一日中、弟の事ばかりを考えていた気がする。
当たり前になってしまっていた弟との行為は自分にとって何なのか、とか。今朝の会話の内容をもし俺が拒否すれば、弟との行為はなくなると言うことになるんだろうか、とか。
もしそれが無くなってしまった場合、俺はきっとあのモデルの男に依存してしまうだろう。いや、依存しないために弟との繋がりを継続するという意味ではなくて、だから……なんて言うか。
「櫻井くん」
「……」
「……櫻井くーん」
「…………」
「おい!櫻井!!聞いてんのか?」
突然呼ばれた自分の名前に驚けば、同僚の大野が結構な至近距離にいてビビる。
「……なんだよ、うるせぇな。そんなデカい声出さなくても聞こえるっつーの」
わざと耳を押さえながら言えば、何回も声をかけたんだと大野が言う。いつもは穏やかな彼がここまで呆れた声を出すということは、恐らく本当に何度も俺を呼んだんだろう。
「マジ?ごめん、全然気付かなかった」
「そうみたいだな。何回呼んでも難しい顔してんだもん。何か考え事?」
「あーそれ。ちょっと考え事してて。マジでごめん。で、用事は?」
「大したことじゃなくて申し訳ないんだけど、この件でちょっと聞きたい事あって」
見せてきた画面は多分急ぎでは無い内容。なのに何度も俺に声を掛けたのは余程俺の様子がおかしかったから、なんだろう。
「あぁ、これは」
おかげで脳が仕事に切り替わった。だからこのまま集中して終わらせれば何とか早めに帰ることが出来そうだと思ったんだけど。
「で、何考えてた?」
なんて聞かれて無意識の内にしてしまった動揺が、大野には速攻で気付かれて余計に追求される。
「女だろ」
そんな顔してたぞ、と言われて否定も肯定も出来ない。決して女のことでは無いけれど、内容的にはほぼ正解。だからと言って二宮にしか知られていないはずの弟の事を大野に打ち明けるのはちょっと。
「まぁ、似たようなもん」
下手に否定すれば詮索される。それは経験で分かっている。だからどうにか逃げることが出来そうなワードでこの話を終わらせようとした。
「言いたくないなら良いけどさ。あともうひとつ櫻井に聞きたいことあってさ」
どうやら俺への詮索はやめたらしい。今の話をスルーできるなら何でもよい。そう思って仕事を急ぐべきと思ってはいるけれど大野の話を聞いた。
「櫻井さ、二宮って奴知ってるよな?」
大野から出ると思いもしなかった名前が出てきたから少し驚いた。
「二宮って、二宮和也?」
「そう、その名前」
「知ってるも何も、ガキの時からずっと一緒」
「やっぱそうか」
「何?知り合い?」
どこでこのふたりが繋がるのかは分からない。大野の口から二宮の名前が出たのは意外でしかないけれど嫌な気は全くしない。
「知り合いって言うか……」
「なに?知り合いじゃねぇの?」
「これから知り合いになりたいって言うか……」
「は?」
「紹介してくんねぇ?」
「はぁ??」
突然の内容に驚いた俺に、静かにする様にと慌てた大野が、回りを見渡しながら人差し指を俺の唇にあてた。