神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI -17ページ目

神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI

小学6年生の美少年・三島大。古武術とタイム・コントロール能力を駆使して、さまざまな敵を殲滅していく超絶アクション小説。



 ここでフランス代表が割って入った。




仏「中国代表は少し冷静になられたらいかがです?」
中「フランス代表はあの映像をご覧になって、どう感じられたのだ? とんでもなく危険なシロモノだとはお思いにならないのですか?」
仏「あれはでっち上げ映像です。私もネットに流れているのを見たときは驚愕しました。とんでもないものが出てきたとね」
中「でっち上げですと」


仏「そうです。実際にどうやればあのハイスピード映像を撮ることが出来るのか、それについてはまだ解明できてはいませんが、少なくとも『ある物体の時間の流れが周辺の時間の流れと別なスピードで流れる』ということはありえない。これは物理学の根本的な『真理』です。どんな不勉強な理科系大学生にでもお聞きください。『時間の流れはコントロールできるのか』ってね。100人に聞いても、1万人に聞いても答えは『NO!』でしょうね。アインシュタイン並みの図抜けた頭脳の持ち主は可能だというかもしれませんが、それは宇宙空間の場合であって、地球上ではありえない、そう答えるでしょう。1000万年前から、1秒の長さは1秒であり、1分は60秒、一日は24時間、1年は365日なんです。これはどんな頭脳をもってしてもコントロールできるものではない。だから、あの映像は『どのようなトリックがあるか』、『いかにして撮影したか』それに焦点を当てるべきであって、あの装置で人間がハイスピードで動き回る。それを武器、兵器として使う。そういう観点で一国を責めるのはまともな国のすることではないと考えるのですが」



中「ほほう。では貴国は我が国の主張を全面的に否定されるということですな? あの装置に『Picatenny Arcenai』と記されているのも、単なるいたずらであり、あの装置とアメリカ軍とは無関係。そうおっしゃりたいので?」



米「まさにそのとおり。いや、フランス代表には敬意を表します」

中「では伺いたい。この数か月、世界各地で起きている大量殺人の件をまさかご存じないとは言わないでしょうな?」

米・仏「・・・」



中「ご返答のないのはご存じであると解釈いたします。さて、その一連の大量殺人、奇妙な噂に包まれていることもご存じでしょう。『たった一人の少年が、目にもとまらぬスピードで動き回り、日本刀のような武器で次々と人間を殺傷していく』あるいは『可憐な少女が、ありえないようなスピードで敵陣地を殲滅していく』、などなどです。共通しているのは、たった一人で何十人、何百人という武装兵士を瞬間的に殺戮し尽くす、ということです。被害にあった者たちの聞き取り調査では、彼らはその謎の殺戮者を『東洋の悪魔』あるいは『東洋の魔女』と呼んでいます」





 とうとう僕のニックネームが国連の席で発表されちゃった。





中「わが国と交流のある北朝鮮のパク第一書記が訪中したまま、自国に帰らないことについて、いろいろ憶測を交えた分析がなされているようだが、これから述べることが真実である。パク氏は怖くて自国に帰れないから、中国の公安の手で厳重に守られた施設に滞在させてほしい、そう申し出をしてきたので我が国は彼を保護することにした。パクは平壌の自宅をその東洋の魔女に襲われ、危うく殺されるところだったというのだ。その時は相手はたった一人の少女。彼女は平壌市街地を自転車で駆け抜け、パクの自宅を襲い、また自転車で去って行った。そして西朝鮮湾の海岸から、アメリカ軍の空母ミッドウエーⅡに収容されて消えた。何人もの通報者の証言を総合すると、そうなると言う。実際には朴はケガひとつ折っていない。しかし、彼の寝室には無数のシールが貼ってあった。そしてその少女は朴の目の前に現れ、彼の額にも一枚、そのシールを張って行ったそうだ。それがこのシールだ!」


 中国代表は、先ほどBOX動画を流したプロジェクターのボタンを押した。スクリーンに大きな三角形の図形が映し出された。トリスケル・マークだった。




 会場がざわめいた。このマークのことは、各国の情報機関はすでに把握しているはずだった。シールは初めて見たとしても、これまでの「殺戮現場」には、このトリスケル・マーク入りの穏剣がいくつも残されていたはずだから。


