「櫻井さん、お願いします!」
相も変わらずに俺は仕事を続けている。慣れないと、染っていないと、そう思っていた芸能の仕事を、今も。
「はい。よろしくお願いします」
スタッフ一人一人に頭を下げるのも今も。他者にそれを美学だと捉えられるのは今も変わらない。
「では。本番入ります、5、4、3……」
「こんばんは、櫻井翔です」
だけど俺はきっと変わったんだと思う。前よりもこの仕事に居場所を明確に感じ始めている。自信を持った?と聞かれればそれは分からないけれど。確実に前よりも楽しく仕事が出来ているのがその証拠だと思っている。
「今日のゲストは……。皆さんびっくりしますよ」
キャー!と期待を込めた歓声を上手く受け流すことが出来る様になったと思う。
「誰だと思います?いやぁ、僕も大ファンなんですよね。バラエティー番組に出ることなんて滅多に無いんじゃないかなぁ」
煽りを含めて言えば、さらに観客が湧く。その事を分かってできるようになった。
「さらにさらに!今日はこの番組始まって以来初の生放送です。テレビの前の皆さんも準備はいいですか?生放送ですよ!」
キャー!からギャー!!に変わったように聞こえる声はきっと、画面の向こうでもそうだろうと想像する。
そんな歓声を聞きながら、これから俺が呼ぶ名前を聞いたらどうなるんだろうと思うと興奮が高まった。
「それではお呼び致しましょう、本日のゲスト、プロアスリートの相葉雅紀さんです!」
名前をあげた瞬間に、想像を遥かに超えた割れんばかりの歓声が会場を包んだ。
「あー、緊張した!!」
「嘘つけ。余裕な顔してたじゃねぇか」
「ええええ!めちゃくちゃ緊張したって!何でわかんないかなぁ〜」
まさかの共演は頑張っていた俺への贈り物なんじゃないかと思うくらいに突然舞い込んできた話だった。それまでは違うゲストを予定していたはずなのに、近々になって相葉君に変更になったと、本人からではなくマネージャーから聞かされた。
「俺は正直めちゃくちゃ緊張したよ」
自分の感情を抑えるのは得意な方だと思う。だけど嬉しいことに対しての感情は比較的素直に出てしまうタイプかもしれない。
「ふふ、うん。翔ちゃん超楽しそうだった!いつも番組見てるけど、今日は特別楽しそうに見えたよ!」
って自惚れかな、なんて笑うけど、それが自惚れでは無いことを彼はちゃんと分かっているだろう。
「そりゃ、上がるでしょテンション」
「ふふ、うん!!オレも!」
「はは!だろうな」
「うん!」
「これからもっと上がるけど、準備はいい?」
生放送を終えて数時間後、俺たちは今、今日のために仕立てたスーツに身を包んでいる。
「オッケ!もちろん」
「では、行きますか」
何故呼ばれたのか分かっていないであろう報道陣の前にふたりで一緒に現れる意味を直ぐに理解出来る人がいるだろうか。
「不思議とさっきより緊張してねぇや」
シンデレラのように突如芸能の世界に現れた俺と、誰もが知る超トップアスリートの相葉君と。
「ん。オレも」
「なぁ、手でも繋ぐ?」
「ん、そうしよっか」
そのふたりが手を繋いでする結婚発表はきっと、どんなニュースよりも明日のワイドショーを独占するだろう。
シンデレラ
終わり