甘ずっぱい蜜の部屋 -19ページ目

甘ずっぱい蜜の部屋

観劇(主にバレエ)&美術鑑賞&旅行&グルメ…などなど身辺雑記

【2009年12月11日】

ウィーン発 14:10 OS051 → TOKYO NARITA 12月12日(土) 9:30

楽 しかった 旅行 も終わり しゅん

konatu

まだまだ お楽しみは続きます 好

先ずは 戦利品(お土産) チェック

お土産Ⅶ

お土産Ⅵ

お土産Ⅱ

お土産Ⅳ

お土産Ⅲ

お土産Ⅴ

そして お写真 and アルバム整理 アルバム

いざ yuh

2009年 中欧周遊旅行記 【完】

【2009年12月10日】

<世界遺産>ウィーン歴史地区 の観光。オーストリア

最初にヨーロッパ旅行をしたときも ウィーンに来ました。それ以来です。遠い目

昨日まで訪れた 中欧の都市は わりとこじんまりとした可愛らしい街でしたが、それに比べると やはりウィーンは華やいだ感じです。

まずは シェーンブルン宮殿 から。初日の夜、クリスマスマーケットに来ました。


メモ ハプスブルク家の夏の離宮
1696年レオポルト1世の治世に建設が始まり18世紀マリア・テレジアの時代に完成しました。部屋数1441室。
伝説では17世紀初頭、皇帝マティアスが狩猟を行っている時に清水溢れる泉を発見。
これが“シェーナー・ブルネン”(美しい泉)という名で呼ばれる由縁なのだとか。

1814年 「会議は踊る」 で知られるウィーン会議が開かれました。

シェーンブルン宮殿

マリアテレジアイエロー の宮殿

マリアテレジアイエロー

庭園
庭園

シェーンブルン宮殿クリスマスマーケット
クリスマスマーケット

シェーンブルン宮殿クリスマスマーケットⅡ

昼間から すでにあちこちの屋台が開いています。

シェーンブルン宮殿クリスマスマーケットⅢ
キャンドル

シェーンブルン宮殿クリスマスマーケットⅣ
クリスマスのオーナメント

シェーンブルン宮殿クリスマスマーケットⅤ
天使のオーナメント


ウィーン市内を観光します。

市民公園
市立公園

ヨハン・シュトラウス像
ヨハン・シュトラウス2世(1825-1899)
 

生涯多くのウィンナ・ワルツを作曲し「ワルツ王」と呼ばれます。
代表曲「美しく青きドナウ」「ウィーンの森の物語」オペレッタ「こうもり」

ベートーヴェン像
ベートーヴェン像
 

『第3の男』水路
映画『第3の男』に登場した地下水路

ヴォティーフ教会
ヴォティーフ教会

ウィーン大学の設計も手掛けた建築家フェルステルによるネオ・ゴシック様式。
1853年皇帝フランツ・ヨーゼフが、アナキストのリベニーの陰謀から難を逃れたことに対する神への感謝として建築されました。

国会議事堂
国会議事堂
 

ウィーン大学の設計も手掛けた建築家フェルステルによるネオ・ゴシック様式。
ギリシャ建築を学んだテオフィル・フォン・ハンセンの代表作(1883年)。
民主主義発祥の地であるギリシアの古典様式が国会議事堂に相応しいとして採用されました。
英知を司るアテナ女神の足元に当時のハプスブルクの領土を流れていたドナウ、イン、エルベ、ブルタヴァ川を象徴した像が置かれています。

昼食レストラン

ピアリステンケラー 看板   ピアリステンケラー
ピアリステンケラー

1698年皇帝レオポルド1世により創始されたピアリステン修道会の僧院を改装して創業されました。
300年以上の歴史を誇り、かつてハイドンやモーツァルト等有名音楽家たちもこの僧院で演奏したといいます。

モーツァルト像
モーツァルトのブロンズ像

ワインの飲み方指南
ワインの飲み方を指南

帽子コレクション

色とりどりの帽子コレクション

帽子コレクションⅡ


レストラン内
左)モーツァルト 右)ハイドン(没後200年)

少年モーツァルト
少年モーツァルト

豪華 お化粧室
ゴージャス お化粧室

<モーツァルトメニュー>

白身魚のフライブルガンティー
白身魚のフライブルガンティー(白ワイン)ソースがけライス添え

王室風ナッツカラメル入りバニラパフェ
王室風ナッツカラメル入りバニラパフェ

飲食証明を頂きました。



マリア・トロイ教会
マリア・トロイ教会

ピアリスト修道会の教会。1796年12月26日、「戦時ミサ」が初演されました。

午後は自由行動。

かねてから 希望していた ベルヴェデーレ宮殿へ。トラムで向かいます。電車


トルコ軍からウィーンを救った英雄プリンツ・オイゲン公(1663~1736)の夏の離宮。
1716年に離宮として下宮を、1723年に宴会用として上宮を建設しました。
ベルヴェデーレ とは “美しい眺め” という意味です。

ベルヴェデーレ宮殿 内部
宮殿内部

クリムトの代表作 『接吻』 ほかが展示されています。

ベルヴェデーレ宮殿 内部Ⅱ
宮殿内部

ウィーンの 素晴らしいところは、ハプスブルク帝国の歴史と ウィーン世紀末の文化の双方に触れることができるところだと思います。

ベルヴェデーレ宮殿 庭園
庭園
 

ここでも クリスマスマーケットが開催されていました。

再び トラムに乗って、ウィーン市庁舎へと向かいます。

ここの 市庁舎前のクリスマスマーケットは この旅行のハイライトのひとつわくわく

トラムを降りると 市庁舎向い側に ブルク劇場が。

ブルク劇場
ブルク劇場

ドイツ語圏最高峰の劇場。1888年に完成したネオ・バロック様式。
大階段天井にクリムトの『タオルミナの劇場』『ディオニソスの祭壇』があります。

ウィーン市庁舎前のクリスマスマーケット ハート


ウィーン市庁舎 クリスマスマーケットⅡ

クリッペ
クリッペ

お菓子作り
お菓子作りに励む子供たち

キャンドルづくり
キャンドルづくり

ウィーン市庁舎前のクリスマスマーケット

ウィーン市庁舎クリスマスマーケット

ウィーン市庁舎クリスマスマーケット

オーナメント

ウィーン市庁舎クリスマスマーケット

クリッペ

屋台

ウィーン市庁舎

なんとも 華やかうっとり2

市庁舎窓が アドベントカレンダーになっています。

ウィーン市庁舎

添乗員さんの お話では マーケットのお客さんを狙って “商売” する悪者がいるとか。DOROBOW

ノー天気な日本人観光客の被害者は後を絶たないようで、パスポートを盗まれた被害者のために 日本大使館は 休日返上で対応しているそう。やじるし

気を付けないと・・・!

