「いらっしゃいませー。全席禁煙になりますけど、よろしいですか?」
「あぁ……はい」
「お好きなお席にどうぞ~」
昨日の『店長』とは違うけど、出迎えてくれた店員さんに、この人もマイナスイオン満載だな、なんて思いながら昨日と同じ席に座ってメニューを開いた。
「お決まりですか?」
「あ、いや……まだ……です」
「んふふ。どれも美味しいですから、ゆっくり悩んで下さいね」
ふにゃんと笑ったその人につられて、俺の口元も何故か緩んで、慌ててメニューに顔を隠した瞬間にドアの開く音がした。
「あれ、なんでマスターが出てんの」
「あー、かず、おかえり~」
メニューから顔を上げた俺をちらりと見て、口の端っこで笑った二宮さんが、さっきの店員さんを押しのけてカウンターに進んでいく。
「お決まりですか?」
メニューから顔を上げた俺と視線があって、店員さんがニコニコ笑いながら俺の方へ歩いてきた。
「あぁ……えっと、しらすのペペロンチーノのサラダセットで」
「あー!それね!俺もすごい好き!美味いんですよぉ」
んふふふふーって嬉しそうに笑ったその人の向こうから、二宮さんの声が聞こえてくる。
「まーくん!客!なんでマスター出してんだよ!」
「かずとまーちゃんはね、小さい頃からずっと一緒なんですよ」
声のする方を見つめていた俺に、柔らかい笑顔のままで『マスター』が言う。
「へぇ……仲、いいんですね……」
『かず』が二宮さんで、『まーくん』もしくは『まーちゃん』が店長さん、で、この人が『マスター』と、頭の中にメモをした。
「仲いいって言うか、『腐れ縁』ってやつね。てか、アンタもまーくんに甘すぎんだよ」
いつの間にか水の入ったコップを手に戻ってきた二宮さんが、俺の前の席に座りながら『マスター』をじろりと睨んだ。
「え、そこ座んの?」
「え?違うとこ座る方が変じゃない?この場合」
「まぁ……そう、だけど……」
二宮さんと向かい合って座って、一体何を話したらいいんだよって、心の中でため息をつく。
「かずは?何にすんの?」
「ハンバーグ」
ぼそりと呟いた二宮さんに『マスター』は、またふにゃんって笑ってカウンターに戻っていく。
ばたばたと足音がして、店長さんが顔を出した。
「まーちゃん。しらすパスタとハンバーグだって」
そう『マスター』に言われた店長さんが、ちらりと俺の方を見て笑顔でぺこりと頭を下げるから、俺もつられて笑顔で頭を下げる。
顔を上げたら、不敵に笑っている二宮さんとばっちり目が合って、意味もなく咳払いをして、背筋を伸ばして座り直した。
「まーくん、だよ」
「え?」
「あの人の名前」
それだけ言うと、んふふって楽しそうに笑って、二宮さんが水の入ったグラスを持ち上げた。