「ごめん」
反射的に謝ったのは、櫻井君の言葉へじゃなくて痛いほどに握ってしまっていた手のことだった。
ずっと櫻井君がしていたと思っていた事が、実は自分がしていたんだと今気づいてしまったから。
「謝ってくれるんだ?」
「え?」
「松本との事」
言われて慌てた。自分が何故無意識の内に櫻井君の手を痛いくらいに握ってしまっていたのかのその原因がそこにあることを思い出して。
「あ、いや。……えっと……手……」
「手?」
嫉妬して欲しくてわざと煽るように言ったのは自分なのに。あの時の櫻井君の態度が自分の望んでいた通りに嫉妬だと知った今、喜んでいいはずなのに感情が追いつかない。
「手、ごめん。強く握っちゃってた」
「あぁ、その事?」
「うん」
「なんだ、そっちか」
少しだけ残念そうに見えたのは気の所為かもしれない。でも、そうだったら良いなと思う自分がいるのは確か。
「ごめん」
心の中の整理が全然追いつかない。だからなのかまた謝ってしまったオレに
「全然大丈夫だって。むしろ俺としては嬉しいくらいだから」
そう言って繋いでいる手を持ち上げるように胸の高さまで持ってくる。櫻井君にされるまま自分の胸元まで来た手を見れば、今度は櫻井君がオレの手をその場所で少しだけ強く握った。
「ごめん」
「だから大丈夫だって」
「しかも手汗半端ない、オレ」
こんなこと言いたいわけじゃないのにと思いながらも動揺しているオレはロマンチックの欠けらも無い事ばかりを口にしてしまう。本当ならもっと、なんと言うか気の利いた言葉のひとつでも言いたいのに。
「はは、それは俺も。すげぇヤバイよ、マジで」
こう見えてめちゃくちゃ緊張してるからね、と言うけれど全然そうは見えない。優しく笑う表情はとても余裕があるようにすら見えた。
「ほら、見てみ?手汗ヤバいから」
そう言ってから櫻井君が、繋いでいるのとは反対の手をオレの目の前に翳す。
「な?やばいだろ?」
言葉の後に首を傾げる様子は前にも見た。
「……ん。そう……だね」
櫻井君の少しだけ汗ばんだ手を見て、本来の目的よりもあまりの綺麗さに目が離せない。
その綺麗な手が今自分の手と繋がっているんだと思うと、ものすごい高揚感に包まれた。
高揚感はイコールで幸福で。ただ櫻井君と手を繋いでいるだけなのに。色々な経験をしてきたはずの大の大人が、手を繋ぐだけで幸福を感じるなんて事が自分におこるなんて。
「ふふ」
「あ、笑った」
そんな事を思っていたからか、どうやらオレは笑ったらしい。
「え?」
「困らせること言っちゃったかな、って思ってたからさ。途中から表情固かったし」
そうかもしれない。もちろん意識的にではないから自覚は無かったけれど。この家に来た時とのテンションとは違ったかもしれない。
「ごめん」
「はは。今度は何?今日は相葉くんがよく謝るね」
謝る必要は無いよ、と繋いだ手を自分の顔に近づける姿はまるでおとぎ話に出てるく王子様みたいだな、なんて思いながら
「ごめんなさい」
オレはまた謝罪の言葉を口にしていた。