ウィーン市庁舎クリスマスマーケット
ウィーン市庁舎前クリスマスマーケット

いろいろなお土産がもらえるクーポンを頂いていたので楽しませて貰っていたのですが、突然雨が降って来て、マーケット内を巡る汽車ぽっぽに乗れませんでした。汽車

ケルントナー通り
ケルントナー通り

ケルントナー通りⅡ

最後の観光。

レジデンツコンサートへ。

レジデンツコンサート
コンサートホール

ウィーンらしい音楽の演奏と、バレエを堪能しました。

“音楽の都” ウィーンらしい催しで旅を締めくくりました。

ウィーンもまだまだ見どころはいっぱい。

今度は フリーステイの滞在型で来たいなぁ ~☆

でも オーストリア自体、素敵な観光先は沢山あります。

チロル地方 のインスブルック、メルク修道院、ハルシュタット ma-ko

あと ハンガリーの パンノンハルマのベネディクト修道院 きらきら

いつ 行けるかしら ニコ

飛行機より
機内より

おまけ 歴

米印 ウィーン会議
フランス革命とナポレオン戦争終結後のヨーロッパの秩序再建と領土分割を目的として、
1814年9月1日から外相メッテルニヒ主宰のもと開催されました。
1792年より以前の状態に戻す正統主義を原則としましたが、各国の利害が衝突して数ヶ月を経過しても遅々として進行せず、「会議は踊る、されど進まず」と揶揄されました。
1815年3月にナポレオンがエルバ島を脱出したとの報せが入ると、危機感を抱いた各国の間で妥協が成立し、
1815年6月9日にウィーン議定書が締結されました。
ウィーン会議の結果成立したヨーロッパにおける国際秩序をウィーン体制と呼びます。

米印 プリンツ・オイゲン(1663-1736)
サヴォイア家の血を引くフランス生まれの貴族。
サヴォイア公の男系子孫にあたることから、公子(プリンツ)の称号をもって呼ばれます。
長男ではないため伯爵を継げなかったので、軍人となる道を選び
1683年オーストリアに渡ってハプスブルク家のレオポルト1世に仕え、オーストリア軍の将校となりました。生涯出身国フランスとの戦いに費やすこととなります。

米印 グスタフ・クリムト(1862-1918)
ボヘミア出身の彫版師を父に持ち、 1876年博物館付属工芸学校に入学。
石膏像やデッサンや模写など古典主義的な教育を受けました。
卒業後 弟エルンスト、友人フランツ・マッチェと芸術家商会を設立。
1894年ウィーン大学講堂の天井画制作を依頼され、『学部の絵』(哲学・医学・法学)を描くが大論争となります。
1897年保守的なウィーン美術家組合を嫌った芸術家達によって「ウィーン分離派」が結成(初代会長)。 1902年分離派によるベートーヴェン展に大作『ベートーヴェン・フリーズ』を出品したが反感を買ってしまいます。
1905年クリムトとその同士は分離派を脱退し、翌年オーストリア芸術家連盟を結成しました。
1918年 ウィーンで脳梗塞と肺炎により死去。ヒーツィンガー墓地に埋葬。

エロス&タナトスと「ファム・ファタル」をテーマにした絵画を数多く描きました。
『接吻』に代表される「黄金の時代」は金箔が多用され、ジャポニスム(特に琳派)の影響が顕著です。
晩年はこれら装飾的な作風から脱却していきました。

世紀末的な官能美が画面から迸る 『接吻』

接吻 クリムト

Rink orange オーストリア政府観光局





わが青春のハプスブルク―皇妃エリザベートとその時代/塚本 哲也
¥1,677
Amazon.co.jp

世紀末ウィーンを歩く (とんぼの本)/池内 紀
¥1,620
Amazon.co.jp

ウィーン・フィル世界の名曲 VOL.6 (アスキームック)/著者不明
¥1,028
Amazon.co.jp

ウィーンの冬/集英社インターナショナル
¥2,052
Amazon.co.jp

ウィーンの内部への旅―死に憑かれた都/ゲルハルト ロート
¥587
Amazon.co.jp

第三の男 4Kデジタル修復版 [Blu-ray]/
¥2,640
Amazon.co.jp

第三の男 (ハヤカワepi文庫)/グレアム グリーン
¥770
Amazon.co.jp


【2009年12月9日】

ハンガリーの首都 ブダペストハンガリー

ブダペストのホテル。

ハンガリーの焼き物

色々な陶器が盛んなハンガリーらしく、あちこちの壁にモダンな陶器が飾られています。

ハンガリーの焼き物Ⅱ

現地ガイドさんをお迎えして、観光に出かけます。

“ドナウの真珠” “ドナウの薔薇” と称される 中欧の古都。

ドナウ川を挟んんで ブダ側 と ペスト側 に分かれます。

ゲッレールトの丘
ゲッレールトの丘(車窓から)

キリストの伝道にきたゲッレールト司教が異教徒によって樽に押し込められドナウ川に突き落とされた事に由来します。

エリザベート橋(車窓より)
エリザベート橋(車窓より)

くさり橋(車窓より)
くさり橋(車窓より)


王宮(車窓より)
王宮(車窓より)

国立オペラ劇場
国立オペラハウス 1884年 ネオ・ルネサンス様式(車窓より)

ペスト地区

ハンガリー建国を象徴する 英雄広場に下車観光です。

英雄広場
英雄広場

ハンガリー建国1000年を記念して1896年に造られたブダペスト最大の広場

英雄広場 オブジェ

扇状の柱には歴代の国王、将軍、芸術家など14人のハンガリーの英雄たちがそびえ、
両端の4体像は左から「労働と繁栄」「戦い」「平和」「学問と芸術」を象徴しています。

大天使ガブリエルは、ある日ローマ法王の夢枕に立ち、イシュトヴァーン1世に王位を授けるように告げたといわれています。

建国記念碑(高さ35m)大天使ガブリエル
建国記念碑(高さ35m) 

