手持ち
撮影現場への移動中の車内だった。
手持ち撮影はどんな場面で有効か。
そんな問いかけがあった。
答えたのは能勢カメラマン。私の撮影の師匠。
この上ない悲しみ。
これはドラマ(劇映画を含む)などで、演出上有効だという意味だった。
つまり悲しんでいる人物と観客がいっしょになって震えるような感じを出すということ。
何故かはわからないのだけれど、手持ち撮影といえばドキュメンタリーという認識が一般的だ。
フィックスショットを中心にドキュメンタリーを撮ったっていいと思う。
第一、私が思うにドキュメンタリーを撮るキャメラは
手持ちというよりは肩載せタイプの方が多いのではないか。
いや、あるか。
キャメラを手で持って追いかけるような場面。
番組のロケならそのケースが多い。
ただしドキュメンタリーで多いといえるかどうか。
保留だな。
私は専業撮影技師ではない。
いち演出だ。
所有キャメラのドラム数を見ればそれは明らかで、
自分自身の業務用キャメラをたいして回していないことを数字で表してくれる。
自慢してどうするのか。どちらかといえば恥だろう。
それでも、小規模な作品やカメラマン不在の場合、
その他諸々の事情が制作にはつきもので、
私が自分で撮影するということも少なくない。
一時期は演出に専念できて快適だったが、
今はまた撮影・編集を自身の手で行うことが多くなってしまった。
手持ち撮影。
私は手持ち撮影にけっこうな思い入れがある。
特別な撮り方だという意識が強い。
観る人からすれば、きっちりと安定した画(つまり三脚使用)の方が心地いいし、
なんといってもストーリィに集中できる。
わかっていながらそれでいて、
キャメラを不安定な人間の手で持って撮影するということは、
それに相応しい理由が必ずある。
先の能勢カメラマンの解答もそのひとつだ。
人物のこの上ない悲しみを観客が共有するために画面が手で揺れる。
震えるという感じを狙うためだ。
それから臨場感。
これもよく言われることだ。
正直にいって、私はこの手持ちによる臨場感については、
明確な答えを準備できていない。
おそらく、よく言われる手持ち撮影の臨場感というのは、
ビデオカメラのズームレンズを望遠でなく広角にすることによって、
遠近感を強調し、望遠レンズによる距離感の圧縮や背景のぼけを排除することで得られる
演出効果のことを指しているのではないかと考えている。
だから手持ち云々とはまた別の要素なのではないだろうか。
あるとすれば、レンズを広角にしたまま、人物に近づいて撮影し続けることで、
人物と親密な感じを演出できるという面は考えられる。
しかしこれも、ある特殊機材によって覆される。
ステディカム。
ステディカムのステディとは、親密という意味で、
おそらく手持ちの揺れに意識を阻害されることなく
人物と親密な距離を保ち続けられるという意味なのだろうと思う。
じゃあ他にどういう手持ち撮影の活用方法があるか。
ステディカムが揺れないためにあるのに対して、
手持ちは人間の手によって揺れる。
揺れて撮るのだ。
普通に揺れたんじゃ見てられない。
人物との一定の距離の範囲内で、安定して揺れる。
たぶんこれは臨場感にも繋がる。
ドラマなら、どちらかといえば緊迫した状況の方が演出上相応しい。

実は私、その80~90%を手持ちで撮影した作品で、
これを目指した。
初めは揺れ方が難しくて、こりゃ駄目だと思っていたが、
手垢がつくほど使い慣れたキャメラ。
ものにするのにそれほど時間はかからなかった。
人物が動き回っている場面が多かったからというのも大きな要因だった。
今、久しぶりの手持ち撮影を控えている。
使用するのはとにかく大きく重いキャメラだ。
そのキャメラで手持ち撮影をこなすためにカメラテストを行っている。
不向きなキャメラであることはまちがいない。
それでもそれでやってのけなければならない。
手持ち撮影に対する思い入れ。その理由、意図。
手で持っていられないほど大きく重いキャメラ。
あったはずの自信が崩壊した状況。
これらの狭間で四苦八苦。
与えられた条件で最善の結果を。
今私は演出として、撮影技師として、
手持ち撮影にまた向き合っている。
※画像が今回使用するキャメラではありません。
AC90です。
今回使うAC160については、機会があればレビューしてみたいなと考えております。


