神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI -7ページ目

神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI

小学6年生の美少年・三島大。古武術とタイム・コントロール能力を駆使して、さまざまな敵を殲滅していく超絶アクション小説。

 

7回目の登板の夜だった。

 

西選手はいつものように快調に投げ、2打席目に第12号のホームランを打った。メッツの勝利、いや西投手の完封勝利をだれも疑わなかった。

 

5回の裏、西はマウンドにゆっくりと登った。右手に持ったボールの縫い目を確認するかのような、いつものポーズを見せた後、軽くキャッチャーの大木に投げた。立ったままの大木が返球してマスクを下ろし、審判に何やら話しかけてから座った。西はセットポジションで最後の練習球を投げようと構えた。その時だった。

 

球場には似合わない、異様な音がドーム内に響き渡った。銃声だった。みんな一斉に動きを止め、あたりを見回した。

 

「西ッ!」

 

 大木の叫ぶ声が聞こえた。全員の眼がマウンドに注がれた。西はまだ立っていた。ボールを握っている右手で顔をかばうようにしていた。

 上半身がのけぞった。

 

西の体は、ゆっくりとマウンド小さな頂の上に崩れていった。まるでスローモーションのようだった。

 

 うつぶせに倒れた西の顔の下になった右手が真っ赤な鮮血で染まっていくのを、何千本もの望遠レンズが捉えていた。

 

 駆け寄ったナインや監督コーチ、審判は、その西のまわりで呆然と突っ立っていた。

 

 

 救急車で運ばれた西の容態がほとんど分からないまま、時間だけが経過していく。

 野球中継していた放送局だけでなく、NHKを含めた全放送局が臨時ニュースを流していた。

 

 そして西が担ぎ込まれた病院の院長と何人かの医師が、病院の玄関に出てきた。カメラとマイクが殺到する。

 

「少し下がっていただけますか? はい、それで結構です。では申し上げます。狙撃され倒れた西選手ですが、この病院の医師により死亡が確認されました。即死であったと思われます」

 

 マスコミはパニックに陥った。機能停止状態だった。まともに放送していたのはNHKとテレビ東京くらいだった。

 

「西投手、銃撃され即死!」

 

 全新聞社が号外を本紙の発行数より大量に刷ってばらまいた。深夜にもかかわらず、人々は駅前に走ってその号外を奪い合うように手にした。中にはその号外を手に、泣き崩れる人もいた。

 

 1週間たっても、日本中が右往左往しているような状態が続いていた。それだけ、西選手の存在が日本人にとって巨大なものに膨れ上がっていたのだ。学校や会社を休む者が続出し、繁華街は人通りが減り、通勤通学時間帯でも電車は混んでいなかった。

 

 こうして突如日本人の前に現れたスーパーヒーロー、西 透選手はその登場と同じように、突如としていなくなったのだ。

 

 

(その⑰につづく)

 

1か月で6勝。パーフェクトゲーム2回。ノーヒットノーラン3回。打率7割。ホームラン11本。お立ち台にも上がらず、囲み取材も逃げ回り、球団広報から詳しいプロフィールが発表されないという、非常識極まりないマスコミ対応が続いていた。しかし、そのことがかえって西選手の神秘性を際立たせ、人気を煽る結果となったのは皮肉だった。

 

 市川の西の自宅には連日数百人の見物人とマスコミの記者やカメラマンが貼りつき、西が絵利香の運転するジャガーで現れると一斉にストロボが光り、マイクが何本も突き出された。平日の昼間でも大混雑しているので、飲み物やホットドッグ、焼きそばやたこ焼きの屋台が出るようになった。

 

 TVでは「謎の少年・西 透」的な特番が何本も組まれ、100年以上前のご先祖様とされる西(にし) 周(あまね)を主人公とする企画が、来年の大河ドラマに急きょ決まったというニュースが流れた。

 

 相変わらずちゃんとした中身を明かさないメッツ球団事務所には、連日申し込みと抗議の電話が鳴りっぱなし。担当者はノイローゼになって2週間で3人潰れるありさまだった。

 

東京メッツの親会社は日本でも最大手の清涼飲料水の会社。急遽(きゅうきょ)『Mr.パーフェクト』というジュースと『ミラクルNISHI』というサイダーを売り出したが、店頭からあっという間に姿を消す人気ぶり。株式も連日のストップ高を続けていた。

 

 きちんとローテーションどおり登板するので、その日の入場券は奪い合いになっていた。ネットオークションで窓口価格の100倍以上の値が付くのが当たり前になった。

 

 運よく入場できた者は、新しく購入した超望遠レンズや高級1眼レフで西の素顔を撮ろうと必死にシャッターを切り続けた。

 