てっぺんに鎮座するのは、大天使ガブリエル。

カルバチア盆地を占領するマジャル7部族長
マジャル族の首長アールパード と カルバチア盆地を占領するマジャル7部族長

マジャル族の首長アールパード

広場を挟んで 二つの美術館があります。

国立西洋美術館
国立西洋美術館

現代美術館
現代美術館

聖シュトヴァーン大聖堂 を見学します。
聖イシュトヴァーン大聖堂
聖イシュトヴァーン大聖堂

建国1000年を記念して1851年に建設着工され1905年に完成しました。
ネオ・ルネサンス様式 ドーム直径22m,高さ96m,収容人数8500人に及びます。
初代ハンガリー王イシュトヴァーンの右手のミイラが安置されています。 ゲ


聖イシュトヴァーン大聖堂正面
大聖堂正面

イシュトヴァーン(在位1000~1038)

アジア系の騎馬遊牧民族が祖先であるハンガリーにおいてキリスト教を取り入れ、国教とすることで国内統一をはかりました。
1083年に聖人とされ、ハンガリー建国の父とされています。



大聖堂内部

大聖堂内部Ⅲ


大聖堂内部

主祭壇中央にはキリスト像ではなくイシュトヴァーンの彫像が置かれています。

大聖堂内部Ⅱ
ドーム

外には クリスマスらしい飾り付けが。

巨大アドヴェントクランツ
大聖堂前のアドベントクランツ

ベツレヘム
ベツレヘム(キリスト生誕場面:クリッペ)

現地ガイドさんのお話では、ハンガリーでは クリスマスにはお馴染みの キリスト生誕シーンのジオラマを <ベツレヘム> と呼ぶのだそうです。

次の観光地へ向かいます。

ドナウ川(ゲッレールトの丘より)
ゲッレールトの丘より ドナウ川一望

バスで移動すると、王宮が見えて来ました。

王宮へ
王宮の丘へ登るケーブルカー


聖ゲオルギオス
聖ゲオルギウス像

聖イシュトヴァーン騎馬像
聖イシュトヴァーン騎馬像

マーチャーシュ教会 を見学です。

マーチャーシュ教会 外観
マーチャーシュ教会

正式名称「聖処女マリア教会」。

マーチャーシュ教会

メモ 1247年既にヴェスプレーム司教の管轄下にあり、1255年ベーラ4世によりロマネスク様式で建てられました。
14世紀にゴシック様式に建て直され、15世紀にはマーチャーシュ王が塔を増築。
王は戴冠式と2度の結婚式を挙げています。
1541年トルコに占領されモスクに改装されましたが、17世紀ハプスブルク家により再びカトリック教会となり、ファサードはバロック様式に改装されました。
19世紀後半 フランツ・ヨージェフ皇帝と皇妃エルジェーベト(エリザベート)が戴冠式を行い、リストは「戴冠ミサ曲」を作曲・指揮しました。 その時、ファサードもかつてのゴシック様式に戻されました。

マーチャーシュ教会

あいにく 改装中でしたが、ジョルナイ製陶器の屋根が見事です。

マーチャーシュ教会 正面ファサード
ファサード

教会内部

教会内部
ビザンチン様式の内装

漁夫の砦よりドナウ川を望みます

ドナウ川
ドナウ川

対岸の国会議事堂
ドナウ川の対岸の国会議事堂

漁夫の砦

漁夫の砦Ⅱ
漁夫の砦

漁夫の砦

ネオロマネスク様式で建築された尖塔と回廊

中世の魚市場があった場所で、ドナウの漁師組合が守っていた城塞の辺りでした。
1905年 町の美化計画の一環として建造されました。

漁夫の砦(車窓より)
漁夫の砦(車窓より)

再び バスで移動 バス

ヴルシュマルティ広場のクリスマスマーケット
ヴルシュマルティ広場

クリスマスツリー
クリスマスツリー と 生誕シーン

ヴルシュマルティ広場のクリスマスマーケット

19世紀ロマン派の詩人 ヴルシュマルティ・ミハーイにちなんでいます

クリスマスマーケット ベツレヘム
ベツレヘム(クリッペ)

クリスマスマーケット ベツレヘムⅡ
東方三博士の礼拝

クリスマスマーケット キャンドル
キャンドルを売る屋台

人形
木製人形

ハンガリーの陶器と思われる焼き物があちこちの屋台で売られています。

ハンガリー陶器

ハンガリー陶器Ⅲ

ハンガリー陶器Ⅱ

米印ハンガリーの3大名陶「ジョルナイ」「ヘレンド」「ホロハーザ」


野外劇場
野外劇場

木彫りの生誕シーン
木彫りのベツレヘム(クリッペ)

ヴァーツィ通り
ヴァーツィ通り(車窓より)

中央市場
中央市場(車窓より)

お昼は ハンガリーの代表料理、グヤーシュをトカイワインと共に頂きました。

昼食レストラン
昼食レストラン

サラダ&トカイワイン
サラダ&トカイワイン

グヤーシュ
グヤーシュ

グヤーシュⅡ
グヤーシュ

デザート
デザート

ブダペストとはここでお別れ。バスに乗って一路、ウィーンへと向かいます(約268km)。バス

ウィーン自然史博物館 の屋上(高さ35m))より夜景を鑑賞 夜景

ウィーン美術史美術館と向かい合って建っている 自然史博物館は、1880年代に完成したイタリア・ルネサンス様式の建物です。

ウィーン美術史美術館

クリスマスマーケットの明かりが見えます。

ウィーン自然史博物館からの夜景

市庁舎と遠くにシュテファン寺院が見えます。

ホーフブルク
ホーフブルク (王宮)


美術史美術館・自然史博物館を挟んだ マリアテレジア広場でもクリスマスマーケットが開催されていました。

クリスマスマーケット

お夕食は ホイリゲにて。sei

ホイリゲ 看板
ホイリゲ「パッサウアーホーフ」12世紀
パッサウの修道院のワイン貯蔵所だった建物

ホイリゲ Heurige とは 「今年の」その年の新しいワインを意味し、ホイリゲを飲ませる酒場も意味します。

流し(?)の演奏家の方が 各テーブルに回って いろいろな曲を演奏してくれます。

ホイリゲ

リクエスト曲にも応えてくれるので、

はは 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」「アンネン・ポルカ」「美しく青きドナウ」「ラ・クンパルシータ」
私 「ピチカート・ポルカ」

