氷平線 (文春文庫)/桜木 紫乃

¥580
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私の生き方は、私で、決める。
(あらすじ)※裏表紙より
真っ白に海が凍るオホーツク沿岸の町で、静かに再会した男と女の凄烈な愛を描いた表題作、
酪農の地を継ぐ者たちの悲しみと希望を牧草匂う交歓の裏に映し出した、オール讀物新人賞受賞作「雪虫」ほか、珠玉の全六編を収録。
北の大地に生きる人々の哀歓を圧倒的な迫力で描き出した、著者渾身のデビュー作品集。
第146回直木賞候補作「ラブレス」の作者、桜木紫乃氏のデビュー作である。
ううーん、デビュー作でこれだけ悲しい風景を描けるのかあ。
とうなるほど感心。
直木賞候補作「ラブレス」の完成度と比べてもあまり遜色ない。
と言っては褒め言葉になるのか、けなしたことになるのか。
「雪虫」「霧繭」「夏の稜線」「海に帰る」「水の棺」「氷平線」
の6作品が収録されているが、いずれもデビュー作としてはよくできている。
とくに、最初の「雪虫」。
オール讀物新人賞を受賞しただけあって、この作品が突出していい。
舞台は全て北海道だ。それも交通の便も悪い、北海道の僻地。
そんな桜木氏の書く、空、大地、風は「ラブレス」の時もそうだったがダイナミックだ。
壮大な風景、という意味ではなく、
生活に根付いた、北の空、大地、乾いた風を余すところ無く描ききっている。
田舎の閉鎖的な町の、鬱屈とした空気。
生きるものを内側に閉じ込める雪、大地、風。
よじれる人間関係にうんざりしながら、
精一杯、生活していく人たちがどの作品にも描かれている。
「雪虫」を取り上げてみたい。
四季子の台詞が印象的だ。
「みんなひとの家の冷蔵庫の中身まで知ってるくせに、自分の家のことは何にもばれていないと思ってる、そう思わないと、こんなところじゃ生きていけないけど」(33頁)
田舎育ちの私、よくわかるわ~。
さすがに、人んちの冷蔵庫の中身まではわからないが、
誰んとこの息子と誰んとこの娘がつき合ってる、とか、
嫁姑の仲の悪さ、とか、
誰と誰が不倫してる、とか、
まあ~、よくそんなに他人のことを知ってるもんだ、と呆れていた私。
そんなんが嫌でたまらなくて、
死にたいくらい憧れた、花の都、大東京、にやってきた私なのでありました。
てなことを懐かしみながら、読み進める。
主人公達郎と四季子は高校時代は恋人同士であった。
しかし社会人になり札幌に出たものの色々な事情から別れることになり、
2人は実家に戻っていた。
四季子は家の事情で、とある男性と結婚し、子どもまでいた。
達郎は、独身のまま実家の酪農を手伝っている。
しかし別れた2人は、ひそやかに関係を結んでいたのであった。
ここ!ここがエロティック!!!
2人とも実家の酪農を手伝っているのだが、干し草の中でそんなことしたりするの~。
うへー。
干し草が下着に入っちゃいそう。。。痛そう。。。
じゃなくてー。
その行為自体がエロいのではなく ←いや、エロいけど(後ろから、とか結構詳細)。
田舎でそういうことをしている、というところがエロいのだ。
上記の四季子の台詞でもわかるとおり、みんな冷蔵庫の中身まで知っているような、
狭く、密度の濃い、閉塞した空間、でのそんな関係を結ぶ。
誰もが知らないフリをしているけれど、誰もが2人の関係になんとなく気づいている。
達郎の親も
「四季ちゃんはもう人妻なのよ!」
と達郎に注意を促すほど。
しかし、達郎は四季子を求め続けた。
達郎はこういう関係がずーーーーーーーーーーっと続くのだと思っていた。
しかし案外あっさり終わりが来る。
達郎に嫁が来たのだ。外国から。父が金で買ったのだ。
私はその描写があまりにあっさりしてるものだから、
・・・なになに、それ、普通の話?