日本中が「メッツの西選
手」の中毒患者になってしまったかのような騒ぎだった。

 

 

そんな中、「悲劇」が起こった。

 

7回目の登板の夜だった。


 西選手はいつものように快調に投げ、2打席目に第12号のホームランを打った。メッツの勝利、いや西投手の完封勝利をだれも疑わなかった。

 

5回の裏、西はマウンドにゆっくりと登った。右手に持ったボールの縫い目を確認するかのような、いつものポーズを見せた後、軽くキャッチャーの大木に投げた。立ったままの大木が返球してマスクを下ろし、審判に何やら話しかけてから座った。西はセットポジションで最後の練習球を投げようと構えた。その時だった。

 

球場には似合わない、異様な音がドーム内に響き渡った。銃声だった。みんな一斉に動きを止め、あたりを見回した。

 

「西ッ!」

 

 大木の叫ぶ声が聞こえた。全員の眼がマウンドに注がれた。西はまだ立っていた。ボールを握っている右手で顔をかばうようにしていた。

上半身がのけぞった。

 

西の体は、ゆっくりとマウンド小さな頂の上に崩れていった。まるでスローモーションのようだった。



(その⑯につづく)

 

 僕は780gのバットをぶら下げてバッターボックスに入った。780gという重さを持つ棒状のもの。これは斬甲剣そのものだ。僕はバットを木刀だと思うことにした。

 かまえ方は薩摩示現流の「八相(はっそう)の構(かま)え」。莉実の得意な構えで、僕はこれで向かってこられて恐怖心を抱いたことがあった。どこから斬りこまれても対応できる、一撃必殺の構えだ。バットの構え方としても、それほどおかしくはないだろう。

 

「プレイ!」

 

 背中で主審の声がした。僕はボールが相手ピッチャーの手から離れる瞬間に2倍速に切り替えた。沢村投手の時速145キロのストレートは、70キロちょっとのリトルリーグでも通用しないスローな球となって僕の膝くらいの高さに落ちてきた。

 

 バットを振る。斜め上から、斬るように当てる。

「スコーン!」

 

(木製バットと金属バットでは、当たる感触と音が違うんだなー)

 

 そんなことを考えてたけど、「ウワーッ!!」というものすごい歓声で我に返った。僕の打ったボールは、レフトスタンドの最上段の看板めがけて飛んでいくところだった。慌ててリアルタイムに戻す。

 

「グアッシャーン!」

 

 ボールはJR東日本の看板、吉永小百合の額に当たって落ちてきた。

 

(あらら。こういう振り方であそこまで飛ぶのね)

 

 僕はバットをホームベースの脇に置いて、ゆっくり1塁に向かって走り出した。

 

 

 結局この試合、いきなりのパーフェクトゲームで終わった。さらに、3打席ともホームラン。3-0で東京メッツの勝利なんだけど、だれもどっちが勝ったかなんて気にしてなかった。ひたすら僕の姿を追い、プレイの一挙手一投足に狂喜した。いきなりのスーパーヒーローの誕生だった。

 

 ヒーローインタビューというものがある。誰もが僕の声を聴きたがっていた。場内の誰もが、僕がどういう声をしていて、どういう顔で、どんなことを話すのか。それを期待していたのだろう。誰一人として席を立とうとしない。

 

「ねえ、監督。ヒーローインタビューは勘弁! なんか適当な理由をつけておいて。僕はこのままずらかるからさ」

「なんだー! お立ち台拒否かー? 参ったなこりゃ。場内で暴動が起きるぞ」

「またまたー。冗談やめてよー。じゃあ、あとはよろしくね!」

 

 僕はあらかじめ調べてあった外部に通じる通路を通り、外に出た。いきなり女の子に囲まれた。

 

「キャー!!」

 

 少女がアイドルに殺到するシーンだった。僕は慌てて100倍速に切り替え、女の子の囲みを抜け出した。回り込んで434号線に接するパーキングに入った。絵利香がジャガーのエンジンをアイドリングしながら待っていた。

 

「お疲れさま。いま、日本中のマスコミが大変なことになってるわよ」

 

 絵利香は僕をからかうようにそう言いながら、ドアを開けた。

 

 千葉県界の江戸川を渡ると、すぐに市川市だ。誰もついてきていないのを何度も確認してから、菅野の西の家の門を開けた。ゆっくり左右に門扉が開いていくとき、ストロボの閃光が5か所くらいから上がった。

 

「なんだよ。この家、知られちゃったの?」

「メッツの広報資料に現住所が書いてあるのよ。先廻りして待ってたんだわ」

「チェッ! ころから大変だよきっと」

 