中「どうやらご列席の皆様にはこのマークはおなじみのものらしいですな。パクはこうも言った。日本の小暮首相は会談の席で手帳を開いて見せた。そこにはこれと全く同じシールが貼ってあった。恐怖に駆られたパクは小暮の要求を呑まざるを得なかった。それでああいった形の声明となった、とね」




 

 いきなり名指しで指摘された日本の安保理委員は、まったく知らされていなかったのだろう。あわてて会議場を飛び出していった。おそらく小暮本人に確認するのだろう。しかし、米国大統領エリクソンは堂々と落ち着いていた。





米「中国代表はそれがなにか、ご存じないのでしょうか?」
中「な、なにをいう。いま説明したではないか。東洋の魔女が残していったシールだ!」
米「いや、それはオリジナルデザインではない。アイルランドの委員があそこにいらっしゃるから説明していただくのが妥当だと思うが」





 いきなり指名されたアイルランド代表は椅子から腰を浮かしてスクリーンを見ていたが、エリクソンの使命を受けて立ち上がった。




愛「いや、突然で驚きましたな・・・しかし、エリクソン大統領閣下が私をご指名されたというのは、まったく理にかなったことだと思いますし、その深い知識に脱帽いたします。そう、そのマークは我が国ではごく普通に教会や墓地で見られるもので、『トリスケル』といいます。古代ケルト文明の象徴、ケルトデザインの一つです。『ケルトの聖なる三角形』とも呼ばれているマークです。ですから、あそこに映し出されているマークは、その『東洋の魔女』のオリジナルではなく、何百年何千年という時代を経て生き残っている、アイルランド、ケルトのオリジナルデザインです」




 このアイルランドの委員は、何度もダブリンや郊外、港で起きたテロリストや、アルカイダの大量殺戮事件を知らないわけがなかったのに、あえて口にしなかった。それを持ち出せば、東洋の魔女とアイルランドとのかかわりが疑われかねないと思ったのだろう。





米「アイルランドの委員の方から、簡潔で十分なご説明をいただきました。いかがでしょうか、そのトリスケル・マークは、だれでもどれだけでもシールにすることが出来るということがお分かりいたけたと思います」
中「また論旨のすり替えをするつもりか? 日本の首相がパクの個人宅で起きた事件を知っており、そこでの象徴的なマークを、いかにも『おれはこの刺客を操れるんだぞ』とでも言いたげにパクに示したということ。さらに、その刺客の逃走にアメリカの最大級の空母、ミッドウエーⅡが使われたらしいこと、それが問題なんだ。わが国も、世界各地で起きている不可解な大量殺人事件に少年、あるいは少女がかかわっているという証拠をいくつか得ている。おそらくこの人物は少女であろうこと。少年に見える変装をして襲撃する際、戦闘服に着替え、髪の毛も防弾ヘルメットに押し込むので、少年に見えるだろうこと。そしてその少女はたった一人で延べ数千人の戦闘員を殺し、あるいは戦闘不能にしていること。これらの情報はわが国の情報機関も掌握している。そして、そのすべての戦闘で、人間業では到底不可能な移動スピードと殺傷能力を示しているのだ」





中「さらに、我々はその東洋の魔女が使ったコインと銃弾の薬莢を入手してある。それがこれだ」




 中国代表はトレイの上に9パラの薬莢と僕の穏剣を2枚のせ、隣のロシアの席から回し始めた。




米「私はこの分野は詳しくないので、スミスに代わる」
米「まず、この薬莢。これは9㎜パラべラム弾の薬莢ですね。ウインチェスター社とS&W社、それにスティーヴン・ローガン社が製造していて、世界中で何億発も流通しているものです。線条痕検査はされてますか? 犯罪歴のある銃でなければマッチしないでしょうが・・・それからこのコイン。これはかなり特殊ですね。重さから見て、2重構造でしょう。中の金属はかなり比重の高い合金、外側はチタンとモリブデンと・・・見ただけではわからないですが、相当高度な精錬技術を持つ工場で作られたものと思われます。マークは・・・確かにトリスケル・マーク。そこに映っているシールと同じデザインでしょう」



