神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI -8ページ目

神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI

小学6年生の美少年・三島大。古武術とタイム・コントロール能力を駆使して、さまざまな敵を殲滅していく超絶アクション小説。

 

小暮はA4判の封筒から、書類を取り出して僕に渡した。

 

「千葉県市川市菅野(すがの)・・・あれ? カリフォルニア州からの転入なの? あー、これソニアのうちの住所じゃん。ソニアに許可もらったの?」

「もちろんだ。全面的に協力するって言ってくれたよ」

「まあ、いきなり出てきてスーパーマン、じゃ不自然だからね」

「どうだろ、この設定は?」

「うーん、やってみないと分からないことが多いと思うけど・・・で、どこの球団でプレーするの?」

「ああ。セリーグじゃないと、君のバッティングが見られないからな。で、東京メッツだよ」

「メッツか。ふーん、在京球団だしね。いいかも」

「やってくれるか?」

「考えとくよ」

 

 

「またまたー。まあ、今日の今日返事をもらえるとは思ってなかったが、早めに決めてくれよ。法案提出のタイミングも考えなきゃならないから」

「わかったよ。でもますます学校に行く時間が減るなあ」

「キミ、小学校なんて関係ないだろ? イギリスの大学の博士号持ってるらしいじゃない」

「ああ、ケンブリッジとかね。まあいいか」

 

 
 ということで、僕はもうひとつの顔を持つはめになった。千葉県市川市菅野。全然知らない土地だったので、次の休みの日曜日、僕は井上由里になって絵美莉実と絵利香とでその場所にドライブすることにした。

 

 

「なにここ? すごい豪邸ばっかりじゃない」

「そうだねー。都内でこんなに頻繁にログハウスは見かけないよね」

「このおうち、ここからあそこまで敷地よ。いったいどれくらい広いのかしら」

 


 僕たちはこの市川市菅野という土地についてまったく知識ゼロで出かけたので、予想外の高級住宅地が現れたのに唖然としたのだ。もともと京成本線沿線だけど、農地がほとんだった地域のはずだ。こういう豪邸だらけになったいきさつはわからないけど、「昔はお妾さんを住まわせてる経済人がたくさんいたのよ」と話してくれたのは、ランチで入った創業90年という寿司屋の女将だった。

 


「あ、ここよ!」

 


 莉実がその家を見つけた。「西」という表札がかかっている。新しいものではなく、相当年季が入った表札だ。門柱は敷地を囲う塀と同じく、大谷石を組み上げたもので、角がとれてすこし丸みを帯びていた。もらってあったキーを門柱脇のキーボックスに差し込むと、青銅製のフェンスが内開きに開いた。

 


 敷地に入って十数歩行くと、庭木の陰になっていて、門から見えなかった建物が現れた。



 驚いた。素晴らしいドイツ・ライデン様式の西洋館だった。

 


「その家、西という元男爵の家なんだ。明治40年ころに建てられた西洋館でね。関東大震災にもびくともしなかったらしい。相続人が絶えたので、市川市が引き取って、愛知県の明治村に移築しようとしてたところだったんだけど、中国人が強引に高額で買うという申し出をしてきた。市議会でも賛成反対が半ばして決まらないままだったのを私が政府管理にするということで差し押さえたんだ」

「どうせ悪いことに使うつもりだったんでしょ」

「人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。じつは・・・君になら話してもいいな。その家をフリーメーソン市川ロッジにする予定だったんだ」

「え? おっちゃん、まさかメーソンだったの?」
「・・・そう。私はフリーメーソン会員だ。もっともなったのは今年の正月なんだが」

 


 小暮はエリクソンとデビッドにフリーメーソンに入会するように勧められていたというのだ。

 


「これからの世界で生き延びるには、メーソンであるほうが有利だと分かった。で、東京ロッジに入会したんだ」

 


 小暮はおもむろにワイシャツの胸を広げ、そこにぶら下がっているペンダントを取り出して見せた。

 


「あー、それ、マイクが僕にくれたのとおんなじじゃん!」

 


 そうなんだ。以前、マイクが僕にくれた、フィラデルフィア・ロッジで売っているというフリーメーソンのシンボルが金蒔絵で埋め込まれた、銀製ペンダントだった。

 


