彼 3 | 櫻葉で相櫻な虹のブログ

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例えば今、男にそんな事をされたら瞬間的に誘われているんだと理解出来ると思う。




『ちょっとヤバそう……休めるならどこでもいいので』




だけどあの時はそうは思わなかった。旅行先で酔いつぶれそうになっている人を介抱する事だけが目的で、休めるならどこでもいいと言った彼の指さすド派手なホテルに躊躇いなんてまるでなく、彼を支えるようにして男二人で入った。








『大丈夫ですか?』




絵に書いたような部屋だった。派手なカバーをされたデカいベッドが部屋のほとんどを占め照明は薄暗かった。必要性の分からいほどのサイズの鏡があちこちにあり、部屋の大きさに見合ってないなと何故かそんな事を考えた。




『こんなところに付き合わせてしまって申し訳ない



そう言った彼は着ていたジャケットを邪魔くさそうに自分で脱いだ。Tシャツだけになったその体はジャケットを着ていた時に比べて細く薄い。




『とりあえず横になりましょうか。その方がきっと楽だし』



『……ん』



『喉、渇きませんか?』




水。そう思って開けた冷蔵庫だと思った箱の中に並ぶ物を見て、ここがどういう場所なのかという現実を急に思い出した。










「だからって抱くかよ……」




その時の事は嘘みたいに鮮明に思い出せる。使ったこともない玩具を見て慌てたのと同時に、彼の薄く華奢な体が異常に気になり始めた。見てはいけないと思うのに見てしまった彼のオレを見る上目遣いが、何故あの時に自分の事を誘っていると思ってしまったのか。





「そんな素振りは全く無かったのに……」




彼はただジャケットを脱いでバカでかいベッドに座っていただけだった。多く言葉を発するわけでもなく、オレの体に触れようとすることももちろん無い。誘うように見えた潤む目だって、それは酒のせいであることは間違いなかったのに。





「……はぁ」





だけどオレは彼を抱いた。そして彼も何も抵抗をしなかった。こうなる事がオレたちにはごく自然なことだとしか思えないほどに、余計な事は何一つ話さず、何度も何度も朝が来るまでお互いがお互いの身体を求め重ね続けた。










「先生?先生??相葉先生!」



「え?……あ、はい!あ、すみません」



「何回も呼んだのに。全くどうしたのよ、今日の先生いつもと違わない?」




長く務めるこの看護師の唯一の欠点は口の悪さかもしれないと前々から思っている。しかもオレにだけ。




「つーか、ほら。診察の時間だよ?患者さん呼んでいい?」




問いかけているようで実は違う。オレの返事を待たずにもう次の瞬間には患者の名前を読み上げていた。でもそれくらいの方が有難いのは正直なところで、最近のオレはあの日の彼の事で頭がいっぱいになる事が多い。どうしてなのかは多分、あの彼と体を重ねた季節だから。




とは言え仕事となれば切り替えはさすがにでき、あっという間に午前の診察が終わった。





「先生、飯は?いつもの弁当屋の?」



「んー、そうしようかな」



「ならおれ買ってくるよ」




口は悪いけど気も利くし仕事はかなり早い。年齢も近く、やりやすさで言ったら文句は何一つ無い。




「ありがとう、二宮君。これで買ってきてくれる?君の分も一緒に」



「奢り?やった!何食おっかなぁ」




そんな平和すぎる会話はかなりの息抜きで。この時ばかりは彼のことを考えることも無く、弁当屋の袋を持って戻ってきた二宮君と一緒に買ってきてくれた弁当を食べながら他愛のない話をした。





「そう言えば先生、さっき先生の事聞かれた」



「僕のこと?」



「そう、あそこの病院の人ですか?って聞かれて、そうだって返事したら、若い先生いるか?って」




若いかどうかは何とも言えない年齢ではあるけれど、医者と思えば若く見える方かもしれない。




「なんて答えたの?」



「そのまま答えたよ?30代くらいってその人が言ってきたからさ、若く見える医者ならいるけど40過ぎてるって言った。あとはおじーちゃん先生ばかりですって」




なんというか素直と言うか。反論は何も出来ない。




「納得したみたいだった?」



「多分?よくわかんないけど、お礼言われた」




自意識過剰に聞こえるかもしれないけど、この手の事はたまにある。どこからか噂を聞きつけた女性たちが二宮君に限らずオレのことを詮索しているらしい、と。




「適当でいいからね。病院のこともあるから無下には出来ないけど」



「分かってるって。でも、珍しいよね。男が先生の事聞いてくるなんて」




「男?」



「そうだよ?言わなかったっけ?めちゃくちゃ綺麗な顔した男の人だよ、おれに先生の事聞いてきたの」




やっぱり美味いわ、と選ぶ弁当はほぼ毎日同じなのに今日も美味しそうに食べる二宮君の肩を気付けば凄い力で掴んでいた。