「次回」を期待したことなんてない、と言ったら嘘になる。初めてこのマンションのエレベーター出会った時にはもう、この人とまた会えることを望んでいたんだと思うから。
「……そのうちな」
別に信頼がどうとかじゃない。隠すような話でもないと思う。ただ、まだ声に出す事が怖いだけ。声に出す覚悟がまだ俺に無いだけ。そして多分声に出してしまったら、昂る感情と共に涙を流してしまうかもしれないと思うと。
「うん」
涙なんてもう見られてしまっているのに、やっぱり見せることに抵抗があるのは男だから、なのか。それともやっぱり弱い自分をこれ以上見せたくないから、なのか。
それについては良くは分からないけれど、どちらにしても今は気分がだいぶ良い。泣いてスッキリする、なんてレベルじゃなく、人生でこれほどに納得のできた日が今まであっただろうかと思えるくらいに。
顔も体もぐちゃぐちゃな俺の、だけど気持ちだけは体とは正反対なものすごく晴れやかで。あの声の主が分かったからというデカい理由と、あとはやっぱりこの男に抱かれたから、なんだと思うと帰りなくない気持ちは膨らむばかり。
「とりあえず帰らなくちゃ」
「仕事、だもんね」
「まぁな」
「シャワーは?」
「あー…………借りて良い?」
「もちろんいいよ!」
だけど帰るしかないと、ベッドから降りて浴室に向かう俺の後ろピッタリにいそいそと彼が着いてくるから可笑しい。
「お前もかよ」
「うん!一緒に浴びよ!」
「全く。仕方ねぇな」
「あ!やった!一発OK?」
「ばーか。でも、風呂場ではやらせねぇからな」
時間が無いからと言った俺に、めちゃくちゃ嬉しそうな顔をする彼は無邪気で。
「それってさ今は無理だけど、時間があったらしてくれるって事だもんね!」
それなら今度は休みの前の日に来てね!とまた「次回」への可能性の言葉を言う彼に甘えたくなる。恋人ではない。ただヤルだけ。それをわかっていても「次回」がある事に喜ぶ俺はどうかしていると思うのに。
「……ハイハイ。じゃ、今度は休みの前にしますよ」
素っ気ない返しはわざと。ここでめちゃくちゃに喜んだら格好悪い。格好つける必要なんてないのに、と思いながらもやっぱり「仕方ないな」という態度を取ってしまうのはある意味で癖みたいなもの。
「え!まじ??やった!じゃ、今度はゆーっくりしようね!」
格好悪い気がしてクールな振りをした俺は何なんだ?と思うくらいに喜ぶ彼が良いなと思う。自分がこんな顔をさせているんだと思うと嬉しくなった。
「素直なんだね」
「え??」
「だって、その喜びようったらさ。子供みてぇ」
浴室に入ってシャワーを勢いよく出したお湯はまだ水で冷たい。だけどそれも良いかも。火照る体には気持ちがいい。
「子供みたいってオレ??」
「そ、お前」
「嘘でしょ。オレそんなこと言われたことないよ??」
「マジ?!大人がそんな無邪気に喜ぶかよ」
段々と熱くなってくるシャワーの設定温度が高いと前も思ったんだ。俺の家より少し高い温度は彼の好みなんだろう。
「え!オレ無邪気だった??結構クールで通ってるんだけど」
「そうなの?でもさっきのはマジで子供みたいで可愛かったよ?」
「……可愛い?」
「ん?」
「いやぁ、それは……なんて言うか」
急に静かになってブツブツと呟き始めたから意味が分からなくて
「とりゃ!こっち向け!シャワー攻撃!!!」
彼の顔面に向けてシャワーを思い切り当ててその反応を見て思い切り笑う。声を出して笑うなんて久しぶりかもしれないと思いながら。
「もーーー!!!びっくりするし苦しいじゃん!!酸欠!!」
「ハハッ!!酸欠って!」
「まじだって!!あー苦しかった!!」
「はは!!大袈裟なんだって!」
彼の反応の可愛さに爆笑が止まらない俺を見て
「人工呼吸の代わりに、キスしていい?」
俺の返事の前に熱めのシャワーの中で思い切り濃いキスをしてくるから
「俺のが酸欠になるわ!!!」
キスの後で息を切らした俺を見て、ふたりして爆笑してしまった。