ここでフランス代表が割って入った。
仏「中国代表は少し冷静になられたらいかがです?」
中「フランス代表はあの映像をご覧になって、どう感じられたのだ? とんでもなく危険なシロモノだとはお思いにならないのですか?」
仏「あれはでっち上げ映像です。私もネットに流れているのを見たときは驚愕しました。とんでもないものが出てきたとね」
中「でっち上げですと」
仏「そうです。実際にどうやればあのハイスピード映像を撮ることが出来るのか、それについてはまだ解明できてはいませんが、少なくとも『ある物体の時間の流れが周辺の時間の流れと別なスピードで流れる』ということはありえない。これは物理学の根本的な『真理』です。どんな不勉強な理科系大学生にでもお聞きください。『時間の流れはコントロールできるのか』ってね。100人に聞いても、1万人に聞いても答えは『NO!』でしょうね。アインシュタイン並みの図抜けた頭脳の持ち主は可能だというかもしれませんが、それは宇宙空間の場合であって、地球上ではありえない、そう答えるでしょう。1000万年前から、1秒の長さは1秒であり、1分は60秒、一日は24時間、1年は365日なんです。これはどんな頭脳をもってしてもコントロールできるものではない。だから、あの映像は『どのようなトリックがあるか』、『いかにして撮影したか』それに焦点を当てるべきであって、あの装置で人間がハイスピードで動き回る。それを武器、兵器として使う。そういう観点で一国を責めるのはまともな国のすることではないと考えるのですが」
中「ほほう。では貴国は我が国の主張を全面的に否定されるということですな? あの装置に『Picatenny Arcenai』と記されているのも、単なるいたずらであり、あの装置とアメリカ軍とは無関係。そうおっしゃりたいので?」
米「まさにそのとおり。いや、フランス代表には敬意を表します」
中「では伺いたい。この数か月、世界各地で起きている大量殺人の件をまさかご存じないとは言わないでしょうな?」
米・仏「・・・」
中「ご返答のないのはご存じであると解釈いたします。さて、その一連の大量殺人、奇妙な噂に包まれていることもご存じでしょう。『たった一人の少年が、目にもとまらぬスピードで動き回り、日本刀のような武器で次々と人間を殺傷していく』あるいは『可憐な少女が、ありえないようなスピードで敵陣地を殲滅していく』、などなどです。共通しているのは、たった一人で何十人、何百人という武装兵士を瞬間的に殺戮し尽くす、ということです。被害にあった者たちの聞き取り調査では、彼らはその謎の殺戮者を『東洋の悪魔』あるいは『東洋の魔女』と呼んでいます」
とうとう僕のニックネームが国連の席で発表されちゃった。
中「わが国と交流のある北朝鮮のパク第一書記が訪中したまま、自国に帰らないことについて、いろいろ憶測を交えた分析がなされているようだが、これから述べることが真実である。パク氏は怖くて自国に帰れないから、中国の公安の手で厳重に守られた施設に滞在させてほしい、そう申し出をしてきたので我が国は彼を保護することにした。パクは平壌の自宅をその東洋の魔女に襲われ、危うく殺されるところだったというのだ。その時は相手はたった一人の少女。彼女は平壌市街地を自転車で駆け抜け、パクの自宅を襲い、また自転車で去って行った。そして西朝鮮湾の海岸から、アメリカ軍の空母ミッドウエーⅡに収容されて消えた。何人もの通報者の証言を総合すると、そうなると言う。実際には朴はケガひとつ折っていない。しかし、彼の寝室には無数のシールが貼ってあった。そしてその少女は朴の目の前に現れ、彼の額にも一枚、そのシールを張って行ったそうだ。それがこのシールだ!」
中国代表は、先ほどBOX動画を流したプロジェクターのボタンを押した。スクリーンに大きな三角形の図形が映し出された。トリスケル・マークだった。
会場がざわめいた。このマークのことは、各国の情報機関はすでに把握しているはずだった。シールは初めて見たとしても、これまでの「殺戮現場」には、このトリスケル・マーク入りの穏剣がいくつも残されていたはずだから。
中「どうやらご列席の皆様にはこのマークはおなじみのものらしいですな。パクはこうも言った。日本の小暮首相は会談の席で手帳を開いて見せた。そこにはこれと全く同じシールが貼ってあった。恐怖に駆られたパクは小暮の要求を呑まざるを得なかった。それでああいった形の声明となった、とね」
いきなり名指しで指摘された日本の安保理委員は、まったく知らされていなかったのだろう。あわてて会議場を飛び出していった。おそらく小暮本人に確認するのだろう。しかし、米国大統領エリクソンは堂々と落ち着いていた。
米「中国代表はそれがなにか、ご存じないのでしょうか?」
中「な、なにをいう。いま説明したではないか。東洋の魔女が残していったシールだ!」
米「いや、それはオリジナルデザインではない。アイルランドの委員があそこにいらっしゃるから説明していただくのが妥当だと思うが」
いきなり指名されたアイルランド代表は椅子から腰を浮かしてスクリーンを見ていたが、エリクソンの使命を受けて立ち上がった。
