どうしてもどうしても大好きで、だけどその事が恐らく相手の迷惑になっている事も知っている。それでもこの想いが消える事は無く気付けばもう何年も片思い。言葉で表したことは無いけれど、相手の素振りを見れば俺の想いに気付いていることくらいはわかった。
だから嫌われないように。近くにいることができなくてもいいから、せめて邪魔な存在にはならないようにと日々を過ごしたつもりだった。卒業と共に彼への想いを断ち切ろうと親にワガママを言ってまで実家から遠い学校への進学を決めたのに。
203号室
相葉雅紀
櫻井翔
まさか実家からこんなにも遠い学校の同じ寮で同じ部屋になるなんて。誰がそんなことを想像できただろう。妄想の中ですら考えた事も無かったのに。
「あー、気まずい……」
最近では話をしたことはほとんど無かった。同じクラスになったのは幼稚園の頃だけだったと思う。その頃は親同士の関係でたまに遊ぶ程度の仲だった。
初めてそういう意味での意識をしたのは小学生の後半だったと思う。5年だったか6年だったかの性の授業の時だった。同じクラスでは無かったのに何故か目で追う彼のことをその授業の時に思い出した。考えた事の無かった性と言うものを授業とは言え目の当たりにし、男女の性行為についてだけの授業に違和感を持った。
「はぁ……。めちゃくちゃ嬉しいし喜びたいのにすげぇ憂鬱」
好意を持って欲しいとまでは言わない。だけど最低限嫌われたくはない。だけど今現在それも怪しい。もはや無意識レベルで追ってしまっていた視線は極たまに合った。その時にされた怪訝そうな顔にその都度落ち込むのに、それでもどうしても次の瞬間また追ってしまっていた。
「……お邪魔します……」
グダグダと考えても今の俺の居場所はこの寮のこの部屋しかない。ドアの前で悩み続けること数分、はっきり言って解決方法が無いことくらいは分かっていたのに彼がこの部屋の中にいるんだと思うとすぐに開けることが出来なかった。
「あー!やっと入ってきた」
「……え?」
「いや、結構前からドアの前にいたでしょ?なんかブツブツ独り言?聞こえたからそこから覗いたんだよね」
今時?と思えるドアにある小さな穴を彼が指す。
「そしたら櫻井くんがめちゃくちゃ深刻な顔して立ってるからさ、なんかオレがこっちから開けるのもな、って思って」
だから大人しく待ってました、と信じられないほどに爽やかに言う。
「……名前」
「名前?あ、オレの?」
「いや、それは知ってる。違くて俺の名前……」
遊んだのは幼稚園まで。同じ学校ではあったけどそれ以来同じクラスになったことも話した事も無い。だから、ただ相葉君の事を見つめている気持ちの悪いヤツだという認識だけだと思っていたのに。
「知ってるに決まってんじゃん。幼稚園の頃よく遊んだよね」
また、とてつもなく爽やかにそう言って
「これからよろしくね、櫻井くん!」
とても自然に俺の前に握手を求めるために手を向けた。
「櫻井くん、ベッドどっちがいい?」
手汗が酷い。初めて彼に触れたんだから仕方ないと思うけどそれにしても酷い。全ての神経が手に集中してしまっていてそれは意識もそう。そんな時に相葉くんが言ったベッドというワードに思わず過剰な反応をしそうになったのは、彼の手を離した後で勝手に頭の中で進んでいく妄想のせい。
「ベ、ベッド?!」
「うん?そそ、ベッド。櫻井くん、どっち側がいいとかある?」
「……あ、ベッド…ね。うん、俺はどっちでも、大丈夫」
ずっと想ってきた人とベッドのある部屋で二人のシチュエーション。この状況での男子高校生のする妄想なんてみんな同じだとは思うけどさすがに。
「じゃ、オレこっちにしよ!左側!って、どっちもたいして変わらないけどね。両方壁に付いてるし」
部屋の両端に壁にそってベッドがあり、その間に各々の机がある。クローゼットも各自にあたるように入口付近左右に別れてあって環境はまずまずと言えるのに、頭の中は相葉君の事でいっぱい。
「ベッドが左のだから、机もオレのがこっちね!クローゼットもこっち、と」
ドアが真ん中にあり、左右でちょうど半分に分けることが出来るこの部屋でこれから二人で過ごすなんて大丈夫なんだろうか。
「……マジで最高すぎんだろ」
「え?何か言った?」
「……いえ!なんでもない、です!ほんとに!」
自分が彼にどう思われているのかは今現在よく分からない。今のところ気持ちの悪いヤツだと思う人間への対応とは思えないから少なくともものすごく嫌われているとかではないと思いたい。
「あはは!!変なの!櫻井くん!」
「え?……変……?」
「うん!変!!つーか、おもしれぇ!」
こんなに近くで見る笑顔に戸惑う。彼の事をちゃんと見たいのに直視が難しい。
「……俺、面白くないと思うんだけど」
思わず逸らす視線は変に思われないだろうか。
「えーー!面白いよ??なんか楽しい人だね、櫻井くんって」
遠くから見るだけだった笑顔が今、目の前で俺に向けられている。その現実が笑う相葉君の声があまりにも楽しげで急にリアルになった。
「……マジで最高すぎる」
「何が最高なの?」
「え?は?俺、なんか言ってた?」
「最高だって言わなかった?」
嬉しすぎて心の声が出たらしい。面白い人、楽しい人だと言ってくれているのにこのままだと気持ち悪い人になってしまう。
「いや、えっと……ほら、親から離れて暮らすとか初めてだし、環境?すげー最高だなって、うん」
「確かにそうだよね!うん、なんかワクワクするもんね!」
ずーっと笑顔なんだな。だけどそうだな、見つめた先にいた相葉君はいつの時も誰といてもずっと笑顔だった。
「あ、相葉君」
「んー?」
「あ、あのさ」
「何?何?」
恋愛の対象になる事はないだろう。男同士、それは仕方の無いことだし大丈夫。だけどこの先、同室の人間として好かれるも嫌われるも自分次第。
「改めて、これからよろしくね」
今度は自分から手を出した。
その手を今度は相葉君が握ってくれる事を期待して。