神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI -18ページ目

神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI

小学6年生の美少年・三島大。古武術とタイム・コントロール能力を駆使して、さまざまな敵を殲滅していく超絶アクション小説。



「PA(Picatinny Arcenal=米軍の技術センター)は前々から君の動きをハイスピードカメラで撮影したいと思っていたらしいな。電話したら、機材はすでに横田基地に届いているそうだ」
「ふーん。わかった。撮影は一週間後、ってことでいい?」
「技術者は明日にでも来られるぞ」



「だめだよ。僕にも休暇をくれないと」
「あ、ああ。悪かった。超人という意識が強いんだな。君が12歳の少年であることをつい忘れる。わかった。7日後に練習場、でいいな?」






地下練習場は僕の基本的な居場所となって来ている。女性の立ち入を許してない唯一の場所だった。


 スイートルーム仕様の居室のリビングルームはマイクとの相談の場となっていたし、ベッドのある部屋は、独立回線で絶対にハッキングされない海底光ケーブルの専用線でつながっている。この回線で繋ぐタイムラグのない通信は、今のところ完全にセキュアされているはずだ。


 それでも最重要の秘密のやりとりは、直接会ってする会話が一番安心だった。最新の盗聴盗撮検知機器を張り巡らせたスイートルームは、ホワイトハウスよりセキュリティ率が高い。基地も安心できない今、マイクは僕の練習場にやってくることが多くなった。 




「なんだかスッキリした顔をしてるな」
「うん。たっぷり休養したからね」
「どんな休養やら」
「マイクは最近、僕のこと変な色眼鏡で見てない? 」
「ああ。悪かった。ダイがモテモテなの、妬いてるのかも」
「ふーん。マイクもけっこう若いんだね」
「バカ言っちゃいかん。私はまだまだ現役だぞ」
「あらら。それは失礼しました。で、今日は撮影するんでしょ?」



「ああ。地下道の向こう側に撮影班を待たしている」

「なんだ、連れてくればいいのに」

「撮影の前に、トーマスの話をしておきたくて一人で入った」

「トーマス? ああ、あのライフルのスナイパーね。で、吐いたの?」

「ああ。あっけなく全部ね」



 旧セブンシスターズは、全部が「死の商人」という面をもっている。紛争が起きると石油や武器、弾薬の値が上がるから、彼らは絶えずどこかで紛争、戦争の火付け役を行ってきた。



 中でもリクソンは、イデオロギーには全く無頓着に東西どこの国でも彼らの商品を売ってきた。リクソンの扱う商品の中で最重要品はもちろん石油だったが、現在では石油が上げる利益より、武器、戦闘機、軍艦や軍事衛星の方が大きくなっている。噂だったが、原爆製造施設の技術者と機材も提供していた。





 その商売に影が差し始めたのが、エリクソンの大統領就任だった。なんと僕の働きで、イスラム過激派の動きが鈍くなっているのだという。





「君がテロ集団を壊滅させたり、反米の首謀者たちの資金源を潰してくれたおかげで、彼らは動きづらくなってきているのさ」
「ふーん。エリクソンの依頼って、そんなにしっかりした戦略的なものだったの? そうは思えなかったけどね」
「あいつもただのでくの坊ではないよ。何しろ米国大統領なんだからな」



「で、トーマスはリクソンが雇った刺客ってこと?」
「いや、トーマス自身は誰に雇われたのか、まったく知らない。いくつものラインを経て彼が動くようになっているんだろうな」
「まあ、それが常識だよね」
「ペンタゴンのトップと共和党幹部にひとりずつ、怪しいのが浮かんでいる」


「それが本当の漏洩元なんだね?」
「ああ。証拠というか、確信はまだない。だが、グレーだというだけで十分だ」
「それこそ二重スパイとして泳がせばいいじゃん」
「・・・そう、それがエリクソンと国防長官の結論だよ」




「エリクソンもうすうす感じていたので、君に関する情報はそうとう神経質になっていたんだ。どこにスパイがいるかわからなかったからね。だが、これで事態が変わった。それをあの馬鹿者が調子に乗らないように釘を刺しておいたんだが・・・」

「東洋の悪魔、魔女はおれが動かしている、ってあれ?」
「うむ。エリクソンにも困ったものだ」




「赤い国、だね、日本で動きやすいのは。アジア圏のイスラムはテロリズムとは無縁の人々がほとんどだから、過激派も日本では動きづらいだろうね。アラブ系の顔って、日本じゃ目立つからなあ」
「しかし、そういういま、君がどうして高速度カメラであの能力を撮影させる気になったのか、私にはそれが解せないんだが」
「人間って、理解できないものは存在しないって思いたがるものなんだよ。霊魂と同じさ。だから僕は存在しないものになるんだ」
「?」



