谷崎潤一郎=渡辺千萬子往復書簡 | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

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ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

谷崎潤一郎=渡辺千萬子往復書簡 (中公文庫)/中央公論新社

¥1,028
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私の手紙はどうぞ捨ててください。

(内容)※Amazonより
「私はアナタを少しでも余計美しくするのが唯一の生きがひです」
谷崎潤一郎と、『瘋癲老人日記』颯子のモデルとなった渡辺千萬子の往復書簡集。
複雑な谷崎家の人間関係のなかにあって、
作家晩年の私生活と文学に最も影響を及ぼした女性との日々が活き活きとたちのぼる。

谷崎ファンなら、ページを繰る手が震えるに違いない。
渡辺千萬子は、谷崎にとっては義理の娘にあたり、
『瘋癲老人日記』のヒロイン颯子のモデルとなったといわれる人物である。
この晩年の傑作の出版をはさんで十年あまりの間に、作家と実在のモデルとの間に交わされた、
300通に近い往復書簡が存在し、しかもそれを読むことができるというのだ。
偉大な作家の創作術の秘密を、一体どのように暴いてくれるのだろうか?

「僕は君のためならどんな高価なものでも高価とは思いません」
衣服や宝石を惜しみなく買い与え、嫁のスラックス姿に「文学的感興」を催し、
「あなたの靴に踏まれたい」という内容の歌を贈る文豪の姿は、
「日記」の瘋癲老人そのままだ。
その一方でコケティッシュな妖婦颯子と渡辺夫人とのあまりの違いにも驚かされる。
彼女の文面は知性と鋭い感性にあふれ、その流麗な文章は文豪のものと並べて
いささかも見劣りがしない。それどころか『瘋癲老人日記』をはじめ、
多くの作品の創作過程にまで細かくアドバイスをし、
谷崎はそれに忠実に従っているのである。

実在のモデルから谷崎がいかに小説の人物を創出したか、
その過程に思いを馳せるのも楽しいが、本書はそれを越えて、
死期を間近にした作家と一女性の深い精神的な絆が克明に浮かび上がってくるのである。
傑作誕生の裏側を知りたいという、いささか下世話な欲求から読み始めたとしても、
いつの間にかいつもの谷崎文学の独特な世界へと吸い込まれていく。不思議な本である。

◇◆

いやーん、性格悪~い。
というのがまずこの書簡集を読んだ感想であった。

誰のってそりゃ、千萬子さんの性格ですよ。
性格悪いっていうか、気が強いっていうか、嫁(そして姪)があんな態度だったら、
そりゃ谷崎の奥方の松子さんから嫌われるわ。
ま、松子さん自身と何かしらあったのかもしれないので、一概にはなんとも言えないが、
私はちょっとこの千萬子さんとは仲良くなれないすー。

谷崎潤一郎の家族親族は、かーなーり複雑で、上記でも書いたが、
渡辺千萬子嬢は、谷崎潤一郎の義理の息子の嫁であると同時に義理の姪でもある。
谷崎潤一郎の3番目の奥さん松子の連れ子である息子(清治)の嫁が千萬子。
この時点で、義理の息子の嫁。
かつ、この義理の息子の清治を、子供のいなかった松子の妹夫婦に養子に出しているので、
義理の姪、にもなるわけ。
そしてこういう関係を大事にしていた(千萬子談)という谷崎は、
自分におじさまと呼ぶように千萬子に言っていたそうである。
嫁と義父という関係より、姪と伯父という関係を谷崎は大事にしていたのであろうか。
いやいや、清治は妻の連れ子(義理の息子)ではなく、義妹の息子であり、
義理とはいえ自分の息子として見たくなかったのかも!
とかとか、谷崎を知れば知るほど色々穿ってみてしまう私・・・。

この作品には家系図も載せられており、それを見たらよくわかるのだが、
この千萬子との関係だけでなく、全体的に谷崎潤一郎を巡る親族関係が複雑すぎる。

そもそも3番目の奥さんって!!!
どんだけ結婚したら気が済むんだ。
2回失敗したら、もう結婚なんてコリゴリとか思わないんかーい。
頭おかしい、このジジイ。

最初の奥さんは小説家の佐藤春夫に譲ってあげた事件で有名だし(「細君譲渡事件」)、
谷崎潤一郎って男は小説家としては超一流だが、人間としては六流いやいや七流であろう。
でも好きなんですけど。小説家として!!!

