小暮はA4判の封筒から、書類を取り出して僕に渡した。
「千葉県市川市菅野・・・あれ? カリフォルニア州からの転入なの? あー、これソニアのうちの住所じゃん。ソニアに許可もらったの?」
「もちろんだ。全面的に協力するって言ってくれたよ」
「まあ、いきなり出てきてスーパーマン、じゃ不自然だからね」
「どうだろ、この設定は?」
「うーん、やってみないと分からないことが多いと思うけど・・・で、どこの球団でプレーするの?」
「ああ。セリーグじゃないと、君のバッティングが見られないからな。で、東京メッツだよ」
「メッツか。ふーん、在京球団だしね。いいかも」
「やってくれるか?」
「考えとくよ」
「またまたー。まあ、今日の今日返事をもらえるとは思ってなかったが、早めに決めてくれよ。法案提出のタイミングも考えなきゃならないから」
「わかったよ。でもますます学校に行く時間が減るなあ」
「キミ、小学校なんて関係ないだろ? イギリスの大学の博士号持ってるらしいじゃない」
「ああ、ケンブリッジとかね。まあいいか」
ということで、僕はもうひとつの顔を持つはめになった。千葉県市川市菅野。全然知らない土地だったので、次の休みの日曜日、僕は井上由里になって絵美莉実と絵利香とでその場所にドライブすることにした。
「なにここ? すごい豪邸ばっかりじゃない」
「そうだねー。都内でこんなに頻繁にログハウスは見かけないよね」
「このおうち、ここからあそこまで敷地よ。いったいどれくらい広いのかしら」
僕たちはこの市川市菅野という土地についてまったく知識ゼロで出かけたので、予想外の高級住宅地が現れたのに唖然としたのだ。もともと京成本線沿線だけど、農地がほとんだった地域のはずだ。こういう豪邸だらけになったいきさつはわからないけど、「昔はお妾さんを住まわせてる経済人がたくさんいたのよ」と話してくれたのは、ランチで入った創業90年という寿司屋の女将だった。
「あ、ここよ!」
莉実がその家を見つけた。「西」という表札がかかっている。新しいものではなく、相当年季が入った表札だ。門柱は敷地を囲う塀と同じく、大谷石を組み上げたもので、角がとれてすこし丸みを帯びていた。もらってあったキーを門柱脇のキーボックスに差し込むと、青銅製のフェンスが内開きに開いた。
敷地に入って十数歩行くと、庭木の陰になっていて、門から見えなかった建物が現れた。
驚いた。素晴らしいドイツ・ライデン様式の西洋館だった。
「その家、西という元男爵の家なんだ。明治40年ころに建てられた西洋館でね。関東大震災にもびくともしなかったらしい。相続人が絶えたので、市川市が引き取って、愛知県の明治村に移築しようとしてたところだったんだけど、中国人が強引に高額で買うという申し出をしてきた。市議会でも賛成反対が半ばして決まらないままだったのを私が政府管理にするということで差し押さえたんだ」
「どうせ悪いことに使うつもりだったんでしょ」
「人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。じつは・・・君になら話してもいいな。その家をフリーメーソン市川ロッジにする予定だったんだ」
「え? おっちゃん、まさかメーソンだったの?」
「・・・そう。私はフリーメーソン会員だ。もっともなったのは今年の正月なんだが」
小暮はエリクソンとデビッドにフリーメーソンに入会するように勧められていたというのだ。
「これからの世界で生き延びるには、メーソンであるほうが有利だと分かった。で、東京ロッジに入会したんだ」
小暮はおもむろにワイシャツの胸を広げ、そこにぶら下がっているペンダントを取り出して見せた。
「あー、それ、マイクが僕にくれたのとおんなじじゃん!」
そうなんだ。以前、マイクが僕にくれた、フィラデルフィア・ロッジで売っているというフリーメーソンのシンボルが金蒔絵で埋め込まれた、銀製ペンダントだった。
「これ、もともと東京ロッジで作ってたものらしいぞ。アメリカ人に金蒔絵なんて繊細な技がこなせるわけがない」
なんて差別的発言をした小暮だったけど、確かに裏には「TOKYO LODGE #2887」という刻印があった。東京ロッジは東京タワーのすぐ近くにある。
「で、その市川の西の西洋館なんだが、西家というのは、明治維新のときの幕府の役人で、のちに政府の要職を務めた西周の子孫なんだ」
「西周。なるほどね。彼、オランダのライデンでフリーメーソンに入会してるもんね」
「おお! よく知ってるな、さすがだよ」
「そうか。それでその西洋館を残したいと思ったわけだね」
「そう。で、私が個人的に買い取って市川ロッジとしようとしたんだが、今回の件が持ち上がったので、君に住んでもらうことにしたんだ」
「わかった。でも古そうだね」
「いやいや。構造と外観は元のままだが、内装と設備は新しくしたんだ。無垢材の板と漆喰の内装は気にいると思うよ」
というやり取りがあった。僕は小暮の趣味というか、センスを疑ってたので、入ってみるまで心配だった。
しかしそれも杞憂だと分かった。素晴らしい仕上がりの内装だったのだ。
床はウオールナットの分厚い無垢板のフローリング。壁は腰板がマホガニーの無垢板。壁の上部と天井は漆喰の左官仕上。構造材の柱は太いヒノキだけど、時代が経っているので、濃い茶色に変色しているのをそのまま使っている。
3階建ての1階は応接間、2ベッドのゲストルーム。キッチンとダイニングルーム、それに「撞球室」という表札の掲げられたビリヤード・ルーム、暖炉のあるゲストのためのラウンジとカウンターバー、など。
2階は家族のためのフロアで、風呂や6室の個室がある。4部屋は子供部屋だったようで、広さは12畳くらい。クローゼットが壁一面に造られていて、4畳くらいの大きさだった。2部屋は主寝室らしく、18畳大でバストイレ付きだ。
3階は屋根裏部屋で、倉庫と使用人たちの部屋になっていた。「使用人の部屋」といっても、6畳くらいで全部で8部屋もある。
「すごいおうちねえ!」
「うん。これ、好きだな僕」
「いいなー。私もここに住みたい!」
「落ち着いたらこっちに来てもいいよ。僕、小暮のおっちゃんから買い取るよ」
「やったー!」
ということで、僕自身が「西 透」 として暮らすことになるその西洋館視察は終わった。
(その⑫につづく)