
3歳までに忍耐力
6歳までに判断力
9歳までに洞察力(想像力を含む)
これは「許す」と言う広い心の基礎(土台)に立つ3本の主軸(柱)です。この基礎と3本の主軸(柱)の上に築き上げる人格は、途轍もなく豊かで逞しいと言えます。
いじめは「恥ずかしい事」「卑怯な事」「悪の根源」だと言う事の理解が身に着くのは、9歳までの環境です。恐らくそれを過ぎてしまうと、
手遅れかも知れません。最終的にいじめをする子は、時が経ち親が老いた時に、親をいじめます。
子供の時には9歳までに「地獄」を見せないと、やがて子供も自分も本物の「生き地獄」を見る事になります。
では「子供に地獄を見せる」とは、どう言う意味なのか?
子供は、9歳までに逞しく想像力が発達します。
他人をいじめたら「恐ろしい地獄に落ちる」
盗みをしたら「恐ろしい地獄に落ちる」
殺人をしたら「恐ろしい地獄に落ちる」と言い聞かせ、地獄がどれだけ恐ろしいものかを、話し聞かせ想像させるのです。子供は、不思議と怖い話が好きですね。これは「怖くても見て知り、学ばなければなければならない」と言う本能なんです。子供の頃に疑似体験で叩き込まれた「恐怖」は、大人になっても強く記憶していて、
他人をいじめよう、盗もう、殺そうと思った瞬間、幼い時に想像で見た「地獄」が見えて来て、強く「理性」のブレーキが掛かります。結果、浅はかな真似をしない子になります。残念ながら、学校は既に「道徳を身に着ける」役割を果たさなくなりました。教師がいじめに加担する世の中ですからね。家庭環境が勝負の場です。
私は子供に「勉強しなさい」と言った記憶は、ほぼありません。でも乳児の時から、9歳までに、
やって良い事と、悪い事の区別がつく事。
自分の命と他人の命はこの世で最も大切で有る事。
差別はおしりを出して歩くより恥ずかしい事。
この世は「因果応報」で有る事。
困った人に当たり前に手を貸せる事
そして「いじめたら」「盗んだら」「殺したら」
落ちる地獄をリアルに想像させる話を嫌と言う程聞かせてきました。
ですから、長男も次男も逞しく「理性」が働きます。長男は発達に障がいがありますが、関係なく他人をいじめたりしません。
昨今は「自分正しい」と言う「正義感」の強い子が増えました。親はこれを正しいと思いますがこれは実は厄介なんです。
何故かと言うと「理性」と「正義感」は別物だからです。
「理性」→自分を制する(コントロールする)力。
「正義感」→正しさを他人に押し付ける餓。
全く違いますよね。
やりたい事をやらせて、自分一番で自由に育ったけれど「地獄」を疑似体験していない子は、理性の力がありません。ですから自分の正義感だけで他人に「正しさ」を押し付けて、自分の正しさにそぐわない他人を決して認めず、排除しようとする。
これがいじめの始まりです。
理性の働く子はたとえ相手が嫌いであっても、普通に接したり、関わりを持たない様にする知恵が働く。
ところが正義感だけの子は、嫌いな子を排除しようとするのです。
ですから「理性」の働く子は「人間関係」で、無闇に問題が起きませんが、正義感だけのこは、あちこちで、人間関係に摩擦が起きます。
ただ体だけが大きい「肉の塊」と、理性の働く「人間」とは、全く違う。
自分の子供を凶暴な肉の塊にしない為に、
「子供には地獄を見せなさい」



