「おかえり」
「あぁ、まだいたんだな」
「ん。今日は少し遅くても大丈夫だから」
顔を合わせるか微妙だと思って帰った時間に、まだ弟は家にいた。
「そっか。帰って早々だけど、俺もう仕事行かなきゃなんだよ」
「だろうね。……朝飯は?」
「あるなら欲しい」
「オケ。すぐ用意する」
彼のところから帰ってきたと言う事の罪悪感が前よりも少ない。そして彼の家から帰ったと分かっているはずの弟の反応もシンプルと言うか、普段と変わらないというか。
読めない表情と言葉に、考えようによってはこっちの方が怖い気もしたけれど
「どうぞ」
出してくれた朝飯を見て自分がかなり空腹だったんだと言うことを思い出した。急激に来た空腹感で、弟の落ち着き払った様子の事は頭から一瞬で消えた。
「飯食うのすら忘れるほど夢中なんだ」
無言のまま掻っ込むように食べる俺を見て、テーブルに肘をついた潤がため息半分に言った。
「あ?」
ほぼ無意識の相槌レベルの返事は、答えになっていないどころか潤が言った言葉を理解していない。
「なに?ごめん、聞いてなかった」
時間が無いことと、あまりの空腹だった事で物凄い勢いで食べていたから、と言い訳をしてもう一度同じことを繰り返させた。
「だから、飯食うの忘れちゃうくらいにアイツに夢中なんだね、って言ったんだよ」
翔くんが飯食ってないって事はそう言うことでしょ?と言う言葉からは特に怒っているとかそういう様子は見られない。だからって悲しい素振りを見せる訳でもない。
「……いや、別にそんなわけじゃ」
入れてくれたお茶を返事に困って噎せたのを治す為に飲めば、あまりの熱さにしなくても良い動揺までしてしまった。
「翔くん、動揺しすぎ」
「いや、別に動揺じゃねぇし」
「翔くんには隠し事って無理だよ。すぐ顔に出るからわかりやすい」
「別に……隠そうとはしてないけど」
これじゃあ、彼に抱かれてきましたと言っているのと同じ。別に隠そうとした訳ではなかったんだ。バレても別にいいかな、と思ったのと、潤に対しての罪悪感が前よりもなかったのは本当。
「で、何回ヤッたの?」
「は?」
「だから、何回したのか聞いてんの。飯も食ってないみたいだし、その顔は少しは寝たかな?だけど多分少しだろ?」
隠すつもりは無いと行ってもこんな質問に答えられるか。って、そもそも答えが分からないから答えられない。
「わかんねぇ」
「うわ、マジか。わかんないくらいヤッたって事かよ」
「そんな事言ってねぇだろ」
「隠すなよ。で、アイツ、キレなかったの?」
「何に?」
「だからさ、俺が付け直した痕に」
言われて思い出す。彼は別にその件にたいしてキレては無いと思う。だけど、もしかしたら少しの嫉妬はしてくれたかもしれない、なんて。
「あぁ、ちょっと引いてたかな。お前めちゃくちゃ付けてただろ」
「だって腹立つじゃん。これ見よがしに付いてんだもん、あんなところに」
「まぁ、分からなくもないけど。って、今は?もう腹立たないのか?抱かれてきたの分かってんだろ?」
随分あっさりと彼の話をしていると思う。もしかしたらもう俺の事はどうでも良くなったのかもしれない。女を抱いた後で俺を抱いてみて、そう思ったのだとしたら納得は出来る。
「ムカついてるに決まってるでしょ?でも腹は立てない。だってそんなの負けになるし。言っておくけど、だからって翔くんの事を手放すつもりは無いから」
「は?」
「だからさ、腹は立てない努力をする事にしたんだって話。俺は翔くんの事離してあげられない。だから、アイツに抱かれてるの承知で翔くんのことを俺も抱くからってこと」
「……はぁ……、って、え?」
「だってそれしか無いじゃん」
箸が止まった俺を真正面から見て真顔で言う弟の言葉も話の展開も
「……とりあえず、もう一回言って?」
頭がついていかなかったのは仕方が無いと思う。