「PA(Picatinny Arcenal=米軍の技術センター)は前々から君の動きをハイスピードカメラで撮影したいと思っていたらしいな。電話したら、機材はすでに横田基地に届いているそうだ」
「ふーん。わかった。撮影は一週間後、ってことでいい?」
「技術者は明日にでも来られるぞ」
「だめだよ。僕にも休暇をくれないと」
「あ、ああ。悪かった。超人という意識が強いんだな。君が12歳の少年であることをつい忘れる。わかった。7日後に練習場、でいいな?」
地下練習場は僕の基本的な居場所となって来ている。女性の立ち入を許してない唯一の場所だった。
スイートルーム仕様の居室のリビングルームはマイクとの相談の場となっていたし、ベッドのある部屋は、独立回線で絶対にハッキングされない海底光ケーブルの専用線でつながっている。この回線で繋ぐタイムラグのない通信は、今のところ完全にセキュアされているはずだ。
それでも最重要の秘密のやりとりは、直接会ってする会話が一番安心だった。最新の盗聴盗撮検知機器を張り巡らせたスイートルームは、ホワイトハウスよりセキュリティ率が高い。基地も安心できない今、マイクは僕の練習場にやってくることが多くなった。
「なんだかスッキリした顔をしてるな」
「うん。たっぷり休養したからね」
「どんな休養やら」
「マイクは最近、僕のこと変な色眼鏡で見てない? 」
「ああ。悪かった。ダイがモテモテなの、妬いてるのかも」
「ふーん。マイクもけっこう若いんだね」
「バカ言っちゃいかん。私はまだまだ現役だぞ」
「あらら。それは失礼しました。で、今日は撮影するんでしょ?」
「ああ。地下道の向こう側に撮影班を待たしている」
「なんだ、連れてくればいいのに」
「撮影の前に、トーマスの話をしておきたくて一人で入った」
「トーマス? ああ、あのライフルのスナイパーね。で、吐いたの?」
「ああ。あっけなく全部ね」
旧セブンシスターズは、全部が「死の商人」という面をもっている。紛争が起きると石油や武器、弾薬の値が上がるから、彼らは絶えずどこかで紛争、戦争の火付け役を行ってきた。
中でもリクソンは、イデオロギーには全く無頓着に東西どこの国でも彼らの商品を売ってきた。リクソンの扱う商品の中で最重要品はもちろん石油だったが、現在では石油が上げる利益より、武器、戦闘機、軍艦や軍事衛星の方が大きくなっている。噂だったが、原爆製造施設の技術者と機材も提供していた。
その商売に影が差し始めたのが、エリクソンの大統領就任だった。なんと僕の働きで、イスラム過激派の動きが鈍くなっているのだという。
「君がテロ集団を壊滅させたり、反米の首謀者たちの資金源を潰してくれたおかげで、彼らは動きづらくなってきているのさ」
「ふーん。エリクソンの依頼って、そんなにしっかりした戦略的なものだったの? そうは思えなかったけどね」
「あいつもただのでくの坊ではないよ。何しろ米国大統領なんだからな」
「で、トーマスはリクソンが雇った刺客ってこと?」
「いや、トーマス自身は誰に雇われたのか、まったく知らない。いくつものラインを経て彼が動くようになっているんだろうな」
「まあ、それが常識だよね」
「ペンタゴンのトップと共和党幹部にひとりずつ、怪しいのが浮かんでいる」
「それが本当の漏洩元なんだね?」
「ああ。証拠というか、確信はまだない。だが、グレーだというだけで十分だ」
「それこそ二重スパイとして泳がせばいいじゃん」
「・・・そう、それがエリクソンと国防長官の結論だよ」
「エリクソンもうすうす感じていたので、君に関する情報はそうとう神経質になっていたんだ。どこにスパイがいるかわからなかったからね。だが、これで事態が変わった。それをあの馬鹿者が調子に乗らないように釘を刺しておいたんだが・・・」
「東洋の悪魔、魔女はおれが動かしている、ってあれ?」
「うむ。エリクソンにも困ったものだ」
「赤い国、だね、日本で動きやすいのは。アジア圏のイスラムはテロリズムとは無縁の人々がほとんどだから、過激派も日本では動きづらいだろうね。アラブ系の顔って、日本じゃ目立つからなあ」
「しかし、そういういま、君がどうして高速度カメラであの能力を撮影させる気になったのか、私にはそれが解せないんだが」
「人間って、理解できないものは存在しないって思いたがるものなんだよ。霊魂と同じさ。だから僕は存在しないものになるんだ」
「?」
「理解できるものを提示するんだよ。僕自身の能力ではなくて、僕が発明した、あるいは米軍が作り出した『特殊装置』が、ふつうの人間の動きを超スピード状態にする。そういう『秘密兵器』の開発に成功したんだってことにしたいんだ」
「ふーむ。分からんでもないが・・・そもそ
もそれは物理学的に可能なのか?」
「不可能にきまってるじゃん。でも、現実にそういう動きができる装置を僕は開発した」
僕は手のひらサイズのアルミのボックスをポケットから取り出した。秋葉原のパーツ店で買ってきた部品で作った「秘密兵器」だ。
ロータリースイッチとON/OFFスイッチをつけてあり、ロータリースイッチ(=LSW)には 2、5、10、50、100、200、500という数字が打ってある。コードが1本、ボックスから出ていて腰のベルトにプラグイン装着できる。
これは全くの「冗談ボックス」なんだけど、暇つぶしに作ったものだった。
357マグナム弾の薬莢にボタン電池を仕込んだ「動力源」らしき乾電池状のものをボックスの裏から装填する。スイッチをONにするとLEDランプが赤く点る。そしてLSWを倍速に合わせる。すると僕の動きが超速になる。
これを信じる人間がいるとは思えなかったけど、これからこの「お遊びボックス」がリアリティを持つ「秘密兵器」として登場するのだ。
「これ、本当にそういう機能を持っているのか?」
「そんなわけないって言ってるでしょ。でも、これを付けるとそういう状態になるってことを映像で見せるんだ。その装置がなければ、僕は、あるいは井上由里はちょっと格闘技に優れた、ただの12歳の少年少女。三島 大を追いかけ回しても意味がない」
「なるほど、ターゲットをその装置にすり替えるってことだな」
「うん、そう。それに三島 大は日本から消えるしね」
「? 日本から消えるって?」
「まあ、その件はあとで話すよ。で、撮影班には『あの小さな装置が、少女にとんでもないスピードを出せる状態を作り出すようだ』。そういうふうに吹き込んでおいて。カメラマンの心理状態って、映像に確実に反映するんだよ」
「少女?」
「僕が顔をさらして写るのは、やっぱりまずいでしょ? 」
「ああ、そうか、ユリ・イノウエか・・・了解した。いや、これは成功するかもしれないな。今後は米国がその『秘密兵器』の秘密を守りきる態勢をとればいいんだから」
「まあ、そういうことになるね。だからこそ横田のスタッフに撮影してもらうんだ。それと『ピカティニー・アーセナル』って小さくロゴを入れておいたから、それもアップじゃなく、自然に映しておいてね」
「芸が細かいなあ。でも実在の軍の施設の名を入れるのはどうだろうな・・・」
「実在するからでっちあげがリアリティを持つんだよ」
(その②につづく)