
昨今は、誤った新興宗教に入信してしまい、苦しんでいる方の相談が多い。
今日のご相談✨遥さん(仮名)東の地から来て下さいました。遥さんのお母さんは、ある宗教の熱心な信者で、遥さんはその2世。
生まれた時から、教え通り育てられ、大人になってもその宗教を信じざるを得なかった。
ところがこれまでの母親の姿を見て「この新興宗教は正しいのか?」「私はこのままで良いのか?」と、強く思うようになり、どこかに答えがないか?と、ネットで見ていると私のブログにぶつかった。
初めて読んだブログは、彼女の心を突き動かし、即、阿朱庵に来て下さった。
彼女の母親は、いつも立派な事を他人の前で話すのですが、それとは裏腹に、昼夜問わず宗教の会合にでかけてしまい、家族の食事の支度すら長年しない状態でした。更には位が高くなるに連れ、多額の借金をしてまで、会に寄付金をしてしまい、常に家計は苦しい状態だったのです。そんな状態でもお母さんは「信心根本にしていたら絶対幸せになれる」と言い張り、いつも家族に辛い我慢を強いていました。それだけならまだしも、我が強く我儘で、家族に暴言を吐く等、彼女の母親は今で言ういわゆる「毒親」でした。
先日、我慢の限界を超えたお父さんがブチギレて、酷い夫婦喧嘩となり、お母さんは家を飛び出してしまった。結果、遥さんに電話をして来ては、金の無心をする。幾ら断っても、お金を出すまでずっと「お前は親を見殺しにする、今から飛び降りて死ぬ。お前のせいで死んでやる。祈りが足らないからお前は薄情になる」と喚くのです。
「私、あの母の姿を見て、今の自分の生活を見て、この信心がとても正しいとは思えない、でも長い間の洗脳で母の言いなりになって来ました。もう逃れたい。でも逃げたら、母を見捨てた事になるのか?あんじゅさん、私は駄目は娘ですか?」
彼女を見ていると私の母との関係によく似ていると感じました。 「遥さん、死ぬ死ぬと言ってる人は死なない。私の母も死にませんでした🤣お母さんは貴女の弱みをよく知っていて、死ぬと言うキーワードを出せば貴女がお金を出すと解っています。ズルいですね。お尋ねしますが、お母さん不幸ですか?違いますよね。お父さんに追い出された訳じゃない。謝罪の気持ちがあれば、帰る家がある。家に帰れば普通に暮らせますよ。貴女が助ければ、お母さんは謝罪のチャンスを無くします。生きる手段なんて幾らでもあるじゃないですか?身勝手で娘に迷惑を掛けても平気なだけの我儘を言ってるだけです。
遥さん、もう自分の幸せの為に生きて良いです。お母さんの顔色を見て、暮らさなくて良い。信仰者だからと、辛い事や嫌な事をひたすら我慢しなくて良いです。貴女のその必要ない忍耐は、今度は貴女の家族を不幸にしてしまいます。
今までよく頑張って来たと頭が下がりますよ。
最初の貴女の質問にお答えしますね。私はその信仰が正しいか、誤りかはやった事がないので解りませんが、お母さん自身の思想に誤りが有ったのではないか?と思います。人は信仰する為に生きていない。豊かに生きる為に「信じられるものを信じる」のです。そしてこれは私が自分の毒母を見送って思った事ですが、我儘な母に尽くし過ぎたから、母は晩年、自分の人生の幸せに気づかないまま死んで行きました。貴女は洗脳から逃れ、幸せを掴むべきです。
遥さん。今の私の後悔はただ一つなんです。
それは母の言いなりにならず、もっと早く自分の幸せを考えるべきだった。そうすれば、互いに幸せに気づけた。それだけです。
先日、遥さんから念珠のご依頼がありました。
「あんじゅさん、ありがとうございます。私はせっせと阿朱さんのブログを読んで、日々色々改善しています。もう私は自由に生きる。幸せに生きると決めて、母は母で生きると思えるようになって楽になりました。あんじゅさんに出会えて良かったです」
遥さん🥰良かったね。貴女の様な優しい方が幸せで無いのはおかしい。私はそう思っています。

