頭の奥が痺れている。
触れた唇も絡む舌も、初めての感触に戸惑っているはずなのに。
「……んッ」
言葉を発することはなく続く相葉君とのキスは、人生で初めてしたとは思えないほどに気持ちイイ。妄想の中でしていたキスとは全然違った。だけど同じなのは相手が相葉君ということ。
「……ん……」
初めてするキスが長く想っていた人とであるということは、例え俺たちの関係が恋人同士ではなくても絶対的に幸せな事なんだと思った。
「…………やばい、オレ」
キスをやめた相葉君がそのままベッドの上で被さるように俺を抱きしめ、そして耳に近い場所で小さく呟いた。
「……嫌だったよね、ごめん」
謝る言葉を言われて、そうだよなと納得で。それは好きでもない俺相手にキスをしてしまった事を言っているんだと理解した。
「ごめん、我慢できなくて、オレ」
「……え?我慢?」
「ん……ダメだよね、オレ」
近い声は何故がものすごく切なくてどう答えたら良いか分からなくなる。思っていた謝罪の内容とも違うらしい。だけどこのまま何も言わないことが一番違う事だけは何となく分かって、だから言葉を選ばなくてはと痺れたままの頭をどうにか動かそうと必死になった。
「……我慢、しなくていい」
結果的に考えに考えた答えはこれだった。彼の謝罪が何に対してだろうと、どうしてもキスをされた事に対して否定的な返事をしたくなかった。だって俺にとっては、好きな人とすることが出来たファーストキスってやつだったんだから。
確かに我慢しなくていいと彼に言った。相葉君の声が切なかったこともそうだけども、初恋の人とキスをしたと言う現実が俺を舞い上がらせているのは間違いなかったから。
だからと言って、また相葉君とのキスが始まるとは思いもしなかった。最初で最後。いたずらにしたにせよ単純に雰囲気に流されただけにせよ、二度目があるはずは無いと思っていたのに。
「……んっ……」
だけどされるがままに、口内での水音が聞こえるほどに俺の舌を追いかける相葉君の舌に自分のそれが絡むのをやめることを俺は自分の意思でしなかった。
「相葉君?大丈夫?」
散々にしておきながら急にキスをやめた相葉君が何も言わずに俺から離れ向かった場所は浴室だった。それこそタオルも下着も用意せず急ぎ足で。しかも浴室に入ってすぐに、中からまるで叫びのような声が聞こえ、更にはドタバタと激しい音まで聞こえたから声をかけずにはいられず。
「相葉君?」
「大丈夫?」
「おーい、相葉くーん、大丈夫ー??」
何度か声をかけてようやく気付いたのか聞こえたのか、相葉君の慌てる声が聞こえて少し安堵した。
「……え?櫻井……くん……え、あ、だ、大丈夫」
だけど、大丈夫と答えるその声に信憑性はまるでなくて逆に心配が増す。
「具合、悪いとかじゃないよね?」
もしかして、お湯を浴び冷静になった途端男同士でしてしまったキスが気持ち悪かった、とか、そんなんだったらショックはかなりデカい。だけど無い話では無い。むしろその可能性は高いのでは無いか。好きでもない男としたキスに後悔しているのかもしれない。
「逆……」
「は?」
「いや、なんでもない!とりあえず大丈夫だから」
そこまで言われてここに居るのもと思い心配を拭えたわけではないけれど、相葉君には珍しく脱ぎ捨てられたままの衣類を床から拾って洗濯のカゴの中に入れた。
部屋にひとりになって考えるのはさっきのキスの事。相葉君が俺にキスをした理由はポジティブに捉えたいけれど、可能性としてはどうか。相葉君の恋愛対象が女に限らないと知った今、もしかしたら自分にとって千載一遇のチャンスなのではないかと思い始める当たり随分と図々しいとは思うけど。
「好きでもないやつにあんなキスする人じゃないと信じたいっつーのもある」
なんて都合のいい解釈しか出来なくなってしまっているのは半分以上は相葉君のせい。だからと言って、シャワーから上がった相葉君にキスの理由を聞けるほどのメンタルは無い。
「ただの興味本位としてって可能性のがでかいか…だから今気持ち悪くなってるのかも……」
長く好きな人がいるとも言っていた。その人とする時のための練習として、たまたま隣にいた俺がちょうどいい相手だと思われたのかもしれない。
「それでも俺得って思うのは間違ってんだろうな」
ただ遠くから見ているだけの存在だった相葉君とキスをしたんだから舞い上がるくらい良いだろ?キスをしたことでこの先気まづい空気にならないかと言う懸念はあるけれど。
「だとしても……だよな」
さっきからテンションが高い。表立って見えないかもしれないけれど、かなり興奮してるのは自分が一番分かっている。
「ごめん」
急に聞こえた声の方に顔を向ければ
「タオル、忘れた」
濡れた前髪で相葉君の目が隠れ表情は見えない。
「え、あ。……た、タオル?取るよ?!」
何も身につけずに、お湯で濡れたままの彼がゆっくりと歩き
「大丈夫」
小さくそう言うけれど
「これ。俺ので良かったら」
手に届くところにあった自分のタオルを掴んで広げ、今度は俺が濡れた相葉君の体を包み込んだ。