長く離れるにはこの双子との関係が濃くなりすぎてるかなー。

 


「わかったわかった。じゃあ、地下練習場で僕とスパーリングね。行けないときは武器の練習してて」

「はーい!」

 


「私は?」

 

 
 湯船の絵里香が口を尖らす。

 


「ママもふたりといっしょに行けばいいじゃん」

「私、そこで何すればいい?」

「練習後の夕食、お願いするってのは?」

「家事くらいしかすることないっていうの、もういやよ。私も射撃練習したいわ」

「うーん・・・この前ヨコタで見せてもらったけど、絵里香ってライフルの方が向いてるみたいだね」

「うん。拳銃はどうも苦手みたい」

「苦手っていうにはうますぎるけど、口径はあんまり大きくない方がいいかも」

「うん。自衛用として22口径でいいわ。ワルサーPPKの22口径ってあるのかしら?」

「マイクに聞いてみるよ。で、ライフルはどうするの?」

「そうね。オートでもボルトアクションでもいいけど、精度の高いのが練習し甲斐(がい)があるかな」

 


 ということで、絵里香はマイクに頼んでヴィンテージクラスのワルサーPPと、M24SWSというスナイパーライフルを入手した。

 

 
 地下練習場に持参したマイクは、スナイパーライフルのペリカン社製ハードケースを絵里香に渡し、

 


「ここで練習すれば、1km先にいる標的も倒せるよ」

 


 なんて言って煽った。

 


 絵里香は熱心に狙撃練習に地下練習場に通い始めた。
後部座席にスーパーの買い物袋を放り込み、ジャガーXEでせっせと地下練習場に通う絵里香は生き生きとした表情をしていた。

 

 
 まったくうちの女性陣は物騒なんだから・・・

 

 

 

(その④につづく)

 

 

 絵美莉実が「肝付(きもつき)」姓から「井上」姓に変わりたいと申し込んできたのは、「2家族ご対面」を決める直前だった。

 


「私たちが由里ちゃんの姉ってことになっちゃうけど・・・」

 


 絵美がおずおずとそう言った。

 


「うん。私も前からそうしたいと思ってたわ。じゃあ、宗一さんの許可をいただきに鹿児島に行きましょ」

 


 というわけで、僕は絵里香と双子といっしょに鹿児島に飛んだ。

 

                         *

 

「おう! ちょっと見ない間にすさまじい男になったな三島君」

 


 肝付(きもつき)宗一(そういち)は道場の玄関で僕(いきなり由里の姿ではびっくりするだろうと思い、ダイ、つまり男の子の姿で行ったんだ)を見るなりそう言った。

 


「この前会ったときはまだ少年って感じだったが・・・いまは完全に『侍』だな」

「そう? 自分じゃわかんないなあ」

「それに・・・おまえたち・・・なんというか、半年前に送り出したのと同じ人間とは思えないな・・・三島君、妹たちから少しは聞いていたが、このふたりがここまで成長しているとは思わなかったよ。君の鍛え方は相当なものだろうな」

「うーん。僕が鍛えたっていうより、ふたりの自己鍛錬がすごいんだよ。なんだったらふたりの成長を練鍛場で確かめてみる?」

 


 成り行きだったけど、いきなり兄であり、師匠であった宗一と絵美莉実の妹ふたりを戦わせることになっちゃった。でも、絵美莉実は「肝付姓から井上姓に変わる」と申し出た段階で、兄の宗一とはこういう場面があるという想定までしていたらしい。

 


「はい!」

 


 ふたり揃ってきりりとした返事が返ってきた。

 


 道場に入る。絵里香にもきちんと教えてあったので、礼を失することなく神棚へのお参りを済ませる。

 


「じゃあ、どちらから始める?」

「はい。私から行きます」

 


 そう言ったのは莉実だった。彼女は壁に掛けてある革巻き竹刀を取った。示現流独特の竹刀だ。それを見て宗一も愛用らしい黒々と光る竹刀を手にする。

 


 向き合い、礼をした。



 いきなり宗一が下段から莉実の無防備な左膝(ひざ)に竹刀を跳ね上げてきた。この流派の基本的な攻撃パターンだ。

 


「ヒッ!」

 


 絵里香の息を呑む声が聞こえた。それほど容赦のない一撃だった。
しかし、莉実の動きは見事だった。兄の太刀筋をすっと交わしたかと見えた次の瞬間、そのまま大ジャンプして空中で半回転し、真上から兄の頭に竹刀を振り下ろしたのだ。莉実の得意技だった。僕でも2倍速では交わせない必殺技だ。

 


「な!」

 


 さすがに宗一はハイレベルだった。ぎりぎりのところで莉実の竹刀を受けた。バシーンという音とビシンという音が同時に聞こえた。莉実の竹刀を受けた宗一の市内が、彼の頭頂に当たる音だった。

 


「参った!」

 


 宗一は悔しそうに莉実を見ながらそう言った。それから僕を見た。にこりと唇の端で笑うのが見て取れた。

 


「次、参る!」

 


 絵美がすたすたと板の間の真ん中に歩み出た。

 


「おう! 来い」

 


