幸と不幸と現実と 38 | あもん ザ・ワールド

あもん ザ・ワールド

君へと届け 元気玉

この物語は『半フィクション』です
どれが現実でどこが妄想なのかは
読み手であるあなたが決めてください
この物語は1996年から1997年の
あもんの記憶の中の情報です
現在の情報とは相違がありますので
ご理解ご了承お願いします


大空沢の万年雪を見た翌日、あもん達は利尻島を出発した
ミクねぇとはオロロンラインを走った後、旭川で別れた
ミクねぇは仕事がある為に札幌に帰っていった
あもんは今から中富良野森林公園キャンプ場に向かう
そこには多分、シンさんがいるだろう
8月ももう終わりだが、あもんは北海道の旅を続ける気だった
朝晩が少し冷えるようになったが、旅人はまだ旅を続けている


中富良野森林公園キャンプ場は去年の夏にも長期滞在したキャンプ場だ
設備はひと通り揃っており、近くに“ラベンダー風呂”というお風呂もある
森林に囲まれていかにもキャンプ場と言う感じで、有難いことに無料である
したがって、旅人が閉鎖まで滞在するキャンプ場のひとつとなっていた
当時の富良野では上富良野市の日の出公園、富良野市の鳥沼公園、美瑛のかしわ園と
旅人に長期滞在ができるキャンプ場は多く存在していた
中富良野森林公園キャンプ場はその中でも新しいキャンプ場であり清潔であった為、徐々に旅人が増えていったと言う
しかし、現在ではこの4つのキャンプ場は閉鎖もしくは有料化されてしまっている
無料利用者であったあもん達にとっては誰にも何も文句は言えないのだが
これらのキャンプ場から始まった多くの“人生と言う名の旅”が
あもん達の後輩である旅人が体験できないのが少し残念な気がする


“古き良き時代”とは現代に躓いてしまった者の負け惜しみの言葉のように聞こえるが
あの頃を思い出すことにより、未来の意欲が湧いてくるのも事実だ
過去にしがみついて生きているのではなく、今現在も古き良き時代となるようにと未来に挑戦する意志が込められている
時代は便利の進化によって流れているが、もしその進化が途絶えてしまったらどうなるのであろう?
もしかして、未来の意欲が無くなってしまうのか?と時々怖いことを考えてしまう
スマホを頼りにする旅も立派な旅と言える
今も昔も旅の本質は進化も退化もしていはいけない
人生と言う名の旅は我々人間が成し遂げなければいけないテーマなのだから


中富良野森林公園キャンプ場にはあもんの予想通り、多くの旅人が滞在していた
シンさん、一徳さん、タラさん、かずねぇ、ナンねぇ、サンサンサンとあもんが初めましての旅人も多い
あもんが『こんにちは~』とそのテントサイトに挨拶をすると
みんなは笑顔であもんの椅子のスペースを作ってくれた
聞くとほとんどがこのキャンプ場ではじめましてと言い合ったらしい
それぞれがそれぞれの旅をしており、偶然にもこの時期にこのキャンプ場に辿り着いた仲間たち
このキャンプ場があるからこそでき来たこの輪
見渡してみると、あもん達の他にも数個の輪が出来上がっていた
シンさんと一徳さんは二風谷でも一緒にいたので、あもんのそれからの旅話を聞いてくれた
二人ともあれから一度別れて、またここで再会したらしい



『よし!今日はカレー大会をしよう!』
一徳さんのかけ声で今日の一大イベントが始まった
それぞれがカレーを作り、味を競い合うゲームだ
あもんはシンさんとペアとなり、玉ねぎ、パセリ、にんじん、ニンニクをみじん切りにして煮込んだ
カレールーを入れて調味料としてコンソメ、コーヒー、レモンで味を染み込ませた
その後チーズ、もやし、ししとうを入れてさっと煮込ませた
その他にも3つのカレーが出来上がり、みんなで少しずつ分け合い食べた
ワインを入れているカレー、パイナップルを煮込んでいたカレー、しいたけからダシをとり煮込んだカレーなど
とても贅沢なカレー大会となった
後で食費をみんなで分けたら、一人当たり240円だった
夜になると、かしわ園でキャンプしているバツさんと七輪さんが遊びに来た
バツさんは長く美瑛に滞在をしていて、今年は美瑛で越冬するために家を借りたらしい
七輪さんはライダーでは無く、車で旅をしていて、キャンプ道具は七輪のみ、北海道で就職活動をするためにスーツを持参しているらしい



