「キスしていい?」
相葉くんが言った。
「はは、何言ってんだよ。そんなのダメでしょ」
俺はその相葉君からの問に答えた。
「なんでダメなの?」
また相葉くんが聞いてくるから
「キスは恋人とするものだから、です」
また俺は答える。出来るだけクールに。出来るだけ何でもないというように。
「それなら付き合えばしても良いってこと?オレたちが恋人同士ならいいって事なの?」
なお食下がる相葉くんに
「それは、どうかな」
俺は曖昧な答え方しか出来ない。
「それなら付き合っちゃうのはどう?どうしても翔ちゃんとキスしたいんだもん、オレ」
無邪気というかなんと言うか。全然めげない。そしてそんな事を同性のしかも俺に言いうものではない。もし俺が本気にしたらどうするつもりなんだか。
「ダメ?」
「ダメだろ。よく考えろ」
「んーーーー。やっぱりしたいな、オレ。ただするのがダメんでしょ?じゃ、付き合おうよ。それならチューしても良いって事だもんね?」
ちゃんと考えたよ、と言う時間は異常に短くてこっちが困惑する。
「いやいや、短けぇだろ、考える時間」
「そんな事ないよ!ちゃんと考えたよ、オレ」
「でもダメだ」
「なんで?」
「どうしても」
その後も、ダメ?ダメだ。ダメなの?ダメだよ。どうして?どうしても。の繰り返しを何度も。続いた応戦の時間は俺にとっては少し切ないものなんだけど、だからといって首を縦に振るのは違う。
「とにかく、キスは好きな奴としろ。ただでさえ仕事で好きでもない人間とする事だってあるんだから、本物は本命とだけしとけよ」
そうであって欲しい。特に相葉君にはそうであってもらいたい。自分が選びたかった人間が、自分が思っている通りに誠実な人間であって欲しいから。
「なら、大丈夫」
そう言った相葉君が俺の頬に手を伸ばす。スローモーションのように見えたその手の動きは、次に起こる出来事が想像出来てしまってその手首を掴んだ。
「やっぱりだめなの?」
相葉くんがまた聞く。
「だめ、だろ」
そんな簡単なもんじゃねぇんだよ。
「キス、したいな、翔ちゃんと。翔ちゃんはオレとするの、嫌?」
キスしたいから付き合うなんておかしいだろ。そんな一過性の気持ちだけで付き合うなんていう言葉を使うなよ。どれだけ俺が期待をしてしまうかを分かってないにしても切ない事極まりない。
「嫌だよ」
好きで好きでどうしようもなくて、だから想いを遂げたいと思うのは、まだキスの前の話。
俺はそこからスタートが良い。
「もう一回」
「んっ……、って、またしたいの?」
「したい。もっと、ほら、口、貸せよ」
「ふふ、し過ぎじゃない?」
それなのに、結局誘惑に負けてされたキスに簡単に溺れたのは相葉君ではなくて俺の方だった。
「付き合って無いのに、こんなにキスしていいの?」
片方の頬にあった相葉君の手は、いつの間にか両方になっていた。そして俺は相葉君の首に腕を回していた。無意識のうちに。
「いいんだよ」
開き直りのように聞こえたかもしれない。実際半分くらいは開き直っている。ずっと好きだった奴からのキスの誘いに意固地になってあれほど拒否をしたくせに。
「へえ、いいんだ?」
薄く笑いながら言われるのには多少の気まずさはある。だって結局何度もされた誘惑に勝てなかったんだから。これだけ拒否れば普通の男なら興醒めして諦めるくらいのところまで拒否ったのに。
「良いんだよ、今から付き合うんだから」
じゃなきゃもうキスしてやんねぇ、と可愛げの欠片もないことを言う俺に
「やっと言ってくれたね」
安心したように聞こえた相葉君の声に俺も酷く安心した。
「…………嘘だろ?」
「あ、名台詞!」
「いや、違くて」
だからってこれからする行為のまさか俺がこっち?
「ダメ?オレ、翔ちゃんに挿れたい」
「いや、待て、ダメだろ」
「なんで?」
「なんでって……、逆じゃねぇか、普通に考えて」
だって相葉君は綺麗だから。そういう目でしか見てこなかったから。
「オレもう我慢出来ない、イイでしょ?」
そんな訳ないと思っているのにこれは絶対に違って、ホントなら真逆なんだと思うのに、結局俺は
「……わかったよ、今回だけだからな」
結局この男からの誘惑に、この先もずっと負け続けるんだと思う。
キス2023
終わり