神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI -14ページ目

神威(カムイ)の剣 タイム・コントローラーDAI

小学6年生の美少年・三島大。古武術とタイム・コントロール能力を駆使して、さまざまな敵を殲滅していく超絶アクション小説。

 

「君はやはりすごいな。アズナブール親子と700人の傭兵を、たった1時間で煽滅したんだから」

「飛び道具が拳銃だけっての、結構きつかったよ。でも双子の活躍、すごかったよ。一回捕まったのを救出してくれたんだ」

「ああ。あの時はあせったぞ。まさかダイがあんなドジを踏むとは思ってなかったからな」

「えー、インカム、モニターじてたの?」

「当然だろ」

「ちぇっ、これから何度もいじられるんだろうなあ」

 

  

「まあ、結果オーライじゃないか。ところでアメリカが関与しているんじゃないかって、フランスとカナダから猛烈な勢いで問い合わせが来ているが、『問い合わせ』しかできないというのが、君たちの大成功を表わしているよ」

「もうこりごりだよ。パリに帰るのが一番大変だったんだ。サポートなしのミッションはお断りだな」

「お! ということは、米軍のサポートがあれば、次のミッションもやってくれるということかい?」

「ちょっとは休ませてよね。学校もサボってばかしだし」

 

 
 マイクはモニターの向こうで笑ってうなづいた。

 


 絵里香と双子は連れだってパリ中をショッピングして回ってたようだ。僕がこんこんと寝てる間に、スイートルームの会議用テーブルは、いろんなブランドの箱や紙袋で山のようになっていた。

 


「あしたは凱旋門賞よ。由里ちゃんはこれを着てね」

 


 絵里香は僕のダブルベッドの上に、箱から出した黒いドレスを置いて言った。

 

 

 当日は晴天だった。双子は大騒ぎだった。



「ほらほら、やっと見つけたのよ。ちゃんと着けてよ」

「なんだよこれ?」

「パットよ。由里ちゃんもう大きいんだから、胸がぺったんこのままじゃ、あのドレス、様になんないの」

「えー! ブラジャーするのー? やだよー」

「だめ! 姉さんの言うこと聞きなさい!」

 


 絵里香にしかられた。

 


 その絵里香は和服を自分で着付けていた。

 


「それ、実家に取りに行ってたやつ?」

「ええ、そうよ。京都千総(ちそう)の色留袖(いろとめそで)なの。そんなに高価じゃないらしいけど、いまではなかなか手に入らない、いいものだって母が言ってたわ」

 


 いつもの黒髪をアップに結い上げ、大きな姿見の前に立って設(しつら)えを確認している絵里香は、日本人の女性で良かったって顔をしていた。確かにすごく似合ってるし、美しかった。

 


 絵里香によると、その色留袖はこのように表現するらしい。

 


『地色は山吹色。家紋は
丸に違い鷹の羽。裾(すそ)模様は聚宝三友(じゅほうさんゆう)。帯は織悦(おりえつ)の黒金の袋帯』

 


「手ぶらで行くの?」

「いいえ。これを持って行くわ」

 


 絵里香はテーブルに上の山の中から、エルメスの箱を取り出した。

 


「このクラッチバッグ」

 


 黒く光るクロコのクラッチバッグは、なぜか和服の絵里香によく似合っていた。

 

 

「みなさんがあのダイ・ミシマのご親戚? なんともお美しいですな!」

 


 ロンシャン競馬場のゲストルームの入り口で出迎えた英国大使夫妻は、僕たち4人を見て、うれしそうにそう言った。

 


「ミスタ・ミシマには言葉にできないくらい感謝しています。今日は一日充分に楽しんで行ってください」

 


 絵里香の和服は、たまたま招かれていた日本の大使夫人の和服を圧倒する美しさで、それはフランス人をはじめとする招待客のセレブたちにもわかるらしい。たちまち女性陣の輪ができた。日本大使夫人はいつのまにか姿を消してしまっていた。

 


 ロンシャン競馬場に入るのは初めてだった。世界一といっても過言ではないこのレースに招かれているのは、それこそ世界中のトップセレブたち。コースの中央にある、変な築山みたいなところに上がって、出走馬が返し馬をするのを眺めてから、グランドスタンドに戻り、パーティールームでシャンパンとキャビア。僕も遠慮なくフォアグラのムースとかカクテルを手にした。

 


「いや、しかしよく開催できましたね」

 


 そういう声が聞こえてきた。

 

 

 二日前に起こった、600人というフランスでも最大級の大量殺人事件は、一時凱旋門賞の取りやめすら検討されたほどの衝撃をフランス中に与えた。

 


 ホテルでニュースを見てるとその扱いの大きさにちょっと驚いた。

 


「9mmパラベラム弾は全部で300発以上発射された模様ですが、3丁の銃の線条痕が検出されたとのことです」

 


「頭部、心臓部に被弾した弾丸が80%程度あります。このたった1発で即死した兵士が、実に246人。しかも薬莢が散らばっていた3地点のうち、一番遠いのは約200mもの距離がありました。専門家によれば、現在製造されているライフルタイプではこの弾丸を使用する銃はないということです」