中「ご丁寧な解説、痛み入りますな。で、私が言いたいのは、このコイン。これは東洋の魔女が投げて車両やビルの壁を貫通したものです。殺戮の現場では、このコインが必ず見つかるということです。よくご覧いただきたい。このコイン、いくら硬度が高くても、人間の手で投げるのであれば、早くて時速1マイル。つまり160㎞/hでしょう。時速160㎞でコンクリートの壁を突き抜けるものかどうか。わが国の技術センターで測定したところ、100㎜のコンクリートの壁を貫通させる時速は2,000㎞から3,000㎞必要、と出たようです。このコインを手で投げて時速2,000㎞になるには、少女の筋力なら通常の20倍の速さで投げ出さなくてはならない。あの映像を思い出していただけるか? BOXの20のメモリに合わせたとき、彼女が投げたコインは戦車の甲板を突き破ったのだ。この一致が何を意味するか、列席の各位はすでにお分かりのここと思う。タイムコントロールBOXは実在する。そしてあの映像に映っている少女は、その装置を使ってコイン投げを行い、戦車をぶち抜いて見せるというプレゼンテーションをしたのだ」





 ドヤ顔の中国代表がどっかと椅子に座った。




米「根本的に、というか物理学的にありえない事象を『可能だ』として話を進められても、我々としては賛同し、事実究明にともに協力していこうとは、到底言えるものではない」





 こうして「前代未聞」の安全保障会議が終了した。議長国の南アフリカ共和国のムバンベ大使は疲れ切った表情で、議長席に座り込んだまましばらく動かなかった。





 こうして中国は、とうとう“井上由里”をこの一連の大量殺人事件の、たった一人の犯人だと断定し、その結論を翻す意志は全く無いようだ。




 あの「冗談BOX」は、僕のいたずら心から生まれたものだけど、いまや全世界を揺るがせる『タイムコントロールBOX』として一人歩きを始めた。今後の僕自身に対するアプローチが緩むのかどうか、それは不明だった。




でも、中国が国連安保委の席上で「一連の大量殺人はたったひとりの少女が行ったもの」という大プロパガンダをやってくれたのだ。




そういう成り行きなら、それに乗るしかないわよね。





僕はもう一度“少女”になることにしたんだ。










第15話 終わり



「タイムコントロールBOX」の映像は、全世界にネット配信されたようだ。すぐに消されたが、そういう見え見えの演出もエリクソン、CIA、ペンタゴンのいずれか、あるいはみんなが共謀してのことだろう。




 

それまでの『東洋の悪魔』、『東洋の魔女』の噂の広がり方とは比べものにならないくらい爆発的なハイスピードで世界中の情報機関、各国政府にあまねく知れ渡ったらしい。




 翌週、ニューヨークの国連大会議室で開かれた「国連安保理事会」は大荒れとなった。中国の代表が、とんでもない抗議をアメリカに突き付けたのである。





「アメリカはあのような装置を秘密裏に開発していたのか? あれは核を含めて、これまでに存在した兵器とはあきらかに次元の違うおそろしい兵器だ」
「あの装置をもってすれば、どんなに厳重な警備体制の建造物にいても侵入を食い止めることは出来ない。要人の暗殺もたやすいだろう」
「アメリカはあの装置の原理、構造を全世界に公表すべきである」




 面白いように引っ掛かってるなあ。もちろんアメリカ代表にも真実は知らされていないので、この返答には困ったようだ。ここに登場するのがエリクソン大統領。米国大統領が国連安保理に出席するのはそう珍しくはないが、こういう応酬の場に立つことはまずなかっただろう。だけど、真相を知っている数少ない人間のひとりであり、その発言が重い意味を持つ米国大統領として答弁すべきだと衆目が一致した、そういう演出でエリクソンが話し始めた。





米「貴国のおっしゃるのが何のことか、まったく理解できません。言われるような『装置』が何を指しているのかが理解できないので、今のご質問にはお答えできかねる」
中「よくもまあ白々と・・・よろしい。この会場にいる方のほとんどは、すでにご覧になっていると思われるが、改めてこの場で問題の映像を再生してみよう」




 もともと会場で再生するつもりだったのだろう。すぐに楕円形に並んだ席の側面にあるモザイクの前に巨大なロールスクリーンが降りてきて、会議場は映画館のようになった。照明が落とされる。プロジェクターからスクリーンに光が投影された。