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手持ち撮影はどんな場面で有効か。
そんな問いかけがあった。
答えたのは能勢カメラマン。私の撮影の師匠。
この上ない悲しみ。
これはドラマ(劇映画を含む)などで、演出上有効だという意味だった。
つまり悲しんでいる人物と観客がいっしょになって震えるような感じを出すということ。
何故かはわからないのだけれど、手持ち撮影といえばドキュメンタリーという認識が一般的だ。
フィックスショットを中心にドキュメンタリーを撮ったっていいと思う。
第一、私が思うにドキュメンタリーを撮るキャメラは
手持ちというよりは肩載せタイプの方が多いのではないか。
いや、あるか。
キャメラを手で持って追いかけるような場面。
番組のロケならそのケースが多い。
ただしドキュメンタリーで多いといえるかどうか。
保留だな。
私は専業撮影技師ではない。
いち演出だ。
所有キャメラのドラム数を見ればそれは明らかで、
自分自身の業務用キャメラをたいして回していないことを数字で表してくれる。
自慢してどうするのか。どちらかといえば恥だろう。
それでも、小規模な作品やカメラマン不在の場合、
その他諸々の事情が制作にはつきもので、
私が自分で撮影するということも少なくない。
一時期は演出に専念できて快適だったが、
今はまた撮影・編集を自身の手で行うことが多くなってしまった。
手持ち撮影。
私は手持ち撮影にけっこうな思い入れがある。
特別な撮り方だという意識が強い。
観る人からすれば、きっちりと安定した画(つまり三脚使用)の方が心地いいし、
なんといってもストーリィに集中できる。
わかっていながらそれでいて、
キャメラを不安定な人間の手で持って撮影するということは、
それに相応しい理由が必ずある。
先の能勢カメラマンの解答もそのひとつだ。
人物のこの上ない悲しみを観客が共有するために画面が手で揺れる。
震えるという感じを狙うためだ。
それから臨場感。
これもよく言われることだ。
正直にいって、私はこの手持ちによる臨場感については、
明確な答えを準備できていない。
おそらく、よく言われる手持ち撮影の臨場感というのは、
ビデオカメラのズームレンズを望遠でなく広角にすることによって、
遠近感を強調し、望遠レンズによる距離感の圧縮や背景のぼけを排除することで得られる
演出効果のことを指しているのではないかと考えている。
だから手持ち云々とはまた別の要素なのではないだろうか。
あるとすれば、レンズを広角にしたまま、人物に近づいて撮影し続けることで、
人物と親密な感じを演出できるという面は考えられる。
しかしこれも、ある特殊機材によって覆される。
ステディカム。
ステディカムのステディとは、親密という意味で、
おそらく手持ちの揺れに意識を阻害されることなく
人物と親密な距離を保ち続けられるという意味なのだろうと思う。
じゃあ他にどういう手持ち撮影の活用方法があるか。
ステディカムが揺れないためにあるのに対して、
手持ちは人間の手によって揺れる。
揺れて撮るのだ。
普通に揺れたんじゃ見てられない。
人物との一定の距離の範囲内で、安定して揺れる。
たぶんこれは臨場感にも繋がる。
ドラマなら、どちらかといえば緊迫した状況の方が演出上相応しい。

実は私、その80~90%を手持ちで撮影した作品で、
これを目指した。
初めは揺れ方が難しくて、こりゃ駄目だと思っていたが、
手垢がつくほど使い慣れたキャメラ。
ものにするのにそれほど時間はかからなかった。
人物が動き回っている場面が多かったからというのも大きな要因だった。
今、久しぶりの手持ち撮影を控えている。
使用するのはとにかく大きく重いキャメラだ。
そのキャメラで手持ち撮影をこなすためにカメラテストを行っている。
不向きなキャメラであることはまちがいない。
それでもそれでやってのけなければならない。
手持ち撮影に対する思い入れ。その理由、意図。
手で持っていられないほど大きく重いキャメラ。
あったはずの自信が崩壊した状況。
これらの狭間で四苦八苦。
与えられた条件で最善の結果を。
今私は演出として、撮影技師として、
手持ち撮影にまた向き合っている。
※画像が今回使用するキャメラではありません。
AC90です。
今回使うAC160については、機会があればレビューしてみたいなと考えております。

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カメラテストと意外な展開
AG-AF105
DMC-GH2
OMD E-M5
AG-AC90
AG-DVX100A
2015年5月現在、自社所有キャメラ。
AG-DVX100Aは私が初めて手にした業務用ビデオカメラで長い間使った。
長期間のドキュメンタリー撮影で、自分の手、頭と連動する感覚にまで至った。
それもハイビジョン化の影響でSDでしか撮れないDVX100Aの出番は減り、
昨年3月にSDとHDを混合させて撮った作品を最後に引退。名機だった。
後を継ぐ目的で、AG-AC90を導入した。
AG-AC90。
通称ディレクターズカメラ。
要するにディレクターでも自分で撮れる、
カメラマンじゃなくても使える、
もっと簡単にいうとフルオート、完全自動で撮れるキャメラだ。
一応マニュアルでも使えるという理由からか、
名機AG-DVX100の後継だとDVX10周年パーティでも披露された。
導入後は主に屋内での使用が多かった。
もちろん三脚に据えて。
さすがディレクターズカメラ、
軽いから三脚を選ばない。
シネライクガンマDも搭載されていて、後処理の自由度も高い。
さすがAG-DVX100の後継機を名乗るだけのことはある(これはちょっと皮肉だけど)。
ほとんどマニュアルフォーカスで使っていた。
昨日。
通称ディレクターズカメラAG-AC90のカメラテストを行った。
手持ちでどれぐらい使えるかの検証。
手振れ補正が進化している。
今はもっともっと強力なのが有名なんだそうで、
こんなのたいしたことないんだろうけど、
DVX100Aの頃に比べればかなりの進化だった。