 


「9mmパラベラム弾を使用し、かつ200mの射程を持つ銃というのは、第二次大戦直後に製造された、モーゼル・レッド9くらいであるというのが、アメリカの銃専門誌の記者から寄せられた情報ですが、生き残った兵士の証言によると、銃弾は、ほとんど1分くらいで射撃を終えていた、とのことです。数百発を1分で撃つのはこの拳銃の自動小銃機能を使ったと思われるのですが、この正確無比の射撃は現実にはあり得ないとのことです。これはとても少数の犯人の仕業ではありません。矛盾だらけのこの銃撃に、当局は困惑している模様です」

 


「拳銃かライフルか、それがどちらかは不明ですが、そのほかの
数百名の殺害に使われたのは、剣と吹き矢状のものであったようです。この襲撃では、600人をほぼ20分で殺害し終えているというのが、当局の鑑識の結論であり、1分間に30人というのは、刃物を使った殺人ではほぼ40人ほどの犯行であろうと推測されています」

 


「しかし、現場に残されている足跡からは、兵士たちの軍靴の跡以外では、たった3つの約24cmのスニーカーのような靴底のパターンしか残っていないということです。3人で400人を、それも刃物だけで10分で殺害する。そんなことができるはずがない。このことにも、当局が今回の事件の特異性を認めざるをえないものだといえるでしょう」

 


「生き残りの傭兵は189人。そのうち、犯人をしっかりと見たものがただの一人もいない。傭兵たちが『東洋の魔女』とささやきあっていたのが印象的です」

 


「ネットで検索すると、このところ、この東洋の魔女、あるいは悪魔と呼ばれる存在が、世界各地、とくにフランス、アイルランド、アメリカ領のグアム島での大量殺人、また、日本で起こったジャパニーズ・マフィアの大量殺人に関わっているのではないか、そういう書き込みが目立ち始めています。さきに国連安保理で中国とアメリカが激しい応酬を繰り返した『タイムコントロールBOX』の件、さらに、米国大統領エリクソンが、その『東洋の魔女』を操っているのではないかという書き込みが頻出しています。当のエリクソン大統領は笑って否定しています。万が一この一連の事件の背後にエリクソン大統領がいるということになれば、世界はアメリカを恐怖感をもあって見つめることになるのかもしれません。なぜなら、彼の政治力の背景に、米軍にプラスしてこの暗殺団が存在するということになるからで、そうなれば、世界の指導者はイヤでも彼の意向を伺うことになるからです」

 

 

 どういう運命のいたずらなのか、凱旋門賞はアズナブールの所有するサンデーサイレンス系のパドックスター号が優勝した。優勝の表彰台に立ったのは、アズナブールの次男、ロベルトだった。

 


 僕は彼の顔を見て少し驚いた。マイクから聞いていたロベルトのプロフィールと相当違う印象を受けたからだ。

 父親と兄を失った悲しみを漂わせながらもその表情は硬く引き締まり、父親や兄よりも強い意志が感じられる。

 


「こりゃ、見込み違いかもしれないな」

 


 僕はロベルトのこれからの動向に注意するようにマイクに進言しようと思った。

 


 何はともあれ、大騒ぎのフランス旅行はこうして幕を閉じたのだった。

 



第17話 おわり

 

 

「さあて、残りは240人くらいって言ってたな。急がなくっちゃ!」

 


 独り言が出ていた。上機嫌、とはいえなかった。なにせ、初めてドジを踏んだんだからね。反省、反省。

 


 僕は城門から走り出た。50倍速だから、なかなか銃では狙いづらいだろう。パラパラと弾丸が僕のうしろの地面に着弾する。

 


 自転車のある納屋まで戻った。モーゼル・レッド9のホルスターとマガジン10個を回収し、デイパックにしまう。

 


 自転車で城内にもどる。

 


「ぎゃ! 魔女が戻りやがった!」

 


 銃を向けることもしないで、兵士の集団が逃げ出した。僕は100倍速に切り替えた。左手でマウンテンバイクのハンドルを握り、右手で神威を構えて男たちの集団の中に突っ込んでいった。

 


 剣で左右の兵士たちの首を刎るのは簡単だった。

 


 僕はバイクを操りながら切りまくった。しかし、100人くらいの首を刎たころ、遠くからパトカーか消防車かのサイレンが聞こえてきた。

 


(うーん。800人全部を殺すのは無理だったか。ドジ踏んだせいだな。反省、反省。でも、双子に助けられるとはね…)

 

 


「E、R、聞こえる?」

 

 
 僕は2倍速で双子に呼びかけた。即座にレスポンスがあった。

 


「ハイ!」「はい」

「ふたりともケガはない?」

「大丈夫よ!」

「ええ、私も」

「さっきはありがとう。助かったわ」

「よかったー!」

「・・・」

「E、どうかした?」

「あ、うん。私、興奮しすぎて・・・」

「うん、わかる。あとでキスしたげるね! じゃあ逃げるわよ!」

「あ、はい。で、どうすれば?」

「ふたりは姿を見られていないでしょ?」

「ええ、見た人は死んでると思う」

「あはは。まさに魔女ね」

「・・・やだ」

「じゃあ、ふたりはそれぞれ別々に城を出るのよ。途中出会った敵は必ず仕留めてね。顔を見られたまま生かしておいちゃだめ。まあ、そのマスクとヘルメットじゃ、顔まではわからないでしょうけど」