「理解できるものを提示するんだよ。僕自身の能力ではなくて、僕が発明した、あるいは米軍が作り出した『特殊装置』が、ふつうの人間の動きを超スピード状態にする。そういう『秘密兵器』の開発に成功したんだってことにしたいんだ」

「ふーむ。分からんでもないが・・・そもそ もそれは物理学的に可能なのか?」

「不可能にきまってるじゃん。でも、現実にそういう動きができる装置を僕は開発した」





 僕は手のひらサイズのアルミのボックスをポケットから取り出した。秋葉原のパーツ店で買ってきた部品で作った「秘密兵器」だ。





 ロータリースイッチとON/OFFスイッチをつけてあり、ロータリースイッチ(=LSW)には 2、5、10、50、100、200、500という数字が打ってある。コードが1本、ボックスから出ていて腰のベルトにプラグイン装着できる。




 これは全くの「冗談ボックス」なんだけど、暇つぶしに作ったものだった。





 357マグナム弾の薬莢にボタン電池を仕込んだ「動力源」らしき乾電池状のものをボックスの裏から装填する。スイッチをONにするとLEDランプが赤く点る。そしてLSWを倍速に合わせる。すると僕の動きが超速になる。





 これを信じる人間がいるとは思えなかったけど、これからこの「お遊びボックス」がリアリティを持つ「秘密兵器」として登場するのだ。





「これ、本当にそういう機能を持っているのか?」
「そんなわけないって言ってるでしょ。でも、これを付けるとそういう状態になるってことを映像で見せるんだ。その装置がなければ、僕は、あるいは井上由里はちょっと格闘技に優れた、ただの12歳の少年少女。三島 大を追いかけ回しても意味がない」



「なるほど、ターゲットをその装置にすり替えるってことだな」

「うん、そう。それに三島 大は日本から消えるしね」

「? 日本から消えるって?」

「まあ、その件はあとで話すよ。で、撮影班には『あの小さな装置が、少女にとんでもないスピードを出せる状態を作り出すようだ』。そういうふうに吹き込んでおいて。カメラマンの心理状態って、映像に確実に反映するんだよ」



「少女?」

「僕が顔をさらして写るのは、やっぱりまずいでしょ? 」

「ああ、そうか、ユリ・イノウエか・・・了解した。いや、これは成功するかもしれないな。今後は米国がその『秘密兵器』の秘密を守りきる態勢をとればいいんだから」



「まあ、そういうことになるね。だからこそ横田のスタッフに撮影してもらうんだ。それと『ピカティニー・アーセナル』って小さくロゴを入れておいたから、それもアップじゃなく、自然に映しておいてね」

「芸が細かいなあ。でも実在の軍の施設の名を入れるのはどうだろうな・・・」

「実在するからでっちあげがリアリティを持つんだよ」








(その②につづく)



 僕は道場から自宅に向っていた。今日の授業の教科書の一部が自宅のマンションに置きっぱなしだったから、それを取りにマウンテンバイクを漕いでいたんだ。



 いきなり超アイに切り替わった。僕は車道から歩道に自転車を傾け、歩道の石畳の上を転がった。いま僕の体があったところを1発の銃弾が通過していった。その弾道をさかのぼって見た。





 弾速から見ると、レミントンFMJとかJHPのような拳銃弾ではない。秒速1,000m以上、つまり、時速3、600kmの高速ライフル弾だった。15.2mmステアーAPFSDSか、14.5mmM41だろうと思う。やたらと早い弾速だったから、僕は交わすのが精一杯だったのだ。




 狙撃者の潜む場所を確定しようとしたけど、1,000倍速だと狙撃者が次弾を撃つまでに時間がかかりすぎて、持て余してしまうし、余分な体力の消耗にもなる。





 で、だいたい見当をつけた。方向と角度から見ると・・・あの中層マンションの屋上あたりだろうか?