「これ、もともと東京ロッジで作ってたものらしいぞ。アメリカ人に金蒔絵なんて繊細な技がこなせるわけがない」

 


 なんて差別的発言をした小暮だったけど、確かに裏には「TOKYO LODGE #2887」という刻印があった。東京ロッジは東京タワーのすぐ近くにある。

 


「で、その市川の西の西洋館なんだが、西家というのは、明治維新のときの幕府の役人で、のちに政府の要職を務めた西周(にしあまね)の子孫なんだ」

「西周。なるほどね。彼、オランダのライデンでフリーメーソンに入会してるもんね」

「おお! よく知ってるな、さすがだよ」

「そうか。それでその西洋館を残したいと思ったわけだね」

「そう。で、私が個人的に買い取って市川ロッジとしようとしたんだが、今回の件が持ち上がったので、君に住んでもらうことにしたんだ」

「わかった。でも古そうだね」

「いやいや。構造と外観は元のままだが、内装と設備は新しくしたんだ。無垢材の板と漆喰の内装は気にいると思うよ」

 


 というやり取りがあった。僕は小暮の趣味というか、センスを疑ってたので、入ってみるまで心配だった。

 しかしそれも杞憂だと分かった。素晴らしい仕上がりの内装だったのだ。

 


 床はウオールナットの分厚い無垢板のフローリング。壁は腰板がマホガニーの無垢板。壁の上部と天井は漆喰の左官仕上。構造材の柱は太いヒノキだけど、時代が経っているので、濃い茶色に変色しているのをそのまま使っている。

 


 3階建ての1階は応接間、2ベッドのゲストルーム。キッチンとダイニングルーム、それに「撞球室」という表札の掲げられたビリヤード・ルーム、暖炉のあるゲストのためのラウンジとカウンターバー、など。

 


 2階は家族のためのフロアで、風呂や6室の個室がある。4部屋は子供部屋だったようで、広さは12畳くらい。クローゼットが壁一面に造られていて、4畳くらいの大きさだった。2部屋は主寝室らしく、18畳大でバストイレ付きだ。

 


 3階は屋根裏部屋で、倉庫と使用人たちの部屋になっていた。「使用人の部屋」といっても、6畳くらいで全部で8部屋もある。

 


「すごいおうちねえ!」

「うん。これ、好きだな僕」

「いいなー。私もここに住みたい!」

「落ち着いたらこっちに来てもいいよ。僕、小暮のおっちゃんから買い取るよ」

「やったー!」

 


 ということで、僕自身が「西(にし) 透(とおる)」 として暮らすことになるその西洋館視察は終わった。

 



(その⑫につづく)

 

 いきなり小暮首相から電話が来た。

 

「やあ、久しぶりだね」

「おう。アメリカ、長かったな。元気だったかい?」

「まあね。あ、そうだ、おっちゃんの甥っ子っていう人に会ったよ」

「ああ、実は今日電話したのはそのことなんだ」

 

 それ以上は電話では話せないというので、小暮首相は翌日の夕方、道場の方に来ることになった。小暮首相も我が家の和食の大ファンだ。

 

「久しぶりにお二人の手料理をいただけるのがうれしくて、今朝からそわそわしてましたよ」

「まあ、大したものは出来ませんけど、ごゆっくりなさってください」

 

 叔母とママは料理を運ぶだけに徹した。そのかわり、小暮の両脇に、絵美莉実のふたりをはべらせて、お酌とか料理の取り分けをやってもらっている。

 

「いやあ、こんなかわいらしい双子が三島君の身内にいたなんて、まったく知らなかったよ」

「春まで鹿児島にいたからね。こっちの中学校に入るために上京してきたんだ」

「なるほど。あ、そうか、君がピッチャーやった時のキャッチャー、二人のうちのどちらかなんだってね?」

「はい、私です」

 

 絵美が小暮のぐい飲みに萃香という持参の日本酒を注ぎながら答えた。

「キミ、ホームラン打ったんだって? 女の子なのにすごいねえ」

「ダイちゃんは場外ホームランでしたよ」

「ああ、聴いてる。いまさらながら三島君の凄さには脱帽してるんだ。で、昨日の電話の件なんだが・・・」

 