「うん」

「で、城を出たら、ママの待ってるカフェまで歩いて行くのよ」

「ハイ。Yは?」

「ぼ、私は自転車でパリまで帰るわ。あれを置いてはいけないから」

 


「みんな、ケガはしてない?」

 


 いきなり絵里香の声がインカムに割り込んできた。そういえば絵里香にもインカム渡してあるんだった。

 


「やあ、ママ、聞いてたの?」

「ええ。Yが捕まった時はびっくりしたけど、ふたりが救出作戦を話してるのを聞いてたから・・・」

「わかった。じゃあ、ママはふたりを拾ったらパリに戻って。途中、検問が敷かれてると思うから、EとRは着替えること。じゃあ、ホテルで!」 

 


 僕はそのまま城を出て、森の中を走った。10倍速だから、パトカーの数倍の早さだ。



 しかし、すぐにパリまで走るのは無理だとわかった。想像以上に疲れているのと、パリまでは距離がありすぎるのを思い出したからだ。

 


 ゆっくり走りながら、あたりを観察した。しばらく走ると、小学校があった。



(よし、ここだ)

 


 僕は米軍のサポートなしのミッションはもうこりごりだとかなんとか、ブツブツつぶやきながら小学校の自転車置き場にマウンテンバイクを停めた。左ハンドルのグリップからワイヤーを引っ張り出す。それを支柱に回してロックする。ピッキングマニアの僕が考えて作らせた盗難防止用のワイヤーだ。簡単操作で外せるけど、外し方を知らないと、絶対に盗み出せない。

 


 プールがあった。もう季節じゃないから、水は抜かれている。プールサイドの更衣室には、鍵がかかっていた。



 ベルトから、ピッキングの道具を取り出す。あっと言う間にドアが開く。



 更衣室のシャワーは生きていたが、お湯は出ず、水だった。仕方ない。

 


 戦闘服を脱ぎ、シャワーの下に置いた。全裸になった。壁にマルセイユ石鹸がかかっていたので、まず頭から洗う。全身に血が染み込むようにこびりついていた。

 


 体の次に戦闘服を洗う。注文どおりであれば、血や脳漿は簡単に落とせ、バシバシと振ればほとんどの水分は飛ぶはずだった。

 

 
 そのとおりだった。ピカティニー・アーセナルの連中はすごいなあ。

 

 生乾き、というくらいに水分の抜けた戦闘服を着る。そして、ゆっくりと神威を清めた。



 すでに血糊は固まり始めていた。シャワーで時間をかけて洗う。

 


(すごい切れ味だったよ。大活躍だったね)

 


 そんな言葉をかけながら、僕は刀身と柄から汚物を取り去った。

 


 そのころには、学校の横の道路を、たくさんのパトカーや救急車がアズナブール城に向かって走り去っていた。

 

 

「あの、すみません。日本からきた観光客なんだけど、ママとはぐれちゃったんです。タクシーを呼んでもらえませんか? パリのホテルまで帰りたいんです」

 


 僕はいかにも困った観光客の少女然と職員室で訴えた。

 


「いいとも。ちょっと待っててね。何か大事件があったみたいで、タクシーが着くの、時間がかかるかもしれないけど」

 


 ひとりの先生らしき男性が、タクシー会社に電話してくれた。幸い、事件とは無関係に、タクシーはすぐにやってきた。

 


「先生、ありがとう。助かったわ」

 


 僕はそのまま、タクシーでパリに帰った。リッツのエントランスでママを呼びだし、料金とチップを払ってもらった。

 

 

(その⑧につづく)

    
                      *

「気が付いたかね? 東洋の魔女が、こんなかわいらしい少女だったなんて、君を見ていても信じられないね」

 


(うーん。うかつだったな。でも、殺されてないのはめっけものだ。体に怪我もないようだし・・・どうやって脱出するか・・・隙を見つけるしかないか)

 


 僕はバズーカの砲撃によるベントレーの爆発に巻き込まれて気を失ったみたいだ。

 


 超アイは僕に危険が迫った時、僕の意志と無関係に切り替わる。しかし、そこで「危機回避」が出来ないと、低倍速のスピード・アイ状態に再度切り替わることはないらしい。生きて帰れたら、この教訓をしっかり噛みしめよう。

 

 

 僕はいま自分が置かれている状況を冷静に観察、分析した。

 


 戦闘服はそのまま着ている。ヘルメットは・・・あった。テーブルの上に、デイパックと一緒に置いてある。中にはにはもう何も入ってないはずだ。あ、刀は?

