キスをしていた記憶しかない昨日の朝はどうだったかな。
狭いベッドの中だったけど、目が覚めた時に相葉の顔を直視できたくらいの距離はあったんだと思う。
それが今朝は違った。目が覚めて一番初めに見えたのは相葉が着ていたTシャツの柄だった。
「おはようございます、櫻井さん」
どうやら俺は相葉に抱きしめられたまま眠っていたらしい。胸元に埋めていたらしい顔を相葉の声がしたから離れれば、油断も隙もなくすぐにしてくたキスは相葉曰く「おはようのキス」らしい。
「口……痛てぇよ。昨日からマジでしすぎじゃね?」
「ふふ。うん、櫻井さん少し唇赤いかも」
そう言いながらまたわざとなのか音を立ててキスをしてくるから
「ったく、笑い事じゃねぇーっつーの」
照れ隠しでそんな事しか言えなかった俺は相葉から見ても可愛くないだろうと思ったんだけど
「あーー、もう、可愛すぎる!」
俺の体を苦しいくらいに強く抱き締めながら相葉が悶え出したから、どうやら可愛くないとは思われなかったらしい。
「飯、食うでしょ?」
昨日はマジで一日中キスをしていたんだと思う。食事らしい食事した記憶が無い。細かい事を言えばトイレには何度か行ったし一緒に入りたいと駄々を捏ねる相葉をどうにか制してシャワーも浴びた。だけどまたすぐに俺を抱きしめて離れず、大袈裟ではなく延々とキスを繰り返した。
「あー、どっか食いに行く?」
作るという選択肢はない。買うか外で食うかの二択。相葉だって独身男子なんだから俺と似たような食生活なはず、と思ったんだけど。
「作るよ、何が好き?朝からナポリタンはさすがに厳しいと思うけど」
「え?飯、相葉が作るの?」
「そうだよ?」
「マジ?」
驚く俺に相葉が可笑しそうに笑う。話を聞けばどうやら朝と夜は自炊がほとんどらしい。レパートリーは少ないと言うけれど、麦茶くらいしか作ったことの無い俺としてはハッキリ言ってキッチンに立つだけでも凄いと思ってしまう。
「卵あるから、目玉焼き?スクランブルエッグのが好き?あ、フレンチトーストもありかな」
パンも牛乳もあるから、とベッドの中で冷蔵庫の中を思い出しながら話をする相葉はこんな時も俺を抱きしめて離さない。
「フレンチトースト、俺好き」
「あ、ほんと?それならフレンチトーストにしよっか。カフェオレでも入れて」
ほんとに好みが合う。フレンチトーストにカフェオレなんてめちゃくちゃ理想的な朝食。かと言って自分一人では現実にそれらが朝食になることは絶対に無い。栄養ドリンクだったり10秒で飲めるゼリーだったり、朝は特にそんなんばっかりだから。
「自炊とかすげーな」
「そう?普通でしょ?」
「いや、めちゃくちゃすげぇ。俺、できねぇもん」
関心する俺に嬉しそうな顔をする相葉の素直さも好きだと思うことのひとつ。素直すぎるくらいにストレートに出す感情はとても魅力的に思える。だけど怒りだったり負の感情を見たことは無いかもしれない。風邪でダウンした時ですら、俺の事を気遣っていた。
「簡単だよ?教えようか?」
「いや……」
「やめとく?」
「今日のところは……」
「ふふ、じゃ、気が向いた時にでも」
腹減ったし起きよっか、と言った相葉がベッドから出る前にもう一度キスをしてきたから安心した。昨日あれだけ離れずにキスをしていたのに今朝はあっさりとベッドから出るのかと思うと複雑になるとかどうかしてる。1週間前にはこの男とこんな風にキスをするなんて思ってもいなかったのに、俺は相葉とするキスがめちゃくちゃに好きなんだと自覚せざる得ない、らしい。
「うわ、美味そ!!!いただきます!」
キッチンに立つ相葉に今度は俺が離れなかった。調理の邪魔になる事は分かっていても一緒にいたいと思ったのはきっと相葉からの素直さの伝染に違いない。たったこれだけの時間も離れ難く、後ろから彼の事を抱きしめるように背中に胸元を密着させた。
「うっま!!!やっば!!!」
他にもサラダだったりを簡単そうに作る姿にも関心するばかりだった。相葉が作ったどれもがものすごく美味くて何度も美味いと口にした俺に、褒めすぎだよ、と彼は言ったけどそんなことはない。
「やっぱり毎日一緒にいない?ご飯も毎日作るよ、オレ」
どうですか?と言う相葉の目は笑っているけど真剣に見える。
「……検討する」
ハッキリとした答えはまだ出せない。数日なら楽しく過ごせるかもしれない、昨日今日みたいに。だけど家族以外の誰かと共に暮らしたことも無く、その理由は過去の誰を見ても長時間一緒にいるとどうしても窮屈だと思ってしまってきたから。
「前向きにご検討お願いします」
「……ん」
「あ、昼飯どーしよっか?」
話題を変えたのは明確に答えられない俺に対しての優しさなのか、それとも曖昧な答えしかできない俺から自分を守るためなのか。それにしても朝食を食いながら昼飯って。
「昼飯?朝飯食ってんのに?もう昼飯の話?!」
「だって櫻井さんが食べたいもの作りたいし。冷蔵庫に無かったら買い物行かなきゃだし」
「それは嬉しいけど、わざわざ買い物行かなくていいよ。基本的に何でも食うから」
相葉が作ったものなら何だって美味いんだろうなと思う。キッチンに立つ相葉をまた後ろから抱きしめて調理の間中にまた密着できるかもしれないと思うと、楽しみがかなり増した。
「マジですげぇ。天才?全部めちゃくちゃ美味い!」
その日の昼も夜も相葉が作ってくれた飯は、そのどれもが俺の好みに合わせたとしか思えないほどに美味いものだった。