あもん史 第十六章 先輩 | あもん ザ・ワールド

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君へと届け 元気玉

※この記事は長渕剛「しゃぼん玉」をひとおり全てを聴いてからお読みください



応援団は先輩にシゴかれる
先輩によって後輩は育てられる
そこには「一人前にさせてやりたい」という強い意志があるからだ
人前に立つことができるための修行である練習のときには
日々長渕剛の「しゃぼん玉」が流れていた気がする






『血が出るまで声出さんかい!』
『お前それで応援団って言えるんか?恰好だけじゃつまりゃせんぞ!』
『なんじゃい、それ、幼稚園のお遊戯か?』


カツが入ることばを耳元で叫ばれていた
そこには単なる部活という活動ではなく
自分という人間の無限なる可能性を開花させるための種まきだったのかもしれない
いったい何のために苦しんでいるのだろう
そんな疑問がまず初めに現れ始める
なんで先輩は後輩を叱るのだろう
次にそんな疑問が現れ始める
『よくやった』とは決して言わない先輩は
ひとつのハードルを越えると次なるハードルを超えろという
永遠に終わらない障害物競走を
陸上部より多く経験していたのかもしれない
そこに先輩による歓声はなく
叱咤と罵声が響き渡る
だけどあもんは怒鳴る先輩を憎く思うよりも
ハードルを越えられず転倒する自分を情けなく思っていた
そんな時長渕剛の「しゃぼん玉」が聞こえてきた






“ひりひりと 傷口にしみて眠れなかったよ
 泣きっ面にしょんんべん 引っかけられ夜
 薄情な男だと 夜を一枚ひんめくりゃ
 ぐずぐずしてちゃいけねえと 照れずに思えた”







体力の消耗の補給には精神力しかない
水一滴の甘えは成長を途絶えさせ
限界の先にある世界は意識がある時には見ることが出来ない
潜在する精神力の果てにはまず「ランナーズハイ」があり
苦しいことが楽しくなってしまう瞬間がある
この時は先輩の罵声がこの上なく心地よく
男性の潜在意識の中にある「M」のスイッチが入った気がする
しかし応援団は学ランを羽織っている時は
どんなに「ハイ」になっても「凛」としなければいけない
そして「ハイ」になっても終わりではないんだ
「ハイ」の先にある世界に挑戦しなければいけないんだ
「ハイ」の快楽を十二分に楽しんだ後に
あもんはその先の向こうに飛び込んでいった
飛び込んだその先の向こうの世界は
驚くほど「純白の世界」であった
意識朦朧、天地逆転
「ドスっっ!」という音とともに
真っ黒い学ランが泥だらけになった
もう動けない‥声もでない‥空を見上げることしかできない‥
「凛」とした応援団が公衆の面前でぶっ倒れるという羞恥
精神力を頼りに自分で立ち上がってはみたが
再び「ドスっっ!」







後輩のそばには必ず先輩がいる
先輩は後輩が限界を超えたてぶっ倒れた時
『大丈夫か?』という声はかけやしない
『いつまで倒れとるんじゃ、立っとかんかい』と言う
自ら起き上がり、また倒れ
歯を食いしばり、また倒れ
そんな己との戦いを数回繰り返した後
後輩の意志を感じた先輩は後輩をそっと持ち上げる
『立つだけでいいけぃ 終わるまで立っとかんかい』
立つことのできない後輩の後ろには先輩がいて
そっと誰からも見えないように腕で支える先輩がいる
先輩はここでは決して怒りはしない
「こいつもようやくたどり着くことができたんだ」と無言に感極まる
限界を知った人間ほど強い人間はいない
そんな時も長渕剛の「しゃぼん玉」が流れていた







“つまらぬこだわりは 身を縮めるだけだった
 ほんの一瞬でも お前を愛せてよかった
 枯れ果ててしまっても 温もりだけは残ったよ
 妙に悲しくて いざぎよくて 本当に気持ちよかったよ”













後輩が最も長く接するのはひとつ上の先輩である
届きそうで届かない距離がお互いを意識し
後輩の追いつけ追い越せ精神がぐつぐつと沸騰し始めると
先輩の負けられない精神が電子レンジで急速に加熱される
応援団という服従縦社会に於いても無論それは存在し
口に出しては言えない分、精神が先に鍛えられていく
自分の代にはまだもう少し時間があるから
あらゆる失敗経験を糧にし
自分自身の応援道を創っていこうと思った


きっと、先輩は後輩にとって最大のライバルなのであろう
目の前の先輩の背中が大きければ大きいほど
超えなければならない山は高くなり
「先輩を超えろ」という幟をかざして登山をする
それは
応援団だけではなく、人間が何百年も繰り返してきた伝統である
そして
海田高校応援団には「守らないといけない」という伝統は存在しない











伝統は守るものにあらず 
年々歳々 
我等が汗と涙をもって
挑戦し 
破壊すべきものなり











そんな海高応援団のことばを
このころからようやく理解することができたんだ
そしてやっぱりあもんの耳には
長渕剛の「しゃぼん玉」が流れていた












“凛々と泣きながら はじけて とんだけど
 もっと俺は俺で ありますように
 いったい俺たちは ノッペリとした都会の空に
 いくつのしゃぼん玉を 打ち上げるのだろう?”




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