だが。
これは故障なのか仕様なのかわからない。
フォーカス機構に極めて重大な欠陥が認められた。
わざわざ来てもらったモデルに動いてもらってフォーカスをテストする。
マニュアルフォーカス。
1/4.7型のセンサーサイズで3インチの液晶を見ながら追いかける。
いくらなんでも簡単にはいかない。
プッシュオート。
合う。
もう一回。
合わない。
なんでだ?
今度はAF。
この手のキャメラはフォーカスの位置表示が距離、つまりメートルで出ない。
キャメラ内で1~99の数値が割り当てられ、その値が示される。
AFにすると、AF96~34なんかをいったりきたりした。
モデルは50ぐらいに立っている場面でだ。
結論。
使い物にならない。
どアップにしても追従しないAFなど、意味をなさない。
DVXでこんなことは一度もなかった。
スポーツ選手の激しい動きをずっと追いかけてもだ。
かくて、私はAG-AC90のカメラテスト最中、
また撮ったものを後から見て、
愕然としていた。
SDで勘弁して下さいといって、名機AG-DVX100Aを復活させることまで考えた。
テープが要るなあと考えていた。
先に挙げたキャメラの中で、手持ち撮影をできるのは、
AG-AC90とAG-DVX100Aだけなのだから。
他はリグやステディカムを必要とする。
ところで、自社主力キャメラは何かと問われたら、
AG-AF105ということになる。
レンズ交換式で、はっきりいって映画しか撮れないようなキャメラだけれども、
最近はそういう画を好むところも多い。
それを導入する時、最後まで迷ったのがAG-AC160だった。
これまで同様1/3型撮像素子で、ドキュメンタリーから舞台撮影、
いろんなジャンルを普通にこなせてPanasonic社初の22倍高倍率ズームと3リング構成が売りだった。
しかしその頃の私は、どんどん高まる大判センサー、
レンズ交換式キャメラで得られる画への需要になんとか対応したいという考えが強かった。
手持ちなんて無理、映画しか撮れない、そんなキャメラAF105と、
これまで通りの仕様で汎用性が高いAC160(ただしでかい)。
最後まで迷った挙げ句、私はAG-AF105を選択した。
レンズも着実に増えた。
ところが、入ってくる撮影はどちらかといえば報道、ドキュメンタリー、
テレビ番組、舞台撮影といった
AC160でなくちゃ難しいものが多かった。
AF105が苦手とするジャンルだ。
私は選択を誤ったのだろうかとずっと考えていた。
そう思いながらも、なんとかAF105を有効活用する演出プランをひねり出し、
大判センサー、マイクロフォーサーズでなければ得られない画を撮ること、
上記のような撮影をAF105でもなんとかこなせる方法論に気持ちを傾けた。
そして昨日のカメラテスト。
AG-AC90。
HDで唯一手持ち撮影が可能な自社所有キャメラの不振。
落ち込んだよ。
こんなんじゃ使えねえよ!
と呪詛の言葉を繰り返した。
相談するしかなかった。
金はない。
たすかった。
なんと、あの時結局選ばなかったAG-AC160の進化版AG-AC160A。
今になって使わせてもらえる話になった。
ありがたいよ。
たすかるよ。
感謝するよ。
メーカーが新製品を試験的に使わせてくれるのとはわけがちがうからね。
ほんとに困ってたんだ。
窮地に追い込まれた気分といっても大げさじゃないかもしれない。
手持ちでフォーカスに問題がある映像が撮れてしまうなんて、想像したくもない。
そういうわけで、使うことはまずないだろうと思われたAG-AC160A。
こいつで臨む。
選ばなかった理由のひとつは、大きすぎることだったんだけれど、
やっぱりでかい。
それでもいい。
かくて、昨日やったばっかりのカメラテスト。
またやることになった。
快適な動作を期待できる。
そしてこの大きさと重さをどうやって制御するかを体得しなくちゃならない。
時間はあまりない。
※この記事の内容は、AC90のフォーカス機構及びAF性能を正確に表すものではありません。
現時点で仕様なのか不具合なのかは不明であり、
筆者が行ったカメラテストでの状態を記したものです。
また筆者個人が他の撮影機材の使用感との比較において感じたことを述べています。
機材選択は、ご自身の判断基準によって行われるものと考えております。