をリクエストして チップを 5€ 渡してあげました。バイオリン

ホイリゲⅡ

お食事

スープ
スープ

ウィンナーシュニッツェルン
ウィーン名物 ウィンナーシュニッツェルン

ホイリゲⅢ

やはり ショーがあると 楽しいでするんるん3

今日の観光はここまで。

明日は ウィーン市内観光です。

Rink orange ハンガリー政府観光局





図説 ブダペスト都市物語 (ふくろうの本)/河出書房新社
¥1,944
Amazon.co.jp

グランド・ブダペスト・ホテル [DVD]/20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
¥1,533
Amazon.co.jp

黄金のブダペスト/未知谷
¥2,160
Amazon.co.jp

ブダペスト市街戦1956 ソビエト軍侵攻 [DVD]/ポニーキャニオン
¥4,104
Amazon.co.jp

ビロード革命のこころ―チェコスロバキア大統領は訴える (岩波ブックレット)/岩波書店
¥325
Amazon.co.jp

ウィーンのホイリゲのメロディーに基づく変奏曲 作品9/
¥260
Amazon.co.jp

Pen (ペン) 2009年 10/15号 [雑誌]/
¥2,242
Amazon.co.jp


【2009年12月8日】

プラハから 約334kmバス

今日は スロヴァキアの首都、ブラチスラバ の観光からです。スロバキア

スロヴァキアは かつて チェコ・スロヴァキア という1つの国でしたが、1989年の民主化にともない チェコ共和国 と スロヴァキア共和国 という二つの国に分かれました。

ドナウ川に沿って開けた街である ブラチスラバ。

かつて 2世紀以上にわたり、トルコによってブダを追われたハンガリーの首都が置かれ、ブラチスラバ城にはウィーン・ハプスブルク家の女帝 マリア・テレジアも訪れていました。

あいにくの空模様

ブラチスラバ

ペスト記念塔
ペスト記念塔

中世の面影を残す街ですが、かつて共産圏であったことを彷彿とさせる、整然とした様子が伺われます。

ブラチスラバ

お昼を頂いてから観光

お昼 デザート
デザート

ミハルスカー通り/ミハエル門
ミハルスカー通り&ミハエル門

リスト記念館
リスト記念館

リスト
リストのレリーフ

戴冠式の案内メダル
戴冠式の道順を示す、王冠のマーク

コンサートホール
コンサートホール

フラヴネー広場のクリスマスマーケット
フラヴネー広場のクリスマスマーケット

フラヴネー広場 日本大使館
日の丸が掲げられた日本大使館

フラヴネー広場のクリスマスマーケット
クリスマスマーケットの屋台

フラヴネー広場のクリスマスマーケット
クリスマスマーケットのツリー

デ・パウリ宮殿
デ・パウリ宮殿
1770年代に建設され 1820年に9歳だったフランツ・リストが初めてコンサートを開きました。グランドピアノ

ケツレヴィッチ宮殿
ケツレヴィッチ宮殿

1730年にブラチスラヴァのバロック宮殿としては最初期のものとして建てられました。
1796年ベートーヴェンがコンサートを開き、ケグレヴィッチ伯爵の娘バベッテのピアノ教師も務めました。
現デンマーク大使館聖

パールフィ宮殿
パールフィ宮殿

パールフィ宮殿
モーツァルトのレリーフ

1747年にオーストリアの陸軍元帥レオポルド・パールフィ伯爵のために建てられました。
1762年 6歳のモーツァルトが地元の貴族たちを前にコンサートを開きました。
現オーストリア大使館

聖マルティン教会
聖マルティン教会

14世紀初頭 初期ロマネスク様式で建てられた教会。1563年~1830年の間19回にわたりハンガリー王の戴冠式が行われた。高さ85mの塔の尖塔には聖ステファンの王冠の模型を戴いている。
1741年にはマリア・テレジアもこの教会で戴冠した。

ペスト記念塔
ペスト記念塔

丘の上にある ブラチスラバ城へと向かいます。

ブラチスラバ城
ブラチスラバ城の案内板

ブラチスラバ城(逆さテーブル)
ブラチスラヴァ城(外観から逆さテーブルと称されます)

メモ907年「プラザラウスプルク」付近でバイエルン軍がマジャール軍に敗れた記録のザルツブルグ年代記が初出。
13世紀の改築でロマネスク様式の塔が建設されました。
15世紀ルクセンブルグ朝神聖ローマ皇帝ジギスムンドが四翼式のゴシック宮殿に改築。
1526年オスマン・トルコのハンガリー占拠で首都の移転に伴いハプスブルク家のフェルディナンド1世はルネサンス様式に再設計。
18世紀マリア・テレジアの治世時、最後の大改装で豪華なバロック様式となりました。
1878年皇帝ヨーゼフ2世が首都機能を再びブダに戻すと城は神学校になり、多くのスロヴァキア人学者の学び舎となりましたが、その後城が徐々に衰退し、
1811年大火災で灰燼に帰してその後150年間廃墟となっていました。
第2次大戦後 長い議論の末 1953年城の再建が始まりました。
現在はスロヴァキア国会議事堂国賓室、スロヴァキア国立博物館が設けられています。

王宮からドナウ川を望みます

ドナウ川

美しく青くドナウ・・・?

ドナウ川
ドナウ川(一応なく

再び バスに乗って ハンガリーのブダペストへと向かいます(約193km)バス

ホテルでお夕食を頂いた後、貸切チャーター船にて約1時間、ドナウ川イルミネーションクルーズを楽しみました。

ドナウ川 ナイトクルーズⅡ

ドナウ川 ナイトクルーズ

本日の観光はここまで。

おまけ 歴
ビロード革命
1989年 ベルリンの壁崩壊を受けて東欧の共産党政府の連鎖的な崩壊が始まりました。
チェコスロヴァキアでは、ポーランドやハンガリーのような予告された民主化の約束はありませんでした。
しかし、
ベルリンの壁崩壊に勇気づけられたチェコスロヴァキア国民は、1989年11月に至り、民主化勢力を中心にでもやストライキ・ゼネストを度重なって行いました。
それらの事態を収拾できなくなった共産党政府はなし崩し的に民主化勢力との話し合いによる解決を模索することとなり、
結果、両者は共産党による一党独裁体制の放棄と複数政党制の導入を妥結しました。
この 「革命」 では 後のルーマニアのような流血の事態には陥りませんでした。
これを指して 『ビロード革命』 と呼びます。

