今朝も抱きしめられたまま目が覚めた。目が覚めて1番に見えたのは今日も相葉が着ている寝巻き代わりのTシャツの柄。
言ってしまえば寝起きとは思えないほどに気分はかなりいい。相葉の腕の中にいることがそうさせているんだと認めざるを得ない。この場所は正直かなり安心する。
それにしてもこの生活が始まって今日までなぜ疑問に思わなかったんだろう。彼が俺を抱きしめるという事に不思議さや嫌悪感はまるでなかった。だけどその逆という選択肢あっても良かったはずなのに俺達には全く無かったように思う。
当たり前のように広げられた腕の中に、何の躊躇いも違和感もなく包み込まれるように抱きしめられた俺はその瞬間からその場所を好きになった。
1週間前までは男と付き合うことすら考えたこともなかったのに。
「マジで一緒に行くわけ?」
これは通勤の話。同じ職場の俺たちは、当然朝出る時間も同じになる。土日、甘々な生活を送った俺達だけど、さすがに月曜日の今日からは当たり前に仕事がある。
「そのつもりだったけど」
嫌ならやめておこうか?と言う相葉は大人だなと思う。告白の返事をした時に場所を構わずに抱きしめてきた男ではあるけれど、基本的に相手のことを考え尊重する人間だと思っている。
「……んー、そうだな。一緒に行っても別におかしくはねぇか」
ふたりで出勤した事を色々と勘ぐる人や何かを言ってくる人もいるかもしれないけれど、それはそれで別に良い気がしてくる。やましい事をしている訳でもないし、下手に隠すにはきっと俺は不器用すぎるから。
「ほんとに?」
「ん」
「それならさ、手繋いで出勤しちゃう?」
「……ダメに決まってんだろ」
「ふふ、だめかぁ」
相葉が作ってくれた朝食を今日もふたりで食べながらこんな会話をする。誰かと暮らすことが窮屈だと思っていたはずなのに、この数日の相葉との時間を過ごした自分はちゃんと自然。照れくさかったり無駄に緊張したりはあるけれど、それもある意味で自分らしいと思えた。
「おはようございます」
「おはよう」
「櫻井さんすみません、これなんですけど」
「どれ?あー、これね」
月曜は他の日に比べて忙しいのはいつも。そのどれもをこなしていく事が気持ちいいと思うのは生まれ持った性格と言うやつだろう。そんな忙しい午前中はあっという間に過ぎ、時間を見ればもう正午はとっくに過ぎていた。相葉が昼を一緒にと言っていた事を思い出したのもこの時。
「うわ、やば」
すぐに連絡を入れればまだ店にいると柔らかな声で相葉がいうから、急いで行くとだけ伝えてジャケットを羽織って走った。
「ごめん、待たせた」
決めていた店が職場から近い場所で良かった。だけどどのくらいの時間を待たせてしまったんだろう。テーブルの上にあるアイスコーヒーの氷はほとんど溶けていた。
「お仕事お疲れ様。ランチ一緒にって思ったんだけど。ごめん、オレ食べちゃった」
聞けば先方との約束の時間が間もなくらしい。それなら俺との時間なんて気にする必要は無い。そもそもで遅れたのは自分だしそれに一緒にいる時間は間違いなくあるわけだし。約束の1週間だってまだ終わらないわけだし、と思う俺は密かに未練がましい。
「俺の方こそごめん。時間押した」
「想定内だよ。月曜日の櫻井さんはいつも忙しそうだもん」
「まぁ、他の曜日に比べたらちょっと忙しかも。でもほんとごめんな。埋め合わせするから」
店員に決めたメニューを告げてまた相葉と向き合うけれど、多分もう時間はわずか。本当なら昼の時間丸々一緒にいることができたはずなのにと後悔。
「そうだ、誰かになんか言われた?」
「え?」
「一緒に通勤した事」
そういえば誰にも何も言われてない。忙しかったのもあるけれど、自分が気にしていたほど俺が誰かと出勤しても誰も気にもしないらしい。何かを言われることも視線を感じることも全く無かった。
「特に」
「そっかぁ」
「そっちは?」
もしかしたら一緒に通勤した相手が男だったからかもしれない。これ女なら話は別なのかも。変な噂と言うやつはそういう小さいきっかけでたったりする。相葉と俺が並んで通勤したからと言って、傍から見れば大したことでは無いんだろう。
「同じ部署の、あの子わかるでしょ?櫻井さんに宣戦布告して失敗した。あの子には言われた」
「あぁ、あいつか」
「たまたま見たのか分かんないけど、朝イチで飛んできたよ。なんで一緒に通勤してるのかとか昨日から一緒にいるのかとか……なんかうるさかった」
余計なことにならなければどれだけうるさくても構わないけどね、と言う相葉はやっぱり大人だと思う。俺ならどうかな。多分邪魔くさいなくらいのこことは思うだろう。
「目ざとい女だな」
「ふふ、だね。あ、ごめん、もう行かないと。帰りはどう?一緒に帰れる?」
「あー、ごめん。一旦家戻るわ。ワイシャツとか下着とか取りに行きたいし」
「そっかぁ。……それって、取ったらちゃんとオレんち来てくれる?」
そんな寂しそうな顔を抱きしめることも出来ない場所でしないで欲しい。うっかり出そうになる手を誤魔化さなければならなくなる。
「ならさ、俺ん家来る?」
「……え?」
「嫌じゃなければ、だけど。それすればロスなく少しでも長く一緒にいられるかなって」
そこまでの必要はさすがにないか。数日間に合うくらいの荷物を取ってまた相葉の家に行く。そんな時間すら惜しいと考えなくても時間なら沢山ある。
「いいの?」
「え?あ、全然いいよ」
だけど、櫻井さんの家初めて行く、と静かに喜ぶ相葉を見て自分が言ったことが少なくとも不正解では無いんだと思うと嬉しかった。
「つーか、時間」
「わっ、やば!」
「会計いいから急げよ」
「でも」
「いいから。それより帰り、忘れんなよ」
俺に言われて時間のやばさに気がついた相葉が「ありがとう、ご馳走様!ごめんね!」と言って大慌てで店を出ていった。