 僕はそのマンションに向ってマウンテンバイクで走った。超アイがしばらく続くのは毎度のことで、仕方ない。周りの景色というか、動きのあるものすべてが止まって見える。道路脇で電動工具の丸鋸を使っている男の前に舞い上がる木の粉がゆっくり動くのが、なんとか「動いているらしい」と感じられるくらいだった。




 音も消えた道路をあっという間に走り、200mほど離れた道路脇にあるビルの下に着く。12階建てのマンションだった。




(あ、このマンション、瞳の住んでるところだ)





 僕の同級生、野村瞳はこのマンションの最上階に住んでいる。




 普通ならオートロックで閉まっているドアは1,000倍速時にはあけられない。でも、通勤通学の時間帯だったので、何人かがマンションから出ようとしていて、ドアは開いたまま固まっている。




 エレベーターが使えないのは辛いけど仕方なかった。12階まで駆け上がり、瞳のうちの玄関ドアを開ける。案の定ロックははずれていた。父親がすでに出勤した後で、次に瞳が小学校に出かける。そんな時刻だ。




 僕は中に入り、LDを抜けた。瞳がダイニングテーブルでパンを食べていた。その脇を抜け、AWのサッシを開けてバルコニーに出る。最上階で、ルーフバルコニーなのは知っていた。そこに6尺の脚立が置いてあるのも記憶していた。





 あった。脚立を伸ばし、梯子にして屋上の端に立てかける。一気に上った。いた。




 僕はまだ寝そべって、僕の体か頭に命中するのをスコープで確認しようとしている男に駆け寄った。そこで超アイが切れた。リアルタイムに戻ったのだ。





「?え?」




 男が動揺するのがわかった。1発目で確実にしとめた。そう思ったに違いない僕の体が視界から消えたのだ。





「おまえ、バカだな。データ教えられてないのかな?」
「げ! ど、どうして・・・」




 男は寝そべった姿勢のまま狙撃銃を振って、僕に銃口を向けようとした。僕はあのスニーカーを履いているのを思い出していたので、そのままつま先で右手を蹴った。グシャっという音がした。男の右手が、銃身とつま先の間で変形して張り付いていた。





「うぎゃ!」




 さすがに訓練されているようで、悲鳴はそれほど大げさではなかった。


 

 僕は背中にしょったデイパックから神威を取り出して鞘を抜いた。

 


 男の目の間に刃先を突きつける。





「さて、どういうふうに殺してほしい?」
「・・・」




  その男は自由の利く左手をポケットの突っ込んだ。僕は20倍速に切り替える。男がポケットからゆっくりと手を出した。何かのカプセルを摘んでいる。



 

(あ、自殺用の薬だな)





 そう思ったので、神威で指を切り落とした。指とカプセルが一緒に手から離れる。カプセルだけを掬い取る。




 僕はデイパックの中を探った。バンダナとパラシュート・ロープがあった。まず、口の中にバンダナを詰め込んでから、ロープで口をしばり、残りのロープで男の両手を後ろ手に縛り、屋上の丸カンに結んだ。まあ、よほど技術がないと、このロープはほどけないだろう。リアルタイムに戻す。





 そうしておいて、僕は携帯でマイクに電話を入れた。例の軍事衛星の回路を経由する番号だ。





「というわけで、今GPSで把握している地点に狙撃手をおいておくから、引き取っていって」

「ああ。わかった。で、銃撃は大丈夫だったのか? って聞くまでもないか」



「うん。相当な高速弾だったから、ちょっとびっくりしたよ。秒速1,000mは越えていた。銃も見たことのないような狙撃銃だよ。でも、ネームは英語だから、アメリカの軍用かSWAT用の狙撃銃だと思うな」
「米軍・・・もうしわけない」
「マイクが謝ることはないよ。それより早く白状させてね。あ、それから自殺用のカプセル持ってたから、銃の弾倉の中に入れておくね。それの成分でもどこの所属かわかるかもしれないから」
「ああ。わかった」





 この狙撃手で3人目の「敵」を捕まえた。しかし、自殺用のカプセルを持っていた「忍者」のような狙撃手を見ていて、僕は「敵」の巨大さを感じていた。





 屋上から12階の廊下に降り、そのままマンションを出た。




(梯子はあのままだけど、狙撃手の回収の時大騒ぎになるだろうからほおっておけばいいな)




 マンションのエントランスに停めたマウンテンバイクに乗り、僕は再び道場に向かった。途中で同級生たちの登校とぶつかる。





「あ、ダイちゃん! どこ行くのさ。学校は?」
「あ。おはよう! うん、ちょっと忙しくてね。そのうち顔出すよ」





 