Rink NW orange スロバキア政府観光局(英語)





図説 チェコとスロヴァキア (ふくろうの本)/薩摩 秀登
¥1,944
Amazon.co.jp

中欧―ポーランド・チェコ・スロヴァキア・ハンガリー (世界の歴史と文化)/著者不明
¥3,132
Amazon.co.jp

ブラチスラバ旧市街の迷宮 rev.1 - Labyrinth in Bratislava ol.../M.NAKAMITSU
¥99
Amazon.co.jp

夢見る美しき古都 ハンガリー・ブダペストへ 最新版 (旅のヒントBOOK)/鈴木 文恵
¥1,760
Amazon.co.jp


【2009年12月7日】

今日は 美しい古都、プラハの観光です。私が最も憧れていた都市のひとつ。お天気にも恵まれました。太陽

<世界遺産>プラハ歴史地区

“百塔の都” “建築博物館の町” “ヨーロッパの魔法の都” “北のローマ” と称される美しい街。

朝、まずは プラハ城から観光スタートです。

大型バスは旧市街の中に入れないので、駐車場から歩いて行きます。


門をくぐると、目の前に聖ヴィート大聖堂のファサードが現れました。


奥行き124m、幅60m、塔の高さ96.6mのゴシック建築。
もとは930年に作られた トランダ (円筒型のシンプルな教会。ロマネスク様式の典型) から始まりました。
14.世紀のカレル4世の時代に現在の形に改築する工事が始められました。

とても堂々とした 荘厳な大聖堂。中に入ります。

大聖堂内部
大聖堂内部

聖シギスムント礼拝堂
聖シギスムント礼拝堂


ムハ「聖キリルと聖メトディウス」
ムハ(ミュシャ)によるステンドグラス「聖キリルと聖メトディウス」

ステンドグラス

大聖堂内部
ステンドグラスが反射する大聖堂内部

大聖堂 主祭壇
主祭壇

聖ネポムツキーの墓碑
ボヘミアの守護聖人・聖ネポムツキーの墓碑(銀製)

聖ヴァーツラフ礼拝堂
聖ヴァーツラフ礼拝堂

聖ヴィート大聖堂 外観
聖ヴィート大聖堂 外観

聖ヴィート大聖堂 後陣
聖ヴィート大聖堂 後陣 クリスマスツリー

王宮へ入ります。

王宮内部・議会の間
王宮内部 議会の間

王冠・王妁(複製)
王冠・王妁(複製)

ベラスケス『フェリペ2世』(複製画)
ベラスケス 『フェリペ2世』 (複製画)

「騎士の階段」
「騎士の階段」後期ゴシック様式ヴォールト天井

もう1度 外へ。

聖イジー教会
聖イジー教会

ヴラチスラフ王子の命で建設され、920年に完成した城内最古ロマネスク様式の教会。
火災後1142年に再建。17世紀にバロック式ファサードが加わりました。

教会内部
教会内部

後陣のヴォールト天井「聖母の戴冠」(16世紀)浮彫フレスコ画

聖イジーのドラゴン征伐
扉の上 聖イジー(聖ジョージ)とドラゴン

黄金小路

黄金小路

プラハ城の城壁に1597年小さな家を並べ、城に使える召使などが住み始めやがてその一角に連金術師たちが住むようになり、この名前がつけられました。
現在は土産物屋が並びます。

マリオネットの店
マリオネットのお店

プラハはマリオネットの人形劇が盛んです。Cassy

ブルタヴァ川にかかるカレル橋を渡って 旧市街へと向かいます。

カレル橋

カレル橋

14世紀から15世紀初頭にかけてカレル4世の時代にゴシック様式で建造された橋。
全長約520m 幅約10m 両脇の欄干に30体の聖人像が並びます。

ブロンズの十字架像
ブロンズの十字架像(1629年ヒルガー鋳造1657年建立)

プラハ旧市街
プラハ旧市街

旧市庁舎 天文時計
旧市庁舎 天文時計

ちょうど お昼時。
時計の上の小さな窓から 聖人たちが順に現れます。

天文時計
天文時計

上;プラネタリウム(地球を中心に回る太陽と月、その他の天体の動き)
下;カレンダリウム(王道12宮と農村における四季の作業を描いた暦)
プラネタリウムの両脇にある人形;虚栄心・貪欲・死神・異教徒の侵略 の4つの恐怖
カレンダリウムの両脇にある人形;歴史記録者、天使、天文学者、哲学者
9:00~21:00の毎正時 死神が鳴らす鐘の音と共にキリストの十二使徒が順番に現れます。

時計のショーを見た後はお昼。その後、自由行動になります。

昼食レストラン
昼食レストラン

もう1度 旧市街広場に行ってみました。

ティーン教会
ティーン教会

1365年に改築されたゴシック様式の教会。15世紀前半には フス派の本拠地として機能していました。
正式名称は “ティーン(税関)の前の聖母マリア教会” 教会裏に税関があったのでその名がついたそうです。

ヤン・フス像
ヤン・フス

15世紀チェコの宗教改革の先駆者。
ローマ教会の堕落を批判した罪で1415年火あぶりの刑に処せられました。
これによりフスの信奉者はフス派を名乗って立ち上がり以後カトリック教会と激しく戦うこととなります。

木彫のクリッペとクリスマスツリー
クリスマスツリーの前に木彫りのクリッペが飾られていました。ほぼ等身大(?)

クリスマスマーケットは この旧市街広場で行われています。

本当は 自由時間は美術館(プラハ美術館かミュシャ美術館)に行きたかったのですが、あいにく月曜日で休館日のため、現地ガイドさんに行き方を教わり、地下鉄とトラムを乗り継いでストラホフ修道院に行くことにしました。

ストラホフ修道院

ストラホフ修道院 入口
入口

12世紀中頃に大公ブラチスラフ2世とオロモウク司教の庇護の下に建てられたブレモントレ会の僧院

ストラホフ修道院

フレスコ画で埋め尽くされた 『神学の間』 と 『哲学の間』 が見どころです。
残念ながら 『哲学の間』 は修復中でした(しっかり募金箱だけ置いてありましたが・・・)。

ストラホフ修道院Ⅱ

帰りは歩いて旧市街まで戻りました。

プラハ市街地を一望

丘の上からプラハ市街地を一望できます。

途中、マラー・ストラナ(小地区) と呼ばれる プラハ城の足元から南にかけて広がる地域にさしかかりました。

マラー・ストラナ
ペスト記念塔

聖ミクラーシュ教会

ボヘミアの反宗教改革の先頭に立つイエズス会が ゴシック式教会の跡地に建てたボヘミアバロック建築の教会。

マラー・ストラナ橋塔
マラー・ストラナ橋塔

ここから 再びカレル橋を渡ります。

ブルタヴァ川&プラハ城&カレル橋
ライトアップされたプラハ城

この旅行のBESTショットはい、チーズ!

