アズナブール家の次男、ロベルトはこれまでモナコの豪邸に住み、海運業を営む会社の社長としての表の顔しか知られていなかった。
「実際これまでは裏の顔といえるものはなかったようだな。父親と兄を殺されて、それで考え方を変えたようだ」
「それでよく残党のまとめができるね。・・・いや、それは無理だと思うな。きっと誰か、傭兵をまとめてるヤツがいるはずだよ。それに父親たちの作り上げた情報網と取引関係」
「そうだな。調べさせるよ」
マイクから情報が入ったのは、絵理香と双子の三人と打ち合わせている時だった。
「ロベルトはパリにいる」
あの惨劇の直後におこなわれた凱旋門賞で、皮肉にも長男のミッシェルの持ち馬が優勝し、ロベルトは兄の代理で優勝トロフィーを受け取った。そのままパリにとどまり、アズナブール商会の残党と事業を引き継いだという。
パリに着いて、また前回と同じリッツのスイートに入った。武器、装備はアメリカ大使館経由ですでに運び込まれている。
「さて、今回は残りの傭兵200人、サン・レイが連れてきたと思われるアラブ系テログループ300人、それにロベルト本人を殺すことになるけど、今度は前みたいなドジは踏まないわよ」
「由里ちゃんは悔しいでしょうけど、私たちがサブとして役立つことがわかったんだから、私は嬉しかったな」
「でも、銃や吹き矢で人を殺すってことに、あれほど抵抗がないって方が驚いたわ」
双子にPTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)は生じていないようだ。
マイクから届いた情報をじっくり検討する。ロベルトの意向を受け、残った傭兵軍団をそれぞれの派遣国から全員引き上げさせ、まとめているのは「天才軍事顧問」と呼ばれているらしい中年男、サン・レイだった。まともに写っている写真が一枚もないのも、レイの非凡さを示している。彼は自分の率いているアラブ系テロ組織の兵士たちも大量に密入国させている。アルジェリアからシェルブール港に運んだらしい。ヨーロッパ各国はアラブに簡単に侵入される。
マイクからスマホに連絡が入った。
「こんな回線を使っていいの?」
「ああ。今回改善した。軍事衛星経由で私のスマホと君のスマホの間の通信は完全に傍受不可能になっている」
「マイク以外にかけるときはふつうの状態ってこと?」
「そうだ。だから注意してくれ」
まあ、それなら少しは安心できるかも。
「レイとロベルトはセーヌ左岸のアパルトマン1棟全部を買い取って、そこを司令部にしている。レイとロベルトはすでに5階建てのそのアパルトマンを大改造していて、かなり強固な要塞のようになっているらしい。エコーと赤外線で探り出した建物全体の図面を添付したから、よく見ておいてくれ。きっと襲撃の役に立つ」
「ヘリで屋上に降ろしてくれれば楽なのに」
「そういかないのをわかってて、年寄りをいじめるのはよくない趣味だぞ」
「へーんだ。いじめられてるのは僕の方だろ? フランス中が『東洋の魔女』の話で沸騰してるよ」
「ああ。フランスの警察にしては、ずいぶんしっかり検視してるし、捜査もまともにやってるようだな。だが、捜査が正確であればあるほど、事件の様相が矛盾だらけになる。これは最初のうち、我々がダイを分析したときに陥ったジレンマと同じだ」
「へー、その話、初めて聞くよ。で、僕はどんな風に分析されたの?」
「帰ってきてからのお楽しみ! それより少々気になる情報が入って来ているんだ」
「どんなの?」
「ロベルトのアパルトマンに出入りしている人間の中に、アラブ系の顔立ちの男が多いことがひとつ。もうひとつは、どう見てもエグゼクティヴ然としたスーツ姿の一団が混じっているという点だ」
「アラブ系のは、サン・レイのデータにあったイスラム過激派の連中でしょ? 抹殺する人数が増えたってこと。スーツ族はロベルトの会社の部下たちじゃないの?」
「それがどうも違うらしいんで、顔認証に掛けたんだ」
「で、わかったの?」
「うむ。それが・・・リクソン・モバイルの幹部社員たちなんだよ」
「リクソン! あらら。なんだか意外な展開だね」