 


「このスオード、小さいし見たことのない色だね。お前のオリジナルかね?」

「あー。おじさん、だれ? 私、どうしたの?」

「ふん。白々しいな。君がエリクソンが送り込んだ『東洋の魔女』だというのは、明白なんだよ。この刀でいったい何百人が命を落としたと思ってるんだ? この城にいた傭兵は803人。今残っているのが244人。実に559人が死んだ。それも5分も経たない、瞬間と言っていい短時間にだ。これは悪魔の所行としか考えられない」

「・・・」

「どう見てもお前がその魔女には見えない。しかし、これが証拠だ」

 


 ジュール・アズナブールは得意げに右手を掲げた。その手に握られていたのは・・・あの「タイムコントロールBOX」だった。

 


「映像では見ていたが、こんなちゃちな装置が、あのような動きをもたらすなんて、まだ信じられないな。これはどの国にでも、言い値で売れるだろうよ。まあ、中国がいいかな? 安保理でエリクソンに噛みついて、恥をかかされた形で終わってるからな」

 

 
 思案のしどころだった。自分の体を点検した。どこも怪我はない。ヘルメットや戦闘服が優秀なせいで、ベントレーの爆発も、単に気を失っただけで済んだようだった。

 

 
 そして今。木の椅子に座らされ、両手を後ろで縛られているだけのようだ。縛っているのは・・・くそっ! パラシュートロープの感触だった。これはいくら力を込めても、自力では切れない。

 


「おじさん、私を交渉の餌にするといいわよ。エリクソンはたいていのことには応じるわ」

「ほー。ふてぶてしい子供だな。エリクソンが送り込んだ暗殺者がお前のような女の子だというのが、お前を見ていても信じがたいんだが、どうやらそれが真実らしい・・・お前をどうするかは、いまや私の意志次第であることはわかるね?」

「うん。あんたの傭兵たちを殺したのも認めるよ」

 


 マシンガン2丁の銃口が僕に向けられている状況で、だれが僕を危険視できたろう。

 


「ねえ。手が痛いんだけど。鬱血してるみたい。この状況で私が何かできると思うの? 縛ってるロープ、せめて前でしてよ」

「この装置をお前の体から外したんだから、もう縛っておく意味はないかもしれんが、油断大敵というものさ。お前の手が自由になるのは、体から斬り離される時だと思え」

 


(あーあ、この男、伊達にテロリスト相手に商売してないな。うーん、どうしよう・・・)

 


 その時だった。僕の方にマシンガンの銃口を向けていた男が悲鳴を上げもせずにのけぞって倒れた。その隣の男が、あたりをきょろきょろ見渡す。と、そいつもいきなり倒れた。

 

 
 僕には見えた。静竜の矢だ。絵美だ。ボツリヌストキシンってこんなに凄い毒なんだな。

 


 そんなことを考えていると、ドアが開いて、女の子が駆け込んできた。莉実が桜丸を抜き身で持ち、男たちの間を縫う様に駆け抜けた。



 僕に駆け寄る。ロープを切る。手を切られなくてよかったー。

 


 完全に両手が自由になったのを確認した次の瞬間、僕は500倍速に切り替えた。椅子から立ち上がった。

 


 僕の周りにいる十数人の武装兵士たちは、僕に銃口を向けていた2人を除いて、マシンガンはテーブルの上に置いていた。矢が飛んできたとき、拳銃を抜いた男がひとりいたが、その男も吹き矢であっという間に倒れた。残りの兵士のうち、僕のところに駆けつけるまでに、莉実は7人まで斬り伏せていた。

 


 僕は残った十数人の頸を刎ねた。その部屋の中で立っているのは僕たち“女の子”三人とジュールただひとりだった。リアルタイムに戻す。

 


 周りを見渡す。ジュールの息子、ミッシェルを探したのだ。この部屋にはいない。

 


(必ずここに来ているはずだ)

 


「E、R。その男を椅子に縛り付けて!」

「ハイ!」「ハイ!」

 


 ユニゾンで返事が返ってきた。

 


 僕は城中の部屋を捜すつもりで50倍速で廊下を走り始めた。

 

 

全部のドアを開ける必要はなかった。隣の部屋からその当人が顔を出したのだ。



 最高級のスーツに身を包んだ、30代の優男。顔はデータにあった動画で頭に刻み込んである。間違えようもない。

 

 
 僕は100倍速に切り替えた。

 そのままミッシェルのところに駆け寄る。何のためらいもない。真正面から頭を断ち割る。神威の刃は彼の喉まで食い込んで止まった。すっと剣を引き抜く。

 

 
 それからが大変だった。ミッシェルが顔を出したドアの向こうに、約50人の兵士たちが銃を構えてこっちに殺到する動きを見せていたんだ。

 


 部屋に飛び込み、全員の眼に剣を突き立てて回る。刺してからちょっとひねる。刃を抜きやすくするためだ。

 


 その場にいる全員を殺したのを確認した。リアルタイムでは8分くらいだが、100倍速だったので、経過時間は5秒ちょうどくらいのはずだ。

 

 
 ジュールの右横に立った。彼の頸に剣を突きつけ、リアルタイムに戻す。

 


「えっ?」

「バカねえ。私のことを東洋の魔女って言ったばかりじゃない。魔女を見くびるとこうなるのよ」

 