 そのとおりになった。



(その⑭につづく)

 

 

 

 まるで嵐のように日々が過ぎた。  

 僕が登板するその日、対戦相手はジャイアンツだった。現在首位と1ゲーム差の2位。弱小メッツを3タテし、首位に躍り出ようと、ベンチも選手も意気込んでいるのがは1塁側のベンチからも見て取れた。    

 この日1軍登録したばかりの西投手について、マスコミ各社からメッツ球団事務所に問い合わせが来ていた。返ってきたデータを見て、だれもが「こりゃ誤植だろう」と思ったという。だって、年齢の欄には「13歳」と書かれているんだから。

   広報はこの日、なんだかんだ理由をつけて、マスコミから逃げ回っていた。  

「この西という投手は何者なんだ?」

   結局試合開始時間まで、メッツからは正式回答がでないままだった。  

「まあいいさ。2軍から上がって来た育成上がりだろ? どうせもう試合を捨ててるのさメッツは」  

 こういう意見がほとんどで、TV放映はCSだけだから、大きな問題にもならないうちに試合が始まった。
 
   先攻はメッツ。あっという間に3アウト。

 で、とうとう僕のプロデビューの時間が来た。  

「あれ、あの小さいのが西って投手?」
「そうらしいな。何考えてるんだろうねメッツは」
「おーい。ファンをバカにするなー!」  

 ひどいヤジが飛び交った。

 規定数の投球練習が終わった。このときは120キロくらいで投げ込んだ。

   1番センター立岡がボックスに立った。  

「プレイ!」

   主審の手が上がった。

   僕は2.5倍速くらいに切り替えた。

 キャッチャーは2軍から一緒に上がって来た木本だ。なぜか相性がよくて、僕の投球練習にすべて付き合ってくれているうちに、他のキャッチャーでは捕球できないことがわかって、急遽1軍登録されたんだ。

   木本はミットをど真ん中に構えた。ストレートのサイン。うなづく。

   投げた。

   やっぱりドームでも同じことが起きた。僕の球を初めて見た人々は声を失うようだ。シーンと静まりかえるグランドに主審の声だけが響いた。  

「ス、ストラーイクッ!」

  「ウオーッ!」  

 津波のような歓声が沸き上がった。球速計のデジタル表示が「162km」と光ったからだ。自分の眼で見た僕の球の速さを信じられなかった観客も、この数字でやっと「本当だった」と確信できた、というところだろうか。
 
   ジャイアンツのベンチがいきなり騒がしくなった。原監督が立ち上がり、周りに何やらわめいている。どうせ「あのピッチャー、誰なんだ?」とか言ってるんだろう。僕はもう周りを気にしないで投げることにした。

   2球目はカーブ。それも150キロくらいの高速カーブだ。3球目も高速のスライダー。

 1番打者の立岡は一度もバットを振らずに三振した。

 1回裏のジャイアンツの攻撃は、2番吉川、3番坂本の3人とも3球で三振。

 9球で1イニングが終了した。

   不思議なことに、ジャイアンツファンだらけのはずの球場の観客が、ほとんど全員立ち上がり、ベンチに帰る僕に対して拍手していた。野次ではなく、賞賛の声が嵐のようだった。

  「すごいことになったなあ。1回の3人だけでスタンディング・オベイションだぜ」  キャッチャーの大木が僕の肩を揺さぶりながらそう言った。

   緊急生中継! そんな情報がベンチに飛び込んできた。

     2回表も3者凡退、その裏、2イニングめ。さきほど初めてマウンドに歩いて行ったときと、これほど違うのね。歓声と声援。いったいファンって何なんだろう?  

「打たせて取るかい?」

   マウンドに来ていた大木がそう聞いた。

  「まだそんな器用なこと、僕には無理だよ」
「そうか。じゃあ9球でチェンジにしようぜ」
「うん。全部ストライクってことだね?」
「いや、3球目はスライダーを外角にはずすんだ。ボール2個くらいね。絶対空振りするよ」
「OK!」  

 面白いように大木の言うとおりになった。

 1球目ど真ん中のストレート。160キロから163キロ。
 2球目。内角ぎりぎり入るストレート。球速は158キロくらい。
 3球目。外にボール1個から2個くらい外れる高速スライダー。150キロくらい。  

 だれもバットにかすりさえしなかった。

  「ゴーッ!」と聞こえる歓声がドームの中を満たした。フラッシュ、ストロボがまぶしい。

   このペースで2回裏は9球でチェンジ。

 チームメイトがみんな握手に来る。頭をかきむしるやつもいて、僕はむっとした。ヘアスタイルが乱れるじゃん!