第14話 終わり



「まず、この作戦は内容をマイク以外は知らないことが前提となる」

「うむ。了解だ」

「罠を仕掛ける」

「罠?」

「そう。言ってみれば嘘、さ」

「・・・具体的には私はなにをすればいいんだ?」

「東洋の悪魔をアメリカ大使館に招き入れる手はずを整えてくれればいい」



「大使館? どうするつもりだね?」
「エリクソンの命を受けて、僕が大使館員全員の取り調べに当たるっていうことにしてほしいんだ」
「前代未聞だな。日本人の、あ、いや、君はすにアメリカ国籍があるんだったな。それにしても日本人の少年が大使館員を取り調べるなんてのは、非現実的過ぎるよ」




「いいんだよ。実際にそんなことできるわけないのは承知しているよ」

「じゃあ、なにをするんだ?」

「心理状態を見るのさ」

「心理状態?」

「うん、そう。僕の裏の顔を探ろうというスパイは、当然ながらこれまでの、僕がやったであろうと思われている作戦内容と、その成果を情報として与えられているよね?」

「まあ、そうだろうな。わかっている範囲内の君のデータはすべて承知しているはずだ。そうでなければ、無駄な調査しかできないからね」





「ということは、悪魔と呼ばれるほど人間離れした僕の戦闘能力も充分に知っているはずだよね?」
「まあ、そうだろうな」
「恐ろしい殺人マシーン。どう分析しても人間業ではない殺戮を行う悪魔・・・そういう刷り込みができているのが、そのスパイだと言うことになるよね」
「なるほど。君と面と向かって冷静でいられるのは、君の正体を全く知らない人間だということになるわけだな」
「そう。だから大使館の中の一室を用意してもらって、そこに隠しカメラを仕込む。それだけでいいんだ。一流の心理学者なら、表情を見るだけで、その人間の反応がどういうものかを見分けてくれるでしょ?」




「・・・うーん。それは承知するが」

「なに?」

「それだけでは、スパイ全員を突き止めるなんてことにはならないだろうな」

「そんなのわかってるよ。でも、必ず一人は大使館のメンバーにいるっていうのがもらってる情報だったじゃない。その一人だけでもあぶり出せたら、あとはどういう方法をとってもいいから、他のスパイを白状させるんだよ。それは僕はやらないから、マイクの方で用意してね」

「わかった。でもこの情報を伝えるだけで、逃げ出すスパイもいるだろうな」

「そうだと思うよ。だから、この取り調べのことを大使館員に話す前に、全メンバーに監視を付けておいてね」

「了解した。逃げ出すのにもっともらしい理由を付けるだろうが、それはいくらでも検証できる」





 そういう、いわば破れかぶれの作戦しか重い浮かばない自分に腹が立っていたのは事実だった。




(だって、ほかにいい方法があるなら、国防省もペンタゴンも、CIAも、とっくの昔に実行してるだろ?)




「直球勝負は、現代のスパイの世界では珍しい作戦だろうから、かえって効果的かもしれんな」




 マイクの感想だった。





 その日は火曜日に設定された。アメリカ大使館には、大使以下、総勢200名ほどのスタッフがいる。その全員と面通しを行うためには相当な時間が必要となる。さらに、忙しい仕事の合間を縫って、日本人の少年の待つ個室には入れというのは、かなり不自然な設定だった。




 しかし、この「不自然さ」が、スパイには「尋問」と捉えられ、ふつうのスタッフには「新しい大統領のごり押し」であり、「エリクソンとデビッドの共通の友人だという12歳の日本人少年」と直に話せる機会を作ってくれたと解釈される。




 いずれにしても、ひとりあたり、実質1分ほどしか面接時間はない。それでも充分だった。花瓶の花の中と、壁に飾った額の2カ所に仕掛けられた高性能CCDカメラは、僕の正面に座るスタッフの表情をきっちりと捉えている。





「やあ、君がMr.MISHIMAなんだ。いろいろ話は聞いてるよ」




 ごく自然に、わざとらしさの微塵もはい口調で話しかけてきたのは2等書記官の男だった。しかし、彼の視線は僕の顔にではなく、僕の横のサイドテーブル上におかれた神威の上に走った。もちろん鞘に入っているが、こういう場に置かれているのは不自然な形状をしている。





「この刀、気になる?」
「あ、いや、何だろうなと思って。それ刀なのかい?」
「うん。すばらしい切れ味なんだよ。何百人もの命を断ち切ってきた名刀なんだ」




 同じようなやりとりが複数のスタッフと交わされたが、この男以外は神威を「過去の日本刀」だと解釈した。SAMURAI時代に使われた「歴史的な日本刀」と思ったのだ。しかしこの2等書記官は、神威がこれまでに何百人という戦士の両腕を断ち、頭蓋骨を両断してきた現在進行形で使用されている「東洋の悪魔の愛刀」だということを認識していた。