 兵士たちは頭を刎られ、あるいは脳をえぐられてバタバタと倒れていった。部屋は血の海になるだろうな。

 


「ミッシェル!」

 


 ジュールには、息子の頭が左右に分かれて倒れているのが廊下越しに見えたようだ。

 


「動くんじゃない。あんたの頭も息子みたいに泣き別れになりたいの?」

 


 両手を後ろ手縛られたまま、息子に駆け寄ろうとしたジュールはそこで固まった。

 


「おお、ミッシェル・・・なんてことだ! おまえに仲間がいることを確認しなかったのが私の人生最大の失敗だった」

「そうでしょうね。あんなインチキBOXを手にして有頂天になってるからよ。でも、私を魔女呼ばわりするのはおかしいわよ。あんたこそ悪魔よ。テロ国家にどれだけ武器を売りつけてきた? 傭兵を何人送り込んだ? 無辜の民衆を何百万人殺してきた? 悪魔はあんたにふさわしいあだ名なのよ」

 


 僕は50倍速にして、まずジュールの右臑を偽ナイキのシューズのつま先で蹴った。ジュールの右足の臑が「パシュ!」という音を立てて砕け散った。悲鳴が上がって倒れ込む前に、僕は神威で彼の左足首を刎た。靴のまま、左足が残った。

 


 リアルタイムに戻す。

 


「ギャー!」

 


 あられもない悲鳴を上げて、ジュールが床に転がった。尻ポケットから小型の拳銃を取り出そうとしていたみたいだったけど、足の痛みに拳銃を取り落として転げ回る。

 


「どうした? そこに落ちた拳銃で私を撃ち殺すんじゃないの? 遠慮しなくていいわよ」

 


 ものすごい形相だった。これがジュールの本当の顔なんだろうな。

 


「た、頼む。助けてくれ。俺の全財産をやる。スイス中央信託銀行に1000億ユーロある。それを全部おまえにやる。だから命は助けてくれ!」

「あいにく私はお金に興味なんかないのよ・・・うん。でも使い道はあるわね。東北の震災復興に使えばいいか・・・。わかった。助けてあげるわ。でもその銀行、あんた本人が出向かないと引き出せないんでしょ? そりゃ、時間稼ぎってことね。やっぱりここで死んでもらうことにするわ」

「ま、待ってくれ! ここから振り込めるんだ。そういう契約にしてあるんだ。本当だ。いますぐ振り込むから、おまえの口座を書いてくれ!」

 


 僕はどちらでもよかったが、あんまりのんびりしていられないのはわかっていた。派手な銃声や、爆発音が近隣の住民に聞こえていないはずがない。すぐに警察か軍隊がやってくるに違いない。

 


「ほら、あと1分で入金を済ませなかったら、この取引はなしよ」

「わ、わかった。入力するから手のロープをほどいてくれ!」

 


 ジュールは床に倒れたまま、胸ポケットからスマホを取り出し、どこかに電話した。それから画面をたたく。

 


「あと1時間で1000億ユーロがお前の口座に入金される。それ以上は早くならないそうだ。これはシステムのせいで、おれのせいじゃ・・・」

 


 それ以上はジュールはしゃべれなかった。僕が心臓を突き刺してふたつの肉塊に切り分けたからだ。

 

 

(その⑦につづく)

 

 いきなり1000倍速に切り替わった。振り向くと5人ほどの男が立ち止まり、僕の方を向いてマシンガンの連射を始めたところだった。その弾幕の最初の弾が僕の体に迫りつつあった。

 


(ひょえー! あぶねー!)

 

 
 僕は転がってその弾丸の固まりを避け、噴水の向こうに身を隠した。

 

 
 ちょっと息が上がり始めていたが、噴水の水で神威を洗ったことで、少し落ち着いた。

 

 
 パラパラとヘルメットに何かが落ちてきた。自動小銃で粉砕された噴水のセメントの粉や欠片だった。

 


(さて、片づけるかな)

 

 
 僕は振り返ったとき、左利きの兵士が右端に立っているのを確認していた。これが若さ、経験不足の現れだと思った。マシンガンは利き腕の方に振るのは反対に振る1.5倍くらい遅くなるんだ。

 


 だから左利きの者は、弾幕を張るときは、列の右端にいなくてはならない。撃たれる方から見れば、左端に左利きがいるのが怖いんだ。こいつらはまだまだ実戦経験の浅い連中だと直感したのは、その並びを見たからだった。

 

 
 ついでに言えば、マシンガンは跳ね上がり気味になるから、身を低くする相手には当てにくい。

 


 超アイをいったんリアルタイムに戻す。それから100倍速に切り替える。 



 僕は噴水から左に転げ出した。案の定、銃弾は僕の動きに付いて来れなかった。3回転くらいしてから立ち上がり、神威を振り上げながら5人の元に駆け寄り、全員の首を刎ねた。頭部がぴゅーっと数十センチ跳ね上がった。

 


 その5つの頭が地面に落ちる前に、僕は駆けだしていた。兵士たちの先頭集団が城の中に入っていたからだ。

 