川の向こうに浮かび上がったお城とブルタヴァ川の水面に揺れる光がとても幻想的です。キラキラ

旧市街広場のクリスマスマーケットを散策天使

旧市街広場のクリスマスマーケット

ドイツと比べると かなりこじんまりとした、可愛らしいマーケットです。

ただ、グリューワインがプラスチックのカップなのは頂けナイ汗

あの 町の名前が入った ご当地マグカップを集めるのが楽しみなのにぃコーヒー

この後、皆さんと集合して 先ほどのストラホフ修道院の隣にあるレストランにお夕食に行きました。

プラハのビール(黒ビール)、しっかり頂きました黒ビール

今日の観光はここまで。

想像通り、プラハは魅力的な街です。オープンハート

おまけ歴

チェコプラハの春
1968年旧チェコスロヴァキアで始まった政治改革

1968年1月 保守派のノヴォトニーは共産党第一書記の座を失い、改革派のドゥプチェクが第一書記に就任。
言論の自由をはじめとする様々な権利と自由の獲得の気運が高まりました。
しかし、改革運動が自国に押し寄せることを懸念した旧ソ連、旧東欧諸国は改革運動を非難。
8月21日、ワルシャワ条約機構諸国は改革を阻止するために軍事介入を決行し、旧ソ連がヴァーツラフ広場に戦車を乗入れ、占拠しました(チェコ事件)。
1969年1月16日カレル大学の学生・ヤン・パラフが焼身自殺をもってこれに抗議。
1970年6月ドゥプチェク、チェルニーク等改革派幹部は除名され、プラハの春は終焉しました。

戦車プラハ侵攻の8日間(1968年)
8月20日 ワルシャワ条約機構が、事前通告なしにチェコスロヴァキア国境を越えて侵入。

8月21日 ヴァーツラフ広場、旧市街広場などに市民が集まり始め、プラハの春を主導したドゥプチェク第一書記らが逮捕される。
市民と占領兵が衝突し、17人が死亡。その後も多くの犠牲者が出た。

8月22日 プラハ市民がヴァーツラフ広場で予定していたデモを中止。

8月23日 チェコスロヴァキア全土で占領に反対するゼネストを実施。
スヴォボダ大統領がモスクワでソ連代表と交渉を開始。

8月26日 メディアの統制、改革派の更迭などが盛り込まれた「モスクワ議定書」が署名される。

8月27日 モスクワで交渉していた政府関係者が帰国。

♪プラハの春音楽祭
毎年春に開催される国際音楽祭。1946年に第1回の音楽祭が開催されました。
毎回、スメタナの命日である5月12日に代表作「わが祖国」の演奏で開幕します。




プラハの春/春江 一也
¥2,052
Amazon.co.jp

図説 プラハ (ふくろうの本/世界の歴史)/片野 優
¥1,944
Amazon.co.jp


【2009年12月6日】

朝 いちで ウィーンから 一路 チェコ共和国へと向かいます(約200km/4時間) チェコ国旗

車窓より
車窓より

途中 トイレ休憩を取った休憩所の売店も すっかりクリスマスイメージ 柊

休憩所
パーキングエリアの売店

ヘンな話、ワタクシ 海外に行っていつも あー外国に来たなぁ~ と感じるのは空港のトイレに入った時 カップル

だって ウォッシュレットが無いんだもん sei
それ以前に 便座のカタチが違ったり、トイレットペーパーが大きなロールで横付けで壁にくっついていたり ・・・。

“所変われば品変わる” ってことですかね うん

<世界遺産> チェスキー・クルムロフ歴史地区

チェスキー・クルムロフ

赤茶色の屋根の街並みが見えて来ました。

クルムロフ…「川の湾曲部の湿地帯」

メモ チェスキー・クルムロフ の歴史
13世紀後半 南ボヘミアの貴族ヴィートコフ家によって町と城の建設が始まりました。

1302年 ボヘミアの有力貴族であったロジェンベルク家に支配が移り、町が大きく発展。

14世紀以降 手工業と交易が盛んになります。

16世紀 領主ウィルヘルム・フォン・ロジェンベルクの時代はルネサンス様式の建物が数多く建てられ、華やかなルネサンス都市へと変貌しました。

ロジェンベルク家の財政は次第に破綻をきたすようになり、町は借金の抵当に入れられ

1601年 神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の手に渡ります

1622年 神聖ローマ皇帝フェルディナント2世は、三十年戦争で貢献のあったエッゲンベルク家に与えました。この時代に、町はバロック様式の建物が加わりました。

1719年 エッゲンベルク家は断絶し、ウィーンの有力貴族のシュヴァルツェンベルク家が町と城を相続。  ヨーゼフ・アダム・シュヴァルツェンベルクの時代に城はバロック様式に改築。

19世紀 シュヴァルツェンベルク家は英国風ネオ・ゴシック様式に改築されたフルボカー城に居城を移します。
産業革命期、主要鉄道網から外れ、工業化も見られなかった町は次第に衰退していきました。

1867年 オーストリア=ハンガリー帝国の一部となります。

1920年4月 帝国崩壊に伴い、町はチェコスロヴァキア領となり町の公式名称も クルマウ・アン・デア・モルダウ から「チェスキークルムロフ」となりました。

1992年 ユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されました。

ホテル・ルズ
ホテル・ルズ
修道院を改装したホテルです。

この街の建物の壁は “スクラヴィータ” 呼ばれる だまし絵(凹凸に見えるように) の模様を描いた壁があちこちにあります。

スクラヴィータ模様の壁
スクラヴィータ様式の壁

4世紀より城主となったロジェンベルク家の〈五弁のバラ〉の紋章

スヴォルノスティ広場 張りぼてのクリッペ
スヴォルノスティ広場 張りぼてのクリッペ


町並み
広場の建物

昼食レストラン
昼食レストラン

マス料理
ランチ(マス料理)