まあ、この谷崎は実際はクズ、な話はすでにあちこちで語り尽くされているので今は省略。
姪の千萬子との手紙のやりとりだけで、お腹満腹、色々と思うところがありすぎた。

まずは先に述べた千萬子さん。

この書簡を発表するにあたって、おじさま(谷崎)との思い出などを綴っているのだが、
その中の「谷崎家の人々」で

「(谷崎の口から語られた芥川龍之介との笑える思い出などを)もっと克明に
 日記とかメモでもとって残しておけばよかったと悔やまれますが、
 多分をそれをしていたら私は嫌われていたとも思うのです。
 (谷崎は)馬鹿な女は嫌いでしたが、小賢しい女はもっと大嫌いでしたから。」

と述べている。

うへー。これだけで、あもちゃんお腹いっぱい。
この箇所だけで、千萬子さんという人柄がよ~くわかる気がする。
少なくとも、男性の3歩下がって歩いて、三つ指立てて旦那を出迎えるタイプじゃないわな。

自分の賢さをよーくわかっていて、
そしてその賢さをひけらかしまくってて、
おされ大好き、流行には敏感、シャレオツなアイテムには目がない、そんな女性。
私たちが勝手にイメージする昭和初期の奥ゆかしい女性像ってのは全くない。

・・・。
ほらほら、また出たよ。
谷崎作品を読んでいる方ならわかると思うが、
谷崎ってこういうトンでる(?)女が大好きなのだ。
(残念ながら代表作である「細雪」にはこの性癖?は出てこない。)

この千萬子嬢、自分が伯父さまの谷崎に気に入られている(以上の何か)のも知っていて、
おねだりしまくり、高価なものは買ってもらうわ、現金じゃんじゃんもらうわ、で、
(谷崎研究の千葉氏は、ときおりおねだり、とか書いているが、
 ときおりと言うにはおねだりの回数が多すぎやしませんかね?!)
ちょっとあんた、谷崎のどういう存在?
伯父と姪以上の何かがあったんじゃないでしょうね、とか思っちゃうほど。
ゴシップ大好きあもちゃん、がっついて読んじゃった。

しかもしかも、段々二人の仲が打ち解けてきた頃の手紙に
伯母さま(谷崎の奥さん)がこわいからー
とか告げ口めいたこととか書いてんの!
谷崎の原稿料を根こそぎ嫁に貢がれたら、そりゃ奥さんだって怒り心頭で顔も般若になるわ。

また違う日の手紙には、

たをり(→千萬子の娘。名付け親は谷崎。)は男の子の友達が多くて、
そのへんも私に似たのかもしれません。
私も女性とはうまくやっていけなくて、友達は男性が多いんです。
サッパリした友達関係を好むタチなんで。

みたいなこと書いてんの!!

うへぇ。
そういうこと言って周りに許してもらえるのは、高校生くらいまでだと思います!
あもちゃん、壮年の主張!!
(ちなみにこのとき、千萬子夫人、20代。)

そんなこと言ってるからダンナとうまくいかないんだっつーの。

実際は知らないが、二人の手紙の往復書簡からヒシヒシと感じる千萬子夫婦の不仲。
つくづく手紙なんて人に読ませるもんじゃないわー。
そんなことまで世間に知られるとか恥ずかし過ぎる。