 小暮はずるいことを提案してきた。

 

 憲法改正の地ならし的な法案の提出が迫っている。憲法改正、つまり日本の再軍備を正当化するため、憲法9条の改正を行う、というものだ。しかし、あからさまな法改正には、野党だけでなく与党のなかにも反対意見が多い。小暮は僕が日本で起こしたヤクザ大虐殺事件や、船橋港で逮捕されたアズナブールの暗殺団、それに今回のリクソン・モバイル社の武装集団を、「日本も内外のテロリストの脅威にさらされる事態に直面している」と喧伝して、警察ばかりじゃなく、自衛隊の組織強化に成功している。

 

「まあ、君のおかげで下地は固まりつつあると言っていいだろうな」

「ふーん。で、今回の頼みって何さ?」

「まあ、慌てないで聞いてくれ」

 

 だらしなくネクタイを緩め、顔を赤く染めて、ようやく小暮の食欲が落ち着いたようだ。小暮は少しずつ話を進めていった。

 

「というわけで、国民の眼をスポーツヒーローの活躍に引き付けておきたいんだ」

「いやいや。そりゃ無理でしょ。2か月とか3か月間熱狂できるスポーツなんて、サッカーのワールドカップくらいなんじゃない?」

「いや。あれも単発ですぐ醒める。試合中だけ熱狂、というのじゃ意味がないんだ」

「じゃあ、もともとスポーツをその目的に使おうってのが無理なんでしょ」

「いや、だから野球なんだ」

「野球? 今の時期だったらプロ野球しかないよ」

「そう、そのプロ野球に君が登場するってことさ」

「・・・」

「あれ? 反応がないけど」

「ばからしくって。どうやれば僕がプロ野球の試合に出れるのさ」

「そこは考えた」

 

 小暮は本気だった。日本プロ野球コミッションに、プロ野球選手としての年齢制限がないことを確認した。もっともコミッション側は「何歳までしかできない」という上限のことだと思ったというのが真相らしい。まさか小学生がプロ相手に出てくるとは想像もしていなかっただろう。

 

「でも、三島家にはめちゃくちゃな取材攻勢がかかるだろうから、君を別人に仕立てる」

「別人?」

「そう。いくらなんでも小学生じゃまずいだろ。だから別の戸籍を作って、君を中学生ということにするんだ」

「小学生でも中学生でも、大して変わんないと思うけど・・・まあ、べつの戸籍を作ってくれるっていうのはいいかもね」

「そうだろ? もう用意してあるんだ」



(その⑪につづく)

 

 僕は全部で83球しか投げなかった。ひとりに3球。ボールは全部で2個。4対0のパーフェクトゲーム。あー疲れた。

 

 
 お昼のお弁当をみんなで食べていると、大沢監督がやって来た。

 

「あきれて何も言えないんだけど、ともかく君はすごすぎる。そこのお姉さんも凄いけど、三島君のめちゃくちゃな凄さは、これはリトルリーグの枠を超えてる。おそらくキミの球、プロ野球の選手でも打てないだろうな。いろいろ負担をかけて申し訳なかったけど、試合に出るのはこれでおしまいにしよう」

「あれ? いいの? 決勝までまだいくつも試合残ってるんでしょ?」

「いや、もう君に出てもらうのはやめにするよ。キミのような規格外の選手は、すぐにマスコミが嗅ぎつけてくる。大騒ぎの末、君にもご家族も迷惑がかかるだろう。いや、無理を言ってここまで来てもらったけど、これでお引き取り願いたい。本当にありがとう、というか、ものすごいものを見せてもらって、本当にうれしかったよ」

 

 そういうことで、僕のリトルリーグの試合はたった1試合で終わっちゃったんだ。

 

 

 そのあとも、僕の家族はグランドから少し離れた芝生の上に移動して、ピクニックランチを楽しんだ。

 

「ダイちゃんは何やらせてもすごいのねえ」

「そうだね。あまりにも欠点が無さすぎるから、自分でも怖いくらいだよ」

「へー。じゃあ私がダイちゃんの欠点、100コあげてみましょうか?」

 

 ママにはかなわない。

 

 そうやってワイワイやっていると、グランドの方から大沢監督と北島先生が見知らぬ2人連れを伴ってやってきた。こういう青空に下には似つかわしくないスーツ姿だ。

 