昼食後 各々 チェスキー・クルムロフ城へと向かいます。


ラトラーン通り よりお城を望む
ラトラーン通り よりお城を望む


チェスキー・クルムロフ城へ
お城が見えて来ました

チェスキー・クルムロフ城
チェスキー・クルムロフ城

お城のてっぺんに登って 眼下の望みます。

眼下の景色

名前の通り、川が湾曲しているのが分かります。

お城より

湾曲した川

お城の中庭へ。ここの壁もスクラヴィータ模様です。

お城の壁

お城の見学を終えて 街を散策ながら集合場所へと向かいます。

壁にはめこまれた聖母子像がありました。

ペストに感染して 教会に入れない信者が拝んだものでしょうか。

ペスト記念塔の彫刻群
ペスト記念塔

三位一体を表しています。


聖ヴィート教会
聖ヴィート教会

聖ヴィート教会内部



説教壇
説教壇

ブルタヴァ川
ブルタヴァ川

プラーシュティ橋
プラーシュティ橋

城壁
城壁

チェスキー・クルムロフ城
13世紀の創建以降増築により各時代の様式が加わっています

チェスキー・クルムロフ城

橋の上から 最後の景色を惜しみました。

チェスキー・クルムロフを後にし、プラハへと向かいます(約167km)。バス

お夕食は 市民会館内のレストラン カスパー09

<プラハの春> 音楽祭で知られる あの 市民会館です。 指揮者


映画 のだめカンタービレ マングース05 にも出てきました。 ぎゃぼー


プラハ 市民会館入口
市民会館正面入り口


プラハ 市民会館内レストラン
市民会館内レストラン

プラハ市民会館内レストラン

今日の観光はここまで。

Rink NW orange チェコ政府観光局



【2009年12月5日】

<クリスマスマーケット ツアー 第2弾>

ウィーン&プラハ&ブダペスト の “中欧 三都物語” 音符

ハプスブルク帝国の縁の都市めぐりであります。

JTB 旅物語 で燃油サーチャージ込のとても良いツアーがあり、こちらで旅することに。

今年 2009 年は
日本・オーストリア修好140周年&日本・ハンガリー外交関係再開50周年&ハイドン・イヤー(没後200年)

トリプルメモリアルイヤーやじるし

オーストリア航空 も就航するようになり、直行便でウィーンに飛ぶようになりました。

チェックインカウンターで 記念品を頂きました。

今回の日程これ

1日目 12/5(土) 成田 12:05発 OS052 → ウィーン着16:00

2日目 12/6〈日) ウィーン → チェスキー・クルムロフ → プラハ泊

3日目 12/7(月) チェコ/プラハ歴史地区

4日目 12/8(火) スロヴァキア/ブラチスラバ → ハンガリー/ブダペスト

5日目 12/9(水) ブダペスト → オーストリア/ウィーン

6日目 12/10(木) ウィーン

7日目 12/11(金) ウィーン発 14:10 OS051

8日目 12/12(土) 東京(成田)着 9:30

オーストリア

直行便でウィーン着後、ウィーンのホテルに到着。シェーンブルン宮殿のすぐ近くのホテル(マリオット)です。

COURTYARD BY MARRIOTT SCHONBRUNN
COURTYARD BY MARRIOTT SCHONBRUNN

まだ そんなに遅い時間ではないので、シェーンブルン宮殿の クリスマスマーケットに行ってみました。

シェーンブルン宮殿 クリスマスマーケット
シェーンブルン宮殿クリスマスマーケット

懐かしい、マーケットの屋台天使

シェーンブルン宮殿 クリスマスマーケット 屋台Ⅱ

シェーンブルン宮殿 クリスマスマーケット 屋台

シェーンブルン宮殿 クリスマスマーケット 屋台Ⅲ

早速 グリューワインを頂きましたコーヒー

ウィーンは 最後の日に観光となります。

明日は チェコ共和国へと向かいます。

旅はこれからなので、ゆっくり休みましょう。zZ*







ウィーン・プラハ・ブダペストイラストガイドブック―宮廷文化の薫りと芸術をめぐる旅/まつはし ゆか
¥1,620
Amazon.co.jp

図説 ハプスブルク帝国 (ふくろうの本/世界の歴史)/加藤雅彦
¥1,980
Amazon.co.jp

ハプスブルク家「美の遺産」 /著者不明
¥2,090
Amazon.co.jp

ハプスブルク帝国 (河出文庫)/加藤 雅彦
¥715
Amazon.co.jp

名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366)/中野 京子
¥1,078
Amazon.co.jp


“穴子の日” なんて あったのですね・・・

 

初めて知りました。

 

何を隠そう、穴子のお寿司は 全ネタの中で ダントツ1位!!

 

ワタクシの最後の晩餐は “ナスとトマトのスパゲッティ”

その前夜は 穴子のお寿司。

さらにその前夜は オムライス・・・

と決めております。

 

候補がいろいろありすぎて、今から食べはじめていないと間に合わないかも。

 

昨年、広島を旅行した時 ぜひ “穴子飯” なるものを頂きたかったのですが、叶いませんでした。

 

地元の百貨店での物産展なんかでやらないかな、と期待していたのですが、現在の状況では とても物産展なんて無理でしょう。

 

残念・・・

 

 

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう

 

 
2009年12月には “クリスマスマーケット第2弾”

ウィーン&プラハ&ブダペスト の 中欧3都市 を中心とした、ハプスブルク所縁の都市を旅しました。

ウィーンは2度目、その他の都市は全て初めて訪れました。

本来であれば、今年(2020年)春に ヴァッハウ渓谷やメルク修道院をはじめとした ウィーン旅行を 今年の海外旅行候補に挙げていました。

王宮ミサでウィーン少年合唱団のコンサート聴けたら・・・ とネット予約の方法を見ていたりしていたのですが・・・

【2009年12月4日】 出発前夜。

(スラブ舞曲) (スラブ民謡) etc...*

昔から “スラブ” という響きと文化に 私は何ともいえない郷愁や、懐かしさをそそられるものがありました。嬉しい

幼稚園~中3 になるまで通っていたバレエ教室で、創設者の先生の主要レパートリーに スラブ舞曲集(ロシア民謡、ブラームス、ドヴォルザーク 等)のような作品群があって、お教室のロシア親善公演も含めて何度か舞台で踊ったという経験もありますし、