ただ、私が唯一、千萬子に参りました、と思わされた部分。
あの『瘋癲老人日記』のラストの部分、老人を生かしたまま作品を終わらせるアイデア、
千萬子のものだったっぽい。
ああいう終わり方にしたのは谷崎の巧さではあるが、ヒントを与えたのは千萬子だった模様。

・・・くー。参りました。
こういう彼女の勘の良さを谷崎は手離せなかったんだろうなあ、と思う。

ああ、そうそう。
笑えたのが、谷崎が生きていた当時から谷崎作品が映画化されることが多く、
原作者として意見を求められ、意見することもあったようである。
(こういうことがわかるのは、書簡が世間に出たおかげなんだよなあ~。
 そりゃ、谷崎研究者が書簡公表を懇願するわ。)
その時の意見も、彼女にアドバイスをもらったりしている。

そのアドバイスの一部に噴きそうになった。
谷崎作品に出演する女優候補の一人として、若尾文子が挙げられていたことに対し、

「若尾文子のファッションセンスがダサくてどうかしら、と思うけど、
 デザイナー(多分、黒川紀章のこと)と結婚して、少しはよくなってればいいけど。」

・・・ひでえ。
でもダサイ女優っているよね笑
しかしまさかこんなところで酷評されているなんて、
若尾文子さんも、もらい事故で大けがみたいなもんである。きのどく~。

この若尾さんだけじゃなく、
この往復書簡には、あらゆる人や事象について辛辣なことや批評も書かれていたり、で、
千萬子とその娘たをり以外の人間がこれを読んだら、正直、いや~な気持ちになると思う。

いやー、手紙なんて人に見せるもんじゃないわ。
何度も言う。
みなさん、私の手紙は捨ててください。
どんな罵詈雑言まき散らしたか覚えてないけど、どうせろくなこと書いてないから!!!!

ここまで千萬子さんを酷評しておいて今更だが、
この嫁の暴走(?)やわがままを許していたのは誰かって問題ですよ。

谷崎、お前が全部悪いんだっつーの。

ほら、世間でもよく言われるじゃないですか。
嫁姑の問題は男次第ってさ。
谷崎が舅の時点でダミだこりゃ。

しかーし。
谷崎の口から聞いてみないと真相はわからないが、
この根深い問題、実はわざとなんじゃないかと思っていたりする。
というより、わざととか計算とかいうより、
松子夫人が気を悪くするのもわかっていたし、
息子や娘より嫁を大事にすることで嫁である千萬子の立場が悪くなるのもわかっていた上で、
谷崎は自分の行動をもっと考えなきゃ、とは思わなかったってことである。

なぜなら・・・
全て小説を書くため。
ということにつながっていたんだと思う。

ピカソが 愛人たちに対して「どっちをとるのか?」と詰め寄られたときに
「戦って決めなさい」と言って、本当に取っ組み合いのけんかをした彼女たちを笑い話にして
実際に笑ってみていた。
という話は有名だが、そんな激しいものではないにしろ、
谷崎潤一郎は自分の作品のために、谷崎家の複雑な女性たちを平穏無事に過ごさせる
という気遣いは全くなく、いやいやむしろ楽しんでいた気がする。

何度も言うが、奥さんからしたら面白くないで~。
自分の息子の嫁(かつ姪)が、いくらジジイとはいえ自分の旦那と仲睦まじく、
手紙のやりとりをしてるんだもん。
しかもじゃぶじゃぶお金をつぎ込むときたもんだ。
そりゃ、奥さんからしたら面白くないで~。本日二度目。