「三島君、ちょっとおじゃましていいかな」

「なんでしょう?」

「こちら、文部科学省のオリンピック組織委員会担当のお二人だ」

「?」

「初めてお目にかかります。いや、聞きしに勝る身体能力ですね」

「聞きしに勝るって、どちらでお聞きなんですか?」

「はい。実は私、小暮と申します」

「ははー。総理の親戚、なの?」

「はい。首相は私の叔父に当たります」

「まったく小暮のおっちゃんおしゃべりだな」

「・・・」

「おいおい三島、一国の総理をおっちゃん呼ばわりはないだろ」

「いいんですよ。叔父は三島さんにそう呼ばれるのがうれしいみたいなんです」

「・・・」

 

 今度は北島先生が黙った。

 

「で、何の用なの?」

「小学校の運動会とはいえ、あなたのものすごい走りに関しては日本陸連からも報告が来てます。そして今回、大沢さんからぜひ見学に来るようにというお誘いを受けたので、先ほどの三島さんのピッチングとバッティングを拝見させていただきました。私個人の感想ですが、三島さんはあらゆるジャンルのスポーツで、世界の頂点に立てる能力を有している、そのように見ました」

「ふーん」

「まだどうしていただきたい、というご提案はいたしませんが、今後、ぜひとも我が国のためにお力をお貸しいただきたい、そのように思いましたので、今日はご挨拶だけでもということで」

 

 小暮ともう一人が名刺を差し出した。

 

「事務次官、なんだ。偉いんだね」

「いえ、めっそうもない」

「でも、僕は肩書にはビビらないって聞いてるでしょ?」

「それはもう。なにしろエリクソン米国大統領と対等のお付き合いをされているとかで、叔父も羨ましがっておりました」

「三島・・・君。キミ、そんなにすごいのか?」

「ママや叔母さんの手料理の大ファンなんだよ、エリクソンもデビッド一家も」

「デビッドって・・・」

「副大統領ですよ」

 と小暮。

 

 北島先生は再び黙った。

 

 ふたりの官僚はすぐに引き上げた。北島先生と大沢監督もなにかしゃべりながら戻った。

 


 (その⑩につづく)




「すごい! すごすぎる! 参ったなこれは」




 大沢監督がまた頭を抱えた。僕の投げる球を捕れるキャッチャーがいないんだ。チームのメンバーだけじゃなく、大沢監督でも僕の高速変化球は一切キャッチングできなかった。




「これじゃ、試合に出てもらえないよ」

「あの、僕が毎日練習でキャッチャーやってくれてる人じゃダメ?」

「え、そんな人がいるのか?」

「うん。僕の姉さんだけど」

「えー! 女の子?」




 僕は絵美をグランドに連れて行った。


「これまた美少女だねー。キミ、いくつ?」

「13歳です」

「ごまかせるかもな」
「どうやって?」
「キミ、野球やってる?」
「いいえ」
「じゃあ、男の子に化けちゃえ」




 まったくいいかげんだけど、戸籍謄本の提出なんかないから、何とかなるという。絵美は鹿児島の道場以来初めて男装することになった。




 大会は3回戦から出るようだ。前回の優勝チームだから、シードされてるらしい。当日は三島家、井上家、冴子、それにマイクまで応援に駆けつける騒ぎになった。




「マイク。ママと叔母の作ったお弁当が狙いなんでしょ」

「いやいや、何を言うんだ。ダイがベースボールやるなんて、見逃すわけにはいかないじゃないか」

「ふーん、怪しいもんだ」




 僕は1回裏のマウンドに立った。相手は去年の準優勝チーム。「バッティングは正確無比」という評価らしい。




「プレイボール!」




 主審が右手を挙げた。




 僕は絵美と打ち合せていた。一巡目はストレートのみ。150キロから160キロで投げる。2巡目はカーブを混ぜる。3巡目はストレート、カーブ、スライダーを織り交ぜて。




 相手の1番ライトは、すばしっこうそうな少年だった。僕は遠慮なく150キロのストレートを投げた。1球目でその少年は眼が点になった。まったくバットを振ろうともしない。怖くて振れないんだろうな。