中「STOP! ほら、ここ! ここの文字をアップしたのがこれです!」




 僕が戦車の砲身をバウムクーヘンにした直後、寄りになった画面に映っているBOXには『Picatinny Arsenal』という文字が大写しになって止まった。





中「この『Picatinny Arcenal』というのは、アメリカ陸軍最大にして最高度の軍事研究施設であることは、世界中で知らぬものはいない」
米「ちょっと待ってもらいたい。するとあなたは、いや貴国中枢部は、このバカげた映像を事実、現実と捉えているというのか?」
中「そうだ。現実だとはとても信じられない内容だが、われわれの機関で徹底的に分析した結果、この動画には人為的、作為的な処理がなされた形跡は一切ないというのが結論だった。すなわちこの映像は事実を撮ったものである、ということだ。そこに映っている少女が、異常な猛スピードで動いているのは、そういうスピードが出せる装置をアメリカ軍が開発したのだというのが我々が出した結論だ」



米「ふーん。つまりあなたがたは、さっきの映像は細工も何もない、リアルな現実だとおっしゃるのですな?」

中「そのとおり!」

米「ではひとつお尋ねしたい。あの映像では、東洋系の少女のように見える人物が猛スピードで動いているように見えた。そう見えるのは、実際にそのように動いているからだ。こういう解釈でよろしいか?」

中「そう、そのとおり」

米「では、あの装置はどちらの働きをするものとお考えなのか?」

中「どちら? どちらとはどういう意味だ?」



米「物事は相対的である。高速で動く、というのは、動くモノ自体がほかのものよりスピードが出ること。つまり相対的に速いということでしょう」

中「ばかばかしい議論はいい」

米「いやいや。ここが肝心なのです。いいですか? 今見た動画。200倍というスピード表示がありましたね。私たちの機関でも、あの動画は徹底的に分析しましたよ。しかし分析のベクトルは最初から異なる」

中「どうぞ、続けてください」

米「では。我々は、あの少女が示した数字が、正しいものであるかどうかから分析した。つまり、100と示された時、あの少女の動きは通常の100倍のスピードが出ているのかどうか、です」



中「・・・それで結論は?」

米「ほぼ正確でした。5と示された時は通常速度の5倍。10の時は10倍、100の時は100倍でした。しかし、200の時は180倍くらいだった」

中「ほう・・・それは何を意味するので?」

米「あの少女は示した数字にしたがって自分の動きをコントロールしている。そう見えるような映像だということです」

中「なんだ、認めるのと同じではないか」



米「少しお待ちください。考えてみてください。何らかの補助的器具を身に着けたとします。それが着た人間を100倍速く動かせるとします。実際モビルスーツで高速運動を可能とするものが開発されています。大型のロボットのようなものをキグルミのように着込んで、重量物の持ち上げる能力は10倍くらいまでは実現しています。しかし、早く動く、たとえば『走る』。100mを10秒で走るとすると、時速は36㎞です。現状では最も早く走る補助スーツで時速42㎞。つまり、1.16倍がやっと出た最高速度なんです。それに考えてもごらんなさい。100倍速、時速3,600㎞で走ったら、あの少女の足の骨は瞬間でばらばらに砕け散りますよ」

中「・・・」

米「キグルミのように機械の中に入って、力や速度を上げるという方向性でしか人間の能力はアップさせることができない。あのような、おもちゃのようなBOXで人の動く能力を100倍、200倍にするなんて、まったくナンセンスでしょう」



中「なるほど、貴国がベクトルが異なるとおっしゃた意味がよくわかりました。確かにそっちのベクトルでは、今のような結論しか導き出せない。だからあの映像はでっちあげだ。そう言いたいのでしょうな。しかし、我々の考えるベクトルは『タイムコントロール』というベクトルなんです。タイムコントロールが可能であれば、あの少女は普通のスピードで動いていても、彼女のまわりの時間がゆっくり流れれば、あの映像の動きが可能となる。ひ弱な少女の振るう日本刀が、戦車の砲身を輪切りにするという映像も分析させました。『時速2000kmで振り下ろせば、可能である』これが出た結論です。つまり、あの映像は、彼女が早く動き回っているのではなく、カメラを含め、彼女のまわりの時間の流れが遅くなっている。あのBOXは『タイムコントロールBOX』なのです。アメリカ大統領閣下、あなたはベクトルの異なる推論をわざと持ち出し、貴国が開発した『タイムコントロール技術』を隠ぺいしようとしている。そうではありませんか!」