「そうなんだ。ダイの会社、イングリッシュ・ペトローリアムと並び称される『7S=セブンシスターズ』の一角だからな」
「いまは4グループしかないよ・・・でもどうしてリクソンがアズナブールと組むんだろ?」
「どっちも武器や軍事施設を商売のネタにしてるが、それはほかの7S
も同じだろ?」
「・・・なるほど。マイク、これはちょっと厄介なことになるかもしれないよ」
「うん? なにか思い付いたのか?」
「フリーメーソンVS反フリーメーソン」
「な、なんだと?」
「元の7Sは今は4つに吸収合併してるんだ。イングリッシュ・ペトローリアム、ロイヤル・ダッチ・オイル、リクソン・モバイル、シュブール。初めの2つはフリーメーソン、あとのふたつは反フリーメーソン、なんだよ」
「・・・」
「リクソン・モバイルとシュブールはこの間の大統領選で民主党を裏で支援していたんだ。それはエリクソン、マイク、あんたもだけど、今の共和党議員にメーソン会員が多いことへの対抗処置、というか反動なんだ」
「ほんとなのか、その話」
「ああ、ソニアが言ってた」
そうなんだ。フランスに向けて準備しているときに、ソニアからTV電話が掛かってきた。
「このところの東洋の魔女、悪魔の話、タイムコントロールBOXで一気にみんなの知る所となった感があるわね。でも、私が会社の幹部に聞いたところでは、ダイの活動は、すべてメーソンに有利に動いているように見えるらしいの。『東洋の魔女はメーソンのどこかのロッジに所属しているんじゃないか』とか『東洋の魔女は21世紀の十字軍、騎士団じゃないか』ってね」
「うーん。コインに刻んであるマーク、トリスケルってアイルランドじゃよく十字架と組み合わせられるしなあ」
「そう。だから魔女3姉妹の活動を『トリスケル騎士団』って呼び始めてるメーソン会員もいるくらいなの」
「トリスケル騎士団、かあ。ちょっとかっこいいなあ」
「なに子供みたいなこと言ってるのよ・・・あ、ダイってまだ12歳だったわね。いつもあなたの年齢を忘れちゃうわ」
「とくにベッドでは、でしょ?」
「いやな子ねえ」
と、こんな感じの話だったけど、ソニアは最後にこう締めた。
「フリーメーソンの各国の代表たちは、この件に関してかなり注目しているっていう話も入って来てるわ。『世界の支配体制の再編』っていうキーワードも頻繁に聞かれるし」
「なにそれ。おおげさだね」
「ここ数千年は東洋対西洋で来てるわ。そして数百年周期でどちらかが隆盛し、片方は衰退する」
「うん。『東西文明800年周期交代説』だね」
「うーん、ほんとによく勉強してるのねえ」
「だってこの説、日本人の村山節(みさお)博士の論文がおおもとだもん。いいから続けて」
「それでいくと、21世紀は西洋文明優勢の800年が終わり、東洋文明隆盛期への移行の時期に当たるというのよ」
「うん。そうなるね」
「この数千年正確に繰り返されてきた『東西対立』構造が変化してきたのが第2次世界大戦前後」
「資本主義対共産主義」
「ええ。それが終わって、共産主義は単なる『バグ』だったと言われ始めてるの」
「やはり本筋は東西対立、ってこと?」
「ええ。そういう流れに来てたのが、いきなり数世紀から十数世紀さかのぼって『イスラム対その他の宗教』っていう構造になりつつあるという見方ね」
「そこで『十字軍』ってこと?」
「そう。さらに言えば『フリーメーソン対反フリーメーソン』とも」
「・・・ソニアってメーソンなの?」
「当然よ。イングリッシュ・ペトローリアムの上位役員だもの」
「僕、株主だけどメーソンじゃないよ」
「いずれ、というか、資格を得る21歳になったら、東京ロッジでもこっちのLAロッジでもどこでもいいから会員になってもらいたいとは思ってるわ。あなたがその気になればの話だけど」
「ふーん。まあ、メーソンは宗教じゃないからね。僕はシントイスト(神道)だけど・・・」
「でも、ダイはもうメーソン派に取り込まれつつあるのよ」
「そういうことね。メーソン派が僕や由里のことを味方だという意識で情報を集めれば、反メーソン派もその観点で動くよね」
「そう、だから井上由里に化けてればダイとは無関係という顔はしにくくなりつつあると思うな」
(その③につづく)