そんな奥さんの気持ちを知ってはいても、けしてやめようとしなかった往復書簡。

でもねえ。
少しだけ谷崎の気持ちがわかる気がするのだ。

大文豪として世間に名を轟かせていた小説家谷崎、当時御年70代後半。
焦りもあったんだと思うのだ。

一般人である私に置き換えるだなんておこがましいが、
40にもなれば、女性らしさ、とか段々薄まってくる。
オジサンみたいなオバサンとかよく見かける。
女性要素を外から取り入れなくちゃ。
とか
ピンクを求めて三千里。
とか面白可笑しく言っているが、まんざら嘘ではない。
加齢や人生を重ねることで、
「女性要素」や「ピンク」な物質を、もう自ら製造することができなくなるのだ。
多分。
その製造できなくなっている「要素」の中に、「感性」も入っている。
サクラ舞い散る風景や、緑キラキラの初夏、冷たい風がほほをなでる初秋・・・
そんな毎年やってくる季節の移ろいにも、毎年反応していた時代もありました。

それがどうだ。
今なんて、サクラの花びら掴んで、夢をかなえるでー!ふんがふんが!
とかやってる、みっともないオバチャンに成り下がっているではないか。

谷崎潤一郎は、きっとこの千萬子から刺激を与えてもらい、
疑似恋愛とまではいかないまでも、鈍くなった感性を磨いて、
それを小説に写し取ろうとしたんじゃないだろうか。

そのために、千萬子や奥方が不仲になろうが知ったこっちゃない。
そういう男なのだ、きっと。

ま、谷崎に聞いたわけじゃないので全部私の妄想です。

しっかし、この衝撃的な書簡集をなにゆえ出版しようと思ったのか。
千萬子さん、これは相当、奥方一族に何かしら思うところあり、と見た!

千萬子さんの印象が悪いだけの書簡だが、
もしかしたら相当嫁イビリされていたとかあるかもしれないし、
谷崎一族は複雑すぎて、当時20歳そこそこのお嬢さんが嫁に来て、そりゃ大変だったよなあ。
とも思わなくもない。

だからこそ、思う。
なぜ、こんな周囲に迷惑をかけそうな書簡集の出版に同意したのか。

谷崎研究の千葉氏は、大興奮でこの書簡集のあとがきを書いていたが、
確かに研究者としては、ものすごい研究材料でもあり、大興奮するのもわかる。
しかし正直、あまりいいもんじゃないよな~、と私は思うのであった。

この後まもなく、谷崎は病床に伏せるのだが、
奥さんである松子さんは、けして千萬子さんを寄せ付けなかったそう。
そして亡くなったことも知らされなかったとのこと。
(谷崎の死は出版関係者から聞かされたそうです。)

ドロドロしてるわ~。
なんでこんな書簡集出したのかねえ。
私、谷崎に愛されてたんです!アピ-ルかしら・・・。
出版社の皆さんたちから猛プッシュされたんだろうけど。。。
でもこの人たちは谷崎一族とは無関係の人ですからね。
書簡集がもたらす弊害とか人間関係の悪化とか責任もってくれないよ~。

ただ、私は最後に言いたい。
谷崎は、手紙にほんとひどいこと書いてるの。
自分と血のつながった孫(血のつながった子孫が唯一一人いるんですよ。)より
あなた(千萬子)の娘たをりの方がずっとかわいい
とかさ。
ちまこ、ちまこ、ちまこ、ですわ。

たーだー。
それも本当の気持ちかもしれないが、その孫を結構かわいがってた、という話も残っている。
そう、手紙に書かれたことが真実とは限らない。
千萬子の気をひくためかもしれないしさ。
谷崎は自分の小説のためならなんでもやる、きっと。

谷崎は
「恋というのは一つの芝居なんだから、筋を考えなきゃだめだよ」
と言ったとか。

だから、谷崎が好きよ、私。


最後に。
谷崎潤一郎が美しいと讃えてやまなかった肝心の千萬子さんの美貌ですが・・・
谷崎潤一郎が、とある日の手紙にて
「これでも美人でないかと云つて この写真を皆にお見せなさい」
と添えられていた写真を見た私・・・。

私「うーむ。・・・・ま・・・まあ、蓼食う虫も好きずき、だから・・・」

顔はイマイチ、イマニでも、スタイルのいい背の高い女性が好き、ということはわかった!!