米「すばらしい! あなたの発言はいま、全世界が耳を傾けていることを意識されていますか?」

中「なんの話だ!」

米「いや、全世界に向って、あきれるほどナンセンスなお話をされる、その真意がわからないのです」

中「ナンセンス!? そんな言葉でごまかす気か!」

米「まあまあ、落ち着いて。どうでしょう、いったんこのテーマを貴国にお持ち帰り願うというのは?」

中「持ち帰る? どういうことだ?」

米「貴国の物理学のオーソリティに質問されるといい。『タイムコントロールは可能か否か』とね」



中「・・・どうしてもごまかそうと言われるのですな。わかりました。いったんここは引きましょう。しかし、この問題をそのままにはしておきませんぞ。場合によっては、貴国、あるいは貴国の同盟国を敵対国とみなさざるを得なくなるかもしれません」

米「ほう。いまのはわが国、および同盟各国に対する脅迫とも受け取れる発言ですな」

中「ふん、白々しい。危機感を強めているわが国の懸念を、ナンセンスの一言で片付けようとするその態度が、世界に危機をもたらすのですぞ」






(その⑥につづく)



 久しぶりに小暮首相から電話があった。




「敦子さんの手料理をごちそうになりたいんだが」




 そういうときの小暮は、かなり重要な話をもってくるのが常だった。




「あしたの夜、道場にお伺いするよ」

「うん。待ってる」

                

                *

                

「いやー、敦子さんの料理はいついただいてもすばらしいですな。まさに絶品です。赤坂で出てくる懐石料理なんかメじゃない」




 小暮は上機嫌だった。あらかじめ届けさせてきた幻の日本酒「古城」を冷やでグビグビやりながら、叔母の手料理をほとんど一人で平らげた。




「おっちゃん、飲みすぎだよ。ちゃんと話ができるの?」

「あはは。日本酒の1升や2升で、このわしが本筋を違えるわけがない」

「何言ってんだろね、このおやじ。敦子、もういいから下がってて」

「はい」




 叔母はこういう時の空気の読み方が正確だ。




「で、なんの話?」




 僕が口火を切った。小暮首相の表情が引き締まった。




「あの映像に映っているのは、君だね」
「ああ、見たんだね。そうだよ、あれは僕さ」
「あの小箱、米軍の研究所のロゴがついているが、本当に米軍が開発したのか?」
「ねえねえ。いきなりまじめな顔して迫らないでよ」
「まじめに聞いてくれ。どのルートを使って調べても、エリクソンにホットラインで尋ねてもまともな答えが返ってこない。党内からの突き上げがきつくなってきてるんだよ。なんとかうまく交わしたいんだ」


「おっちゃんはどう思ってるの?」
「私か? うーん。何度か君の動きは経験しているが、いまだにあれが人間業とは思えないんだ。あの映像を見て、そして静剛流の達人とマイク司令官の異常な接近を見ていて、なるほど、と思ったのは確かだよ。ああ、やっぱりこういう秘密兵器が開発されてたんだな、ってね」



「なるほど。で、おっちゃんは何がほしいの? あの映像に出てくるボックスの秘密が知りたいの? それともあの映像がでっち上げか本当の動きを撮ったものかどうか、それが知りたいの?」

「真相なんかどうでもいい。君自身の能力なのか、それとも米軍の開発した新兵器なのか。そんなのは私にはどちらでもいいんだ。それより、君がエリクソンの命で動いているというのが本当か否か。それが知りたいんだよ」



「・・・なんて答えようかなあ。おっちゃんとも結構長いつきあいになってきたしね・・・わかった、真実を教えてあげるよ。でも、その真実を知ってしまったら、後戻りはできなくなるよ」

「おいおい。怖いな。どういうことだい?」

「僕はエリクソンの命令で動いたことはないよ。お願いされて働いてはいるけど、それが日本にとっても重要なものだってことを確信したからだよ」



「うーむ」

「あ、わかった。おっちゃん、日本人の僕が自分じゃなくてアメリカ大統領のほうに近いのを嫉妬してるんだね?」

「・・・君にはかなわんな・・・そう。そうだよ。なぜわしの言うことより、マイクの方に君が素直に応じるのか、それをずっと妬いていた」

「あ、あはは。結構正直になるんだね。これからは酔っぱらって来てよ」

「冗談言うな・・・私は正直に話した。こんどは君の番だ」

「そんなルール、いつ決めた? 僕の真実は誰も知らないんだ。知らないから生きていられるんだよ。僕の真実を知る時は、死ぬとき、なんだよ」

「・・・おい。私を脅すのか?」



「僕はおっちゃんを警戒したことなんか、一度もない。でも、エリクソンは信頼していないから、彼が僕を裏切ったらどんな目に遭うか。彼の裏の顔の証拠映像、録音。それらを揃えて世界中に発表するって言ってある」

