恋愛の対象が男だからといって、昔見たおとぎ話の中のお姫様になりたいと思ったことは一度もない。
真剣な恋愛をしてきたかどうかは不明だけど、体の関係は両方。抱くこともあったし抱かれることもあった。
別にこだわりは無かった。だって欲さえ吐き出すことが出来ればそれで良かったから。
だけど今の櫻井君を見て、この人に守られるお姫様は幸せだなと、素直にそう思った。
例えばそれがオレではなくても。
「櫻井君ってリアル王子だね」
見た目だけじゃなく経済的にも佇まいも。それこそ今の手を握る動作ひとつにしてもそう。
「んな事ねぇよ」
そう言うけれど自分でも分かっているんだと思う。いや、そうするように心がけているというのが正解かもしれない。
だけど、そうだな。今みたいな言葉遣いもよく似合う。砕けた話し方は少しだけ口が悪い。きっと学生だったあの頃はこんな話し方だったんだろう。
「オレから見たら完璧だけどね。できないことなんてあるの?って思っちゃう」
その砕けた言葉遣い含めて全部がよく思えるのは、この人の事が好きなんだと自覚したからなんだろうか。それともオレ以外の人間の誰もがそう見えるのか。
「納得はしかねるけど。言われたこともないし。でも、もしそう見えるなら、親が厳しかったからだよ。って前も話したよな」
ホテルで会った時に言っていたの思い出した。そこで男のオレにしてくれたエスコートがものすごく自然だった。
「王子様にも出来ないことあるの?」
「だから王子じゃねぇって。おかしいだろ、こんな王子。Tシャツにジーパンだよ?」
「ふふ、そこ?まぁいいや。じゃぁ、質問変える。櫻井君が今まででこれは出来なかったなって事は何?」
オレなんかはめちゃくちゃある。勉強もそこそこだったし、今現在含めて壮大な夢があるわけでもない。親には申し訳ないけれど、女の子に興味が持てないからこの先結婚も無理だろう。
寂しくなったら適当な男を見つけて何となく付き合って。だからと言って執着はないからどちらかが飽きればそれまでで。
「相葉くんは?」
「オレ?もうありすぎてわかんねぇ」
「はは!そうなの?」
「うん、情けないくらいにね」
自分から振った話なのに、自分の過去を思い出して情けなくなるなんて本末転倒。こんな自分の事を櫻井君が知ったらきっとまた嫌な思いをさせてしまうだろう。嫌な思いどころか嫌われる可能性の方が大きい。
「それでもいいんじゃない?」
この言葉は優しさだよね。いや、内容を知らないから言える言葉かもしれない。だってオレならやっぱり引くと思うんだよね。
「良くないよ、ほんと。軽蔑されちゃうレベルだから」
自分で言って抉られる。軽蔑という言葉は辛いかも。櫻井君とのこの先が無いとしても、この人に軽蔑されたままの人生は切なすぎる。
「ないない。オレが相葉くんの事軽蔑するとかないよ、マジで」
「いや、ほんとにやばいだって。……ってオレのことはいいからさ。櫻井君は無いの?出来なかったこととか失敗したこととかさ」
櫻井君の出来なかったことは想像つかない。あるとしてもそれを聞いたら余計に凹むかもしれない。自分との差があり過ぎて。
だから聞かなければ良かったかも、と後悔しかけたんだけど。
「初恋の人が忘れられないことかな。勇気が無くて告白出来なかった。話したことも無い人だったから。で、その人のことをどうしても忘れられなくてさ。だから逆に女に走っちゃって。で、女遊びばっかりしてた頃の事も今は後悔してるよ」
初恋というワードがオレの胸に刺さった。
忘れたくない人が櫻井君の中にずっといたことが。
でも当たり前のことなんだ。誰にだってある初恋というやつにオレは気付かずに大人になってしまっただけの話で。
「初恋……かぁ」
「相葉君は?」
「……どうなんだろ。正直なところよく分かってない」
でもきっと櫻井君がオレの初恋ってやつなんだと思う。それ以外が全く思い浮かばないから。
「出会えるってわかってたらちゃんとしてたのにな」
初恋と言うやつを悶々の考えるオレに向けた櫻井君の目はものすごく切なく見えたけど、それ以上にめちゃくちゃに綺麗だった。