チャリング・クロス街84番地―書物を愛する人のための本 | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

 

 

(あらすじ)※Amazonより

ニューヨークに住む本好きの女性がロンドンの古書店にあてた一通の手紙から始まった20年にわたる心温まる交流が描かれた往復書簡集。

書物というものの本来あるべき姿、真に書物を愛する人々を思い、ささやかな本の存在意義の大きさを知ることになる。

 

◇◆

 

※本作品のラストについて触れるので、思いっきりネタばれします。

この作品を読もうと思っている方は、ぜひ作品を読んでから私のブログへまたお越し下さい。

心温まる交流を描いた作品のわりに、ラストが(わたし的には)衝撃的だったので・・・


ニューヨークに住む1人の女性(ヘレーン)が、新聞広告に載っていたロンドンの古書店に本の問い合わせをしたのがきっかけとなり、そこから20年もの長き年月にわたって育まれた、女性と古書店のスタッフ(主にフランクという男性)との往復書簡集である。

本好きとはいえ、古本アレルギーのある私。

 →私の古本アレルギーエピソードはこちら・・

  「埴谷雄高と対決。

  「本の町西荻窪で、いい1日を。

 

古本屋巡りをするでもなく、本についてくわしいわけでもなく、どっちかといえば新刊を毛嫌いしていたこのヘレーンに蔑まれそうな、新刊や本屋さんを好む私ではあるが、そんな古書に無知な私でも楽しんで読めた。

しかしそれでもヘレーンや古書店スタッフの膨大な書物の知識量に溺れそうになった・・

とにかくすごいんだ〜溢れ出る知識。

なんとかのなんとか版はあるか、とか、求めるレベルが桁違い。

 

 

この作品は1949年10月のヘレーンからの簡単な問い合わせの手紙から始まり、書籍とお金のやりとりが続く。

この本を読むと、書物全般のことだけでなく、私の知らなかった戦後間もないロンドンの様子がよく分かる。

なんとまさかの配給制!!!

戦勝国なのに!!!

 

いつもお世話になっている古書店のあるイギリスは、食べ物含めて全ての物が不足している、という状態を知ったニューヨーク在住のヘレーン、古書店のスタッフの皆さんに、食べ物やらストッキングなどの物資を送っていた。

 

そしてその送られる物資の中で密かに驚いたのが

「乾燥卵」

とやらの存在。

 

ヘレーンの手紙

「ブライアンさんがおっしゃるには乾燥卵は糊みたいな味がするのだそうで、それが問題なのです(略)・・」(59頁)

 

ヘレーンが古書店の皆さんに「乾燥卵」をクリスマスのお肉とかと一緒に送っていたのだ!

 

私「糊みたいな味の乾燥卵・・なにそれ!!!!まずそう!!!!」

 

干し柿みたいな感じで、卵をカピカピに干してあるのかなあ・・

などと色々考えたのだが、全く見当もつかず。

で、検索しましたらば・・・

 

 

私「あっ。粉にしてるのね。それなら納得〜。」

 

フランクの奥さん(ノーラ)の手紙

「乾燥卵の小包、金曜日に届きました。まことにありがとうございました。(略)おかげさまで週末のケーキなどに使わせていただくことが出来ました。(略)」(118頁)

 

粉ならケーキも作りやすいでありましょう。

・・でも糊みたいな味の卵のケーキ・・

現代の乾燥卵も食べたことないが、きっと今のよりず〜〜〜〜〜っとまずかったんだろうなあ。

 

そして、イギリスがいかに物資不足だったかというのは、ヘレーンの手紙からもわかる。

 

(ヘレーンの手紙)

「アメリカって国、イギリスが飢えているのにそれを放っておいて、日本とドイツの再建に何百万ドルもつぎ込んだりして、ほんとうに不誠実な国ですね。・・(略)」(71頁)

 

 

当時のドルの価値がわからないのだが、古本を海外郵便で注文し、それを書籍小包で届けて、その代金をドル紙幣(?)かなにかで郵送する・・

今ほど郵便事情はよくないだろうから、日数もかかっただろうし、色々と手間ひまかかっただろうなあ。

そして往復書簡では、本代についてはちょくちょく触れられているのに送料が全く出てこない。

送料はどうなっていたのだろう・・とどうでもいいことが気になる私であった。

本代込みだろうか・・まあそうだろうなあ・・。

 

そして前半、ものすご〜〜〜〜〜〜く気になった表現が。。。

ヘレーンの手紙の感じが、チョーーーー感じ悪い(笑)

そして距離感がヘン。

フランクに対してすげー上から目線の物言いだったり、そうかと思えばすげ〜慣れ慣れしげだったり・・(江藤淳の訳が悪いのかもしれないけども!!!)