「実際、僕が心底信頼しているのはマイクだけなんだ。マイクは『絶対に』僕を裏切らない。僕は彼の息子を救ってあげた。そのことは、本当はどうでもよくて、僕はマイクの気持ちがよく分かるからね。マイクは僕を息子か孫みたいに思っている。僕もマイクを父親のように慕っている。だからこその信頼なんだ」



「マイクが僕を裏切るようにアメリカ政府から命じられたら、自殺するか、正直にその命令を僕に話すか、そのどちらかだろうね。そこまで一人の人間として信頼できるものをマイクは僕に見せてきた。だから僕はマイクの頼みを聞き入れてきたんだよ。おっちゃんが僕をアメリカ寄りだと非難するのは、お門違いってものさ」



「僕はイデオロギーや政治力学では動かない。身内を守り、親しい人たちの安全を考えて動いている。その親しい人たち、の拡大解釈は『日本の国民』ということもできる。おっちゃんが権力闘争ではなくて、心底日本国民のことを思って僕に相談してきたことがないから、僕はおっちゃんのことを蔑ろにしてきたんだよ」

「・・・」

 


小暮首位は黙り込んだ。





「なんて子供だ・・・あ、いや申し訳ない。君を子供だと思いたいという私の勝手な思いが口に出た。謝るよ。しかし、12歳の君の覚悟というか、日本に対する思いは、ちょっとびっくりだ。実は昨日、私は大曽根元総理に呼ばれて砂防会館まで出向いた。そこで大曽根先生が言った内容が、いま君が言ったのとぴったり一致するんだ。もう少しで100歳に達するご高齢の、それこそ日本のサムライ精神の塊のような大曽根先生と12歳の君が同じような考え方をしているということに、衝撃を受けたんだよ。悪気はない。許してくれ」




 小暮首相は完全に酔っぱらって帰っていった。




「いや。何とも申し訳ない。明日、出直してくる」
「いや。僕が官邸にいくよ。敦子に連日の負担はかわいそうだからね」
「ああ。そうだった。敦子さんにお礼の言葉を言ってなかった」
「いいよそれは。食べてるときにさんざん言ってたんだから十分さ」
「そうか・・・そうだったな。ああ。おれがこんなに酔っぱらったのは久しぶりだ」
「じゃあ、ちゃんと官邸まで帰るんだよ、おっちゃん」




 僕の言葉に仰天したような表情の運転手が小暮を乗せ、道場の前から消えた。







(その⑤につづく)


「あ、ああ。いったん止めるとしよう」



 マイクは声も少し震えていた。

 スイートルームのPCモニターで撮ったばかりの映像を見る。スタッフはすでに帰している。



「やはり君は人間離れしているな」
「あはは。面と向かっていわれると、なんだか照れちゃうな」
「だが、この映像はものすごい迫力だな。それに事実を知っている私でさえ、君の動きはその小さな箱がもたらすのだと思って見てしまう」
「それならこの撮影は成功だね」
「ああ・・・」
「興奮してるの?」


 マイクは明らかに興奮していた。


「いまのは200倍速で終わったようだが、君は実際にはどれくらいのスピードまで出せるんだ?」
「制御できるのは500倍速までだね。でも、狙撃されたりすると、自動的に1000倍速になるみたい。1000倍速だとライフル弾でもよけられるよ」
「君を暗殺するのに、銃撃は無理だな」