 2番のバッターも同じような反応だった。かろうじて3番の選手が3球目にバットを出した。ボールはバットが始動しはじめるところで絵美のミットに収まっていた。




 僕も絵美も、ピッチングのことだけしか考えていなかったから、打席が回って来たときは突っ立っていようと話し合っていた。でも、絵美の打席が回ってくると、彼女は僕のところに来てこう言った。




「ねえダイちゃん。いつもダイちゃんの球受けてるじゃない。その目であの投手の球見てると、まるで止まってるみたいなのよ。打っちゃっていいかな?」

「うん。いいんじゃない。0対0じゃ延長戦になっちゃうもん。さっさと終わらせようぜ」




 絵美が8番目のバッターとして打席に入った。相手のピッチャーは僕と比較はできないものの、それなりのスピードボールを投げてくる。絵美の顔は真剣だった。



 1球目。ストレートをど真ん中に投げ込んできて、1ストライク。


 2球目。同じくストレートだけど、ちょっと低めでボール。これで1B(ボール)1S(ストライク)。

 3球目だった。1球目と同じようなコースに、ストレートが来た。絵美のバットがすーっと振り切られた。




「カッシーン!」




 ボールはきれいな放物線を描き、バックスクリーンにぶち当たった。ダイヤモンドを回る絵美はニコニコしていた。




「やったー! すごいじゃん絵美」

「ありがと! すっごく楽しいー!」




 次は僕の打席だった。立場上、絵美に負けるわけにはいかない(このあたりの負けず嫌いが僕の欠点なんだろうね)。




 ピッチャーは絵美にストレートを打たれたことで、変化球を投げてくるだろうと予測。今度は3倍速くらいまで倍率をアップして球を待った。

 


ふわーん。そんな感じでボールが飛んでくる。

いやいや、これはかえって打ちづらい。1ストライク。




 2球目。僕はリアルタイムに戻した。来た! あれ? 結構速いんだー。空振りしちゃった。やっぱり2倍速くらいがいいのかも。で、切り替える。




 3球目。ストレート。といっても山なりのゆっくりした球が飛んでくる。僕は神威でこのボールを切り裂くようなつもりでバットを振った。




「キンッ!」




 こういう高い音がしたと、ママや敦子が後で言ってた。2倍速の僕には「コーン」という音に聞こえた。振り切ったので、ボールはレフト方向に飛んで行った。あれ? 落ちてこないなあ。




 僕は1塁に向かって走り始めた。ゆっくりダイヤモンドを回らないと、また猛スピードになっちゃう。そんなことを考えながら1塁を蹴ったときにリアルタイムに戻した。




 またまたグランドはシーンと静まり返っていた。どうしたんだろうときょろきょろあたりを見ると、守備に就いてる敵の選手がみんなぽけーっと上空を見ている。僕もその方を見た。白い球が、外野のフェンスのはるか上をスーッと飛んで消えていくのが見えた。ああ、またやっちゃったかなあ・・・




 結局、僕の打った球は、4つあるこの球場のグランドの、隣のバックネットに当たったということだった。推定距離180m。小学生にしちゃ飛びすぎだって。






(その⑨につづく)


 

 翌日、登校する時、昨日のギャラリーに囲まれた。

「どうだった?」

「うん、2球だけ投げた」

「たった2球?」

「うん」

「それで?」

「帰りにユニホームくれたよ」

「エーすごいじゃん! あのチーム、日本一に何回もなってるんだよ」

「よく知ってるね」

「だって僕、入団テストに落っこちて入れなかったもん」

 

 なんてこと話しながら校門に近づくと、北島先生とあの少年野球チームの大沢監督が立っていた。

「おはよう三島君。ちょっといいかな」

 

 職員室ではなく、校長室に連れ込まれた。

「あら、おはよう三島君。あなたもいろいろ大変ねえ」

 

今春から校長になった前の副校長・秋元信子先生だった。彼女は僕のもう一つの能力をよく知っているけど、タイムコントロール能力についてはほとんど知らないはずだ。でも、僕のファンであることは間違いない。

 

「いや、いても立ってもいられなくてね。こんな授業前に押しかけて来てしまった。申し訳ない。で、決めてくれたかい?」

「はい? えーっと、僕が野球チームにはいるってこと、ですか?」

「そ、そうだよ・・・あ、そうか。キミはあんまり野球には興味ないんだっけ?」

「はい。あんまり」

「うーん」

 