と一瞬、舞台は日本よね?と考えてしまったほど。
どうやら、過疎化が進んで嫁の来ない農家や酪農家のところには、
外国(フィリピンなど)から少女をお金で売る業者がいるらしいのだ・・・
この本によると。
小枝のようなか細い少女が突然やって来たのだ。日本語もわからないまま。
それを知った四季子は別れを告げる。
もう次はない、と。
「言葉も通じない国に売られてくるんだよ、
あんたが守ってやらなくて誰がその娘を助けてあげるのよ。」
という。
この場面は、四季子の心の動きが本当によく分かる。
その外国からやってくる娘に、自分の姿にも重ね合わせているのだ。
自分も同じ環境だった。←四季子は養女。
本当は達郎と別れたくなんてない。永遠に愛し、愛されたい。
けれど、その娘はこんな日本に来て、達郎を自分のものにしてしまっては、
誰も彼女を助けてくれないのだ。
そして、もう一つの思いがあったはずだ。
一緒に住んでいるうちに、情、というものが生まれる。きっと。
一緒にいれば必ず。
しかも男と女。
いつか、自分は淋しい思いをするに違いない、という不安。
今のこの不安定の上にかろうじて安定している2人の関係は、
少女が来ることで崩れてしまったのだ。
そのことを、四季子は、いや、女性は先が読めるのだ。
もう知っているのだ。
自分のことも、達郎のことも、そして少女のことも。
だけど別れたくない、でも別れたい。
そんな四季子に達郎は
「何を言ったって別れない。」
と四季子の別れを受け入れない。
彼女は父に金で買われただけだ。自分の意思とは関係ない。
俺、何も変わらない。ちゃんとうまくやっていける。
四季子に淋しい思いなんかさせない。
と達郎は食い下がる。
四季子は言い放つ。
「たっちゃん、私もその娘も家畜じゃあないんだよ」
ここ、いい!!!ペット、じゃなくて、家畜!
この言葉選びがサイコー!
家畜。家畜。家畜。
いいねえ~。
酪農家としての生活感がハンパなく出ている。
ペットなんて言ったら、セレブリティ臭のする、トイプードルとか出て来ちゃうからね。
家畜と言えば、それはもう、1週間後には売られていく肉牛、だものね。
出口へ歩き出した四季子の手を慌てて掴んだ達郎に、勢いで振り向いた四季子は・・
「泣いているのだと思っていた。ただの期待だった。四季子は笑っていた。」(21頁)
いい!!!
ここがさらにさらにサイコー!
四季子は、人生の喜びの一つをあきらめた笑いを浮かべていたに違いない。
仕方ない、と。
無念と諦観の笑い。
掴んでいたものを離すのだ、彼のために、少女のために、そして自分のために。
その後、フィリピンの少女、マリーがやってきたのだが、
嫁として買われてきたわけで、夫婦である。当然そういう関係になる。
だが、達郎はそういう気に全くならない。
しかし少女は、嫁に来たんだからうまくやらないと、金返せ、と言われるか、
国に追い返されてしまう、という心配からか、関係を迫る。
「しがみついてくるマリーをはねのける。マリーを拒絶しながら、四季子も同じことをしていて欲しいと願った。疑う夫を、どんな気持ちで拒むのか。拒みきれるのか。」(35頁)
この気持ちはよ~くわかる。
が、女の私は知っている~。先が読めますからね。
結局するんでしょっって知ってます。
そして私の予言どおり、達郎はあっさり早く、やっちゃいましたー!
ほらー、やっぱりね。
男って結局、こんなもんよ。
言うだけ、にかけては、男の右に出るものはいない。
女は先を見る目があるけれど、男はその場限りのことしか見られないのだ。
だから、その場の気持ちしか言うことができない。
だって分からないから。
マリーに優しく触れている達郎を見て、四季子は穏やかに微笑む場面がある。
その四季子を見て、
「(達郎は)初めて自分に抱かれた時から、四季子はこの悲しみを知っていたのだと思った。」(38頁)
じーん。。。。。
四季子って淋しく強い女だなあ、とほろっときた。
自分の人生も、達郎の人生も、結局、彼女が決めた。
誰かに振り回される人生ではなく、自分の人生は自分で決めるのだ。
全てを受け入れる人生。
だが、そんな人生をあきらめてはいない。
あるがままに生きる、とは、彼女のことなのかもしれない。
そしてそれが10年後、「ラブレス」に続く一つの道筋となっているのだ。
以上、収録6作品のうち、「雪虫」だけを取り上げて語ったが、
もちろん他の作品も、まあまあおもしろい。
でもやっぱり「雪虫」が一番読み応えがあった。
あとがきで、ライターの瀧井朝世氏が、桜木氏の『起終点駅』を大絶賛していた。
起終点駅(ターミナル)/桜木 紫乃

¥1,575
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大絶賛・・・?
ほんまかいな~?