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AG-AC90
AG-DVX100A
2015年5月現在、自社所有キャメラ。
AG-DVX100Aは私が初めて手にした業務用ビデオカメラで長い間使った。
長期間のドキュメンタリー撮影で、自分の手、頭と連動する感覚にまで至った。
それもハイビジョン化の影響でSDでしか撮れないDVX100Aの出番は減り、
昨年3月にSDとHDを混合させて撮った作品を最後に引退。名機だった。
後を継ぐ目的で、AG-AC90を導入した。
AG-AC90。
通称ディレクターズカメラ。
要するにディレクターでも自分で撮れる、
カメラマンじゃなくても使える、
もっと簡単にいうとフルオート、完全自動で撮れるキャメラだ。
一応マニュアルでも使えるという理由からか、
名機AG-DVX100の後継だとDVX10周年パーティでも披露された。
導入後は主に屋内での使用が多かった。
もちろん三脚に据えて。
さすがディレクターズカメラ、
軽いから三脚を選ばない。
シネライクガンマDも搭載されていて、後処理の自由度も高い。
さすがAG-DVX100の後継機を名乗るだけのことはある(これはちょっと皮肉だけど)。
ほとんどマニュアルフォーカスで使っていた。
昨日。
通称ディレクターズカメラAG-AC90のカメラテストを行った。
手持ちでどれぐらい使えるかの検証。
手振れ補正が進化している。
今はもっともっと強力なのが有名なんだそうで、
こんなのたいしたことないんだろうけど、
DVX100Aの頃に比べればかなりの進化だった。

だが。
これは故障なのか仕様なのかわからない。
フォーカス機構に極めて重大な欠陥が認められた。
わざわざ来てもらったモデルに動いてもらってフォーカスをテストする。
マニュアルフォーカス。
1/4.7型のセンサーサイズで3インチの液晶を見ながら追いかける。
いくらなんでも簡単にはいかない。
プッシュオート。
合う。
もう一回。
合わない。
なんでだ?
今度はAF。
この手のキャメラはフォーカスの位置表示が距離、つまりメートルで出ない。
キャメラ内で1~99の数値が割り当てられ、その値が示される。
AFにすると、AF96~34なんかをいったりきたりした。
モデルは50ぐらいに立っている場面でだ。
結論。
使い物にならない。
どアップにしても追従しないAFなど、意味をなさない。
DVXでこんなことは一度もなかった。
スポーツ選手の激しい動きをずっと追いかけてもだ。
かくて、私はAG-AC90のカメラテスト最中、
また撮ったものを後から見て、
愕然としていた。
SDで勘弁して下さいといって、名機AG-DVX100Aを復活させることまで考えた。
テープが要るなあと考えていた。
先に挙げたキャメラの中で、手持ち撮影をできるのは、
AG-AC90とAG-DVX100Aだけなのだから。
他はリグやステディカムを必要とする。
ところで、自社主力キャメラは何かと問われたら、
AG-AF105ということになる。
レンズ交換式で、はっきりいって映画しか撮れないようなキャメラだけれども、
最近はそういう画を好むところも多い。
それを導入する時、最後まで迷ったのがAG-AC160だった。
これまで同様1/3型撮像素子で、ドキュメンタリーから舞台撮影、
いろんなジャンルを普通にこなせてPanasonic社初の22倍高倍率ズームと3リング構成が売りだった。
しかしその頃の私は、どんどん高まる大判センサー、
レンズ交換式キャメラで得られる画への需要になんとか対応したいという考えが強かった。
手持ちなんて無理、映画しか撮れない、そんなキャメラAF105と、
これまで通りの仕様で汎用性が高いAC160(ただしでかい)。
最後まで迷った挙げ句、私はAG-AF105を選択した。
レンズも着実に増えた。
ところが、入ってくる撮影はどちらかといえば報道、ドキュメンタリー、
テレビ番組、舞台撮影といった
AC160でなくちゃ難しいものが多かった。
AF105が苦手とするジャンルだ。
私は選択を誤ったのだろうかとずっと考えていた。
そう思いながらも、なんとかAF105を有効活用する演出プランをひねり出し、
大判センサー、マイクロフォーサーズでなければ得られない画を撮ること、
上記のような撮影をAF105でもなんとかこなせる方法論に気持ちを傾けた。
そして昨日のカメラテスト。
AG-AC90。
HDで唯一手持ち撮影が可能な自社所有キャメラの不振。
落ち込んだよ。
こんなんじゃ使えねえよ!
と呪詛の言葉を繰り返した。
相談するしかなかった。
金はない。
たすかった。
なんと、あの時結局選ばなかったAG-AC160の進化版AG-AC160A。
今になって使わせてもらえる話になった。
ありがたいよ。
たすかるよ。
感謝するよ。
メーカーが新製品を試験的に使わせてくれるのとはわけがちがうからね。
ほんとに困ってたんだ。
窮地に追い込まれた気分といっても大げさじゃないかもしれない。
手持ちでフォーカスに問題がある映像が撮れてしまうなんて、想像したくもない。
そういうわけで、使うことはまずないだろうと思われたAG-AC160A。
こいつで臨む。
選ばなかった理由のひとつは、大きすぎることだったんだけれど、
やっぱりでかい。
それでもいい。
かくて、昨日やったばっかりのカメラテスト。
またやることになった。
快適な動作を期待できる。
そしてこの大きさと重さをどうやって制御するかを体得しなくちゃならない。
時間はあまりない。
※この記事の内容は、AC90のフォーカス機構及びAF性能を正確に表すものではありません。
現時点で仕様なのか不具合なのかは不明であり、
筆者が行ったカメラテストでの状態を記したものです。
また筆者個人が他の撮影機材の使用感との比較において感じたことを述べています。
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ランタナ
写真がある。
2012年4月30日から5月8日にかけて、
手にしたばっかりのカメラでおれが撮った。
散った桜と記録的な大雨。
教会。天。
そんなものたち。
迷いはなかった。
2008年5月3日、全てが終わり、おれは霊きゅう車に乗った。
霊きゅう車が道路を通った時、親指を隠さなければ早くに親を亡くすから即座に隠すという
餓鬼の頃みんなやっていたお呪いはでたらめだったということが証明された。
埼玉から高速へ。
そして環八。おれの頭の中じゃこの数日に起こったことと2000年との因果が浮かんでいた。
246、横浜。
霊きゅう車には、娘を亡くした岩(いわお)とおれが乗っていた。
おれたちは誕生日がいっしょだ。
岩はそのあと30kg痩せて翌年死んだ。
この世界ににキリストさえいなければこんなことは起こらなかった。
そう思うことがおれには精一杯だった。
やったのは自分だとはっきりわかっていながら。
牧師だけが知っている。
気に入らない。