『俺は“まほろば”を探しているんだ。美瑛にそれがある気がする』
バツさんは焚火を見つめながら呟いた
『なぜ、旅を続けてるのかって良く聞かれるけど、行きつく答えは“まほろば”だったんだ』
『まほろばってどんな意味なのですか?』

あもんはバツさんに食いついた
『住んでみたい所って意味。俺的には木へんの“棲む”を当てて、棲んでみたい処かな?』
『ただ、住環境の良い所に住むって意味じゃないんだぜ。自分にとって素晴らしい処に棲むって意味だ』
『棲んでみたい素晴らしい処か…』
『そう、行きつく処、息尽くす処とも言うかな…』
『それが、バツさんにとって美瑛なのですか?』
『まだ、わかんねぇよ。そんなにすぐ分るもんか、もう分かってたら逆に面白くないからな』
スキンヘッドにヒゲを生やしているバツさんがニコッと笑った
『ただ、今は雪が楽しみでしょうがない。真っ白らしいぜ、全てが真っ白らしいぜ』
『全てが純粋な白い世界に汚れているのは俺だけ』
『美瑛の白い丘って汚れているこの俺も白くしてくれるのかな?』
『時が罪を消してくれるって、ありゃ、嘘だぜ』
『罪は一生消えねぇんだ。不幸だって同じだ』
『だけど、それをわざわざ背負って息苦しく生きる必要は無い』
『わざわざ、一緒にお出かけする必要なんてないんだ』
『重てぇだろ、罪って、動きづらくてしょうがないんだ』
『だから、俺は罪を美瑛の白い丘に埋めて、そこで一緒に棲むことに決めたんだ』
『罪と同居だ。帰って来るといつも罪が出迎えてくれる生活だ』
『俺は毎日罪に笑顔で言ってやるぜ!ただいまってな』
『そして、いつか、俺は罪の上で息尽くんだ…』
『それが俺の“まほろば”分かる?あもん君?』

あもんはバツさんの話が深すぎてあまり理解はできなかったが
『大体、分かりました』と言ってしまった
『そうか、大体分かってくれたら、それでいい…』

とバツさんは煙草に火をつけ、それ以上の過去は語らなかった



『七輪さんもまほろばを探しているの?』
あもんはスーツの上着だけ着たジャージ姿の七輪さんに話しかけた
『ん?なんだそれ?まほろば弁当ってあったら、美味しそうだな』
『俺はそんな難しいこと考えたことねぇや』
『ただ、気持ちいいところで暮らしたいと思っているだけ』
『暮らすってことはまずは働くってこと』
『働いていても無いのにその地に暮らすなんて俺的にはありえないって話だ』
『だから、まずは就職活動からとスーツ持ち歩いているんだ』
『今時期、ちょっと寒いからちょうど良いしな』

と言いながら七輪さんはジャケットを着込んだ
上下ジャージの上にジャケットを羽織った七輪さんは見た目的に面白かった
現に七輪さんは旅人というか転職人のような生活をしていた
まずはその地で腰を下ろし、地域に貢献して少しのお金をいただく
そのお金で地のモノを食べ、地の人たちとおしゃべりをして
その地の本当にいいところを見つける
観光地とは観光客のための地であって、観光客に侵されたくない本当にいい場所はきっとある
地の人はそれを観光客には教えないと言う
離島であればそれが顕著に現れ、島民といかに早く仲良くなるのがコツだと言う
しかし、北海道はもともと移住民が多いため観光客を受け入れる箱は大きい
旅人が北海道に移住し道民となり、新たな旅人に世話をするという習慣がついているのだ
だから、北海道は多くの旅人に愛される地でもある
七輪さんは今年初めて北海道に上陸し、この地の特性を旅で知った
だが、この北海道でも内緒の場所というのがあると言うのも直感で感じている
『冬の北海道に何かがあるってのがバツさんと同意見なんだ』
黒い髪を小さく後ろで結んでいる七輪さんがニコッと笑った



