情意 番外編 | 櫻葉で相櫻な虹のブログ

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急に静かになった。



ついさっきまで、お前は帰れだの次はこれを飲むだのとうるさいほど喋っていたのに。




「翔さん?」




それはまるで電源が落ちたみたいに突然だった。








今日一日の顔色の悪さは誰が見ても一目瞭然だった。



翔さんと同じ仕事がずっと入っていた訳では無く雑誌の取材がたまたま同じ会社の違う特集で、それならと同じ時間に受けることにしたのは双方都合が良かったから。




自分はその一社のみだったけど、その後で翔さんには別の雑誌の取材が立て続けにあると言うことはマネージャーから聞いていた。




自分の取材が終わればそれ以降の午後を丸々オフにすることだってこの時点ではできたのに。




「翔さん、この後時間あったりします?」




何かしらの仕事を口実にして事務所に残り、翔さんがそれらの取材の全てを受け終わる事を待った。はぐらかされた彼の悪い顔色の理由がどうして気になったから。









電池が切れたように電源が落ちたように翔さんが急に静かになってしばらくはそのままにした。せいぜい5分とか10分とか、それくらいの時間を見て起こせば良いと思ったから。




酒が入れば眠たくなるのはある意味生理現象みたいなものだということは自分にだって経験がある。それこそこんな店内で寝落ちる事は無いけど、リーダーだったり相葉君だったりはよくあったし翔さんがそうなったからと言って今不都合なことは何もない。寝息も立てないその姿に顔色の悪さは寝不足が原因なのかもしれないとすら思った。





そう思ったからこそ、翔さんが眠るその時間に彼の寝顔を横目にスマホで明日の予定などの確認をしていたんだけど。






「ごめん」




眠っていたと思っていたから少し驚いた。だけどその言葉は自分に向けられたものだと思った。例えば二人しかいない飲み屋で自分がもし寝てしまえば、目が覚めた時に相手に謝罪の言葉を口にするだろうと思ったから。





「…………ごめん、なさい……」




テーブルに突っ伏しながらの声はくぐもってよく聞こえない。姿勢だけを見れば翔さんはまだ眠っている。だけど「ごめん」という言葉だけはハッキリと耳に届いた。寝言に相槌は打たない方がいい、なんて迷信みたいなものを信じている訳では無く声をかけることで翔さんが起きては申し訳なくてそのまま聞こえないフリをしようと思ったんだけど。






「ごめん」



「ごめんな……」



「なんで……」
 



あまりにも切なすぎる声に聞こえないふりは出来なくて




「翔さん?大丈夫?」




肩を少しだけ揺らし小さく声をかけた。









「相葉くんっ」




顔を上げた瞬間に彼が言った。泣きそうな顔をして。




「翔さん、大丈夫?」




だけど彼が呼んだその名前を俺は聞こえないふりをした。




「……あ、……ごめん」



今度は間違いなく俺に言った言葉は、眠ってしまったことに対してではなく彼が呼んだ名前の人と間違えた事に対して。ここにいて今翔さんに声をかけた人間が俺でなく、相葉くんであるなら翔さんはどんな表情をしたんだろう。





「大丈夫?魘されてたから声かけたんだけど」




本当は魘されていたわけじゃない。切なげに謝罪の言葉を何度も何度も繰り返していた。その謝罪の相手が誰なのかも今分かった。




「ごめん、大丈夫」




相葉くんの名前を出した事に触れない俺に安心したのか、そう言ってまた酒を口にした。もう飲まない方がいいのに。




「もうやめたら?」




多分俺がそう言ったところで今の翔さんへの効果は無いだろう。相葉くんの名前が出てきた時点で自分が今翔さんにしてあげられる事はひとつしかないと嫌でも気付いてしまったから。








「ごめん……」




「相葉くん……ごめん」

     


だからやめなって言ったのに。結局あれからまた浴びるように酒を飲んで翔さんは潰れた。そしてまた謝罪の言葉を譫言のように繰り返す。相葉くんに対して、すごく切なげに。





「相葉くん?ごめん、俺。ん。あのさ、今大丈夫?」




だから俺に出来ることはひとつだけ。翔さんがその言葉を伝えたい人にその言葉を伝えられるようにお膳立てをしてあげる事だけ。





「あ、ほんと?そしたらちょっと出れる?翔さんと飲んでたんだけど酔いつぶれちゃってさ。で、なんかわかんねぇけど寝言?相葉くんにめちゃくちゃ謝ってる風なんだよね」





わざと軽めに言った。じゃないと自分が辛くなる。




そして相葉くんはきっと相当な速さで翔さんを迎えに来るんだと思う。


 

「……つーかもう切れてるし」




場所を聞いて、すぐ行く、とそれだけを言って電話を切った彼の焦りのような怒りのような声が、彼らふたりだけにしか分からない何かがあるんだと。


 
  
「……やっぱ、そう言うことなんだよな」


  

気付かないふりをしていた現実を認めざるを得ない時が来てしまったんだと思うしかなかった。








情意  番外編




終わり