 男の額にうっすらと汗がにじむ。




「あなた、僕のこと知ってるの?」

「え? あ、いや、大使館員なら知らない者はいないよ」

「そうなの?」





 僕は神威に手を伸ばした。男の体がビクっと反応する。両目に恐怖の色が走った。




「ありがとう。時間を取らせたね」





 これで充分だった。この男が10番目に入室してくれたおかげで、面通しは1時間もかからずに終了した。




 僕は大使に面接の中止を申し入れた。





「なにかありましたか? まだ始まったばかりで、ほとんどのスタッフが残っていますが」
「いえ。目的は果たせたので、これで充分です」
「では、昼食まで時間がありますので、私が大使館内をご案内しましょう。昼食はフレンチですよ。銀座の三ツ星レストランのシェフにわざわざ来てもらっています」




 まったく見当違いな思いこみを抱いていることが丸見えの大使だったが、危険性はゼロであることの証明だった。





 僕は広くて数の多い大使館内の全部の部屋を大使に連れられて訪問して回った。しかし、手には神威を掴んだままだ。




 気軽に挨拶を交わしてくるほとんどのスタッフの中に、ひとり不自然な表情とボディランゲージを示す女性がいた。




(この女、スパイだな)





 僕は彼女に近づいた。彼女の表情がこわばった。背中の筋肉が緊張するのがわかる。



 ほかの女性スタッフは僕が近づくと、彼女たちの方からも近づいて、身を屈め、僕と視線を同じ高さにしようとした。ほとんどの女性スタッフは、僕より15cmは背が高いのだ。




 何人も魅力的な女性がいた。思わずしっぽが回転する。波動を感じて、彼女たちの表情がゆるみ、皮膚からエストロゲンが分泌される。フェロモンの匂いだ。身を屈め、僕に顔を寄せ、キスしてくる。



 これがふつうの女性なのだ。しかし、その女性スタッフは、さっきの2等書記官と同様の反応を示した。僕は彼女の顔を記憶した。




マイクが道場にやってきたのは、大使館員の面接の翌日だった。




「君の言った2人は身柄を確保した。なかなか手強そうだが、吐かせてみせるさ」

「僕との面接を避けたのが11人いるって言ってたね」

「ああ。君との面接の発表以降に仕事を作って外出したメンバーだ」

「全員に会うから、セットしてね」

「わかった。しかし、心理学者に映像を見せなくてよかったのか? 超一流の学者を用意してあったんだぞ」

「うん。よく考えたら、僕と向かい合ってなにも不自然さを感じさせないでいられる人間と、少しでも僕の裏の顔を知ってる人間の区別なんて、ごく簡単なんだね。僕は、ミッションの現場で何百人という敵の兵士と向き合ってきたんだ。『東洋の悪魔』と認識している人間のボディランゲージ、体から発散さ れる恐怖の匂い。それらは確実に僕には感じ取れるってわかったんだ」





 結局、面接にこなかった11人全員、白だった。あの2等書記官の男と、僕に恐怖感を示した女性スタッフの2人が2重スパイだと判明した。




「あのふたり、廃人になるだろうな」

「そう。かわいそうだけど仕方ないね。どこまで聞き出せるか、だね」

「そうだ。わが基地にはスパイはいないことを祈っているよ」

「時間がかかりそうだね」

「ああ。最低2週間はかけるそうだ」

「で、もう一つのセットは済んだの?」

「ああ。そちらも万全だ。しかし、民間人は対象外だよ」

「かまわないよ。民間人の中に潜んでいても、僕に何かしようと思うなら、近づいてこなければ無理だ。いきなり狙撃っていっても、ここは日本だからね。民間人は狙撃銃を所持できないし、僕の普段いる場所で、外部から狙えるポイントは、小暮のおっちゃんに言って、密かに封鎖してある。無理矢理入ろうと思えば、センサーだらけの通路を通るしかない」

「わかった。じゃあ、政府関係者、大使館関係者、それに米軍関係者だけに絞っていいということと思っていいんだな?」





 そのあと、敦子の手料理を平らげてマイクは横田に戻っていった。





(その④につづく)

 

 僕は道場での練習と肉体の鍛錬、それとヨーガ式瞑想に明け暮れた。


 水道橋の武具店に発注した、神威と同じサイズ、重量の木刀を振るい続ける。特注スニーカーのつま先を生かした蹴りの型の完成を目指す。流れるように次々と技を繰り出していく。一つの動きで一人を即死させる「型(かた)」だ。