まだ 民主化になるかならないかの頃の 東欧・中欧諸国の少年少女合唱団の来日公演に足を運んだことなどもあったので、親しみを感じていたのかもしれません。

プラハ少年少女合唱団
プラハ少年少女合唱団 来日公演プログラム

ハンガリー少年少女合唱団
ハンガリー少年少女合唱団 来日公演プログラム

中学校の音楽の教科書に載っていた スメタナの 『モルダウ』(『わが祖国』より) という唱歌も 何か特別な気持ちが湧き上がってくるような旋律でした。

今は、チェコ語で 「ブルタヴァ川」 という呼び名の方が一般的のようです。

ハプスブルク帝国、ナチスドイツ、旧ソ連 など大国に蹂躙される苦難な歴史が続いても、それらを耐え忍んでアイデンティティーを守り通してきた忍耐力にも惹かれるものがあります。

毎年春に開催される <プラハの春 音楽祭> のオープニングが スメタナの命日である5月12日に 彼の代表作、『わが祖国』 で幕開けするというのも、その情景を思い浮かべただけで鳥肌が立ちそう。じっ

子供時代から憧れていた これらの国々をやっと訪れる機会がやってきました。うっとり

konatu

例えば ロシアなんかも ソ連が崩壊して民主化になってから 西側諸国からいろいろなものが入って来て、いろんな面で “ロシア色” が薄まってきてしまっているよううさぎ

中欧諸国はどうなのでしょうか・・・

“守る” のと “解放する” のは意味合いが異なると思うので。

旅の始まりと終わりは ウィーン。オーストリア

最初にヨーロッパ(西側) を旅行した時以来です。

自由時間のために 色々下調べをして 自分たちで地下鉄やトラムにのって地図を見ながらあちこち行ったので、特別な街でした。

一昨年 ドイツのクリスマスマーケットにすっかり魅了されてしまったので、今回もマーケットめぐりができる時期に行くことにしました。

『地球の歩き方』 や 『るるぶ』 ふくろうの本(河出書房新社) シリーズを眺めながら、思いを馳せています。うっとり



A25 地球の歩き方 中欧 2019~2020/著者不明
¥1,980
Amazon.co.jp

るるぶウィーン・プラハ・ブダペスト(2019年版) (るるぶ情報版(海外))/JTBパブリッシング
¥1,100
Amazon.co.jp
まっぷる ウィーン プラハ・ブダペスト (マップルマガジン 海外)/著者不明
¥1,320
Amazon.co.jp

ウィーン オーストリア ブダペスト プラハ (ブルーガイドわがまま歩き)/著者不明
¥1,914
Amazon.co.jp

トラベルデイズ ウィーン プラハ・ブダペスト (旅行ガイド)/著者不明
¥2,980
Amazon.co.jp

ハプスブルク三都物語 - ウィーン、プラハ、ブダペスト (中公新書)/河野 純一
¥858
Amazon.co.jp

ウィーン・プラハ・ブダペスト (ララチッタ) (ララチッタ―ヨーロッパ)/著者不明
¥93
Amazon.co.jp

街物語 ウィーン・プラハ・ブダペスト ワールドガイド/著者不明
¥11
Amazon.co.jp

ウィーン・プラハ・ブダペスト―あなたと、カフェと、音楽と (2005-06) (マップルマガジ.../著者不明
¥593
Amazon.co.jp

ララチッタ ウィーン・プラハ/著者不明
¥1,320
Amazon.co.jp

ウィーン・プラハ・ブダペストイラストガイドブック―宮廷文化の薫りと芸術をめぐる旅/まつはし ゆか
¥300
Amazon.co.jp



【2011年10月11日】

ヴェニス発 9:40 LX1661 → チューリッヒ発 13:00 LX0160 → 7:50 TOKYO NARITA着

無事 帰国飛行機

明日から また日常が始まってしまいます。

その前に まず…*

お土産品

戦利品 (お土産)

お土産品Ⅱ

ドゥブロヴニクのボタン

アドリア海沿岸を代表する伝統的な装飾品のひとつ。

「ドゥブロヴニクのボタン」の歴史は、起源1300年~1500年の間、アドリア海の栄華を独り占めにした小国、ドブロブニク共和国の歴史に重なります。

丸いボール状の装飾は、聖なる果実を模したもので人生の大きな実りをあらわすとともに、富の象徴でもありました。

ハートのオーナメント

ラヴェンダーのポプリ

ポストイナの蜂蜜リキュール

アメジストのネックレスアドリア海産珊瑚のブレスレット

クラシュ社のチョコレート(バヤデラシリーズ)

お土産品Ⅳ

お土産品Ⅲ

チョコレート

地図のチョコレート社内ビンゴゲームで優勝した賞品

私たちは買いませんでしたが、添乗員さんがしきりに ドゥブロヴニクの “ペッパークッキー” なるものを紹介していました。

ちょっとクセがあるようですが、病みつきになる方も少なくないそうです。

2011年 クロアチア&スロヴェニア旅行記 【完】




アドリア海の素敵な街めぐり クロアチアへ (旅のヒントBOOK)/小坂井 真美
¥1,760
Amazon.co.jp

クロアチア写真集: ツアーで行ったクロアチア、ちょこっとスロベニア、モンテネグロとボスニアヘル.../窪田 俊夫&裕子
¥397
Amazon.co.jp

スロヴェニア~旧ユーゴの優等生 (ユーラシア文庫)/小山洋司
¥990
Amazon.co.jp

ブルーガイドわがまま歩き クロアチア スロヴェニア/著者不明
¥1,544
Amazon.co.jp

旅名人ブックス84 クロアチア/スロヴェニア/ボスニア・ヘルツェゴヴィナ 第3版/外山 純子
¥1,406
Amazon.co.jp

スロヴェニアを知るための60章 (エリア・スタディーズ159)/柴 宜弘
¥2,200
Amazon.co.jp

素敵なスロヴェニア: アドリア海沿いの温泉保養地 (旅行写真集)/丸子 睦美
¥300
Amazon.co.jp

図説 バルカンの歴史 増補四訂新装版 (ふくろうの本/世界の歴史)/柴宣弘
¥2,310
Amazon.co.jp

地図で見るバルカン半島ハンドブック/アマエル・カッタルッツァ
¥3,080
Amazon.co.jp

バルカン史 (世界各国史)/著者不明
¥3,850
Amazon.co.jp

バルカン半島/エドガー ヘッシュ
¥1,073
Amazon.co.jp