愛「いや、突然で驚きましたな・・・しかし、エリクソン大統領閣下が私をご指名されたというのは、まったく理にかなったことだと思いますし、その深い知識に脱帽いたします。そう、そのマークは我が国ではごく普通に教会や墓地で見られるもので、『トリスケル』といいます。古代ケルト文明の象徴、ケルトデザインの一つです。『ケルトの聖なる三角形』とも呼ばれているマークです。ですから、あそこに映し出されているマークは、その『東洋の魔女』のオリジナルではなく、何百年何千年という時代を経て生き残っている、アイルランド、ケルトのオリジナルデザインです」
このアイルランドの委員は、何度もダブリンや郊外、港で起きたテロリストや、アルカイダの大量殺戮事件を知らないわけがなかったのに、あえて口にしなかった。それを持ち出せば、東洋の魔女とアイルランドとのかかわりが疑われかねないと思ったのだろう。
米「アイルランドの委員の方から、簡潔で十分なご説明をいただきました。いかがでしょうか、そのトリスケル・マークは、だれでもどれだけでもシールにすることが出来るということがお分かりいたけたと思います」
中「また論旨のすり替えをするつもりか? 日本の首相がパクの個人宅で起きた事件を知っており、そこでの象徴的なマークを、いかにも『おれはこの刺客を操れるんだぞ』とでも言いたげにパクに示したということ。さらに、その刺客の逃走にアメリカの最大級の空母、ミッドウエーⅡが使われたらしいこと、それが問題なんだ。わが国も、世界各地で起きている不可解な大量殺人事件に少年、あるいは少女がかかわっているという証拠をいくつか得ている。おそらくこの人物は少女であろうこと。少年に見える変装をして襲撃する際、戦闘服に着替え、髪の毛も防弾ヘルメットに押し込むので、少年に見えるだろうこと。そしてその少女はたった一人で延べ数千人の戦闘員を殺し、あるいは戦闘不能にしていること。これらの情報はわが国の情報機関も掌握している。そして、そのすべての戦闘で、人間業では到底不可能な移動スピードと殺傷能力を示しているのだ」
中「さらに、我々はその東洋の魔女が使ったコインと銃弾の薬莢を入手してある。それがこれだ」
中国代表はトレイの上に9パラの薬莢と僕の穏剣を2枚のせ、隣のロシアの席から回し始めた。
米「私はこの分野は詳しくないので、スミスに代わる」
米「まず、この薬莢。これは9㎜パラべラム弾の薬莢ですね。ウインチェスター社とS&W社、それにスティーヴン・ローガン社が製造していて、世界中で何億発も流通しているものです。線条痕検査はされてますか? 犯罪歴のある銃でなければマッチしないでしょうが・・・それからこのコイン。これはかなり特殊ですね。重さから見て、2重構造でしょう。中の金属はかなり比重の高い合金、外側はチタンとモリブデンと・・・見ただけではわからないですが、相当高度な精錬技術を持つ工場で作られたものと思われます。マークは・・・確かにトリスケル・マーク。そこに映っているシールと同じデザインでしょう」
中「ご丁寧な解説、痛み入りますな。で、私が言いたいのは、このコイン。これは東洋の魔女が投げて車両やビルの壁を貫通したものです。殺戮の現場では、このコインが必ず見つかるということです。よくご覧いただきたい。このコイン、いくら硬度が高くても、人間の手で投げるのであれば、早くて時速1マイル。つまり160㎞/hでしょう。時速160㎞でコンクリートの壁を突き抜けるものかどうか。わが国の技術センターで測定したところ、100㎜のコンクリートの壁を貫通させる時速は2,000㎞から3,000㎞必要、と出たようです。このコインを手で投げて時速2,000㎞になるには、少女の筋力なら通常の20倍の速さで投げ出さなくてはならない。あの映像を思い出していただけるか? BOXの20のメモリに合わせたとき、彼女が投げたコインは戦車の甲板を突き破ったのだ。この一致が何を意味するか、列席の各位はすでにお分かりのここと思う。タイムコントロールBOXは実在する。そしてあの映像に映っている少女は、その装置を使ってコイン投げを行い、戦車をぶち抜いて見せるというプレゼンテーションをしたのだ」
ドヤ顔の中国代表がどっかと椅子に座った。
米「根本的に、というか物理学的にありえない事象を『可能だ』として話を進められても、我々としては賛同し、事実究明にともに協力していこうとは、到底言えるものではない」
こうして「前代未聞」の安全保障会議が終了した。議長国の南アフリカ共和国のムバンベ大使は疲れ切った表情で、議長席に座り込んだまましばらく動かなかった。
こうして中国は、とうとう“井上由里”をこの一連の大量殺人事件の、たった一人の犯人だと断定し、その結論を翻す意志は全く無いようだ。
あの「冗談BOX」は、僕のいたずら心から生まれたものだけど、いまや全世界を揺るがせる『タイムコントロールBOX』として一人歩きを始めた。今後の僕自身に対するアプローチが緩むのかどうか、それは不明だった。
でも、中国が国連安保委の席上で「一連の大量殺人はたったひとりの少女が行ったもの」という大プロパガンダをやってくれたのだ。
そういう成り行きなら、それに乗るしかないわよね。
僕はもう一度“少女”になることにしたんだ。
第15話 終わり