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2012年4月30日から5月8日にかけて、
手にしたばっかりのカメラでおれが撮った。
散った桜と記録的な大雨。
教会。天。
そんなものたち。
迷いはなかった。
2008年5月3日、全てが終わり、おれは霊きゅう車に乗った。
霊きゅう車が道路を通った時、親指を隠さなければ早くに親を亡くすから即座に隠すという
餓鬼の頃みんなやっていたお呪いはでたらめだったということが証明された。
埼玉から高速へ。
そして環八。おれの頭の中じゃこの数日に起こったことと2000年との因果が浮かんでいた。
246、横浜。
霊きゅう車には、娘を亡くした岩(いわお)とおれが乗っていた。
おれたちは誕生日がいっしょだ。
岩はそのあと30kg痩せて翌年死んだ。
この世界ににキリストさえいなければこんなことは起こらなかった。
そう思うことがおれには精一杯だった。
やったのは自分だとはっきりわかっていながら。
牧師だけが知っている。
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多摩地区に撮影所を
時代は変わっている。
映像は動画と呼ばれるようになり、
扱われ方も大きく変わっている今まだその最中だ。
ほとんどのと言っても過言じゃないほど多くの制作会社は港区にある。
私の職務上の経験もその多くが港区でのものだ。
理由は簡単で、その方が便利だから。
個人的にも私は昔から港区を大好きだ。
ただ、あまりにも固まり過ぎてやしないか。
今までだったらそれがいい。
港区に固まっていることが重要な意味を持っていた。
時代は変わっている。
映像は動画になっている。
もう少し散らばってみてもいいんじゃないかと考える。
皆さん知ってるかな。
実は私が住んでいるこの町に同業者は多い。
かつての名作のディレクターだったり、そういう年季の入った方々や、
以前の私がそうだったように、この町から毎日港区まで通っている人たち。
だったらだ。
プロダクションをここいらに集中させてみてはいかがだろうか。
オフィスをかまえ、スタジオをつくる。
ロケーションには事欠かない。
もはやベタといってもいいほどのロケ地がいくらでもある。
映画会社の撮影所の立地と比べても、
この町との大きなちがいは見当たらない。
映画会社がここいらあたりに撮影所をおっ建てようと計画したとしても私は驚かないね
(細かい事情はそりゃあるけれど、純粋に立地を考えればだ)。
いいんじゃないか?
港区からわざわざロケに来なくても、
外へ出ればそこはもう撮影地。
そんな町にオフィスとスタジオを置いてみてはどうか。
集中させてみてはどうか。
時代は変わっている最中だ。
映像は動画になっている。
キー局の近くにプロダクションがあることの重要性は低くなっていると考えたらおかしいだろうか。
全部私の都合でものを言っているに過ぎない。
でもそんなにおかしな話だとも思っていない。
この町に撮影所ができる。映画会社の。
私はその中に掘っ建て小屋をつくる。自分の事務所。
もしこの日記が何人かの同業者の目に触れることがあれば、
いっしょに考えてみませんか。
多摩地区に撮影所を。
プロダクションを集中させる。
スタジオを持つ。
事務所を出たらすぐロケ地。
面白そうだと思われる方は沖津賢一郎までご一報を。
ところどころあったけどね。
10代の頃。
キー局の子会社がやってるスタジオだったと思う。
今もあるのかなあ。