『タラさんの“まほろば”はやっぱり、インドですか?』
今日のあもんはやたらと“まほろば”にこだわる
タラさんはインドから帰ってきて直ぐに二風谷一万年祭に参加した
あもんがそこでタラさんと喋らなかったのはタラさんがインド人だと思っていたからだ
タラとは漢字では多羅と書く。色黒で目がクルっとしていて、あまり自分から喋らないタイプだ
タラさんは“タブラ”という太鼓を持ち歩いて旅をしており、よく叩いていた
タブラとはインドの伝統的打楽器で高音と低音の音を出す2つの太鼓から奏でられる
一見、革をなでるような手つきだが、高速で動く10本の指がそれぞれの音を出していた
あもんにとっては初めての音感だったため『この人は絶対インド人のミュージシャンじゃ』と思っていたのだが
このキャンプ場に来るとちょこんと椅子に座っており、普通の日本人だということを知ってびっくりした
『え?やっぱ、日本でしょ』
『え、そうなんっすか!インドでずっとタブラ叩いて旅してたんじゃ?』
『あははは、タブラは好きだから叩いているだけ、ただの趣味でしょ』
『俺はあまり日本にはいないけど、死ぬのは日本だって決めているから』
『俺、日本人だからね』
『日本にあまり住まない日本人って、日本に失礼だけど、死に場所だけは用意してくれるのが母国なんじゃないのかな』
『ガンガーは日本にはいないけど、神は沢山いる』
『日本だって世界に負けないくらい神国だからね』
あもんは話が難しくなりすぎたのでついていけなくなってしまった
『タラさん、タブラ叩いてくださいよ』

あもんは思わず、話題を自分から振っといて自分でそらしてしまった
『いいよ~』とタラさんはタブラを叩き始めた
静寂なキャンプ場に優しくエキゾチックな音が響き始めた
あもんは焼酎を飲み干しタブラの世界に耳を傾けた


低音がじわりじわりと体中に染み込み、時に放たれるリズムカルな高音にビクッとする
酒に酔っているんじゃない、音に酔っているのだと実感する
耳だけからではなく身体全体から染み込んでいく不思議な音
低音はつま先から心臓に向けてじっくりと走り、やがて心臓を鼓動させる
高音は脳天から突き刺さり目と鼻と耳から余韻を残して去っていく
身体全体で聴くことができるタブラの音域
身体全体が気持ちよく踊っている気がする
そこに、はるか遠くから別の音がゆっくりと近づいてきた
一瞬びっくりして耳障りだと思われるキィーンという音
それは寒気のする嫌な音のキィーンではない
どこか懐かしく、そしてドキドキもする音だ
良く耳を澄ましてみるとその音は共鳴をしている
フォーンともキィーンとも聞こえる不思議な音
共鳴はやがて余韻を残していくが、それと重なるように新たなるキィーンが始まりだした
そしてその音は止むこと無い共鳴音として脳を刺激する


あもんはこの音に驚き辺りを見渡した
すると一徳さんが何かを奏でている
『へへ、タイで買ったんや、別に日本でも売ってるけどな』
見るとそれは仏壇に必ず置いてある“りん”である
ご先祖様にお祈りをする前に鳴らす“ち~ん”である
そのりんを一徳さんは棒で叩くのではなく、外周を棒でなぞっている
りんを手のひらにのせて、棒をくるくると回し外周をなぞっているのだ
そうすると“ち~ん”という音は鳴らず、キィーンという音が共鳴を始めるのだ
その共鳴は棒をまわすほどに大きくなり、共鳴が共鳴を重ねてるのだ
まるでそこから“氣”が放出しているようにエネルギッシュで
そして何より、懐かしくて優しい


タブラとりんのセッションがしばらく続いた
富良野の夜空にエキゾチックで懐かしい音がこだました
夜空を見上げるとひとつの小さな星が大きく輝いてる
それはまるで出口のように、早くおいでよと誘っているように見えた
だけど、今のこの場所が気持ちいい
その星の先に始まりがあるのは分かっているけど
もう少しゆっくりさせてください
あもんはいつしか、母体の記憶を思い出していた






タブラとりんのセッションが終わった時
あもんは『今のこの場所がまほろばじゃん』と思わずつぶやいた




続く