潤一郎ラビリンス〈8〉犯罪小説集 | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

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ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

潤一郎ラビリンス〈8〉犯罪小説集 (中公文庫)/中央公論社

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薄気味悪い陰が忍び寄る・・・

(あらすじ)※Amazonより
「前科者」「柳湯の事件」「呪はれた戯曲」「途上」「私」
「或る調書の一節」「或る罪の動機」の七篇を収める。
人はいつ「いかなる禍の犠牲になるかも知れない」
人間の心理の複雑な内側をえぐり、犯罪の「空想と実行の間」を執拗に追及、
何げない日常の中の恐しい謎を緻密な論理と推理で暴いてゆく犯罪小説集。

◇◆

江戸川乱歩が「日本の探偵小説の濫觴」と称賛した『途上』など、
隠れた名作がそろった作品集である。

『痴人の愛』だの『鍵』だの『瘋癲老人日記』だの『細雪』などを読んだ人には、
谷崎潤一郎ってこんな作品も書いてるんだ、と驚かれること間違いなしの小説集である。
しかしそんな驚きの小説集ではあるがさすが谷崎、やっぱり読ませます。

江戸川乱歩が賞賛しただけあって、『途上』はよかったね~。
た・だ・し!!
探偵小説としてではなく、やっぱり純粋に小説として。だ。
そういう意味でも、この小説集を『犯罪小説集』と銘打ったのは正しい。

ストーリーはとにかく簡単。
一人の立派な紳士のもとに、とある男性が訪ねてくる。
そして二人は話をしながら外を歩く。
そこで立派な紳士が過去に犯した犯罪を、この男性が少しずつ暴いていく。
そんな話。

江戸川乱歩が「日本の探偵小説の濫觴」と賞賛したのは、
おそらくその犯罪の手法と徐々に明らかになっていく犯罪の様子だと思われる。
直接手を下したわけではなく、じわじわ真綿で絞めていくような犯罪。
それが淡々と男性が紳士と会話する中で明らかにされていくのだ。

大変短い作品ではあるが、そんな探偵小説のプロ(?)からも賞賛される作品でもあり、
また一般の短編小説という普通の視点から読んでも、読み応えがあり、
大変気味悪いものに仕上がっていることが、この作品の成功のポイントだと思われる。
なにより谷崎本人が綿密な計画を立てて書いているようにも思えないしね。
心に湧いてきた光と闇を巧みな文章力で書きあげた名作、というべき作品ではないだろうか。

この小説の何がすごいって、一貫して二人の男性が「影」であることなのだ。
周りの世界は普通に夕暮れ色に色づき、
「ALWAYS三丁目の夕日」的に砂埃舞う道路を車や路面電車が通っている。
そんな世界を歩いている登場人物二人がカラーじゃないのだ。影なのだ。
影がひたすらひく~い声でモグモグと会話する。
こっわーい!!
その正体不明の薄気味悪さがひそやかに描かれていることに、私はぐっとくるのであった。


あとは~『私』もよかったが、個人的にモジモジしちゃったのが『前科者』である。
ちょっとこれは問題作ですよ。
『途上』の気持ち悪さとは全く別の気持ち悪さがここにはある。

話はちょっと逸れるが、数ヶ月ほど前、テレビでストーカー特集をやっていた。
実際警察にお世話になった人や、
犯罪を犯す前に心療内科で治療する人などが特集されていたのだが、
全体的に気持ち悪かったのだ。
ストーカー行為が気持ち悪いのは当然のことだが、
何が気持ち悪いって、彼らの主義主張の身勝手さだ。
ストーカーってなんだかんだで「歪んだ愛」なのかな~と思っていたが、全然違った。
ま、知ってましたけど。
この番組で改めて思い知った。
「愛している」のはひたすら自分だけだ。
ザ・自己中!!!!
自分、自分、自分、自分。
実際の行為はそれぞれであったが、→つきまといとか、悪い噂をひたすら流す、とか。
共通していたのは、自分のことしか考えてない!!!
男性ストーカーが「(対象の女性を)愛してるんですよ」と言っていたが、
お前が愛してるのは自分だろ!?
とテレビに向かってギリギリしちゃいました。歯が割れるわい。

で、話を谷崎潤一郎に戻すと、
この『前科者』は別にストーカーを扱った小説ではない。
つまらない詐欺事件を犯した男が、犯罪に至るまでの経緯を告白する、というもの。
じゃあ、延々語ったストーカー番組の話はなんなんだ?と疑問に思われたそこのあなた!
まあまあ、聴いてください。
この作品の男とストーカーたち、めっちゃ共通項があるんですよ~。

超自己中!!!!

というところだ。

男の告白は我が身がかわいいというか、とにかく自分勝手きわまりない。
そして自分が悪いのも反省しながら、結局ヒトのせい。
でもいいところは自分のおかげ。
き~~~~~~イライラする~~~~~~。
そして一番の気持ち悪さは、びっみょーに話が噛み合ないところなのだ。

日本語が通じないって犯罪者の共通する特徴の一つなんじゃなかろうか。
上記のストーカーたちも、揃いも揃って日本語が通じてなかったし。

さらに谷崎潤一郎のすごいところは、
この話の通じなさを表現する上で、そのズレの描写が絶妙といううまさにある。
ちょいズレ。
あまりにズレていたらただのバカ、で終わってしまう。
この話が通じないちょいズレ加減が本当に気持ち悪いのだ。
谷崎って天才なのかしら。じゃないとしたら犯罪者だね。うむ。
こんな作品を前にしたら、
極めてジョーシキ人な私なんて、文章を書くことをあきらめちゃいそうになる。
でも書くけど。
駄文を書き散らしていくぜー。

現代という時代から読んでも、ちーっとも色あせない。
それが谷崎の魅力。
この魅力に取り憑かれてはや25年。
やっぱりずっといつまでも魅了される私なのでありました。

  ちなみに初谷崎作品は『痴人の愛』。
  多感な時代の思春期あもちゃん、脳天ひっくり返るほどのショーゲキを受けました。

痴人の愛 (新潮文庫)/新潮社

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