今年の三月に、呪詛を込めて。


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映像は動画と呼ばれるようになり、
扱われ方も大きく変わっている今まだその最中だ。
ほとんどのと言っても過言じゃないほど多くの制作会社は港区にある。
私の職務上の経験もその多くが港区でのものだ。
理由は簡単で、その方が便利だから。
個人的にも私は昔から港区を大好きだ。
ただ、あまりにも固まり過ぎてやしないか。
今までだったらそれがいい。
港区に固まっていることが重要な意味を持っていた。
時代は変わっている。
映像は動画になっている。
もう少し散らばってみてもいいんじゃないかと考える。
皆さん知ってるかな。
実は私が住んでいるこの町に同業者は多い。
かつての名作のディレクターだったり、そういう年季の入った方々や、
以前の私がそうだったように、この町から毎日港区まで通っている人たち。
だったらだ。
プロダクションをここいらに集中させてみてはいかがだろうか。
オフィスをかまえ、スタジオをつくる。
ロケーションには事欠かない。
もはやベタといってもいいほどのロケ地がいくらでもある。
映画会社の撮影所の立地と比べても、
この町との大きなちがいは見当たらない。
映画会社がここいらあたりに撮影所をおっ建てようと計画したとしても私は驚かないね
(細かい事情はそりゃあるけれど、純粋に立地を考えればだ)。
いいんじゃないか?
港区からわざわざロケに来なくても、
外へ出ればそこはもう撮影地。
そんな町にオフィスとスタジオを置いてみてはどうか。
集中させてみてはどうか。
時代は変わっている最中だ。
映像は動画になっている。
キー局の近くにプロダクションがあることの重要性は低くなっていると考えたらおかしいだろうか。
全部私の都合でものを言っているに過ぎない。
でもそんなにおかしな話だとも思っていない。
この町に撮影所ができる。映画会社の。
私はその中に掘っ建て小屋をつくる。自分の事務所。
もしこの日記が何人かの同業者の目に触れることがあれば、
いっしょに考えてみませんか。
多摩地区に撮影所を。
プロダクションを集中させる。
スタジオを持つ。
事務所を出たらすぐロケ地。
面白そうだと思われる方は沖津賢一郎までご一報を。
ところどころあったけどね。
10代の頃。
キー局の子会社がやってるスタジオだったと思う。
今もあるのかなあ。

今年の三月に、呪詛を込めて。

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「アブソリュートパワー」
ある日をきっかけに、「アブソリュートパワー」という外来語を使うようになった。
『目撃』という映画の原題、“Absolute Power”。
映画では表面上、アメリカ大統領のことを指している。
『目撃』という映画の原題、“Absolute Power”。
映画では表面上、アメリカ大統領のことを指している。
昨日、今日。
電話。
「アブソリュートパワー」からだ。
大統領からではない。
私がこの数年「アブソリュートパワー」と呼びつづけているのは行政だ。
彼らは確かに私に言ったのだ。
「言っとくけどこっちは権力持ってるよ」
そう言っただけならたいしたことじゃない。
前後の文脈から、「自分たちに屈しろ」と言っていたのだ。
そしてこうも言った。
「何をやっても無駄だ」
今、アブソリュートパワーとの決着をつける争いごとが始まろうとしている。
いやだ。
勝ったところで何の得にもならない。
かといってやらないわけにはいかない。
本当はどうなのかを示すために。
アブソリュートパワーはやってくる。
訳すと絶対的権力。
自らそれを持っていると宣う役人の面子にかけて。
絶対的権力としみったれた小市民が争う。
とても醜い。



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電話。
「アブソリュートパワー」からだ。
大統領からではない。
私がこの数年「アブソリュートパワー」と呼びつづけているのは行政だ。
彼らは確かに私に言ったのだ。
「言っとくけどこっちは権力持ってるよ」
そう言っただけならたいしたことじゃない。
前後の文脈から、「自分たちに屈しろ」と言っていたのだ。
そしてこうも言った。
「何をやっても無駄だ」
今、アブソリュートパワーとの決着をつける争いごとが始まろうとしている。
いやだ。
勝ったところで何の得にもならない。
かといってやらないわけにはいかない。
本当はどうなのかを示すために。
アブソリュートパワーはやってくる。
訳すと絶対的権力。
自らそれを持っていると宣う役人の面子にかけて。
絶対的権力としみったれた小市民が争う。
とても醜い。