 宗一が受ける。

 


 絵美は素手だった。宗一も竹刀を莉実に託して素手で歩み出た。

 


 互いに礼。

 


 ふたりはにらみ合ったまま、しばらく動かなかった。立っているだけで、お互いの力量が測れるレベルに絵美も成長しているのが、宗一にわかったのだろう。嬉しさと闘争心が宗一の体の中を駆け巡っているようだった。

 


 いきなりふたりが同時に動いた。次の瞬間、宗一が後ろに飛んで離れた。

 


「うーん。参った」

 


 数刻おいて宗一の口からそういう言葉が発せられた。

 


 僕の動体視力ではこのふたりの動きは確認出来ないと思っていたので、2倍速にして見ていた。絵美が放った前蹴りが宗一の鳩尾に食い込み、その衝撃を交わすように宗一の体は後ろに飛んでいたのだ。宗一が後ろ回し蹴りを放とうという姿勢をとり始めた瞬間の体勢の変化を絵美が見逃さず、さらに上回るスピードで前蹴りを放ったのだった。

 


「いや、弟子たちの来ない日でよかったよ。いまの立会いを見られていたら、弟子たちみんな妹たちの方に乗り換えるって言い出しただろう」

「なに言ってるのよ兄さん。そんなわけないでしょ」

「そうよ。私達の技は静剛流と薩摩古武術の合体。それにパルクール・・・」

「・・・オレも東京に行って三島君の下で修行したいな」

「はは、冗談でしょ。薩摩古武術はそんなに底の浅いものじゃない」

 


 僕は本当にそう感じていたからこそ、この言葉が出た。宮本武蔵の時代じゃない。相手を倒すことを最優先するのであれば、銃を持てばいい。古武術は体の鍛錬、技の習得以上に、精神力、世の中に対する姿勢、そういったものを鍛え上げ、研ぎ澄ますのが本来の、いた現在の目的なのだ。

 

 

 この対戦のあと、道場に隣接する母屋で、双子と絵里香が調理した料理で会席が持たれた。ふたりとも料理の腕前も飛躍的に上達しているようだった。

 


「で、ふたりはもう三島君に抱いてもらったのか?」

 


 この宗一の唐突な言葉に、双子だけでなく、僕も口から料理を吹き出しそうになった。

 


「な、なに言ってるの兄さんったら・・・」

 


 絵美が真っ赤になってそう言った。莉実の頬も染まっていた。

 


「宗一さん、今度のお願いは、ふたりが絵里香さんの娘となることを許してほしいってことだよ。どちらかと僕が結婚するってわけじゃないよ」

「うーん。そうなんだろうが・・・いや、惜しいなあ。三島君と妹のどちらか、あるいは両方に子種をくれれば、その子供は僕の後継者として最高の血脈になると思ってるんだけど」

「やだ兄さん。こんな席でやめてよ」

「あれ、もう忘れたのか? 『私、三島さんのお嫁さんになる』って言って出てったんだぞ、おまえたちふたりとも」

 


 これまで微妙な関係が続いているだけに、僕はなんと答えていいかわからなくて黙っていた。

 


「ダイちゃんはまだ小学校6年生ですもの。あわてるのはおかしいわよ」              

 


 絵里香がそう言って笑った。

 


「絵里香さん、なにも躾(しつけ)が出来てませんけど、妹たちをよろしくお願いいたします。あなたと三島君がどういう関係であるのかはお聞きしません。でも、日本の端っこに住む私の耳にも、三島君の活躍はある程度入って来ています。その三島君のサポート役があなたであろうことは容易に想像できます。あなたがただの母親役の女性であるわけはない。それは先ほどから感じています。三島君がふたりをあなたの養子にすると決めただけでも、あなたが普通の女性ではないということがわかる。・・・実は私はあなたに、ある女性と共通するものを感じているんです」

「あ、わかった! おばあさまでしょ!」

 


 莉実がそう言った。それから彼らの祖母、肝付南緒(なお)という女性の話で盛り上がった。その話を聞くだけで、3人の祖母がすさまじい女傑であったことがうかがえた。太平洋戦争の末期、女ひとりで沖縄に渡り、アメリカ軍のベースキャンプに忍び込んで20人近くを殺戮してきたという、まるでアニメのような活躍をみせたことで、女性ながら大日本帝国陸軍から勲章をもらっていた女性がこの兄妹の祖母だった。

 

どこからか持ち出してきたアルバムに貼られた写真で、南緒がヨーロッパ系の顔立ちの素晴らしい美女であったこともわかった。南緒は明治維新で薩摩藩の軍事顧問になったフランス海軍将校の血を引くクォーターなのだ。双子はその祖母の血を色濃く出している。殺戮に際しておびえたり、尻込みすることを懸念した僕がおろかだったのだ。容貌もそっくりだったんだけどね。

 


 こうして鹿児島での会見が終わり、絵美莉実が井上家の一員、家族となることの了承を宗一から正式にもらったのだった。

 宗一の許可さえ出れば、戸籍はどうにでもできる。そうして戸籍上、絵美莉実は僕、井上由里の姉となった。

 

 

 

(その③につづく)