 スピード・アイを切り替えた。50倍速だ。追いついた最後方の男たち20人ほどを神威で切り伏せ、走る男たちに並んで城の中に飛び込んだ。

 

 
 視界が暗くなって何も見えなくなったので、危険を避けるため、床に転がって壁際に身を寄せた。僕のいた場所に銃弾が降り注いでいた。

 

 
 すぐに視界が暗さに慣れたようだ。この肉体の反応は、スピード・アイの倍速に連動しているからこそ、僕が超高速で動けるんだけど、このときはそれが心底ありがたかった。

 


 僕は身を低くしたままマシンガンを撃っている男3人に駆け寄り、両手を落とした。マシンガンを握ったままの両手が、手首からゆっくり離れていく。血がその手を追いかけて吹き出す。それを避けながら、3人の首を一直線に斬った。喉仏の軟骨の白い切り口がちらっと見えたが、それは無視して、廊下を走っていく集団を追った。

 

 
 何か低い波動が聞こえはじめていた。

 


(なんだろう、これ?)

 

 
 僕はこちらを向いている兵士がいないのを確認してから、リアルタイムに戻した。聞こえていた低い周波数の音は、城中に響きわたる警戒のサイレンだった。

 


(なんだ。やっと僕たちの襲撃が知らされたのか)

 

 
 その反応は、リアルタイムでいえば、モーゼル・レッド9の連射開始から3分と経ってないはずだから、優秀な方だろう。でも、僕の感覚でいえば、すでに1時間は戦っている。「今ごろ警戒警報かよ」という感覚だった。それが僕の高ぶりを押さえることになった。

 


(そうだった。アズナブール親子を捜さなくちゃ)

 

 
 やっぱり殺戮の興奮状態にあったんだなあと反省した。ここまでに殺した兵士は300人から400人くらいだろう。まだ半数は残っていて、自分たちのボス、ジュールと息子を守ろうと集結しはじめているはずだ。

 

 
 そのとき、情報を思い出した。

 


(あ、やばい!)

 


 情報によれば、僕が飛び込んだ城門の反対側に、地下道から続く出口があるんだった。サイレンが鳴ったら、それから5分も経たずにアズナブール親子はその脱出道を通って城の反対側から逃げ出すはずだ。僕は去りつつある傭兵集団に背を向け、さっき飛び込んできたばかりの入り口を出た。おびただしい数の傭兵たちを殺してきて城内に入ったので、僕が出た広場に立っている兵士は皆無だった。数百人の死体が転がる様子は壮観だったが、感慨に耽る暇はない。

 


 僕は反対側にいるはずの絵美に2倍速で連絡した。2倍速だと、僕の声帯はいつもの2倍の速さで振動する。それはちょうど1オクターブ高音で声が出るということだ。何やってるのかって? 僕は変声期に入り始めたんで、普通にしゃべるんじゃ、女の子の声としては太すぎるんだ。それを2倍速でやるとキンキンした小学6年生の女の子の声になるってこと。


 このことに気付いたのは、バッハの平均律クーラビア組曲を聞いてた時。「オクターブの法則」を思い出したんで、それから学校でも同級生たちとの会話の時は使ってるテクニックなんだ。


 ちょっと不自然なんだけどね。僕と双子のインカム通信がどこでどんな組織に傍受されてるか、わかったもんじゃないもん。

 

 

「E、聞こえる?」

「ハイ。よく聞こえます!」

「その小屋の上から降りて、時計回りに少し行くと、裏口があるはずよ。その裏口の見えるところに潜んでいて。誰か出てきたら、狙い撃ちするのよ。私もそっちに回るわ」

「了解! ・・・えーっと、車が1台停まってるわよ。あ、あそこ、裏口みたい」

「人が出てきたら、銃撃して。でも、無理しちゃだめよ。私がすぐ行くから」

「はい」

 


 僕は去りつつある傭兵集団に背を向け、さっき飛び込んできたばかりの入り口を出た。おびただしい数の傭兵たちを殺してきて城内に入ったので、僕が出た広場に立っている兵士は皆無だった。数百人の死体が転がる様子は壮観だったが、感慨に耽る暇はない。

 

 
 僕は100倍速で走った。入ってきた城門を抜け、城壁をたどって走る。数百メートル走ると、ようやく城門の反対側に出た。

 

 
 そこにはベントレーのリムジンが停まっていた。運転手の男がドアを開けて主人が乗り込むのを待っているところだったらしいが、絵美の狙撃で倒れている。エンジンはすでにかかっていた。

 


(危なかったなあ。逃げられちゃうところだった)

 

 
 絵美が立木の陰から顔を出した。僕は指でOKマークを作って見せた。

 

 
 僕は城壁のドアを開けた。ドアの向こうには暗くて長い廊下が続いているが、まだ誰もやってこない。

 

 
 僕は背中からバッグをおろし、中から粘土みたいな固まりのプラスチック爆弾を取り出した。

 

 それを4つに分けて廊下の先の天井に張り付ける。雷管を差し込む。起爆は爆薬を包んでいた包みの中に入れたある、小さなリモコンだった。

 