   で、3回表。ピッチングに集中してて忘れてたけど、このイニングには僕の打席がある。さて、プロ1軍のピッチャーの球って、スピード・アイにしたら打てるんだろうか?

   あっさりと大木も三振した。

  「9番、ピッチャー西」

   場内アナウンスが僕の名前を告げた。それまでざわついていた球場内が、いきなり静まり返った。どうやらいきなり現れたこの謎の選手は、どういうバッティングを見せるんだろうか?

 そういう期待がドーム全体を支配しているようだった。

  「バット、振らなくていいからね。それからデッドボールには気をつけるんだよ」  

 まるで父親のようなまなざしで、監督の古田がそう言った。

  「はい。でも打てる球なら打っちゃっていいでしょ?」
「もちろん。そういえば、まだ君のバッティングをちゃんと見てなかったな。打つ方もあれかい?」

  「あれ」というのは、ピッチングのような「奇跡的なレベル」という意味だろう。

  「まあ、見ててください」  



   (その⑬につづく)

 

「東京メッツ」はジャイアンツと同じく、東京ドームを本拠地としている。今シーズンはひどい低迷で、リーグ最下位。チーム打率はそこそこあるのだけど、投手陣が総崩れしていた。2軍は千葉の市原にグランドがある。2軍監督は篠原というメッツOBだ。

 

 
 僕は宿舎で篠原と、メッツのオーナー、松清正と会っていた。

 


「本気なんですか?」

「ああ。本気も本気。冗談で私が2軍グランドまで来ると思うか?」

「・・・で、このおこちゃまをどうすればいいんです?」

「正式に2軍の選手登録したから、練習に参加させてくれ」

「・・・知りませんよ。メッツはとうとう頭がおかしくなったかって書かれても」

「まあ一度西君のピッチングを見てみろよ」

「分かりました。お忙しいでしょうから、いまからでいいですか?」

「ああ、頼む」

 

 そんなやり取りがあって、僕は篠原監督に連れられてグランドに行った。

 

「おい、正木。ちょっとこの子と代われ」

 

 投球練習場では3人が投げ込んでいた。そのうちの正木と呼ばれた選手が引っ込んだ。ちらっと僕を見て頸をかしげた。

 

「さあいいぞ。何球かウオーミングアップしたら、座らせて投げてくれ」

 

 僕は立っているキャッチャーに1.5倍速くらいで投げた。


「パシーン!」といい音が響いた。

 

「そろそろいいですよ。座ってもらえますか」

 

 僕のウオーミングアップの球速は130キロくらいだったと思う。これだけで、そこにいた関係者はぎょっとしたような顔をしていた。オーナーの松清だけがにやにやしている。

 

 小暮と松清は同郷だということで、昔から親交が厚かった。今回の話を持ちかけるには、最もふさわしい相手だっただろう。

 

「でも、最初は冗談かと思ったんだよ。中一の子供が160キロの球を投げるなんて、誰が信じる?」

 

 松清は2軍グランドに向かう車の中で、上機嫌だった。

 

 僕は「徐々に」という回り道が嫌いな性格なんだ。1球目から160㎞/hを出してやることにした。

 

 ワインドアップで投げる。ストレートのど真ん中。ボールはキャッチャーミットに吸い込まれた。

 

「バシッ!」

 

 練習場はしんとしていた。いつものことだ。初めて僕の球を見た人は、声を出すのを忘れるようだった。

 

「もう一球、いいですか?」

「え? ああ、悪い」

 

 キャッチャーは僕に返球するのを忘れていた。受ける。今度はセットアップで投げる。スライダーだ。

 

「ガッシャーン!」

 

 150キロを超えるスピードで大きく曲がる僕の球を、そのキャッチャーは捕球できなかった。ボールは後ろの金網にぶつかった。

 

「こ、これは・・・」

「だろ? 俺も初めて西君の球を見たときは唖然として声が出なかったんだ。中一だぞ中一。13歳。なんて凄い奴だ」

「でもオーナー。13歳って試合に出れるんですか?」

「ああ。コミッショナーに確認した。日本のプロ野球選手には年齢制限はないそうだ。もっともこれは高年齢を想定しての話だそうだ。低い方は最初から考えられていないんだと」

「・・・そりゃそうでしょうよ。リトルリーグの選手がプロに交じって試合できるなんて、だれも想像もしていなかったでしょう」

「うん。だから西君は13歳の中一でも、立派にメッツの選手として登録され、そして試合に出る。さあ、これから大変だぞ。世界中のマスコミが押し寄せるぜ!」

 

 松清は心底うれしそうだった。



(その⑬につづく)