まずは図書館で借りてみよう・・・
文庫本は出てないからね、挑戦するにはお高すぎる・・・

¥580
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私の生き方は、私で、決める。
(あらすじ)※裏表紙より
真っ白に海が凍るオホーツク沿岸の町で、静かに再会した男と女の凄烈な愛を描いた表題作、
酪農の地を継ぐ者たちの悲しみと希望を牧草匂う交歓の裏に映し出した、オール讀物新人賞受賞作「雪虫」ほか、珠玉の全六編を収録。
北の大地に生きる人々の哀歓を圧倒的な迫力で描き出した、著者渾身のデビュー作品集。
第146回直木賞候補作「ラブレス」の作者、桜木紫乃氏のデビュー作である。
ううーん、デビュー作でこれだけ悲しい風景を描けるのかあ。
とうなるほど感心。
直木賞候補作「ラブレス」の完成度と比べてもあまり遜色ない。
と言っては褒め言葉になるのか、けなしたことになるのか。
「雪虫」「霧繭」「夏の稜線」「海に帰る」「水の棺」「氷平線」
の6作品が収録されているが、いずれもデビュー作としてはよくできている。
とくに、最初の「雪虫」。
オール讀物新人賞を受賞しただけあって、この作品が突出していい。
舞台は全て北海道だ。それも交通の便も悪い、北海道の僻地。
そんな桜木氏の書く、空、大地、風は「ラブレス」の時もそうだったがダイナミックだ。
壮大な風景、という意味ではなく、
生活に根付いた、北の空、大地、乾いた風を余すところ無く描ききっている。
田舎の閉鎖的な町の、鬱屈とした空気。
生きるものを内側に閉じ込める雪、大地、風。
よじれる人間関係にうんざりしながら、
精一杯、生活していく人たちがどの作品にも描かれている。
「雪虫」を取り上げてみたい。
四季子の台詞が印象的だ。
「みんなひとの家の冷蔵庫の中身まで知ってるくせに、自分の家のことは何にもばれていないと思ってる、そう思わないと、こんなところじゃ生きていけないけど」(33頁)
田舎育ちの私、よくわかるわ~。
さすがに、人んちの冷蔵庫の中身まではわからないが、
誰んとこの息子と誰んとこの娘がつき合ってる、とか、
嫁姑の仲の悪さ、とか、
誰と誰が不倫してる、とか、
まあ~、よくそんなに他人のことを知ってるもんだ、と呆れていた私。
そんなんが嫌でたまらなくて、
死にたいくらい憧れた、花の都、大東京、にやってきた私なのでありました。
てなことを懐かしみながら、読み進める。
主人公達郎と四季子は高校時代は恋人同士であった。
しかし社会人になり札幌に出たものの色々な事情から別れることになり、
2人は実家に戻っていた。
四季子は家の事情で、とある男性と結婚し、子どもまでいた。
達郎は、独身のまま実家の酪農を手伝っている。
しかし別れた2人は、ひそやかに関係を結んでいたのであった。
ここ!ここがエロティック!!!
2人とも実家の酪農を手伝っているのだが、干し草の中でそんなことしたりするの~。
うへー。
干し草が下着に入っちゃいそう。。。痛そう。。。
じゃなくてー。
その行為自体がエロいのではなく ←いや、エロいけど(後ろから、とか結構詳細)。
田舎でそういうことをしている、というところがエロいのだ。
上記の四季子の台詞でもわかるとおり、みんな冷蔵庫の中身まで知っているような、
狭く、密度の濃い、閉塞した空間、でのそんな関係を結ぶ。
誰もが知らないフリをしているけれど、誰もが2人の関係になんとなく気づいている。
達郎の親も
「四季ちゃんはもう人妻なのよ!」
と達郎に注意を促すほど。
しかし、達郎は四季子を求め続けた。
達郎はこういう関係がずーーーーーーーーーーっと続くのだと思っていた。
しかし案外あっさり終わりが来る。
達郎に嫁が来たのだ。外国から。父が金で買ったのだ。
私はその描写があまりにあっさりしてるものだから、
・・・なになに、それ、普通の話?