「じゃあ、毒殺は? って思ったでしょ?」

「・・・いや。そんな・・・」

「隠さなくっていいよ。軍人の性(さが)ってやつだよ。目の前の敵を倒すには、どうすればいいか。それを考えない軍人は失格だよ」

「・・・」

「でもね。僕もそれは考えてたんだ。だから今度実験することにしてるんだ」

「実験、ね」



「ああ。毒を盛られたらどうなるか? 生物兵器にさらされたら? 偶発的な事故に遭遇したら? 時限爆弾のようなものが仕掛けられたら?」

「ダイはどうなると予想してるんだ?」

「そうだね。なにか本能的なものが毒や生物兵器を避け、爆弾の爆発はその場にいることをさせてくれない。たとえば乗った飛行機が事故で墜落するということなら、その飛行機には乗りたくないという強い忌避反応が出ると思うし、もし東京に原爆が落とされるなら、その影響にあるエリアから遠ざかれという意志が働くと思うよ」

「つまり、それが確認されれば、君と一緒にいれば絶対的に安全だ、ということだな」



「そう。実験しないと確信を持っては言えないけどね。だから、実験するんだ」

「君にSSを頼むと高くつきそうだな」

「1日100万ドルくらいかな。でも、エリクソンが単身でシリアやパレスチナに行くとなっても、安全は保障するよ」

「まったくとんでもない少年だよ」



 撮影された動画はとくに編集する必要はなさそうだった。下手に手を入れるとリアリティが損なわれるしね。




            ****************




「ものすごい反響だな」

「あの流し方、わざとらしすぎない?」

「どうやるのが効果的かは、プロが考えてるんだろう」

「ステルス爆撃機の公開どころじゃないね]



「君はいたずらでやったんだと思うが、あのボックスに刻まれたピカティニー・アーセナルのロゴ、あれが大変なことになってるよ」

「スパイが押し寄せてる?」

「まさにそうだよ。それは当り前だとして、米国内の大学や軍の他の研究所、それにペンタゴンやCIAからも執拗な問い合わせが来てるんだ」



「いいじゃない。危機管理能力がためされるってものさ。このところ僕の周辺は静かなものだよ」

「よかったな。君は大丈夫でも、妹さんか姉さんでもさらわれちゃ困るからな。だが、あの映像はイスラムや赤い国を痛く刺激したようだ」

「権力のヒエラルキーの険しさは欧米の比じゃないからね」



「そう。トップの連中がエリクソンに猛抗議し始めている」

「抗議? なにそれ。変じゃないそれ?」

「アメリカは我が国の中枢部の人間を暗殺すべく、あのような秘密兵器を開発したのだろう、ってことだな」



「第2の原爆、にはなり得ないけどね」

「ああ。どんなに分析しても、君のスピードは解明不可能だからね」

「ただ一つ、解明する国があるかもしれないよ」

「なに? そんなことあり得るのか?」

「うん。僕は自分の能力の秘密に気づいてるんだ」

「そ、それは・・・」



「インド」

「インド?」

「うん。僕のこの能力はヨーガに関係していると思う」

「ヨーガ・・・か」

「人間の身体って、西洋医学では完全には理解できないものが残るんだよ」

「・・・」



「たとえば、人間はなぜ長時間眠るのか。人間の心は何なのか。輪廻転生はあるのかないのか。人間は死ぬとどうなるのか。経絡とは何か。麻酔で人が眠るのはどうしてか。脳はどこまでの能力を持っているのか。完全に解明されていない『人間存在の謎』はいくらでもあるんだよ」

「それをヨーガは解き明かしているというのか?」



「そう。ある程度、といっても西洋的近代科学の何百倍も詳しく解明している。仏教の深層心理の分析なんて、千年以上前に現代の心理学界レベルをはるかに上回ってるからね。末那識、阿頼耶識なんて、西洋心理学がここ30年くらいでようやくたどり着いた世界だもん。・・・それはおいといて、ヨーガって、単なる柔軟体操なんかじゃない。人間の真の姿を探る、あるいはその最高峰に達する方法論、ってなところかな」



「だからインド、なのか?」

「そうだよ。古代から、僕のような人間がいたことはいろんなヴェーダ、ウパニシャッド、ヨーガ・スートラに出ている。仏教の経典、たとえば大日経、理趣経なんかにもね。そこまで下らなくても、釈迦の直接の言葉のアーガマにも登場するから、仏教以前から知られている能力なんだろうね。西洋人には理解不可能な思考がそういう世界を見つけ出しているんだ。そしてそういった能力を得ようと、何千年もの間、何百万人という人たちがヨーガにのめり込んできたんだ」

