「君はやはりすごいな。アズナブール親子と700人の傭兵を、たった1時間で煽滅したんだから」
「飛び道具が拳銃だけっての、結構きつかったよ。でも双子の活躍、すごかったよ。一回捕まったのを救出してくれたんだ」
「ああ。あの時はあせったぞ。まさかダイがあんなドジを踏むとは思ってなかったからな」
「えー、インカム、モニターじてたの?」
「当然だろ」
「ちぇっ、これから何度もいじられるんだろうなあ」
「まあ、結果オーライじゃないか。ところでアメリカが関与しているんじゃないかって、フランスとカナダから猛烈な勢いで問い合わせが来ているが、『問い合わせ』しかできないというのが、君たちの大成功を表わしているよ」
「もうこりごりだよ。パリに帰るのが一番大変だったんだ。サポートなしのミッションはお断りだな」
「お! ということは、米軍のサポートがあれば、次のミッションもやってくれるということかい?」
「ちょっとは休ませてよね。学校もサボってばかしだし」
マイクはモニターの向こうで笑ってうなづいた。
絵里香と双子は連れだってパリ中をショッピングして回ってたようだ。僕がこんこんと寝てる間に、スイートルームの会議用テーブルは、いろんなブランドの箱や紙袋で山のようになっていた。
「あしたは凱旋門賞よ。由里ちゃんはこれを着てね」
絵里香は僕のダブルベッドの上に、箱から出した黒いドレスを置いて言った。
当日は晴天だった。双子は大騒ぎだった。
「ほらほら、やっと見つけたのよ。ちゃんと着けてよ」
「なんだよこれ?」
「パットよ。由里ちゃんもう大きいんだから、胸がぺったんこのままじゃ、あのドレス、様になんないの」
「えー! ブラジャーするのー? やだよー」
「だめ! 姉さんの言うこと聞きなさい!」
絵里香にしかられた。
その絵里香は和服を自分で着付けていた。
「それ、実家に取りに行ってたやつ?」
「ええ、そうよ。京都千総(ちそう)の色留袖(いろとめそで)なの。そんなに高価じゃないらしいけど、いまではなかなか手に入らない、いいものだって母が言ってたわ」
いつもの黒髪をアップに結い上げ、大きな姿見の前に立って設(しつら)えを確認している絵里香は、日本人の女性で良かったって顔をしていた。確かにすごく似合ってるし、美しかった。
絵里香によると、その色留袖はこのように表現するらしい。
『地色は山吹色。家紋は丸に違い鷹の羽。裾(すそ)模様は聚宝三友(じゅほうさんゆう)。帯は織悦(おりえつ)の黒金の袋帯』
「手ぶらで行くの?」
「いいえ。これを持って行くわ」
絵里香はテーブルに上の山の中から、エルメスの箱を取り出した。
「このクラッチバッグ」
黒く光るクロコのクラッチバッグは、なぜか和服の絵里香によく似合っていた。
「みなさんがあのダイ・ミシマのご親戚? なんともお美しいですな!」
ロンシャン競馬場のゲストルームの入り口で出迎えた英国大使夫妻は、僕たち4人を見て、うれしそうにそう言った。
「ミスタ・ミシマには言葉にできないくらい感謝しています。今日は一日充分に楽しんで行ってください」
絵里香の和服は、たまたま招かれていた日本の大使夫人の和服を圧倒する美しさで、それはフランス人をはじめとする招待客のセレブたちにもわかるらしい。たちまち女性陣の輪ができた。日本大使夫人はいつのまにか姿を消してしまっていた。
ロンシャン競馬場に入るのは初めてだった。世界一といっても過言ではないこのレースに招かれているのは、それこそ世界中のトップセレブたち。コースの中央にある、変な築山みたいなところに上がって、出走馬が返し馬をするのを眺めてから、グランドスタンドに戻り、パーティールームでシャンパンとキャビア。僕も遠慮なくフォアグラのムースとかカクテルを手にした。
「いや、しかしよく開催できましたね」
そういう声が聞こえてきた。