 これは優れもので、スイッチを押すと3秒で起爆する単純なスイッチと、踏みつぶされると起爆するスイッチに切り替えられる。スイッチをONにしておくと、他の爆弾の爆発に連動して爆発する。

 

 
 僕は廊下を走り、鉄製のドアのすぐ手前の床に爆弾をガムテープで貼り付け、踏みつぶすと起爆する方のスイッチをONにしてから、廊下を出て、スチールドアを閉めた。

 


(また走るのは疲れるな)

 

 
 やっぱり刀で数百人を殺して回るのは疲れるんだな。僕はエンジンのかかっていたベントレーに乗り込み、走り出した。右ハンドルだった。

 

 
 あっという間に城門に着く。そのまま広場に乗り込み、先ほど飛び込んだドアに向かう。途中、何人もの死体の上をタイヤが踏みつぶしながら進む。

 


 ベントレーを降り、ドアの中に入る。だれも生きていない。しばらく目を慣らす。

 


(よし。じゃあ行くかな)と思った時、爆発音が響いてきた。

(あらら、ギリギリだったのね)

 

 
 でも、間に合ったんだからよしとすることにした。あのプラスチック爆弾は地下道の廊下を粉々にしただけでなく、天井の相当部分を落盤状態にしているはずだった。あの脱出口は使えなくなっただろうな。ということは、追いつめられた彼らは必死に反撃してくるってことだ。そう考えながら入口に戻り、ベントレーに乗り込もうとした。

 

 
 そのとき、シュルシュルという音が聞こえた。

 


(あ、やばい!)

 


 そう思った瞬間1000倍速の超アイに切り変わった。



 でも、自分に向かってくる弾丸は見あたらない。と、僕の視界の隅で大きな砲弾がゆっくりベントレーにつっこんで来るのが捉えられた。

 


(あ! バズーカだ!!)

 

 
 これまで、ライフルや拳銃の弾丸のスピードに慣れていたので、バズーカ砲の砲弾はあまりにゆっくりすぎて、止まったように感じられたらしい。目に入ったのに危険性を認識できなかったんだ。完全な油断だった

 

 
 あたりが真っ白い閃光に包まれ、僕の体がフワッと浮いたのまでは覚えている。

  

 

 

 

 

(その⑥につづく)

  

僕はランチを楽しんでいるテーブルの男たちを最初の標的にすることにした。


 20
発入りマガジンを左手で固定し、連射を開始! 


 10
倍速。これが正確な射撃の限界だとわかっていた。リアルタイム感覚では3秒に1発。10倍速だから、20発を6秒で撃ち終える。広間には20人の死体が転がった。

 


 同時に双子が射撃を開始した。

きっちりと正確な射撃だった。それもかなり速い連射だ。

 

(うーん、ふたりともやるなあ。負けそー!)

 


 3方向からの銃撃に、最初は周りの兵士もなにが起きているか、即座には理解できないようだった。本能的にマシンガンや、拳銃、ライフルなど、手にしている銃器を構えるが、どこから狙撃されているのかがわからない。僕は全弾命中したことに気分が高揚し始めていた。

 


「この銃、やっぱいいなあ!」

 

 
 思わず口に出た。

 

 
 すぐに弾倉を交換する。広場では兵士たちが右往左往している。ひとりずつ被弾して倒れていく。僕もリアルタイムで狙撃する。望遠ゴーグルは、倍率×10にしてある。双眼鏡を取り出して見始める男たちを優先的に射殺する。

 


 弾倉を交換するたびに、モーゼルの銃身が触れないほど熱くなってきた。

 

 
 9個目のマガジンを交換する頃には、弾道が少し狂い始めたが、それは左目を狙ったのが額に当たる、というくらいの微妙な狂い方だった。

 

 
 弾倉10本。つまり200発の弾丸のうち、即死にならないところに当たったのは10%未満だったと思う。180人くらいは頭か心臓に命中していた。

 

 
 双子は全然迷ってなんかいないようだった。正確に、それもかなりの速射で兵士たちを倒していく。 

 


 ようやく兵士たちは、一カ所に絞り込むことにしたようだ。莉実のいる方向にライフルや自動小銃を向け始めた。

 


「うーん、ヤバいかな?」

 

 
 僕は樹を降り、マウンテンバイクで疾走した。一気に500倍速。やっぱり双子が心配なんだね。

 


 リアルタイムなら3000km/hという超高速の僕を目で捕まえられる人間はいない。


 オリジナル・マウンテンバイクはこういう超高速度を想定して作られている。実に快適な走りだ。

 


 途中で納屋の陰にマウンテンバイクとモーゼル・レッド9のホルスターを隠した。そのあとは自分の足で走った。神威は鞘に入ったままだから、ベルトに差す。

 


 僕はリアルなら50mを7秒くらいで走る。とくに鈍足ってわけじゃないけど、俊足ではない。でも、500倍速では城まで1秒もかからない。スタートしてからコンマ秒以下で城の入り口に飛び込んだ。

 


 城壁に上り、まだ莉実のいる小屋に向けて銃弾を浴びせている兵士たちの視線に僕をさらすことなく、一番近い厩舎に飛び込んだ。

 