「うーむ」



「僕の能力は、そのヨーガが行き着く先にある、ひとつの成果なんだよ」

「そのヨーガ能力を君が得た、ということなのか?」

「そう思ってくれていいよ。だから、西洋的な科学では絶対に分析できないし、それを手に入れることもできない。それに気づく唯一の国がインドってこと」



 僕のBIGについて、ソニアが最初から想像していたのがこのヨーガだった。


「クンダリーニ・ヨーガのグルがいるのよ。そのアシュラムにダイを連れていきたいの」


 ハリウッドのソニアの自宅で、そういわれたことがあった。そのときは、面倒なことを言うおばさんだな、くらいにしか思わなかったんだけど、そもそも僕が木から落ちて入院している夜、僕の体に起きた異変は「チャクラの開花」だったようだし、「しっぽ」と感じてるのは「スワディシュターナ・チャクラ」の場所だ。



 もともと静剛流の修行で丹田を鍛えていたので、マニプーラ・チャクラも回り始めた可能性が高い。


「超アイ」がどのチャクラによるものか、それは不明だけど、眉間がウズウズするから「アージュナー・チャクラ」かもしれない。超アイは「足心通」と言われる能力だと思う。密教、つまりヨーガ系仏教では教典に表されているほどポピュラーな能力なんだ。 


(どこの誰が気づくだろうか?)


 このところ、そういう不安、いや期待が高まっていた。



「人間はそういう能力を潜在的に持っている」



 そのことに気づいてほしかった。気がついてもそれを得られるのは何百億人にひとり、であることが分かるだろう。そう、結局この欲望は「優越感」にすぎない。それでも分かってほしい。僕は魔女や悪魔なんかじゃなく、「超人」なんだ。そう叫びたい僕は、やっぱり12歳の、未熟な子供なんだろうと思う。



(これからの僕の敵は赤い国なのか、イスラムなのか)




 東京でヤクザを相手にしていた頃が懐かしかった。





(その④につづく)


 撮影部隊がものすごい量の布を運び入れたのには驚いた。


「どこの誰がこの場所を特定するかわからないだろ? だから、写る範囲はすべてあの布でカバーするんだよ」


 さすがに老練な軍人だね、マイクは。僕はそんなことはまったく考えてなかった。

 かなりの時間を使って地下トンネルの壁に布が張られた。


撮影スタンバイOK。


 僕はウイッグを付けて、ボブの少女のようにし、ヘルメットからその毛先を出す。



ゴーグルを下ろし、マスクも着けて、一見するだけでは僕の顔、いや性別も特定できないようにした。

「マイク、僕の方は準備OKだよ」


 インカムはマイク少将だけに繋がっている。


 練習レーンに立つ。撮影スタッフは見たことのない連中だった。軍人というより、技術者然とした雰囲気の連中だ。


(この中にもスパイはいるんだろうか?)


 僕は用意したスケッチブックを開いた。声も録音されるだろうから、しゃべっちゃまずい。


「START」と書いたページを見せる。


 僕は冗談ボックスに電池(もどき)を入れるところから撮影させた。ベルトに装着し、コードを差し込む。


 スケッチブックをめくり「2」をカメラの方に向ける。


 ボックスの電源SWをON。赤いLEDランプが点る。

ローリングSWを「2」の目盛りに合わせる。


 僕は2倍速で暫甲剣を振るった。このスピードでも常人の3~4倍の早さで動けるけど、斬甲剣は重いから2倍速からあまりスピードアップしない。今日は「見せる」のが目的だからちょうどよかった。


 僕は装甲車に座らせたダミーのマネキンの首をはねた。


「5」

 


 ボックスのLSWを5の位置に回す。スピード・アイも5倍速に切り替える。


 隠剣を投げる。5倍速だと300kmから400kmの時速で飛ぶ。F12ファントムの機体を突き破って、コックピットのガラス風防から飛び出した。


「10」

 


 隠剣が飛ぶ。装甲車の甲板を突き破る。


「50」


 暫甲剣で装甲車の車体を切り裂く。


「100」

 


 吹き矢の静竜の矢が装甲車の甲板を貫き、200m先のマネキンの頭を貫通する。


「200」


 僕は暫甲剣でそこらじゅうの装甲車や戦車を切り刻んでいった。日本刀で戦車の砲身が切り落とされる光景を、関係者はどう見るのだろう?


「STOP!」

 マイクは平然としていたが、指がピクピクふるえているのが分かった。



(その③につづく)