「肘に付ける防具が必要だな」




 接近線では、複数の敵に同時に襲われたとき、両手にもった武器だけでは防ぎきれない相手の刃の軌道が想定される。




「ここで、もう一人が切りつけてきたら、1000倍速に切り替わっちゃうなあ」




 僕は1000倍速の「超アイ」のありがたさは身に染みてわかっているが、しばらくスピードダウン出来ないので、1000倍速のまま動き回ることになる。これがめちゃくちゃ体力を消耗するんだ。




 なにせ1分動くだけで、17時間近くぶっ通しで動き回るのと同じだけの運動量になるんだからね。




 そういうこともあって、できるだけ低倍率のスピード・アイ状態でいたいのだ。そのために、両臑で敵の刃を受け止められる防具がほしい。




 いまの戦闘服も、日本刀や拳銃の弾くらいなら貫通しないが、骨は砕けるだろう。それがわかっているから、臑で受ける動作は避けてしまう。それは一瞬の中ではかなりのロス、時間と動きのロスにつながるんだ。




 超硬度カーボンファイバーという素材がある。直径1mmの針金のような状態でも、紙1000枚をあっさり裁断する印刷工場の裁断機の刃を止めてしまった。工場長が目をむいて驚いていた。その超硬度カーボンファイバーを布状に織り上げ、その内側に鹿革を張り、外側には戦闘服と同じ素材で、色は黒い生地で覆ったものを作ってもらった。




 届いた試作品10セットのうちのひとつをマネキンの腕に着け、暫甲剣で切りつけた。




「すごいなこれ」


 思わずつぶやいてしまった。あの暫甲剣で切れないものはないんじゃないかと思っていたんだ。この試作品は戦闘服の生地のところまで切れていたけど、それ以上は進入しなかった。マネキンの腕がスパっと切れ落ちるのをイメージしていた僕は合格点を上げることにした。




「マイク。あの臑サポーター、合格だよ。予備を含めてあと10セット作ってもらって」

「わかった。それから、新しい情報が入ってきているから、そいつのテストを見せてもらいにそちらに行くよ」

「今日?」

「ああ。今からいくが、何か差し障りがあるのかね?」

「いや、マイクがきてくれると、食事が楽しいからね。敦子や冴子にマイクの好みの料理を用意させとくよ」

「お、あの冴子さんもきてるのか? 私は彼女のファンなんだよ」

「知ってるよ。冴子もマイクを好きみたいだよ」

「そ、そうか? うん、じゃあ、すぐ行くよ」


 かわいい司令官だなあ。




「うむ。君のその剣でも切れないか。なかなかのものだというのはわかった。この素材、研究所の方にフィードバックしていいかな?」
「いいよ。これを防弾ベストにすれば、被弾してもほとんどダメージは受けないと思うよ」
「高価だが、これだけ薄くできるとなれば、大統領たちに着せるのに苦労しないよ。君の開発力には研究所の予算の半分を支払ってもいいくらいだ」




 マイクは暫甲剣と新しい防弾サポーターを見比べながら言った。


 夜は5人の宴会だった。テストはこの宴会でも実施される。むしろこういうふうに客がいる方がいい。むろん、マイクの料理には仕掛けない。




 ここまで、僕に供された料理には毎回ひとつずつ「毒入り」料理が混ざっていた。毒といっても睡眠導入剤だったり、下剤だったりだけど。



 僕の感覚は冴えていた。僕は好き嫌いがないから、何でも食べるんだけど、ある皿に箸を伸ばすと、急にあの「超アイ発現時」と同じような感覚になるのだ。つまり、違和感を感じて箸が止まるのだった。




「これ、冴子が作ったんだろ? これに仕掛けたね」

「あ、すごい。食べなくてもわかるの?」

「うん。何となくね」


 というようなことが、毎食繰り返して起きていた。




「マイクの料理には毒入りはないから、安心して食べてね」

「ああ。それにしても、食事の時もそんな訓練をしているなんて、君の姿勢には頭が下がるな」

「なに言ってるのさ。自分を守るためだもん」

「で、これまでは1回も毒を口にしてないんだね?」

「うん。まだ」

「じゃあ、ほとんど大丈夫だと思っていいと言うことだよ」

「そう思うけど、この家に早苗と冴子がいられるあと2日はテストを続けるよ」




 持参したワインを空っぽにして、マイクは上機嫌で迎えの車に乗って帰っていった。

 僕は大好物の宝袋に毒を入れられて、少々機嫌が悪かった。

「ごめんなさい。そんなに宝袋が好きだったなんて知らなかったんだもの」
「いいんだよ。敦子が謝ることはない。それこそいいテストだったよ」
「じゃあ、機嫌なおして。横から見てて、滑稽なくらいふくれっ面してるわよ」