二日前に起こった、600人というフランスでも最大級の大量殺人事件は、一時凱旋門賞の取りやめすら検討されたほどの衝撃をフランス中に与えた。
ホテルでニュースを見てるとその扱いの大きさにちょっと驚いた。
「9mmパラベラム弾は全部で300発以上発射された模様ですが、3丁の銃の線条痕が検出されたとのことです」
「頭部、心臓部に被弾した弾丸が80%程度あります。このたった1発で即死した兵士が、実に246人。しかも薬莢が散らばっていた3地点のうち、一番遠いのは約200mもの距離がありました。専門家によれば、現在製造されているライフルタイプではこの弾丸を使用する銃はないということです」
「9mmパラベラム弾を使用し、かつ200mの射程を持つ銃というのは、第二次大戦直後に製造された、モーゼル・レッド9くらいであるというのが、アメリカの銃専門誌の記者から寄せられた情報ですが、生き残った兵士の証言によると、銃弾は、ほとんど1分くらいで射撃を終えていた、とのことです。数百発を1分で撃つのはこの拳銃の自動小銃機能を使ったと思われるのですが、この正確無比の射撃は現実にはあり得ないとのことです。これはとても少数の犯人の仕業ではありません。矛盾だらけのこの銃撃に、当局は困惑している模様です」
「拳銃かライフルか、それがどちらかは不明ですが、そのほかの数百名の殺害に使われたのは、剣と吹き矢状のものであったようです。この襲撃では、600人をほぼ20分で殺害し終えているというのが、当局の鑑識の結論であり、1分間に30人というのは、刃物を使った殺人ではほぼ40人ほどの犯行であろうと推測されています」
「しかし、現場に残されている足跡からは、兵士たちの軍靴の跡以外では、たった3つの約24cmのスニーカーのような靴底のパターンしか残っていないということです。3人で400人を、それも刃物だけで10分で殺害する。そんなことができるはずがない。このことにも、当局が今回の事件の特異性を認めざるをえないものだといえるでしょう」
「生き残りの傭兵は189人。そのうち、犯人をしっかりと見たものがただの一人もいない。傭兵たちが『東洋の魔女』とささやきあっていたのが印象的です」
「ネットで検索すると、このところ、この東洋の魔女、あるいは悪魔と呼ばれる存在が、世界各地、とくにフランス、アイルランド、アメリカ領のグアム島での大量殺人、また、日本で起こったジャパニーズ・マフィアの大量殺人に関わっているのではないか、そういう書き込みが目立ち始めています。さきに国連安保理で中国とアメリカが激しい応酬を繰り返した『タイムコントロールBOX』の件、さらに、米国大統領エリクソンが、その『東洋の魔女』を操っているのではないかという書き込みが頻出しています。当のエリクソン大統領は笑って否定しています。万が一この一連の事件の背後にエリクソン大統領がいるということになれば、世界はアメリカを恐怖感をもあって見つめることになるのかもしれません。なぜなら、彼の政治力の背景に、米軍にプラスしてこの暗殺団が存在するということになるからで、そうなれば、世界の指導者はイヤでも彼の意向を伺うことになるからです」
どういう運命のいたずらなのか、凱旋門賞はアズナブールの所有するサンデーサイレンス系のパドックスター号が優勝した。優勝の表彰台に立ったのは、アズナブールの次男、ロベルトだった。
僕は彼の顔を見て少し驚いた。マイクから聞いていたロベルトのプロフィールと相当違う印象を受けたからだ。
父親と兄を失った悲しみを漂わせながらもその表情は硬く引き締まり、父親や兄よりも強い意志が感じられる。
「こりゃ、見込み違いかもしれないな」
僕はロベルトのこれからの動向に注意するようにマイクに進言しようと思った。
何はともあれ、大騒ぎのフランス旅行はこうして幕を閉じたのだった。
第17話 おわり