 そこには馬はいなかった。午後の運動の時間なんだろう。

 


 穏剣ベルトを確認。

 


(さて、行くかな)

 


 すべての兵士が、もう襲撃されたことを知っている。そしてその全員が銃で武装しているんだ。遠慮していたら、3人とも穴だらけにされる。

 


 500倍速は、僕が自分でコントロールできる最高速度。これを30分続けるということは、25時間フルに動き続けるのと等しい運動量になる。それは不可能だった。10倍速や50倍速を交えながら、相手の銃口が僕に向くときにだけ500倍速にすること。これが今回の攻撃では必須だった。

 


 まだ兵士たちは混乱している。僕は50倍速で広場に飛び出した。そのあたりにいる兵士を手当たり次第に神威で殺していく。

 


 頭を断ち割り、首を刎ね、心臓を突き刺す。額や目を突き通す。

 


 かわいらしい乗馬服の少女がめちゃくちゃなスピードで自分たちの間を走り抜けたかと思ったら、次の瞬間にはその男たちは血や脳漿をまき散らして地面に倒れ込んでいく。

 


「東洋の魔女だ!」

 


 そういう声が低く、ゆっくりしたスピードで聞こえた。その声の方を見ると、自動小銃を構えて僕を撃とうとする男3人がいた。とっさに500倍に切り替え、走る。神威が男たちの両手首や喉を切り裂き、額の中に滑り込む。3人は1発の銃弾も発射できないまま即死した。

 


 広場に入って100人くらいを倒したあたりで、次第に僕の存在が見え始めたようで、兵士たちはフォーメーションを取り出した。

 


(これはまずいな)

 


 僕は100倍速で集団に切り込んだ。接近戦では自動小銃は使えない。味方を撃つことになるからだ。

 


 僕は拳銃を持った兵士をまず狙うことにした。

 


 神威はすさまじい切れ味だった。骨を断つ感触がほとんど感じられない。

 


 心臓を突き刺すのでも、雪だるまの中にナイフを突き刺すようだった。手首を切り離すのも、刎頸するのも、包丁で豆腐を切るくらいの感覚。

 


 集団が乱れた。固まっているとまとめて切られるということが、本能的にわかるのだろう。バラバラになり始めた兵士たちを先回りして首を刎ね、頭を両断し、切先を額に滑り込ませた。

 


 1秒に10人は死んでいっただろう。

 


 兵士たちは何かを叫びながらひとつの方向に向かって姿勢を変え始めた。100倍速ではその言葉は理解できる周波数を下回っている。

 


 逃げ始めようとしているのか、それとも別の目的か?

 


(そうか、アズナブール親子を守りに城に入ろうとしているんだ。ということは、追いつめていけば標的のところに連れていってくれるってことだ)

 


 僕は逃げまどう集団を追い立てるように旋回し、後ろにいる者から切り伏せていった。あまり早く倒してしまうと、先頭集団に追いついてしまう。それでは親玉がどこにいるか、探しあぐねる。

 


 僕は50倍速に落とした。50倍速でもふつうの人間では僕の動きを目で追えない。

 


 こちらを向いている男は、神威で即死させていった。向こうを向いて走っている男たちは頭を唐竹割りにし、背骨を突き刺して刃の先端を胸から飛び出させる。そのまま横に引くと胴体が上下に分かれた。

 


(すごっ!)

 


 もう、こちらを向いている男はいなくなった。全員を後ろから追い立てる形になったのだ。僕は神威を握り直した。

 


 20倍速に落とした。男たちの後ろから刃をふるう。足首をはねとばし、転び始める男の背中から心臓や延髄を突き通す。

 


 二人の男の間を走り抜ける時、腕もろとも上半身のこちら側を断ち切っていく。

 


 ふつうなら、自分たちの背中から悲鳴が聞こえてきて恐怖感を煽るのだろうが、すべて即死するのでその悲鳴があまり聞こえない。つまり、死の静寂が迫ってくるという感じになっていた。こちらの方が恐怖感は強いらしい。

 


 何人もの兵士が後ろを振り返ろうと、顔をひねる動きを見せる。

 


 僕はこちらを向いた顔を上から横から断ち割った。

 


 切れ味が鈍ってきた。血糊が神威の刀身にまとわり始めていたのだ。

 


(300人くらい切ってきたのかな?)

 


 それにしても、すごい刀だ。ふつうの日本刀ならとっくに折れ曲がっているか、刃がボロボロに欠けているだろう。神威は青黒い刀身になんの変化も見られなかった。ただ、血と脳漿が付いて、切れ味に影響が出始めているのだ。柄も血でぬるつき始めた。

 


 僕は視界の端に噴水を認めた。そこに駆け寄る。神威全体を水につっこむ。水を切るように神威を左右に振り、それからポケットに押し込んであったウエスで血糊を拭っていく。スーッと青黒い刃がウエスの中から出てくる。ウエスで刀身を包んだまま握り、柄の血を
洗う。ついでに手袋の表面の血も洗い落とす。

 

 

 

(その⑤につづく)