「はよ」
放課後にでも、と昨日した二宮君との約束は朝の登校の時にしてもらった。放課後は先生に会いに保健室に行くことに決めたから。
「相葉くん、ごめん!」
「え??何?何??」
「おれ昨日、櫻井先生に余計な事言っちゃったかも」
待ち合わせの場所で会って速攻、顔の前に両手を合わせて謝りの言葉を言うけれどそんな必要な全くなくて。むしろオレが、いや、オレたちがお礼を言わないといけないくらいなのに。
「その事だけどさ、先生が二宮くんにお礼言っといて、だって」
謝る二宮くんが何を言っているのかはもちろん分かっている。オレが弱っている事の全ての原因が先生にあると言ったことに対して。
「……え?」
「だから、ありがと!二宮くんのおかげで先生、連絡くれた」
「でも……」
「まぁ?確かに言い過ぎだと思うけど?別に全部が先生のせいじゃないし?……でも、ほんとありがとね」
わざとにおどけて言うのは照れ隠しも込みで。本当に二宮くんのおかげだから。ただ、オレが弱ったのは先生に会えないからってのはそうだけど、その原因を作ったのはオレで。だから全てを先生のせいにするのは違う。でも二宮くんがオレたちの全部を知っているわけじゃないから、彼から見たら先生のせいに思えても仕方がなかった、かも。
「はぁ、まじか。良かった……」
「二宮くん?」
「いや、家帰って考えたらさ、言い過ぎだったなって。しかも先生に対してあんな言い方しちゃったし。言葉遣いとか……」
どんな言い方したんだよ、って気にはなるけど、先生はそんな事気にしないと思う。気にしたなら昨日の電話の時点でオレに何かしらを言ってきたと思うから。
「とにかくありがと!って訳でオレ、放課後は保健室寄るんで」
「なるほど。だから帰りじゃなくて今だったわけか」
「ん!」
元気いっぱいに返事をしたオレに、いつもの相葉くんに戻って良かった、と柔らかに二宮くんが言うからなんだか照れくさかった。
「失礼します。相葉です」
放課後すぐに行った保健室は先生一人ではなく数人の生徒がいた。今までのオレならその状況で保健室へ入る事なくそのまま玄関へと向かっていた、けど。
「……ま……、待ってて、ください」
だからまさか誰かが保健室内にいる今、オレが入ってくるとは思わなかったんだろう。先生が驚いた顔を隠そうとする。言葉遣いもオレだけの時とは全然違っておかしいやら可愛いやら。
「はーい。その辺に座ってて良いっすか?」
「あ……、あぁ。どうぞ」
複数人いる中の手当が必要らしい生徒を前に、クールで通っている先生の動揺が分かる。それは奴らには分からない程の動揺なんだけど、オレだけはそれが分かるんだと思うと優越感以外の何ものでもなかった。
「ありがとうございました」
「はい。気を付けて帰ってくださいね」
「はい。失礼しまーす」
オレ以外の生徒と先生の会話は、オレが知っているものと全然変わっていない。でも、どうかな、口調も表情も少し柔らかくなったかもしれない。それを誰かに見せるのが勿体無いと思うのは完全なる独占欲で。そんなことは無理なのに、保健室から出ていく奴らに少しだけ嫉妬をした。
出て行ったら奴らが、多分無意識になんだろう。保健室のドアを閉めた。
「待たせてごめん」
その音がゆっくりと聞こえるのは何故なんだろうと頭の隅で考える自分がいた。
「全然」
「つーか、珍しいな。誰かいる時に来ることなんてなかっただろ」
それはその状況を意図的に避けていたから。もしかしたらどこかに余裕があったからなのかもしれない。今誰かいる中で会えなくても明日には会える。明日また保健室へ来れば先生に会える。そう思える余裕がきっとオレの中にあったんだ。
「逃したくなかったから」
「……何それ」
「だってオレ、絶対今日会いたかったから」
「……あぁ」
「翔さん、オレさ。翔さんにすげぇ会いたかった」
抱きしめない。キスもしない。手を繋ぐことだって我慢する。それでもこんなにも心が震えるほど会いたかったんだ。何度も何度もふたりで会った場所なのに。
「ん。俺も」
それなのに先生がオレに向けて両手を広げる。まるでオレを自分の胸の中に誘うみたいに。
「……ダメじゃん」
「分かってる」
「……翔さんのせいだよ」
「……ん、分かってるよ」
抱きしめない。キスもしない。そう決めてここに来たのに。
「鍵……閉まってないよ?」
「いいよ。今はキスしたい、雅紀と」
鍵も閉まっていない保健室の中で先生の事を抱きしめた。
「オレも」
強く強く抱きあいながらしたキスは、飢えた獣みたいなキスだった。