「おはよ」
一体全体、何が起きるとこうなるんだろう。
「……えっと……」
目が覚めて同じベッドの中に相葉君がいるというおかしな現象が起きている。
「朝イチも可愛い!チューしていい?」
いやいや、良くないでしょ、とか可愛いわけないでしょ、とか、なんで俺のベッドにいるんだよ、とか色々と頭の中では思うのに。
「……勝手にしろ」
昨晩ベッドの中で抱き合いながらしてしまったキスのことを鮮明に思い出し、結局誘惑に勝つ事が出来なかった。
だからって違うよ?何もしてない。いや、何もでは無いけれど、何と言うか。あの後でちゃんと下着もパジャマも着てもらったし、俺もシャワーを浴び、何故か2人揃ってだったけど歯だってちゃんと磨いた。
『寝ようぜ』
そうは言ったけど正直眠れるとは思ってなかった。ペットボトルでの関節キスだけであんなにもテンションが上がって眠れなかったのに初めてしたキスはエロいやつで。それだけでも興奮状態にあったのに、しかも一度だけではなく何度も。そんな事をシャワーを浴びている時も歯を磨いている時も考え、いざ寝ると決めた時にもまだ止まらずにいたんだから眠れるはずもない。
『やっぱり寒いから一緒に寝ちゃダメ?』
内容は可愛げがあるのに、歯磨きが終わり鏡の前で俺の腰を抱きながら耳元でそんな事を言う態度は全然可愛くない。むしろオス感全開に見えた。
『なら暖房入れるか?』
『違うでしょ?』
『だって寒いんだろ?』
『そうだけどそうじゃなくて。って櫻井くんって天然?』
『は?』
『だからオレが言いたいのは、櫻井くんと一緒だと暖かいと思うんだけどなぁってこと』
俺が天然なのかということはこの際置いといて、相葉君からそんな事を言われたら舞い上がらないわけがない。だって彼のどんな願いでも叶えたいと思ってしまっているのにその内容が俺得でしかないんだから尚更。
『……そこまで言うなら別にいいけど』
『え、マジ?』
『だって寒いんだろ?なら、仕方ないし……』
深くは意識していませんと言う態度を取ってみるのがせめてもの抵抗。だからといって相葉君にそれが伝わる事はない事も分かっていた。ただ、言ってみただけ。素直じゃないだけ。こんなにも大好きな人からの最高な誘い文句があって良いのかと頭の中はパニック寸前だった。
その後すぐ、なぜか相葉君が俺のベッドに先に入り両腕を広げた。だけど彼のことを直視することが難しかったのはその光景があまりにも眩しく魅力的だったから。自分のベッドなのに、俺に向けて両腕を広げる相葉君がいると思うとそこに行くことが罪でしかないように思いながらも誘惑と戦う気持ちなんてさらさらなく。
「……お邪魔……します」
俺が来るまで両腕を広げ続ける相葉君に、そう掠れた声で言ったのが精一杯。キスは初めてだと言ったけどこんな事にも慣れが見えると俺が言えば「お兄ちゃんだからじゃない?」と優しい声で言うくせに。
「温かいね、櫻井くんの体温」
躊躇いながらベッドに入ろうとした俺を迷いなく抱きしめた相葉君はベッドの中でも当たり前のようにキスをした。
「そっちの方があったけぇーだろ」
寒いと言っていた彼の体温は俺なんかよりもずっと熱く、深くなっていくキスも吐く息も、まるで欲情しているかのようだった。
「なんだよ。寝不足?」
朝食のための食堂で、挨拶よりも先にニノにそう言われて焦った。だって図星だったから。
「大丈夫です」
だけどそれ以外言いようがない。寝不足だと答えればその理由を問う言葉が返ってくるのがわかっていたから。それに答えられる程の余裕は今の俺にはない。
「って相葉もじゃん。お前ら同じ部屋だったよな。でも相葉は元気そうに見えるけど、その欠伸いい加減に止めろ」
堂々と欠伸を繰り返す相葉君にニノが言う。
「欠伸止めるとか無理!ってか、オレ、元気そうに見える?」
「見える見える。めちゃくちゃ肌ツヤも良くない?欠伸さえなければ絶好調に見えるぞ?」
そんなニノの言葉に相葉君が嬉しそうにオレに視線を送ってくるけれど、頼むから誤解を生むようなことはしないで欲しい。言ってしまえば誤解ではないんだけど、こんなところでうっかり俺たちのキスの話なんてされた日には色々終わる。
「でしょ!オレ超元気なんだよね!」
「寝不足なのにか?」
「まぁ、寝不足ではあるけどね」
また相葉君が俺の方を見るから慌てて目を逸らす。多分だけどニノは勘が鋭い人間だと思う。俺たち生徒の事をよく見ている。だからひょんなことから相葉君とのキスがバレてしまうのではないかとハラハラしているのはどうやら俺だけらしい。
「程々にしとけよ」
今度はニノが俺を見る。鋭く見える視線に相葉君との時と同じように逸らしてしまう。まさか遅い時間までベッドの中でキスをしまくっていた事がバレたのではないかと嫌な汗が背中を流れたんだけど。
「ゲームばっかやってたらおれみたいな大人になるからな」
「……ゲーム?」
「分かるよ?ゲームやめられねぇのは。でも朝までやるのは休みの前の日だけにしとけよ」
笑いながらそうニノが言うから、心底ほっとした。
「美味かったね」
朝食を終え部屋に戻りまたキスをされる。極自然に。まるで今迄もずっとそうしてきたかのように。
「……ん」
だからと言って俺たちは恋人同士ではない。ベッドの中で抱き合い何度キスをしても、相葉君から恋人というワードが出てくることは無かった。
「あ、オレ今日から部活あるんだ」
「部活?バスケ?」
「うん」
「そっか。なら先帰るわ」
約束をしなくても学校が始まってから何となく毎日一緒に寮に戻っていた。周りに誰もいなければ手を繋ぐのも一度だけではない。さすがに外でキスをされたことは無いけれど。
「えー、待っててくれないの?」
「え?俺が?」
「ダメ?一緒に帰りたいのに」
そう相葉君は言うけれど、学校から寮までなんて目と鼻の先。数分で着く距離は彼の部活を待つほどのことでは無いと思うのに。だけどそんなことを言われたらめちゃくちゃに嬉しいに決まっている。
「図書室にいるから部活終わったら来てくれる?」
結局コレ。どうしたって俺は相葉君の事が好きすぎるんだ。例えばワガママだと思うことを頼まれたとしても俺が否定的な返事をする事はきっと無い。
「いいの??」
そもそもで、ワガママだとすら思わないかもしれない。こんな風に嬉しそうな顔をしてくれる事を知ってしまったから。
「いいよ」
「やった!超嬉しい!!」
「はは!」
嬉しいと相葉君は言ってくれるけど、ハッキリ言って俺の方が嬉しいし盛り上がっている。果たして図書室での勉強は捗るんだろうかと不安ななるほどに。
「毎日?」
「……え?」
「毎日待っててくれる?」
そんな恋人みたいな事を俺として良いのかと聞いてみたい。俺の事を抱きしめキスをする理由が、恋人のそれだったら良いのにと思ってしまう。手を繋いだり毎日のように一緒に帰るのだって恋人のようだと思うのに。
「……俺となんかで嫌じゃねぇの?」
確かめるための上手い言葉を俺は知らない。だからこんな曖昧な聞き方しかできない。それでも期待してしまう。相葉君からの否定の無い返事を。