初めての寮生活は戸惑う事ばかりだった。そもそもで相葉君と同室になった時点で戸惑いが最大限までいったのは間違いなかったけど。
「ご飯、食べに行かない?」
荷解きを大体終えて、机やらクローゼットの片付けも明日からの生活に困らない程度には終わった頃に相葉君が言った。
「ご飯?あぁ、そっか。飯の時間も決まってんだもんな」
実家に居れば適当な時間にかかる親からの声で食事をしていたけど、ここでは自分で動かないといけない。
「なんだろね、ご飯!」
「相葉君は好き嫌いとかないの?」
「んー、特に無いかな。櫻井くんは?」
「……パクチーとかそっち系」
目一杯普通を装っている俺だけど、こんな会話も実に堪らない。食べ物の会話一つにしても俺にとっては有意義且つ重要な情報だったりするわけで。
「ふふ、パクチー苦手なんだ」
「クセ強くない?」
「強いけど。……ふふ、やっぱり可愛い!」
申し訳ないけど意味がわからなくて困惑する。だってパクチーが苦手な事と可愛さがイコールでは全くないから。だけど相葉君が楽しげに話すから、内容云々は置いておいてこれはこれでテンションは上がる。
「だから可愛いとか無いから」
「可愛いって言われるの嫌?」
「……まぁ、微妙」
「微妙って!優しい!可愛い!」
可愛いと言われること自体が特に嫌な訳ではなくて、それを言われてどう反応する事が正しいのか分からないところが困る。その言葉に喜ぶわけでは無いけれど、相葉君に言われてるからなのか不快とかは不思議なほど無い。
「……だから可愛くないでしょ」
「んーーーー、可愛いよ?」
「微妙ではあるけど……とりあえず良いとして。なんだけどそれ、他の奴がいる前では言って欲しくないというか……」
と言う前に、俺の事を可愛いと形容するやつなんていないから。それこそ小学校に上がる前までは可愛いと言われてはいたけれどこの歳になって言われた事はマジでない。
「嫌なら言わない」
「頼むわ」
「ふたりの時は?」
「……え?」
「ふたりでいる時は言ってもいい?オレ、多分可愛いと思ったら言っちゃうと思うんだよね」
こういうところも良いなと思う。俺が可愛いとか可愛くないは別として、今思っていることを言葉として言ってくれると安心する。全部を言葉にすることが美学な訳では無いけれど、俺はきっと相葉君が思ったり感じたりした事を知りたいんだと思う。
「あ……」
「やば、めちゃくちゃ腹減ってきた」
「うん、オレも!」
ふたりで部屋を出てから割とすぐの食堂付近でしたカレーの匂いは自分達が空腹である事を思い出させた。
「食べすぎたーー!!」
当たり前のように食堂で並んでカレーを食べ、当たり前のように共に食器を片付け、当たり前のようにふたりで部屋に戻った。
「俺も食いすぎた……」
普段の量より相当食べたのは、相葉君と食べたカレーが美味かったから。と言うか、相葉君が食べる様子を見て俺の食欲が増長したと言うべきか。
「やば、結局シャンプーとか買ってないし」
でも腹いっぱいで部屋から出たくない、とベッドに寝転びながら言う。そんな相葉君に食欲が満たされた俺はまた違う欲が湧き出そうになるんだけど。
「シャンプー、俺の使えば良いよ」
どうにかして湧き出る欲を押さえ込んで会話を続ける。そうじゃないとこんなシチュエーションは極めて危険。
「マジ?」
「まじまじ、むしろ……」
「ん?」
「いや、なんでもないです」
相葉君と同じ匂いになるとかヤバすぎる。むしろこちらからお願いしたいくらいで。だって同じシャワールームを使い同じシャンプーを使うなんて、もうこれって同棲の域なんじゃないか、なんて。
「じゃ、お言葉に甘えて今日は使わせて貰っちゃおうかな」
「もちろん。つーか、別に一緒に使えば良くない?無くなったら……一緒に……えっと……」
「……ん。一緒に買いに行こうね」
ベッドから俺を見る目が眠そうだからなのは分かってる。だけどその潤む目があまりにも色っぽくて、必死に抑え込んだつもりの欲は一瞬。
「俺っ……、しゃ、シャワー先浴びていいかな?」
「んーー、もちろんいいよぉ」
声も眠そうだ。だけど、それもまたものすごく良い。少しだけ鼻にかかる声が甘さを増す。
「じゃ……、お先に」
慌てるように脱衣場で服を脱ぎシャワールームへ飛び込んだ俺の体の反応は酷い。同室初日、まさか俺がこんな事になっているなんて相葉君は想像すらしないだろう。
「…………はぁ」
体の反応が落ち着くのを待つのみ。
「頼むから落ち着いてくれよ……」
このまま相葉君の事を考え続けたら一生収まらない。だからと言って頭の中から完全に排除するのは絶対に無理なこともわかった。
「…………はぁ」
相葉君は寝ちゃったかな。それならやれる?とか何とか考えながらも初日からはさすがにと思い直して、いつもよりも熱くしたシャワーを頭から思い切り浴びた。