と一瞬、舞台は日本よね?と考えてしまったほど。
どうやら、過疎化が進んで嫁の来ない農家や酪農家のところには、
外国(フィリピンなど)から少女をお金で売る業者がいるらしいのだ・・・
この本によると。
小枝のようなか細い少女が突然やって来たのだ。日本語もわからないまま。
それを知った四季子は別れを告げる。
もう次はない、と。
「言葉も通じない国に売られてくるんだよ、
あんたが守ってやらなくて誰がその娘を助けてあげるのよ。」
という。
この場面は、四季子の心の動きが本当によく分かる。
その外国からやってくる娘に、自分の姿にも重ね合わせているのだ。
自分も同じ環境だった。←四季子は養女。
本当は達郎と別れたくなんてない。永遠に愛し、愛されたい。
けれど、その娘はこんな日本に来て、達郎を自分のものにしてしまっては、
誰も彼女を助けてくれないのだ。
そして、もう一つの思いがあったはずだ。
一緒に住んでいるうちに、情、というものが生まれる。きっと。
一緒にいれば必ず。
しかも男と女。
いつか、自分は淋しい思いをするに違いない、という不安。
今のこの不安定の上にかろうじて安定している2人の関係は、
少女が来ることで崩れてしまったのだ。
そのことを、四季子は、いや、女性は先が読めるのだ。
もう知っているのだ。
自分のことも、達郎のことも、そして少女のことも。
だけど別れたくない、でも別れたい。
そんな四季子に達郎は
「何を言ったって別れない。」
と四季子の別れを受け入れない。
彼女は父に金で買われただけだ。自分の意思とは関係ない。
俺、何も変わらない。ちゃんとうまくやっていける。
四季子に淋しい思いなんかさせない。
と達郎は食い下がる。
四季子は言い放つ。
「たっちゃん、私もその娘も家畜じゃあないんだよ」
ここ、いい!!!ペット、じゃなくて、家畜!
この言葉選びがサイコー!
家畜。家畜。家畜。
いいねえ~。
酪農家としての生活感がハンパなく出ている。
ペットなんて言ったら、セレブリティ臭のする、トイプードルとか出て来ちゃうからね。
家畜と言えば、それはもう、1週間後には売られていく肉牛、だものね。
出口へ歩き出した四季子の手を慌てて掴んだ達郎に、勢いで振り向いた四季子は・・
「泣いているのだと思っていた。ただの期待だった。四季子は笑っていた。」(21頁)
いい!!!
ここがさらにさらにサイコー!
四季子は、人生の喜びの一つをあきらめた笑いを浮かべていたに違いない。
仕方ない、と。
無念と諦観の笑い。
掴んでいたものを離すのだ、彼のために、少女のために、そして自分のために。
その後、フィリピンの少女、マリーがやってきたのだが、
嫁として買われてきたわけで、夫婦である。当然そういう関係になる。
だが、達郎はそういう気に全くならない。
しかし少女は、嫁に来たんだからうまくやらないと、金返せ、と言われるか、
国に追い返されてしまう、という心配からか、関係を迫る。
「しがみついてくるマリーをはねのける。マリーを拒絶しながら、四季子も同じことをしていて欲しいと願った。疑う夫を、どんな気持ちで拒むのか。拒みきれるのか。」(35頁)
この気持ちはよ~くわかる。
が、女の私は知っている~。先が読めますからね。
結局するんでしょっって知ってます。
そして私の予言どおり、達郎はあっさり早く、やっちゃいましたー!
ほらー、やっぱりね。
男って結局、こんなもんよ。
言うだけ、にかけては、男の右に出るものはいない。
女は先を見る目があるけれど、男はその場限りのことしか見られないのだ。
だから、その場の気持ちしか言うことができない。
だって分からないから。
マリーに優しく触れている達郎を見て、四季子は穏やかに微笑む場面がある。
その四季子を見て、
「(達郎は)初めて自分に抱かれた時から、四季子はこの悲しみを知っていたのだと思った。」(38頁)
じーん。。。。。
四季子って淋しく強い女だなあ、とほろっときた。
自分の人生も、達郎の人生も、結局、彼女が決めた。
誰かに振り回される人生ではなく、自分の人生は自分で決めるのだ。
全てを受け入れる人生。
だが、そんな人生をあきらめてはいない。
あるがままに生きる、とは、彼女のことなのかもしれない。
そしてそれが10年後、「ラブレス」に続く一つの道筋となっているのだ。
以上、収録6作品のうち、「雪虫」だけを取り上げて語ったが、
もちろん他の作品も、まあまあおもしろい。
でもやっぱり「雪虫」が一番読み応えがあった。
あとがきで、ライターの瀧井朝世氏が、桜木氏の『起終点駅』を大絶賛していた。
起終点駅(ターミナル)/桜木 紫乃

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大絶賛・・・?
ほんまかいな~?
まずは図書館で借りてみよう・・・
文庫本は出てないからね、挑戦するにはお高すぎる・・・