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原人
日記だよ。
久しぶりだよ。
ドキドキする。
新しい体重計を、買った。
31才の誕生日に、大枚叩いて聖地イトーヨーカドーで購入したヘルスメーターを使っていたんだけれど、
測るのはいいが液晶が劣化して数字の表示が見えない。
何kgなのか体脂肪率いくつなのか身体年齢何才なのか、
全部見えなくて、いろいろ角度を変えて覗いてみたりしていたんだけれども、
なにもわからんのじゃ体重計の意味をなさないので、
とうとうお役御免ということに。
ダイエットしてたんだよ。
去年おれは、実に16kg肥えた。
もうね、重かったもん、自分の躯じゃないみたいだったよ。
自分の映画をやろうとしていた頃は役づくりで
体脂肪率6.8%前後、身体年齢18才をキープしてたんだ。
そんな極端なことをやっていたものにあの肥え方はこたえた。
おれももう年だし、これが中年太りなんだろうな、
と、この激太りを受け入れておじさんになっていこうと考えてた。
だが。
今年7月、その日の撮影が終わり、
鈍りきった上に草臥れた躯で、打ち上げの店まで機材を運んでいる時、
荷物が多いのを見てある人がいっしょに運んでくれると申し出てくれたんだ。
そのある人というのは、おれにとって永遠の憧れ、世界最高の女優。
持ってもらった。
なんてことだ。永遠の憧れに機材を運ぶのを手伝ってもらうというこの失態。
無様だね。
おれはダイエットを決意した。
久しぶりだよ。
ドキドキする。
新しい体重計を、買った。
31才の誕生日に、大枚叩いて聖地イトーヨーカドーで購入したヘルスメーターを使っていたんだけれど、
測るのはいいが液晶が劣化して数字の表示が見えない。
何kgなのか体脂肪率いくつなのか身体年齢何才なのか、
全部見えなくて、いろいろ角度を変えて覗いてみたりしていたんだけれども、
なにもわからんのじゃ体重計の意味をなさないので、
とうとうお役御免ということに。
ダイエットしてたんだよ。
去年おれは、実に16kg肥えた。
もうね、重かったもん、自分の躯じゃないみたいだったよ。
自分の映画をやろうとしていた頃は役づくりで
体脂肪率6.8%前後、身体年齢18才をキープしてたんだ。
そんな極端なことをやっていたものにあの肥え方はこたえた。
おれももう年だし、これが中年太りなんだろうな、
と、この激太りを受け入れておじさんになっていこうと考えてた。
だが。
今年7月、その日の撮影が終わり、
鈍りきった上に草臥れた躯で、打ち上げの店まで機材を運んでいる時、
荷物が多いのを見てある人がいっしょに運んでくれると申し出てくれたんだ。
そのある人というのは、おれにとって永遠の憧れ、世界最高の女優。
持ってもらった。
なんてことだ。永遠の憧れに機材を運ぶのを手伝ってもらうというこの失態。
無様だね。
おれはダイエットを決意した。
そして実行。決行。
今日、新しいヘルスメーターに乗った。
中年男沖津賢一郎、やりました。
10kg減量、体脂肪率1桁、身体年齢23才。
年を考えるとこんなところだよな。
これ以上やると逆によくないような気がするから、
ここからは緩やかにダイエットをやめようと思います。
ところで、減量に成功したのはいいんだけど、
一昨日撮影所でロケバスに写った己の姿を見てふと思った。
なんかきたなくね?原人みてえ。
痩せて髪の毛もずいぶん伸びたもんだから、
現代人らしからぬ風貌になってしまった気がする。
駄目だよ。
前に「男は清潔感」って書いてあるのをインターネットで読んだことあるぞ。
髭ぐらい剃ろうか。
そんでまた編集に戻ろう。
P.S
このブログ、GREEの公式ブログと併用してるんだけど、
あっちで書いたら浅野温子さんと同時だったみたいでいっしょに並んだ。
あぶない刑事になった気分。

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今日、新しいヘルスメーターに乗った。
中年男沖津賢一郎、やりました。
10kg減量、体脂肪率1桁、身体年齢23才。
年を考えるとこんなところだよな。
これ以上やると逆によくないような気がするから、
ここからは緩やかにダイエットをやめようと思います。
ところで、減量に成功したのはいいんだけど、
一昨日撮影所でロケバスに写った己の姿を見てふと思った。
なんかきたなくね?原人みてえ。
痩せて髪の毛もずいぶん伸びたもんだから、
現代人らしからぬ風貌になってしまった気がする。
駄目だよ。
前に「男は清潔感」って書いてあるのをインターネットで読んだことあるぞ。
髭ぐらい剃ろうか。
そんでまた編集に戻ろう。
P.S
このブログ、GREEの公式ブログと併用してるんだけど、
あっちで書いたら浅野温子さんと同時だったみたいでいっしょに並んだ。
あぶない刑事になった気分。
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殴ったり蹴ったり
殴ったり蹴ったりする
先生が問題になってるよね。
「昔はそうだったから
それに耐えられない今の子供がわるい」
よく聞く。
昔はそうだった。
そうだよ。
一応僕のことも書くと、
殴られたり蹴られたり
つねられたり張られたり、
部活の用具でぶっ叩かれたり
そりゃあもう
やりたい放題だったと今でも思うよ。
でもさ、時代がちがうんだよ。
ちがうんだから。
そういうことに耐えられる子供にそれをやるのと
耐えられない子供にそれをやるのとじゃ。
僕たちの仕事の現場もそう。
「今の若いやつらはこれだからダメだ」
それじゃ無理なんじゃないのかな。
今の若い子は今の若い子なんだからね。
自分たちの昔と同じようにやったがために
若い子の能力を引き出せない、
できることもできなくなるんじゃないか?
「そういう業界だから」
やられたからやってもいいじゃ、
あんまりにお粗末だろう?