アメリカ人女性ってみんなこんな感じなのかしら・・いやーん、こわ〜い。

 

私がフランク(古書店のスタッフ男性)だったら、すごーーーーく嫌だ・・

ヘレーンの手紙が届くたびに、また来たよ・・って思いそう(笑)

 

しかし時間の経過とともに、段々とフランクもヘレーンに合わせて少しくだけた感じになり、ようやく読みやすくなってきた・・・

早い段階でフランクが奥様の存在を表に出したので、それが(私に)よかったかもしれませぬ。

 

フランクはそのつもりはなかっただろうが、ヘレーンは姿の見えぬ相手フランクにちょっとした思いをよせていたと思うなあ。

・・というのは私の穿ち過ぎか。

男女の思い、というのはたとえなかったとしても、なんというか、ヘレーンはこの往復書簡に自分の寂しさや孤独を乗せていた気がするな〜。

ヘレーンを勝手に独身、と決めつけている私だが、手紙には家族の存在が出てこなかっただけで、本当はいるのかもしれませぬ。

(※WIki(英語版)を読むと、どうやら独身だった模様)

 

そんなこんなで古本とお金が海を越えてやりとりされること、20年!!!

長い!!!!

その他のスタッフは退職したり、亡くなったり、で入れ替わりがある中で、ヘレーン担当?のフランクはその20年、ず〜〜〜〜っとこの古書店に勤めて、ヘレーンとのやりとりを続けていた。

 

が、突然そのやりとりも終わる。

なぜなら・・・

 

フランクが突然死ぬのだ・・・

 

いやーびっくりしたねええ。

 

私もびっくりしたが、おそらくヘレーンは10000倍びっくりしたことであろう。

なぜならば、直前までふっつーにフランクが書いた手紙が届いていたからだ。

その経緯はこうである。

 

1968年9月30日にヘレーンが出した、

「お互いにまだ生きているわね(略)

 ジェーン・オースティンの作品をいくつか見繕ってほしい」

という手紙(207頁)に対し、

 

「1968年10月16日

 ヘレーン

 われわれ一同、どっこおいらは生きているというわけで、ピンピンしています。しかしこの夏は、アメリカやフランス、スカンジナビアなどから押し寄せてくる観光客がみな、みごとな革表紙の本を買いあさり、その御相手をつとめてクタクタになっています。おかげで、当社の在庫と所は今のところ見る影もないありさまです。そんなわけで、在庫不足と値上がりで・・(略)」(210頁)

 

という手紙を出していたフランク。

 

その数ヶ月後の年が明けた1月8日に古書店の秘書と名乗る女性から

 

「昨年9月30日付けのドエル様(フランクの苗字)宛のお手紙、たった今、偶然拝見いたしました。たいへんお気の毒なことに、ドエル様は去る12月22日にお亡くなりになりました」(212頁)

 

という手紙が届くのだった・・・

 

書物や物資、お金などを20年もの間、ず〜っとやりとりしていて、何度もフランクやその家族、またその他のスタッフから

一度でいいからイギリスに来て、うちの書店を訪ねてきてほしい

と言われていたヘレーン。

 

結局、イギリスに行ったのか行ってないのかわからないままだったが、最後にフランクの奥様からのヘレーン宛の手紙の文中に、

 

「ただ、あなた様が主人に一目お会いになって、じかにお知り合いになっていたらと、それのみ悔やまれます。」

 

とあったので、結局会わずじまいだったのね・・と複雑な気持ちになりました。

 

フランクの年齢はわからないが、最初の手紙のやりとりの頃、他のスタッフからの手紙に

「30代後半の」

とあったので、あれから20年。おそらく60前で亡くなったと思われる。

1968年に亡くなったということだから、当時としては寿命はそれくらいなのかもしれないが、人って突然死ぬんだなあ・・・と当たり前のことに妙にしみじみ感じ入ってしまった。

(フランクの死因は、盲腸破裂による腹膜炎、である)

 

しかもこの作品の訳者が江藤淳。

泣く子も黙る江藤淳。

え?知らないって!?

・・・うそーん。

一番有名なのは衝撃のデビュー作『夏目漱石論』かな。

 

その後も色々と作品を発表、評論家として国文学界では有名人であります。多分。

でも突然自殺されました・・しかも先立たれた奥様を追って・・

え〜〜〜〜〜!!!

なんか私の知ってる江藤淳のイメージが違〜う・・・って思っていたのだが・・・

以下の作品を見てほしい。

 

犬と私―第一随筆集 犬と私―第一随筆集
1,728円
Amazon

 

 

松岡正剛氏によると

「なにしろ『犬と私』だけが志賀直哉も川端康成をも感心させた江藤淳であり、もう一人の女房を追って自害したもう一人の江藤淳なのである。」

とのこと。

 

漱石を論じる江藤淳からは、奥様を追って自害する、なんて想像できないのだが、この作品を読むともう1人の江藤淳を見ることができるらしい。

 

というか、漱石論より犬の話のほうがいいんかーい!

うん、わかる〜。

犬好きはついつい犬について筆が走っちゃうよね!!

 

 

松岡正剛氏によると、私たちがイメージする江藤淳の姿が見える漱石論はこちら↓

 

 

 

 

 

 

 

さて話はチャリング・クロスに戻る。

中野さんと食事をした際、この本を読んでいる、と聞き、私も読んでみた〜い、と読んでみたわけだったのだが、なかなかよかったです。

 →参考記事『戌と切手と骨と酉。

こういう本ってぜ〜〜〜ったいに自分からは手にとらないから、とてもいい刺激になった。

 

ちなみに中野さんの話によると、この作品、映画化されたらしいが原作の雰囲気を壊さずなかなかいいらしいです。