 唸って黙り込んだ大沢に代わって、北島先生がしゃべりだした。

 

「大沢のチーム、有名なんだぞ。日本一に何度もなってるし、世界でも最高レベルなんだ。卒業生でプロ野球選手になってるのが4人もいるし・・・」

「北島先生、そんなこと言ってもダイちゃんには通じませんよ。この子すでに世界的な企業の大株主なの。年収は・・・いくらだっけ?」

「そんなのいいけど、まあ、困ってるんだろうから、きのう言ってた試合だけ出てあげてもいいよ」

「え!? ほんとか? やったー!!」

 

 大沢監督は少年のように両手を挙げて万歳した。

 

それからが結構大変だった。ユニホームの合わないところを手直ししてもらい、スパイクシューズのサイズ違いを交換してもらい、ピッチャーとしての基本的な投球フォームを教え込まれ、フィールディング(内野ゴロの時の、だけ)やバックホームの際のバックアップのやり方なんかもホワイトボードの絵だけで教えられた。やるのは初めてでも、昔からTVではプロ野球を見てたから、基本的なルールはわかってるんだけどな、僕。

 

僕は講義の間、ぼーっと聞いてた。だって打たれなきゃいいんだもん。ひとりも塁に出さない自信はある。少年野球で160㎞出せる奴なんているわけない。帰宅してから、双子に地下練習場に来てもらって、ピッチングの練習はたっぷりやった。キャッチングに関しては、莉実より絵美の方がうまかったので、莉実には左右のバッターボックスにバットを持って立ってもらう。

 

バッターが立つと、ものすごく投げにくいんだね。最初のうちは全然ストライクが入らなかった。

しかし、バッターを意識から外す方法を見つけたんだ。そうするとキャッチャーのミットだけが見えるようになる。こうなってからは、莉実がちょこまか動こうが、刀を振るように鋭くバットを振ろうが、まったく気にならなくなった。

 

そうなってから、僕はスピード・アイに切り替えて投げる練習に入った。

 

僕の球速はリアルタイムで65㎞/hから73㎞/hということがわかった。プロが使ってるスピードガンを購入して計測してるんだから間違いないでしょ。

 

その僕が150から160キロで投げるには、スピード・アイは2倍速では足りない。で、2倍速を少し上回るように調整した。これは思わぬ収穫だった。僕はこれまで2倍速、10倍速、500倍速とか言ってたけど、実際はもっと大雑把な倍率だったんだということが判明したんだ。

 

「ちょっとだけ早く」「かなり早く」「目にもとまらないくらい早く」「ほとんど時間が止まっているくらい早く」

 

 そこまで大雑把ではないにしろ、きっちりとした整数の倍率で時間の流れをコントロールしているのではないのだ。言ってみれば「無段変速」でありながら、いきなり数倍速から数百倍速に切り替えることも可能な「自在可変ギア」なのだった。

 

 それがこのピッチングという経験で微調整も出来るようになったのはうれしかった。

 

「ねえ、150キロ超えると怖いんだけど」

 

 莉実がそう言った。

 

「大丈夫だよ。僕、コントロールはいいんだから」

「でもねえ・・・」

「だめだ。ちゃんとバットもって。そう、きちんと打ち返すんだよ。これ、莉実の剣にもすごくプラスになると思うよ」

「え、そうなの?」

「高速でうごく敵を確実に斬り伏せる。斬りこんでくる刃を交わす。そういう練習になってるんだよ」

 

 でまかせだったけど、あながちウソでもなさそうだった。莉実は次第に僕の160キロ前後の球にバットが当たるようになってきていた。

 

「キャッシーン!」

 

 ボールがすごい勢いで弾き返された。一直線にトンネルの天井に向かって行き、跳ね返って装甲車の座席の上で止まった。

 

「やったー!」

 

 莉実は大喜びだ。それから結構当ててくるので、僕はストレートだけでなく、カーブとスライダーを練習した。時速150㎞以上のスピードで曲がってくるボールには、莉実はひとつも打ち返せなかった。

 

 

 (その⑧につづく)