 と冴子が言った。



 こうしてテストの4泊が終わった。




 スパイと情報の漏洩者の情報は、少しずつ精度を増しているようだったけど、それでもまだ暗中模索状態が続いている。


「そろそろ仕掛ける頃合いだな」


 僕は行動を開始した。









(その③につづく)


「そろそろ次のミッションを頼んでいいかな?」




 マイクが連絡してきて、地下練習場のスイートルームで会った。




「エリクソンには釘を刺しておいたよ。これ以上君のイメージを利用するのはよせってね」

「ああ。東洋の悪魔、東洋の魔女、でしょ?」

「そう。彼はずるいから、外交に君を利用しようとするのは目に見えてるからね」

「まあ、僕の周辺に危害が及ぶようなことが起きたら、僕はおまえを許さないって脅してはあるけど」

「エリクソン大統領暗殺、ってやつかい?」

「うん。僕がそう思ったら、絶対に阻止できないこと、分かっているんだと思うよ」

「ああ。それはそうだろうな。自慢の私設SSをあっという間に潰されてるからね」

「僕が信用しているアメリカ人はソニアと、マイク、あんただけだってことさ」

「くっ・・・だめだな。このころ年をとったせいか、涙もろくなっているんだよ」




 マイクは本当に泣いていた。




ミッションは・・・面倒な内容だった。僕の狩猟欲は全然満たされないだろうし・・・




「それ、実際はかなり大変なんじゃない?」

「そう。このミッションの困難さは、一見ではわからないだろう。ごく簡単な仕事に見えるが、国際情勢、敵味方の見分け方の難しさ、いったん始まったら、潰さなければならない人数の多さ。どれをとっても、非常に困難な作戦だ。このミッションを聞いたとき、私は即座に断ったくらいだ」




 舞台は日本、それも東京。ターゲットは少なければひとり。多ければ・・・。




「せめてそっちの捜査で、そのスパイをあぶり出せないの? 探し出すところから僕にやれっていうのは、ちょっとオンブにだっこすぎない?」

「すまない。今の時代、スパイってダブルオー7みたいに派手じゃない。ごくふつうの大使館職員だったり、米軍基地にいる兵隊だったり、あるいは商社マンだったりする。個人情報をどれだけ調べても、まだひとりも浮かんでこない。それだけ準備に時間とお金をかけて仕込まれたスパイだということさ」




「でも、僕はなにをどうすればいいのか、よくわからないな」

「そうだろうな。でも、どうして君にこのミッションを頼むのかというと・・・」

「わかった。引き受けるよ」

「え?」

「そのスパイのターゲットが僕なんだろ?」

「・・・そうだよ。まあ、話が早くて助かるが」




「うーん、難しいなあ、これ」

「そうだろ? どう考えても君自身を餌にすることになる」

「ちょっと考えさせて。方法が見いだせなかったら話にならない」

「ああ、わかったよ。こっちの持っているこの件に関する情報の全部を、このUSBに入れてある。じっくり検討してくれ」




 マイクは1テラバイトのUSBメモリ3本をおいていった。




 捜査対象は、極言すれば日本在住のアメリカ人全員、ということになる。




 僕自身を餌にしなければならないこともわかっている。しかし、このところ、僕の周辺がどうもおかしな具合なんだ。見張られてると感じるのは毎日だし、撮影されたりしているんだろうなと思うこともしばしば。だから、家族に被害が及ばないうちに、何とかしなくてはならなくなっているのは僕の方だった。




問題は、どうやってスパイ全員を割り出すか、だった。それに家族の安全の確保。




 最初、みんなを海外旅行させようかと思った。でも、僕から切り離すのは、余計に危険性が増す。だから家族にはなにも告げずに、普段どおりの生活をしてもらうことになるだろう。おかしな動きはただちに察知されると考えた方がいい。




 もうひとつ、確認というか、テストしておきたかったことがあった。それは僕の「超アイ」という特殊な能力についてだ。




「超アイが働くのは、物理的危険が迫ったときに限られるのか? あるいはそのほかの、たとえば薬物などの攻撃にも対応するのか?」




 これは、僕が最初から疑問に思いながら、確認できていないポイントだった。もし、薬物とか生物兵器で攻撃されたときにも、超アイ状態になるなら、僕の行動はかなり拡大できるからだ。