※限度はあるよ。

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先生が問題になってるよね。
「昔はそうだったから
それに耐えられない今の子供がわるい」
よく聞く。
昔はそうだった。
そうだよ。
一応僕のことも書くと、
殴られたり蹴られたり
つねられたり張られたり、
部活の用具でぶっ叩かれたり
そりゃあもう
やりたい放題だったと今でも思うよ。
でもさ、時代がちがうんだよ。
ちがうんだから。
そういうことに耐えられる子供にそれをやるのと
耐えられない子供にそれをやるのとじゃ。
僕たちの仕事の現場もそう。
「今の若いやつらはこれだからダメだ」
それじゃ無理なんじゃないのかな。
今の若い子は今の若い子なんだからね。
自分たちの昔と同じようにやったがために
若い子の能力を引き出せない、
できることもできなくなるんじゃないか?
「そういう業界だから」
やられたからやってもいいじゃ、
あんまりにお粗末だろう?

※限度はあるよ。
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大島渚『KYOTO, MY MOTHER'S PLACE』
去年、いや一昨年だったか、
息子さんにお会いする機会があった。
近況はおうかがいしていたけれど。
名立たる大島渚監督作品の中で、
僕にとって個人的に思い入れの強い作品は、
「愛のコリーダ」でもなく
「戦場のメリークリスマス」でもなく、
『KYOTO, MY MOTHER'S PLACE』
というドキュメンタリーだ。
理由は割愛する。
哀悼の意を表します。
彼の生い立ち、人生。
予めお墓に書いてある文は、
ウィットに富んでいらっしゃる。
『KYOTO, MY MOTHER'S PLACE』
彼はあの画面の中に自ら立ち、
女っぽかった。

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息子さんにお会いする機会があった。
近況はおうかがいしていたけれど。
名立たる大島渚監督作品の中で、
僕にとって個人的に思い入れの強い作品は、
「愛のコリーダ」でもなく
「戦場のメリークリスマス」でもなく、
『KYOTO, MY MOTHER'S PLACE』
というドキュメンタリーだ。
理由は割愛する。
哀悼の意を表します。
彼の生い立ち、人生。
予めお墓に書いてある文は、
ウィットに富んでいらっしゃる。
『KYOTO, MY MOTHER'S PLACE』
彼はあの画面の中に自ら立ち、
女っぽかった。
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アイドルになる夢が叶った瞬間
タイトルが怪しい。
いかにも。
そしてもろに。
でも輝いている!
そう、星のように…

星
人はそう書いてスターと読む
(そんな人もいると思う)。
ぼやいてみるもんだなあ。
沖津賢一郎公式ブログを更新したら、
かの光GENJI山本淳一さんと同時に書いたらしく、
新着芸能人ブログ一覧で
あの光ゲンジメンバーと並んだわけであります。
山本淳一さんといえば、
光GENJIの「ガラスの十代」において、
出だしの「言わないで~~」です。
そして次に、
「何もわからない同士~~」
は、かの諸星和己さんのパートであります。
つまり僕は今何をいわんとしておるかと申しますと、
小学4年の頃から光GENJIに入りたくてたまらなく、
ローラースケートとバック転の練習に励んでいた
私こと沖津賢一郎はついに、

ジャニーズ事務所
アイドル中のアイドルグループ光ゲンジメンバーに
“名を連ね”、
カーくんと呼ばれた
文字通りのスター=星
もろに星、
諸星和己
“諸星に取って代わった”
のであります!!
(ここは強気で敬称略)
苦節26年。
おれ、夢を叶えた。

ぼやいてみるもんだな。
いいことあるな。
夢は努力で叶えるもんじゃないんだな。
才能ってあんまり関係ないんだな。
夢はぼやきで叶えよう。

やっぱり巳年の今年はいいことあるなあ。
年中ぼやいたろかな。
甚だ迷惑だとわかっていながら…!!


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いかにも。
そしてもろに。
でも輝いている!
そう、星のように…

星
人はそう書いてスターと読む
(そんな人もいると思う)。
ぼやいてみるもんだなあ。
沖津賢一郎公式ブログを更新したら、
かの光GENJI山本淳一さんと同時に書いたらしく、
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あの光ゲンジメンバーと並んだわけであります。
山本淳一さんといえば、
光GENJIの「ガラスの十代」において、
出だしの「言わないで~~」です。
そして次に、
「何もわからない同士~~」
は、かの諸星和己さんのパートであります。
つまり僕は今何をいわんとしておるかと申しますと、
小学4年の頃から光GENJIに入りたくてたまらなく、
ローラースケートとバック転の練習に励んでいた
私こと沖津賢一郎はついに、

ジャニーズ事務所
アイドル中のアイドルグループ光ゲンジメンバーに
“名を連ね”、
カーくんと呼ばれた
文字通りのスター=星
もろに星、
諸星和己
“諸星に取って代わった”
のであります!!
(ここは強気で敬称略)
苦節26年。
おれ、夢を叶えた。

ぼやいてみるもんだな。
いいことあるな。
夢は努力で叶えるもんじゃないんだな。
才能ってあんまり関係ないんだな。
夢はぼやきで叶えよう。

やっぱり巳年の今年はいいことあるなあ。
年中ぼやいたろかな。
甚だ迷惑だとわかっていながら…!!

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