 これまで、この点に確信が持てなかったから、適地では食料や飲料さえ現地調達できないシーンもあったんだ。




 今回のミッション、というより、僕の生存そのものを脅かす事態に際して、これは重要な確認事項だった。




 実は普段の食生活の中でも「あれ?」と思うことは、これまでにも何回もある。




 ママが買ってきた生牡蠣が夕食のテーブルの上に並んだことがあった。




 姉たちやエルマ、ママもカクテルソースをつけて大量に平らげた。僕も生牡蠣は大好物なので、手を出そうとしたんだけど、どうしても口に運べない。




「どうしたのダイちゃん。なくなっちゃうわよ」




とママがいぶかしげに僕を見ながら言ったんだけど、僕はどうしてもそのオイスターを口にできなかった。

 


夜中、僕のうちは大変な騒ぎになった。女性全員が吐いたり、激しい下痢に襲われたり、悶え苦しみ始めたんだ。僕は救急車を呼んだ。




「ええ。女性4人です。食中毒みたいで、転げ回って苦しんでいます。すぐきてください」




 こういうことが何回かあり、僕は危険な食べ物や薬を前にすると、それから身を避けるようになっているんじゃないか。そう考え始めていたんだ。しかし、それが薬物であったり、生物兵器であったりした場合、どういう感覚が得られるのか。それを確かめておく必要があったのだ。厳密なテストを基地内の病院ですることもできたが、そのテストもスパイされる可能性がある限り、自分でやるしかない。僕は早苗を通じて、催眠導入薬と、下剤、モルヒネなどを入手した。




「何に使うの? 悪いこと考えてるんじゃないでしょうね?」

「早苗だけは信用できるから、本当の使用目的を言うよ。これらは僕自身に使うんだ」

「え? ダイちゃんが自分に?」




 太田早苗は、ある意味、僕の最初の女性だ。つきあいも長い。彼女が僕に、肉親に近い感情も持っていることもわかっていた。




 僕は真の目的は教えないまま、テストの内容を伝え、助手を頼んだ。




「わかったわ。なぜそんなテストが必要なのか、それも何となくわかる気がする。いいわ。有給休暇取って手伝うわ。いっぱい溜まってるんだもん」

「ありがとう。でも、目的が何となくわかるって、ちょっと気になるなあ」

「だってダイちゃん、このところ以前と全く雰囲気が違ってること、自分じゃ気づいてないでしょ?」

「え、そう?」

「うん。ちょっと前までは、超スケベで、滅茶苦茶すごいセックスマシーンだったけど、それでも11、12歳の男の子っていう感じだったのよ。それがなんて言うか・・・そう、凄みが出てきて、どこか怖いような・・・あ、そうだ。サムライって感じなんだもん」



「サムライかあ。それは当たってるんだろうな。僕は叔父の道場を継いで、いまは静剛流古武術道場の道場主なんだもんね。いろんな格闘家や腕自慢の猛者が道場破りにくるんだ。一筆『試合で命を落としても、責任はすべて自分にあります』っていうのを書いてもらってから試合するんだ」

「なにそれ? まあ、あのチンピラたちを伸したくらいだから、ダイちゃんが強いのは知ってたけど・・・そこまで強くなってたの?」




 それどころじゃないんだけど、早苗にはこれくらいが理解の範囲内だろうと思った。




「わかった。ダイちゃんを毒殺しようとするヤツがいるってことね」




 誤解なんだけど、本筋はあっているのが彼女の勘の鋭さと言うべきだろう。僕は早苗のほかに冴子と敦子にも助手を頼んだ。




 冴子はなにも聞かずにOKした。「夫の指示には理由など尋ねるまでもなく従う」というのが、以前からの冴子の基本姿勢だ。




 敦子も自分を僕の「妻」だと思っているようで、理由など聞かずに承諾した。




 当日は、道場で早苗と冴子を迎えた。冴子は何度か来たことがあったので、早苗を駅前で拾ってやってきた。




「ダイちゃんの車ですってね。すごいの持ってるのね」




 フェラーリの助手席から降りた早苗は、少し興奮気味で言った。




 道場の隣の母屋は、もともと弟子たちが何人かいた時代に建てられていたので、台所は小さな食堂よりも大きく、設備も整っている。業務用の冷蔵庫やハイカロリーガスバーナー、ステンレスの調理台など、プロ用器機、設備が揃っている。




「じゃあ、それぞれ得意な料理を作ってくれればいいからね。3日間、どの料理に何を入れたかだけは僕にもほかの二人にも知られないようにやってね」

「はい」




 3人が声を揃えて返事した。










(その②につづく)